安倍首相もアリゾナ記念館訪問を

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小川 郷太郎 元駐デンマーク大使

日米首脳による「相互献花外交」

4月11日、G7外相会議が行われ、ケリー米国務長官を含む先進7か国の外相がそろって原爆慰霊碑に献花した。原爆を投下した米国の現職の国務長官が慰霊碑を訪れるのは初めてである。ケリー長官も広島訪問について肯定的感想を述べた。4月13日付夕刊は、米大統領報道官が5月の伊勢志摩サミットに参加するオバマ大統領の広島訪問を前向きに検討していることを明らかにしたと伝えている。ただ、米メディアはオバマ氏の広島訪問には米国内に根強い反発があることも指摘している。

ジャーナリストの松尾文夫氏がかねてよりアメリカ大統領による広島・長崎訪問と日本の首相による真珠湾のアリゾナ・メモリアル(記念館)訪問による「相互献花外交」を提唱している(例えば、2009年「中央公論」12月号参照)が、筆者もこれを強く支持している。日米開戦の端緒になった場所と終戦を決定づけた出来事の舞台を日米両首脳が相互に訪問することは、戦争に関連する両国国民の和解の気持ちを高めるうえで大きな効果があると考えるからである。安倍総理が早期にアリゾナ・メモリアル訪問を決意することは、オバマ大統領の広島訪問に関する米国内での抵抗感を和らげる効果も期待される。

被害者と加害者の間の巨大な認識ギャップ

筆者が相互訪問を強く望むのは個人的体験にも根ざしてる。1961年の夏からAFS交換留学制度で1年間アメリカの高校に留学し、その間ホストファミリーのローズ家の一員として迎えられた。その年の秋ごろ、いつものように家族と夕食の食卓を囲んでいるなかで、私は日本の日常的な話はある程度してきたのでそろそろ何か別の話題を取り上げようと考えた。アメリカ人の原爆に対する考え方を承知はしていたが、渡米前に修学旅行で見た原爆記念館の展示が強く脳裏にも残っていたことや、アメリカの家族とも親密になってきていたこともあり、原爆による被害がいかに凄まじく悲惨なものであったかを、まだ不十分な英語で訥々と話し始めた。

するとどうだろう、始まったばかりのところでアメリカの母は私の話を遮って、「ゴウタロウ、ちょっと待って。あなたは何を言うの」と大声をあげた。その声の大きさに思わず見上げると母の顔は紅潮し目も吊り上っていた。「宣戦布告なしのあの卑怯な戦争を仕掛けたのは日本でしょう。原爆は長引いた戦争を早期に終わらせるために必要だったのよ」と語気を強めた。地元の大学に通う姉のベティーも興奮して「そうよ、アメリカ人は決してパールハーバーを忘れないのよ。日本が卑怯だったのよ」と母を加勢した。普段は和やかだった食卓が一挙に熱を帯びた論争の場と化した。父も弟のビルも、もう一人の姉のサリーもじっと私の反応を待つかのように食い入るように私を見ていた。次に私がどう答えたかはよく覚えていないが、それでも兵器としての原爆の非人道性には凄まじいものあることを言いたかったなどとを呟いて、また反論を浴びたような記憶がある。

思うに、私の方には原爆については何となく被害者意識があって持ち出したのだが、迂闊に原爆のことを持ち出した時のアメリカ人の「パールハーバー」に対する被害者意識の激しさを期せずして記憶に叩き込む結果となった。その後、学校のアメリカ史の授業では日本による真珠湾攻撃に多くのページが割かれ、12月7日はアメリカにとって「屈辱の日」であることが強調されていた。原爆投下が日本との戦争の終焉を早めたとして肯定的に教えられていることも改めて知らされた。この日の出来事によって、歴史における被害者と加害者の認識の巨大なギャップについて胸に深く刻み込むようになった。

アリゾナ記念館で見たもの

私は1998年4月に在ホノルル総領事に任命された。前任者の助言を受けて、着任後最初にとった行動として、アリゾナ・メモリアル(記念館)に出向き、献花をした。日本帝国海軍の奇襲攻撃によって沈んだままの状態にある戦艦「アリゾナ」は静かな碧い半透明の海の底にあり、僅かにそこから気泡が水面に浮かび上がっていた。艦の中にはまだ海軍兵士1177人の大多数の遺体が眠っているという。海上に浮かぶ記念館に向かう船上で案内役の米海軍士官は真珠湾を囲む山を指しながら、「あの方角から日本の攻撃機が多数飛来して爆撃して行った」と冷静に説明してくれた。臨場感溢れる雰囲気の中で、私は当時の模様を静かに心に描いてみた。実際、後年になって当時の状況を記録したアメリカ側作成の実写フィルムを見ると、攻撃の凄まじさとその規模を知ることができた。祖国のためにとこの攻撃に参加した若い日本兵たち、そして多大な犠牲を被った米海軍と傷つけられた米国の威信。日本軍の攻撃によって、地元をはじめとする全米の日系人が多大な苦難を経験した。私は心を込めて海の上に花束を手向けてじっと祈られずにはいられなかった。

献花は死者を悼む行為

アメリカ国内には、オバマ大統領の広島訪問が原爆投下に対するアメリカの謝罪と受け止められるので反対する世論がある。終戦後70年余りが過ぎ、相互の国民の感情にも変化がみられ、最近の若い世代のアメリカ人にも原爆投下について批判的な立場の人もいると聞く。 前述の松尾文夫氏は、相互訪問は「謝罪ではなく死者を悼む献花」であるとして実現すべきだと主張している。日米間に相互に相手に対し被害者意識があるので、両国双方の機微な感情問題から生ずるであろう摩擦を回避するうえで相互訪問は極めて賢明な行為である。1970年、後にノーベル平和賞を受けることになったドイツのアデナウアー首相が、ワルシャワのユダヤ人ゲットーの跡地に赴きナチスによって犠牲になったポーランド人の記念碑に跪いて献花したことが、多くの人の心を打ったことが想起される。オバマ大統領が広島訪問を検討しているのであればなおさら、安倍総理が速やかにアリゾナ・メモリアル訪問を決意し意思表示することが、日米両国民の心理的距離を縮めることになる。総理の早期の決断を期待したい。

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