第4回「友人の数」

元駐タイ大使 恩田 宗

人生駆け出しのころ外国の任地から送った絵葉書を友人の一人が君からもらったものだが覚えているかと見せてくれた。外国がまだ遠かった時代で珍しい異国風景の絵葉書を方々に出した記憶がある。当時は海外視察に来られた議員先生方も選挙区に何十枚もの絵葉書を出していた。旅先の短い時間を惜しんで書いたということで国元での効果が大きかったらしい。 
 最近、絵葉書は勿論のこと手紙や葉書を書くことも貰うことが希になった。殆どの用件はメールや電話で済ますことができるからである。人との連絡が便利で楽になったが仲良くなった人の全てと交信を絶やさず続けることは難しい。時が経つにつれ縁遠くなる人が出てくる。友人として付き合う人の数は年齢と共に増え続けるものではない。
 20年程前、英国の人類学者R・ダンバーが人間は交際に使える時間と脳の能力に限りがあるので一対一で頻繁に会うような「最良の友」は5人、安定した親しい関係にある所謂「友人」はせいぜい230人から100人(平均して150人)が限度であるとの説を発表した。綿密な調査研究の結論であり当時の欧米人の経験値(毎年出すクリスマスカードの数等)にも合っていたので友人150人限度説は広く受け入れられた。友人の数は定義にもよるが本人の性格や年齢・職業の違いによって多い少ないがでてくる。しかし平均すれば日本人でも大体そんなところではないだろうか。
 ところが今この説に疑義が呈されているらしい。IT技術を使いこなすネット世代では数百人から千人を超える相手と常時交信している者が珍しくないからである。彼等は電子画面と対峙する時間が長い。情報過多の状況に慣れ選択肢の多さに圧倒される事はない。文書のスキャンや機敏な意識の切り替えなど高い情報処理能力も身につけている。彼等は150の限界線を突破できる脳を発達させつつあると説く学者が出てきた。ダンバーは会うこともなくSNS等で交信するだけでは質的に友人との交流とはいえず彼等の活動も従来の脳の限度内にあると反論しているという。
 脳の能力についてダンバーはこうも言っている。鳥類や哺乳類で一雌一雄の関係を保つ種はその夫婦関係の維持調整に頭を多く使っている、その気苦労に比例して脳を発達させたので一夫多妻型や乱婚型の種と比較すると体格の割に脳が格段と大きい、と。ネット世代が彼等の親の世代より夫婦関係をうまくこなすことができれば彼等の脳の能力は真実発達していることの証明になるかもしれない。
 なお、前回の米国の大統領選挙ではオバマ陣営の若い世代が活躍し勝利に貢献した。然し彼等はネット通信しただけでは選挙民を説得できず結局戸別訪問や飲み会やバーベキューなどの対面接触に精力を集中せざるを得なかったらしい。手間をかければその分人の心を動かせるということに変わりはないようである。