発展著しいポーランド

山中 誠
前駐ポーランド大使 山中 誠

 ポーランドが欧州連合(EU)加盟28か国の中で6番目の大国であると聞くと驚く人が多い。面積、人口が6番目の大きさであることに加えて、今やGDPでも第6位を誇っている。近代史では、ロシア、ドイツといった強大な隣国に翻弄され、百年以上にわたって国を失った時代もある。第二次大戦後はソ連圏に組み込まれて辛酸をなめてきた。今日この国は、経済を発展させ、政治を安定させ、「欧州の優等生」と言われるまでになった。2014年には、民主化(体制転換)25周年、NATO加盟15周年、EU加盟10周年を大々的に祝賀した。ポーランドの発展と地位向上を象徴するように、元首相のドナルド・トゥスクが欧州理事会議長に選出された。7月にはNATO首脳会議がかつてのワルシャワ条約機構ゆかりの首都で開催される。

 本稿では、ポーランドという国の現況と展望について、我が国との関係を含め、同国贔屓の筆者の感想を綴ってみたい。

今日のポーランド

  ポーランドのGDPは、1989年の体制転換以来実に7倍となっている。この著しい成長は、当時ほぼ同じ経済規模であったウクライナが現在ポーランドの約三分の一という状況が物語っている。リーマンショックの際に欧州で唯一プラス成長を維持したのがポーランドであった。ポーランドは今年3.7%、明年3.5%の成長が見込まれるなど好調を維持している(世銀予測)。欧州の抱える深刻な構造問題が2004年以降次々と新規加盟を増やした「拙速なEU拡大」に起因するとの説があるが、ポーランド関係者はこれに強く反発する。彼等は、問題はむしろ「古い欧州」であって、新規加盟国から構成される「新しい欧州」がEUの発展に貢献していることは数字が示していると反論する。

 ポーランドの発展と地位向上は、民主化と親欧米路線を強力に打ち出したワレサ委員長で有名な「連帯」運動がその起源である。民主化以降の政治潮流は、この連帯の流れをくむ中道の「市民プラットフォーム」(PO)と保守色の強い「法と正義」(PiS)の二大政党に収斂されてきた。旧共産党を引き継ぐ左派政党は、昨年10月の総選挙で議会から姿を消し、その退潮は顕著である。 昨年の総選挙の結果、8年ぶりにPOからPiSへの政権交代が行われた。同年前半に行われた大統領選挙でも、POの推した現職がPiS候補に敗れるとの波乱があった。繁栄の果実を享受できなかった国民層を中心に8年続いたPO政権への不満が顕在化した結果と分析されている。カチンスキPiS党首の強い指導の下で、ドゥダ大統領及びシドゥウォ首相を首班とするPiS政権が始動している。PiSは、上下両院で単独過半数を制しているため、体制転換後初めて連立ではなく単独で新政権を構成している。新政権は、国民多数からの支持を背景に、民族的、保守的、民生重視の政策を進めようとしている。時として国会運営などで強引さが見られるが、外交、安全保障政策では、全体として穏健な政策を継続するとの姿勢を示している。   このようにポーランドは長期的には政治的な安定・成熟の道をたどっているが、短期的には昨年の政権交代を機にぎくしゃくした印象を与えている。特に、PiS政権の進める憲法法廷などに関する法改正がEUの基本原則たる法の支配に背馳しないかとの問題提起が欧州委員会から行われ、ブリュッセルとワルシャワの間で話し合いが続いている。ブリュッセルがEU標準の民主主義を標榜して是正策を求めているのに対して、ワルシャワは国家主権への介入であるとして苛立ちを隠さない。筆者は、この問題が基本的には8年ぶりの政権交代が招来した国内の党派対立であるので、欧州委とポーランド政府が原則論を振りかざして対立を深めてしまうことは避けるべきものと考える。いずれにせよ、ポーランドが苦難の歴史の中で勝ち取ってきた民主主義の根幹が簡単に崩れることはあり得ない。 同様に中東や北アフリカからの難民問題を巡ってポーランドがその排斥を強硬に主張する急先鋒であるかのような批判がメディアを中心にみられることは残念である。ウクライナなど東欧諸国からの移民を抱え、かつ、歴史的に異民族の受入れに慣れていないことから、国民の半数以上が難民受け入れに反対しているとの世論調査の結果はある。しかし、一部報道にあるような批判には、かなり誇張があると思われる。 欧州は、現在、南からは難民流入の脅威、東からはロシアの脅威にさらされ、西にはEU離脱の是非を問う英国がある。テロの脅威は依然として現実のものであり、金融財政上の困難も欧州を覆っている。欧州の中道左派の与党勢力はこれら諸困難に有効に対応できずに苦戦している。こうした手詰まり感の中で保守色の強いポーランド新政権をことさら非難の的とする雰囲気を感じるのは筆者だけであろうか。

日本との戦略的関係

 今年1月にポーランド航空によるワルシャワ・成田間の直行便が就航したことは大きなニュースであった。両国の経済関係は、対ポーランド投資の存在感(約300社進出、4万人の雇用創出)を中心に良好に推移。投資分野も、自動車、家電に加えて、エネルギー、環境、食品、サービスなど多様化しつつあり、R&Dやバックオフィスの進出拠点としても注目され始めている。両国経済関係に、量的拡大もさることながら、質的向上が見られるようになっていることは心強い。投資する側と受け手との間の思惑、熱意がマッチしている表れであろう。ただし、ポーランド側には、インフラ整備、行政の簡素化、構造改革など一層のビジネス環境整備が引き続き求められることは指摘しておかなければならない。

 政治・安全保障の分野でも、米国との同盟関係、隣国ロシアの存在など共通の事情もあり、両国協力の意義は大きい。日露戦争当時の情報協力やシベリアで困窮・孤立していたポーランド孤児を日本赤十字社が救済した逸話などの歴史がある。防衛、安全保障分野で新たな協力や政府間対話が始まっていることは心強い。

 親日的風土もポーランドの大きな特徴である。在留邦人、日本企業関係者がほぼ異口同音に指摘する特徴である。日本や日本人に対する親愛の情を示す例は枚挙にいとまがない。空手、合気道などの武道人気、日本語学習熱、日本食ブーム、古典から現代ポップカルチャーまでの日本文化人気は世界でもトップレベルである。その象徴的存在がクラクフにある日本美術技術博物館(通称Manggha館)である。同館は、世界的な巨匠アンジェイ・ワイダ映画監督と同夫人の献身的な尽力で日本文化の発信基地として定着しているが、その背景にはこの国の親日的風土がある。

 この6月には「日本祭り」がワルシャワで開催された。2万人近くの地元住民が来場して日本文化に触れ、日本食を楽しんだ。この祭りは、今年で4回目を迎えたが、日本の一大文化イベントとしてワルシャワっ子達が待ち望む草の根交流の場となっている。相撲を縁に隠岐の島とクロトシン(ポーランド中部)との友好都市提携が結ばれ、心温まる地方交流も始まっている。

 このように、経済、政治・安全保障、文化など緊密の度を増している両国関係は、正に戦略的と呼ぶにふさわしいものである。安倍総理のポーランド訪問(2013年6月)とコモロフスキ大統領訪日(2015年2月)を通じて「戦略的パートナー」への格上げが公式に謳われたことは、時宜に適ったものであった。  

  今後の展望

 経済成長の続くポーランドは、今後とも欧州の新興勢力の筆頭として、また、欧州拡大の成功例として発展を続けていくであろう。そのためにも、経済の構造改革、高度化を進めていく必要がある。比較的安価な労働力に依存した時代は終わりを告げている。政府も経済界もこの点はもとより承知しており、種々手を打ちつつある。この分野で我が国官民が協力できることは多く、エネルギー協力や研究開発などは有望分野である。

 ポーランドがEUの中で発言力、影響力を高めていくことも確かであろう。冒頭に述べたように、既に6番目の大国であり、経済のみならず、ウクライナとロシアと国境を接する前線国家としての重みも加わる。そもそも長年の経験から来るロシア分析については定評がある。EU外交筋は、その対ロ政策の企画立案においてポーランドからのインプットは欠くべからざるものとなっていると認めている。7月にワルシャワで開催するNATO首脳会議の成果が注目される。

 ポーランドとチェコ、スロバキア、ハンガリーの4か国は、ヴィシグラード・フォー(V4)として地域協力を進めつつある。安倍総理のポーランド訪問の機会に開催された史上初の「V4+日本」首脳会議を契機として、V4との協力の機運も高まった。PiS新政権は前政権以上にV4としての結束・連携を促進することに熱心であり、首脳レベルでの往来も活発化している。7月からポーランドがV4の議長国を務めるので、EUの中でV4グループとしての存在感を示す局面もこれまで以上に見られることとなろう。特に、安全保障やエネルギーについては、4か国がまとまって行動するメリットが大きい。我が国とV4との協力も多様な可能性が出てくるであろう。いずれにせよ、欧州の中での中東欧、就中、V4の発言力が増していく中で、大国ポーランドの動向が注目される。

 このような展望に立つとき、ポーランドと我が国が戦略的に協力していく意義は益々大きくなってくる。両国は、2017年に国交回復60周年、2019年に国交樹立100周年を迎える。こうした慶事をとらえて、戦略的関係を一層進め、具体的成果を積み上げていって欲しいと思う。

(2016年6月21日記)