日本とシンガポール―外交関係樹立50周年に寄せて
竹内 春久 前駐シンガポール大使
1966年4月26日、日本とシンガポールは外交関係を樹立した。2016年は外交関係50周年に当たる。これを記念して、4月26日には安倍総理とリー・シェンロン首相の間でメッセージが交わされた。また、4月24日から27日まで、シンガポールのバラクリシュナン外務大臣が訪日し、岸田外務大臣と会談したほか、安倍総理表敬、第11回日本・シンガポール・フォーラムへの出席など精力的に日程をこなした。本年9月には、リー・シェンロン首相の訪日が予定されている。これらの概要については外務省のホームページに掲載されている(1)。
本年は、一年を通じ、日本、シンガポール両国で外交関係50周年にちなんで各種の行事が行われている。日本では、現在、福岡市美術館でシンガポールのプラナカン文化を紹介する「サロンクバヤ:シンガポール 麗しのスタイル つながりあう世界のプラナカン・ファッション」展が開催されている(4月17日から6月12日まで)(2)。同展は、その後、7月26日から9月25日まで、東京の松濤美術館でも開催される。
シンガポールでは、4月には、裏千家千玄室大宗匠が来訪され、大統領官邸でトニー・タン・ケン・ヤム大統領夫妻に呈茶、アジア文明博物館では平和のための献茶式を行い、多くの人々に感銘を与えた。また、本年10月29・30日には、シンガポールの目抜き通りであるオーチャードストリートのニーアンシティ・シビックプラザで「SJ50 Matsuri」が開催される予定である。シンガポールにおける交流行事の詳細については、2007年の安倍総理とリー首相の合意の基づき、シンガポールにおける日本文化発信と両国間の交流促進のために設けられた日本大使館ジャパン・クリエイティブ・センター(JCC)のウェブサイトを参照願いたい(2)。
(1) http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_003250.html
(2) http://www.fukuoka-art-museum.jp/
(3) http://www.sg.emb-japan.go.jp/JCC/
現在の日本とシンガポールとの関係は良好である。両国が二国間関係の文脈においてのみならず、急速に動いている国際情勢の中で幅広い課題について連携する関係にあることは両首脳のメッセージにも述べられている通りである。
今日、シンガポールを訪れる日本人は年間80万人前後、日本を訪れるシンガポール人はここ数年大幅に増え、2015年には30万人近くに達している。シンガポール国民・永住者の人口が約340万人であることを思えば、驚くべき数字といってよい。シンガポール在勤中、私より日本のことをよく知っているのではないかと思わせるシンガポール人に巡り合うこともしばしばであった。
シンガポールの在留邦人も2013年の2万8千人から2015年には3万7千人と、ここ数年大幅に増加している。地理的な要衝であることに加え、国を開き、ビジネスのしやすい環境を提供することを一貫して国の政策としてきたシンガポールには、早い時期から多くの日本企業が拠点を設けてきた。最近ではこれらの拠点に東南アジア、さらにはインド、オーストラリアを含めた地域の統括機能を持たせる企業も多い。また、シンガポールは治安が良く、家族とともに生活しやすいとの事情もあるものと思われる。
経済面では、近年、シンガポールから日本への直接投資が増えていることも注目される。2014年末時点で、日本への海外からの直接投資累積額でシンガポールは国別で第5位、累積額は140億米ドルに上る。さらに、2015年単年のフローで見ると、日本への海外からの直接投資額でシンガポールは国別で第2位、19億米ドルに上る。シンガポールの地元紙に東京の都心にある不動産物件の広告が出ることも珍しくない。
シンガポールにおける日本食レストランは1100軒を超えた。民間企業が主催して開催されるアニメフェスティバルにはコスプレ姿の若者を含め、毎年、3日間で8万人とも9万人ともいわれる来場者がある。日本のライフスタイルの対する関心も高い。シンガポールでも少子高齢化への対応が課題となっているが、ここでも課題先進国としての日本の対応が注目されている。中国の台頭、韓国の発展により日本の存在感が相対的なものになっていることは事実であるが、ソフトパワーとしての日本は依然として健在であるといえる。
東日本大震災に際してシンガポールの人々から示された厚情も忘れてはならない。地震発生直後にはシンガポール官民からの緊急援助が行われたが、これに加え、シンガポール赤十字社には約30億円に上る義捐金が寄せられた。この資金の一部は、福島、宮城、岩手3県の4か所に多目的ホールなどを建設する費用に充てられ、完成した施設はいずれも地域の復興に寄与している。これに加え、シンガポール赤十字では本年から地域のニーズを踏まえた新たなプログラムの実施にも着手している。本年の熊本地震の際にもシンガポールから数多くの厚意が寄せられている。
しかし、関係が良好だからといって日本とシンガポールがお互いのことを当然視してよいというものではない。急速に動く国際情勢の中で、絶えることなく意思疎通を図り、相互に学びあう努力を重ねなければならない。また、外交関係樹立当時のシンガポールの対日感情には戦争の記憶から厳しいものがあったこと、その後、日本、シンガポール双方の先達の努力の積み重ねにより、長い道のりを経て、今日の二国間関係の隆盛があることにも改めて思いを致したい。
シンガポールはいつもよい意味で爪先立っている。常に一歩先、二歩先を見通して、そこから逆算して、今、何をしなければならないかを考え、実行するという手法は各界に行き渡っているように思われる。さもなければシンガポールはより大きい国々の間で埋没してしまうしかないとの危機感があるのであろう。国情の違う日本にそのまま適用できることではないが、少なくともその姿勢には学ぶべきものがあると思う。
シンガポールに暮らしてみると、今日の日本とシンガポールの関係は、もはや政府対政府、ビジネス対ビジネスという関係を超えて、社会と社会が相互に幅広く作用しあう関係にまで至っていると感じる。日本・シンガポール外交関係樹立50周年が両国間の幅広い交流、特に若い世代の交流をさらに活発なものとするきっかけとなることを期待したい。(5月18日記)
(以上)