グローバル社会の異文化体験 ホストファミリーから始めてみよう

ogawashi.jpg
元駐デンマーク大使 小川郷太郎

 グローバル人材の育成がようやく日本社会の重要な課題として認識され始めた。いまや企業がそのような人材を求めるようになったし、親たちが幼児からの英語教育に関心を持ち始めて子供の英語教育塾のようなものも出てきた。通常は腰の重い政府だが、文部科学省は一昨年から「トビタテ!留学JAPAN」のキャッチフレーズで日本人の留学を支援するキャンペーンに力を入れ始めている。
 
 グローバル化が速いテンポで進展して久しい。日本を含め、これからの世界は日常的に外国人と付き合わなければ生きていけない時代に入りつつある。海外からの観光客が増えて街で道を聞かれることもあろうが、グローバル化に伴ってとくに経済面での国家間の相互依存関係がとても幅広くかつ深くなっている。東日本大震災でも明らかになったサプライチェーンの現実のように、物ひとつを造るためには多くの国との間で部品を売ったり買ったりしなくてはならない。最近の少し前まで円高傾向が続いたため、日本の中小企業も海外に出て製造せざるを得なくなった。外国人と交渉したり付き合ったりしないと仕事の上でも困ることになる。国際会議や商談や文化交流もますます多くなっている。
 このような時代の中で、日本はその「内向きな」志向のため世界の中で相当遅れをとってきた。例えば、東南アジア諸国や韓国、中国などの近隣国でも海外に留学する若者の数は多く、英語などの外国語で発信し、説得力のある議論を展開できる人材は豊富である。日本は「遅きに失した」と考えるのではなく、今からでも大いに世界の流れに追いつく努力が必要だ。それは個々の若者の将来にとっても有益であるし、日本全体にとっても極めて必要なことである。
 
 言うまでもなく、世界は非常に異なる歴史や文化を持つ国々で構成されていて、グローバル化した国際社会では、異なる文化を持った国民同士が直接に向き合っていかなければならい状況にある。グローバル人材に求められる資質は外国語の能力はもちろんだが、それだけでは不十分である。それに加えて、外国人と自然体で自由に話す姿勢とその際に必要な異なる文化に対する関心や理解力、さらには国際情勢を知ってバランスをとった見方をすることも不可欠である。換言すれば、異文化理解の能力とも言ってよい。だから、これからの若者には異文化理解能力を高めて行くことが求められている。
 この能力を育成するのに最も効果的な手段はやはり海外留学であろう。日本と違う生活環境の中で自分を処して対応していかざるを得ないからである。驚きや戸惑いが多いが、その過程を進むことが異文化理解力を育て、視野を拡げ、人間の幅を大きくするとても良い効果をもたらすのである。
 
 ひとくちに留学といっても、様々な目的、形態、行き先があるので一概には言えないが、異文化体験という見地からは高校時代の留学が大学・大学院レベルでの留学より遥かに目的に適う。大学や大学院レベルの留学は通常学問の習得や学位の取得が主目的であろう。勉学や研究に多くの時間を割くので、多様な生活体験をする機会はそれだけ限られる。これに比べて高校時代の留学は、現地の家庭にお世話になって生活をする場合が多く、学校や地域での様々な行事に参加する機会にも恵まれ、異文化体験の幅は格段に拡がる。感受性の高い時代であり、異文化体験の吸収力も極めて大きい。
 筆者も高校時代にアメリカに1年留学したが、実際、この体験は私の人生に革命的ともいえる効果をもたらした。日本と世界が相当違うという事実の発見、国々によって文化が違うことの意義、そういったことに伴う自分の将来の道の選択に決定的影響をもたらした。高校留学体験をした多くの仲間が同じように感じている。
 高校時代にイタリアに留学した娘を持つ父親が私に嬉しそうにこう語ったことがある。「ウチの娘はイタリアにおける日常生活が日本と凄く違うことに驚いたが、あちこちで目にするデザインの斬新さに心を奪われ、自分は将来デザイナーになろうと決心して帰ってきた。そして大学でデザインを勉強し、今は国際デザイナーとして活躍している」。全く異なる環境におかれて、今まで気が付かなかった自分の好きなことや能力を発見してそれを開花させた例である。日本にいて受験勉強に邁進していたら得られなかったであろうチャンスをものにしたのだ。
 
 高校留学であれ、大学留学であれ、いざやろうとするといろいろ超えるべきハードルがある。外国語の習熟度もさることながら、留学費用のことや、目の前の受験勉強や就活をどうするかなどの問題もあるだろう。しかし、それは留学によって得られる将来への大きな可能性との比較で考えるべき問題であろう。
 
 留学するのではないが、もう少し気軽に異文化体験することも可能である。それは海外から来る留学生を家庭の一員として迎える(ホストファミリーになる)ことである。筆者は、現在世界の国々との間で高校生の交換留学を推進するAFS日本協会の役員をしている。この協会では、日本の高校に留学に来る年間400名ぐらいの世界各国の高校生を日本各地の家庭や学校で受け入れる活動をしている。国情や文化の違う海外の生徒を家族の一員として受け入れて一緒に生活することはけして容易ではないこともある一方、とても楽しく、意義深い新しい発見や喜びも多い。その意味合いを考えてみよう。
 まず、家庭の中に新しい息子または娘が「出現」して家族が一人増えることになる。実の子供を育てる場合にも苦労はあるが、子供を持つ喜びは何ものにも勝る場合が多い。日本全国には繰り返しホストファミリーをされる方々がいるが、そういう人たちは、「私たちには世界に何人もの息子と娘がいて、ときどき日本に戻ってきてくれるし、私たちが向こうに行くこともある」と言って嬉しそうに笑顔を見せてくれる。最近聞いた話だが、1979年に宮崎県の高鍋高校に留学したラースというデンマーク人はその後もお世話になった獣医さんのご家庭(ホストファミリー)と交流を続けていたが、日本のお母さんが92歳で亡くなったため葬儀に飛んできた。デンマークに戻ってから、日本のお母さんへの思い、日本の素晴らしさなどについて心を込めて綴り、それがデンマークの有力紙に掲載されたそうだ。末永く海外の「子供」と日本の家庭との絆が続く場合が多い。
 違う文化の国から来た青年と一緒に日常生活することによって、ホストファミリーの家族一人一人が異文化体験をして思いがけない貴重な発見をすることができる。イスラム文化圏の国から来る生徒と起居を共にするホストファミリーの方々は食事や祈りなどで気を遣う面はあるが、馴染みの薄かったイスラム教のことについて多くを学んだり、良いところを知ったりすることができる。ニュースなどで形成されるイスラムのイメージとは違うことを発見する。中国、韓国、その他のアジア諸国からの生徒たちも日本に留学に来ている。最近は近隣国との関係がうまくゆかない状況にあるが、これらの国からの素晴らしい生徒が家族の一員になることによって、相手国に対して随分認識を改めたりすることも多い。どの国にも良い人たち、良い子供たちがいるのだという当然のことが分かってハッとしたりもする。ホストファミリーは、国籍を超えた人間としての付き合いともいえ、学ぶことは多い。
 日本に来る生徒たちは、日本が好きだったり憧れてくる場合が多い。日本語をすでに勉強してくる子も多いし、そうでなくても来日してからの日本語の上達は目覚ましいほど早い。日本の学校や家庭での生活を通じて一層親日的になる。日本で勉強した青年が将来も日本との関係の仕事に就く例も多い。先ほどご紹介したデンマークのラース君は、脚本家山田太一さんの小説「遠くの声を探して」の映画化の権利を取得して、舞台をデンマークに移して映画化するそうだ。現在日本で活躍中の外国人の中に元留学生もいる。ホストファミリーをすることが国際関係の改善に貢献することにもなる。
 家庭の中に同世代の子供がいれば、その子にとって海外への興味が深まり自ら留学を志す例も多く見てきた。家庭の中に小さなお子さんがいれば、その子にとって普通に外国人と付き合うことに慣れ、海外に関心も持つようになる。つまり、将来の異文化理解力を持つ若者を育成することでもある。
 ホストファミリーをしてみようかと思っても、自分は英語ができないとか、家に個室がないとか、異文化の人と付き合って喜んでもらう自信がないなどの理由で躊躇する人もいる。しかし、実際には英語の能力は必要ではない。個室がなくても構わない。両親が揃っていなくてもいいことになっている。海外からの高校生も日本で異文化体験をしにやってくる。その中で日本語を学ぶことも大きな目標であるので、ホストファミリーが日本語で通しても留学生の勉強になる。完全に意思が通じないとしても、家族として付き合っていけば気持ちも通じる。だから、留学生に特別に気を遣って遠慮する必要はない。自分の子供に教えたりするようにすればいいし、必要なときは叱ることも大事だ。ふたたびラース君のことだが、彼は日本のお母さんから教えられたことが今でもすごく役に立っていると新聞での寄稿のなかで述べている。私も高校時代に1年間アメリカ人の家庭にお世話になったが、アメリカ人父母、姉弟からアメリカについて実に多くのことを学んだ。叱られたことも異文化理解に大いに役立つ。特別扱いは不要なのだ。
 こういうことから見ると、ホストファミリーは、こちらにとっても向こうのためにもたいへん良い異文化経験であり、将来にわたり思い出深いものにもなる。ホストファミリーを体験した多くの人々も、ホストファミリーのお世話に預かった筆者も、皆そのように思うことが多い。
 
 文化や国籍が違っても、一緒に住んでみると「人間同士は皆同じだ」ということが実感できる。ホストファミリーをやってみてはいかがですか。どんなことか、ちょっとイメージを持つために、次のホームページを覗いてみてください。
 http://www.afs.or.jp/hosting/

この投稿へのコメント

コメントはありません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA


この投稿へのトラックバック

トラックバックはありません。

トラックバック URL