「国連気候変動枠組条約」締約国会議COP21「パリ協定」の成立

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SE4All諮問理事会メンバー
明治大学特任教授
外務省参与(地球環境問題担当大使)
堀江 正彦

 コペンハーゲンCOP15で一度は「死に体」となった国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の締約国会議は、カンクンCOP16とダーバンCOP17で蘇生し、今回のパリCOP21で「京都議定書」に代わる新しい枠組みとなる「パリ協定」に合意した。これまで5回のCOPに出席して来た筆者が、COP15からの歴史を振り返り、パリCOP21での合意内容と今後の展望について、個人的見解を述べる。

<コペンハーゲンCOP15の失敗とそれを蘇生させたカンクンCOP16>

 2009年12月にコペンハーゲンで開催されたCOP15では、2050年までに世界全体の排出量を50%削減、先進国全体の排出量は80%削減することを目指し、2013年以降の温室効果ガスの排出削減目標をどのように決めるかが最大の焦点であった。参加190カ国のうち、98カ国からオバマ大統領、温家宝首相、鳩山首相を含む首脳が出席して、地球全体の気温上昇を19世紀末の工業化前に比較して摂氏2度以下に抑えるべきとの認識の下、熱を帯びた議論が繰り広げられた。最終的には、2020年時点での数量化された排出目標の実現に関する「コペンハーゲン合意」文書が作成されたにも拘らず採択に至らず、単に「コペンハーゲン合意」を「留意する」に止まり、完全な失敗に終わった。

 この失敗の翌年、メキシコのカンクンCOP16における徹夜の交渉により、「コペンハーゲン合意」に基づいて提出する先進国と途上国の双方の排出削減目標を「正式なもの」にすることができたのである。地に堕ちた感のあった気候変動交渉に対する信頼は、「カンクン合意」でようやくのこと繋ぎとめられたと言ってよい。

<京都議定書に関する日本の立場表明>

 このCOP16において大きな焦点になったのは、わが国が京都議定書の第2約束期間の設定に賛同できないことを明確にしたことであった。松本環境大臣は、日本は京都議定書のスピリットは守り続けるが、世界全体のCO2排出量の27%しかカバーしていない京都議定書では気候変動に対処することは出来ないこと、新たな枠組みは世界全体のCO2排出量の80%以上を占める国をカバーする「コペンハーゲン合意」に基づき構築されるべきことを主張した。

 日本はこれにより、不名誉な化石賞の1位を獲得しただけでなく、「日本は自分の子供である京都議定書を葬り去るのか」と各方面から集中砲火を浴びる結果となった。

<ダーバン・プラットフォーム>

 しかしながら、このCOP16における日本の考え方がベースとなり、翌年の南アのダーバンCOP17において、米国、中国、インド、EUそして日本などが、擦った揉んだの挙句に、ギリギリのところで「全ての締約国に適用される議定書、法的文書または法的効力を有する合意成果を2015年のCOP21で採択する」ためのダーバン・プラットフォームの設置を含む「ダーバン合意」に漕ぎ着けたのである。

 その後のドーハCOP18では「ダーバン合意」が言及する緩和、適応、資金、技術開発・移転、行動と支援の透明性、キャパシティ・ビルディングなどの要素を含む、新しい国際枠組みに関する交渉テキスト案を2015年5月までに作成することが決まり、ワルシャワCOP19では、先進国と途上国の双方が、それぞれ自国が達成可能と考える温室効果ガスの削減目標を含む「約束草案」(INDC)を可能ならば2015年3月末までに提出することが決まり、そして昨年のリマCOP20までの歩みの焦点は、ダーバン・プラットフォームに基づいて、新しい国際枠組みをどう構築するかの交渉であった。

<行動を呼びかけるリマ気候行動声明>

 リマCOP20で採択された「リマ気候行動声明」により、「約束草案」(INDC)の情報内容が確定し、新しい国際枠組みに関する交渉テキスト案の要素を決定するとともに、2015年5月の交渉テキスト案作成に向けて更なる検討を行うことが決定された。

<アジア太平洋経済協力会議(APEC)の際の米中合意>

 昨年11月に北京でAPECが開催された際に、オバマ大統領と習近平主席が気候変動に対処するため、米国は2025年までに温室効果ガスの排出量を2005年比で26~28 %削減し、中国は2030年頃までに総排出量をピークとして削減(ピークアウト)していくことを発表した。

 オバマ大統領が、コペンハーゲンCOP15に乗り込んで合意を目指したときは、各国の顰蹙を買うまでの中国の執拗な反対のために合意することが出来なかったことを思うと、隔世の感ありと言わざるを得ない。

 オバマ大統領としては、コペンハーゲンでの苦い経験を克服したいとの気持ちがあり、足元では、猛威を振るうハリケーンがニューヨークまで直撃し800万世帯が停電し8兆円にのぼる被害を及ぼし、カリフォルニアでは数十年で最悪といわれる高温と干ばつによる山火事で6000人を超す消防隊員が必死に消火作業に当たることになった。

 また、習近平主席としても、PM2.5をはじめ深刻な健康被害を及ぼしている大気汚染は焦眉の急であり、一時的にでも晴天の「APECブルー」を維持するためには、北京より200km圏内の製鉄所やセメント工場の操業を完全に停止させ、乗用車のナンバープレートをベースに市中心部の通行量を半減させるなどの7つの措置を徹底的に実施しなければならないという、切羽詰まった状況にある。

 いずれにしても、世界のCO2総排出量の1位と2位の大口排出国である中国(26.9%)と米国(16.6%)が共に気候変動に対して真剣に取り組むことは、京都議定書の法的義務を受け入れていない両国が、新しい国際枠組みに参画する観点からも極めて喜ばしいことである。

<日本の対応>

 わが国のCOP21に向けた対応のうち、2020年以降の温室効果ガスの排出削減目標については、7月17日第30回地球温暖化対策推進本部において、温室効果ガス排出量を2030年度に2013年度比で26.0%(2005年度比で25.4%)削減する「約束草案」を決定し、国連気候変動枠組条約事務局へ提出した。

 この26%削減をどう見るかは、種々の意見があろうが、1970年代に2度の石油危機を経て、化石燃料から脱却するために多くのイノベーションを編み出し、エネルギー効率を改善する多くの制度を導入することにより、世界に冠たるエネルギー高効率経済を構築したこと、東日本大震災により原子力政策を大きく見直さなければならなくなったことなどを勘案すると、最善のものを打ち出したと言える。

 また、この排出削減目標は、2030年において、再生可能エネルギーを22%〜24%、原子力を22%〜20%、石炭を26%、LNGを27%、石油を3%とするエネルギー・ミックスをベースに、産業部門、業務部門、家庭部門、運輸部門などにおける80を超す対策・施策の積み上げをベースにしており、今後2030年に向けて真剣な努力をしなければ実現できない極めて野心的な目標である。

<パリCOP21>

 フランスは、「全ての締約国に適用される議定書、法的文書または法的効力を有する合意成果を2015年のCOP21で採択する」という「ダーバン合意」を前提に、脚光をあびることとなるCOP21のホスト国になった訳であるが、COP21ではコペンハーゲンの失敗を繰り返さないことを絶対的な目標としたが故に、外交的知恵を最大限に働かせ、至る所で工夫した舞台作りを行った。

 通常2週間にわたるCOPでは、最終段階で登場する締約国の首脳を、COP21では、パリ史上最悪のテロ事件直後の厳戒態勢の中で、初日にオバマ大統領、習近平主席、安倍首相を始めとする150人の首脳を集結させ、高邁な弁舌を奮わせるという奇想天外な仕掛けに出た。そして首脳のいなくなった段階で、ファビウス外務大臣がCOP21議長としてリーダーシップを発揮し、第2週目の予定を土曜日まで1日延長した上で、閣僚レベルで最終的に交渉を妥結させることに成功したのである。

 また、最終日に至るまで、交渉テキストに対する各締約国の修正要求はドラフティング・セッションを設けることなく文書での提出を求め、これを集約させながら3回にわたり議長テキストの修正版を作成するプロセスをとった。そして3番目の議長テキストについては、前日にそれが最終版であるとの触れ込みで配布した上で、最終日となった土曜日の午前に全体会合を招集し、ファビウス議長、オランド大統領、潘基文UN事務総長、フィゲーレスUNFCCC事務局長などが、COP21が成功裡に終了することになったことを喜ばしく思う旨のスピーチを行うセレモニーを開催した。

 特に、ファビウス議長のスピーチは感動的なものであり、COP21に至るまでとCOP21における厳しい交渉にも言及するものであり、会場を埋め尽くした各国政府代表の喝采を浴びた。ただし「パリ協定」を含むCOP決定の成立は、COP21において協定案を含む決定文書の交渉のために設けられた「パリ委員会」における合意,及びCOPにおける採択行為を必要とするものであった。すなわち、恰も合意が成立したかのごとき「最終的な感動セレモニー」を演出した上で、最終的な「パリ委員会」を開催し、誰も文句をつけられない雰囲気を醸成した上で、最終採択の場に臨んだのである。

 勿論、午前の全体会議でのセレモニーの開催と、午後に予定され開始時間が2度までも延長された最後の採択のための締約国会議までの間は、最終テキストに対する途上国を始めとする不満や、2番目の交渉テキストでshouldとなっていたものがshallに置き換わっている問題などに関して、舞台裏で各国の了承を取る議長国の努力が継続された訳であり、議長国フランス交渉チームの外交力が大いに発揮され、最終的に関係国の合意を取り付けることに成功した。

<パリ協定の合意概要>

 「パリ協定」の有する意義の中で最も重要な点は、これまで先進国しか排出削減義務を負っていなかった京都議定書と違い、途上国を含む全ての締約国の排出削減目標の提出を義務としたことであり、「パリ協定」でダーバン・プラットフォームに言う「全ての締約国に適用される」新しい枠組み協定が成立したことであり、これは真に画期的なことである。

 これまでの論争点であった「共通に有しているが差異のある責任」(CBDR)については、厳しい交渉を経て、先進国と途上国との間に若干の差異を設けつつも、協定全体として、京都議定書に規定されている先進国と途上国の区別とは決別した条文となった。

 また、産業革命前からの気温上昇幅の抑制目標については、従来からの摂氏2度以下に抑えることの再確認のみならず、その国土が水面下に沈みつつある島嶼国が強く主張していた摂氏1.5度に抑えることについても努力目標として明記することになった。

 温室効果ガスの排出に関しては、その世界全体の排出量を可能な限り早期に減少に転換(ピークアウト)させ、その後も急速な削減をさせ、今世紀後半には温室効果ガスの排出量と吸収量のバランスをとることを目指すこととし、各締約国はそれぞれの排出削減目標(Nationally Determined Contributions)を提出し、その実現のために必要となる国内措置をとることに合意した。

 これまで約束草案(INDC)と呼ばれてきた排出削減目標(NDC)の扱いについては、長い間の交渉の懸案の一つであった。その定期的な見直しと野心レベルの向上を迫る島嶼国などの途上国とこれを支持するEUに対して、中国、インドなどの新興国は、自国の決めた排出削減目標について他の締約国の容喙を許すことに強く反対したが、最終的には、各締約国はその排出削減目標を5年ごとに見直して提出することと、各締約国の排出削減目標の実施に関する個別レビューを実施することを受け入れた。

 途上国にとっての最大の関心は、排出削減義務を受け入れる見返りとしての資金問題であった。途上国は、2020年以降の資金規模について、「コペンハーゲン合意」で目標額として言及され、カンクンで確認された2020年までに1000億ドルという資金額を下限として、2020年以降も先進国は公的資金にて積み上げるべきことを要求するとともに、資金数値目標を決定しレビューすることを求めた。

 これに対して、先進国側も強く抵抗した結果、先進国は条約上の義務として資金供与することは継続するが、途上国も自主的に資金供与することが奨励される旨を協定に規定するとともに、資金動員については、先進国が、公的資金の果たす重要な役割に留意しつつも、様々な資金源からの資金動員について主導的役割を果たすべきことを協定上で受け入れた。

 他方、資金額1000億ドルを下限とする規定については、これを協定上ではなくCOP決定として、2025年までの間に1000億ドルを下限とする新たな数量目標を設ける旨の規定とすることが、議長最終テキストの案文として認められることになった。

<日本の貢献>

 このように、全ての締約国が気候変動に対処していく必要性からは、気候変動に対処しようと努力する途上国に対して技術や資金の両面からの協力を実施することが極めて重要となる。わが国は、コペンハーゲンで決まった「短期資金協力」(Fast-start finance)を受けて、2010年から2012年までの3年間で、世界118カ国で1023ものプロジェクトを実施し、官民併せて176億ドルの協力を行い、最大の援助供与国となっている。

 その内容は、途上国の温室効果ガス削減を目指す「緩和事業」としての、太陽光発電、地熱発電、風力発電、送電網の整備などのプロジェクト、途上国の気候変動の影響に対処するための「適応事業」としての、自然災害対処能力の向上計画策定支援、旱魃や砂漠化に対処するための安全な水供給などのプロジェクト、更には途上国の森林保全に関するプロジェクトなどである。

 日本は、「短期資金協力」に続く2013年から2015年の3年間も、160億ドル以上の約束をするだけでなく、2014年半ばにはその目標額を超える協力を実施して、途上国より大いに感謝されている。今回は、COP21の初日に安倍総理より、我が国の途上国支援を2020年に官民合わせて現在の1.3倍の約1.3兆円にすることを表明された。

 また、併せて記録に残すべきことは、カンクンCOP16で 設立することが合意された「緑の気候基金」に対しては、安倍総理より昨年11月にブリスベンで開催されたG20サミットにおいて、国会の承認を条件に最大15億ドルまでの拠出を行うことを表明された。米国による30億ドルの拠出表明などと併せ、リマCOP20では目標額の100億ドルを達成し、先進国と途上国との信頼を繋げることに貢献している。

 さらに、温室効果ガスの排出削減に寄与するプロジェクトを途上国と共に実現していくため、新しい市場メカニズムである「二国間クレジット制度」(Joint Crediting Mechanism)を構築して、既にインドネシア、モンゴルなど16カ国と合意し、具体的な事業実現の段階に入っている。

<終わりに>

 気候変動は、まさに人類の生存がかかる重要かつ喫緊の地球的課題であり、先進国も途上国も、全ての国と全ての国民、全てのステークホールダーが協力して対処していく必要がある。

 そうした観点からは、「パリ協定」は、我が国がダーバンで主張したとおり、先進国だけでなく、途上国も含む全ての締約国に適用されるものとなったことは、極めて喜ばしいことである。すなわち、米国議会が受け入れなかった京都議定書において削減義務を持つ締約国が、僅か38カ国程度で世界全体のCO2排出量の27%しかカバーしていなかったのに対して、現時点で約束草案を提出したのが186カ国で世界全体のCO2排出量の95%以上をカバーしていることを考えると、「パリ協定」の枠組みは大いに意味のあることが理解できる。

 つまり、「パリ協定」の枠組みにおいては、途上国を含む全ての締約国が、それぞれの温室効果ガス排出削減目標に向かって、努力して行かざるを得なくなったのである。

 しかしながら、国連における気候変動交渉の大きな問題は、今後すべての締約国が2030年に向けて温室効果ガス削減目標達成のため最大限の努力をするとしても、2030年の世界全体の排出量は55ギガトン程度になると見込まれており、摂氏2度目標を最小コストで達成する経路には乗っていないことが判明している点である。人類は、正に、この「野心ギャップ」をどのようにして埋めるのかという問題に対処しなければならない。

 COP21の舞台回しにおいて、ファビウス議長がその外交手腕を持って最終議長テキストを受け入れるよう関係者を説得した際に垣間見られた途上国の不満も、今後噴出してくる可能性もあることなどを勘案すると、人類の生存がかかる気候変動問題を克服するための国連での努力の前途には、極めて厳しいものがあると言わざるを得ない。

 そうした中にあって、この「野心ギャップ」を埋めることのできる一つの可能性は技術革新であるが、COP21で発表された「ミッション・イノベーション」と「ブレークスルー・エネルギー同盟」は、地球温暖化に対処するための技術革新を実現するに画期的な試みと言えよう。

 「ミッション・イノベーション」とは、オバマ大統領のイニシアティブで誕生したものであるが、世界の研究開発予算の80%を占める20カ国が、5年間でそれぞれの研究開発予算を倍増させる試みである。当然、日本も参加しているが、総額100億ドルとも言われる世界の公的研究開発予算の5年倍増ということは、もの凄い数字である。

 また、これと同時に発表された「ブレークスルー・エネルギー同盟」は、ビル・ゲイツの肝いりで、世界10ケ国からの28人の投資家から構成され、例えば「ミッション・イノベーション」を通じて生まれた初期段階の技術を活用して、市場参入を図りたいと考える企業の商業リスクをカバーする民間投資家の世界的グループである。

 アマゾンのジェフ・ベゾフ、タタのラタン・タタ、アリババのジャック・マ、サウジのアルワリード・タラル、ソフトバンクの孫正義などが名前を連ねているが、これまでビジネスリスクが故に折角の初期技術が商品化に至らなかったボトルネックを解消する試みとしてスタートしたものであり、ビル・ゲイツは総額20億ドルの半分を出資すると報道されている。

 地球温暖化の問題を解決するために必要となる技術革新のためには、巨額の資金が必要であるだけでなく、生まれた技術が商品化しなければ宝の持ち腐れになるわけで、今回の発表は官民が連携した協力体制を築くものとして、大いに将来に期待をもたせてくれる試みである。

 気候変動に対処するための新しい国際的枠組みの構築を提案した日本、そして東日本大震災の惨禍からの復興に力を入れ、エネルギー政策の観点から最適な電源構成を実現していかなければならない日本としては、正にお家芸ともいうべき技術革新に一層の力を入れることにより、地球温暖化抑制のため世界に貢献していくことが望まれるところである。

 また同時に、その日本が、温暖化に対処する途上国支援を弛まず継続し続け、世界のエネルギー効率の改善にも貢献することにより、すべての締約国とともに世界的レベルで、地球温暖化を抑制していくことも、引き続き期待されている。

 (2015年12月25日)