「万人の為の持続可能なエネルギー」(SE4All)

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堀江 正彦

SE4All諮問理事会メンバー

明治大学特任教授

外務省参与(地球環境問題担当大使)

 2015年は、これまで世界が努力してきた開発問題と気候変動問題に関して、世界が新しい枠組みに合意しなければならない極めて重要な年である。

 さる8月2日、「ポスト2015開発アジェンダ」を議論していた政府間交渉において、これまで策定されてきた「持続可能な開発目標(SDGs)」をベースに、「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択されるに至った。

 この「持続可能な開発のための2030アジェンダ」は、9月に開催される国連サミットにおいて正式に採択されることになるが、前文と政治宣言に加えてSDGsである17のゴールと169のターゲット、そして実施手段とフォローアップ・レビューを含め、ほぼ30ページにもなる文書である。

 2001年に合意された「ミレニアム開発目標(MDGs)」が、主に途上国の開発を目的として、8のゴールから構成されていたことから考えると、極めて大部のものではあるが、地球と人類が大きな挑戦を受けている現状において、先進国も含めた持続可能な開発を実現するためには、17もの目標を同時並行して追求していく必要があることは十分に理解できる。

 また、人類と地球にとってのもう一つの大きな挑戦は地球温暖化の問題であるが、国連気候変動枠組条約の下で、2010年以来、日本が京都議定書に代わる新しい枠組みを策定すべきことを声を大にして主張し、2011年のダーバンCOP17において、「すべての締約国に適用される新しい枠組み」を策定することについて合意をみた。その後、努力が傾注されてきたが、このダーバン合意に基づいて、12月にパリで開催されるCOP21において、新しい枠組みに合意し、すべての締約国が、2030年に向けて地球温暖化ガスの排出削減を実施していく必要がある。

 まさに、この地球の将来のため、我々の子々孫々に「負の遺産」を引き継ぐことなく、世界から貧困をなくし持続的な形で開発を進め、同時に地球温暖化を食い止めることにより、人類が憂いのない形で生存して行ける環境を整えなければならない。

 本稿では、筆者が諮問理事会のメンバーを務めている「万人のための持続可能なエネルギー(Sustainable Energy for All))」が、人類の将来にとって死活的に重要な「持続的な開発」と「気候変動の抑制」という二つの大きな課題を繋いで両立させようとしている努力を紹介する。

 

「万人のための持続可能なエネルギーの10年」の発足

 2011年、国連総会において「SE4Allを2012年の国連のテーマ」とする総会決議が採択された。これを受けて、2013年の国連総会において、2014年から2024年を「万人のための持続可能なエネルギーの10年」とする総会決議が満場一致で採択された。

 これは、バン・キムン国連事務総長が2011年にSE4Allハイレベル・グループを組織する前から力を入れているイニシアティブであるが、2012年9月に諮問理事会(Advisory Board)が立ち上げられ、その目標達成に向かって努力が傾注されることになった。

 筆者も、2013年6月に、共同議長であるバン・キムン事務総長とジム・ヨンキム世銀総裁から諮問理事会のメンバーとして招請され、累次の会合に出席することとなった。

 

「万人のための持続可能なエネルギー」SE4Allとは何か?

 SE4Allとは、”Sustainable Energy for All” の略であり、次の3つの目標からなるイニシアティブのことである。

1. ユニバーサル・エネルギー・アクセスの確保

 今日世界には、家庭用電力に必要なエネルギーを得られない人々が11億人、毎日の食事を料理するためのクリーンなエネルギーを得られない人々が29億人いる。

 この人たちは、木片や石炭や家畜の糞などを燃料にして毎日の料理や暖房をとっているため、燃料確保に多くの時間を費やすだけでなく、小さな家の中で立ち上る煙によって肺疾患などの病気にかかり死亡する人々が430万人に上り、HIVによる死者よりも高いと言われている。しかもその多くが、毎日の料理を担当する母親と娘たちであることから、クリーン・エネルギーへのアクセス問題は女性と子供の問題であるとも言われている。

 また、電力エネルギーそのものが得られないため、彼らの経済活動は極めて限られた範囲に留まっており、貧困を克服しようと思ってもなかなか思うようには行かないのが実情である。

 上述した「持続可能な開発目標(SDGs)」の17の目標のうち7番目の目標としてエネルギーの確保が掲げられることになったが、これはSE4Allの努力の成果でもある。まさに、本年末をもって終了する「ミレニアム開発目標(MDGs)」には、その8つの目標にエネルギーが含まれていなかったため、貧困問題の解決の重要な要素となるエネルギーに焦点を当てたSE4Allが発足した経緯がある。

 したがって、これらの貧困にあえぐ人々のために、クリーンなエネルギーを確保し、開発を進め、貧困からの脱却を手助けすることが、SE4Allの最も重要な目標である。

2. エネルギー効率の改善率の倍化

 万人がエネルギーを持続的に享受できるようにするためには、技術革新や省エネにより世界におけるエネルギー効率を上げる必要があり、2009年までの改善比が1.2%であるのを2030年までに2.4%になるよう、エネルギー効率の改善率を倍化することが、二つ目の目標である。また、エネルギー使用量が世界的に増える中、エネルギー効率を進めることにより温室効果ガスの排出を抑制することができる。

 わが国は、1970年代の2度にわたる石油危機を経て、官民によるエネルギー効率改善の努力を弛まず継続してきたことにより、今日では世界に冠たるエネルギー高効率の経済を築きあげることに成功した。国際エネルギー機関の2011年統計をベースにはじくと、仮に世界各国のエネルギー効率が、わが国のレベルに達すれば、世界の第一次エネルギー消費量の56%もの節約が可能となる。

 また、わが国の「トップランナー制度」は、冷蔵庫、クーラー、テレビ、乗用車をはじめとする約30品目について、民間メーカーの間でエネルギー効率を向上させるための競争を制度的に導入したものとして世界でも注目されている施策である。さらに、わが国の「エネルギー管理士制度」なるものも、主に中小企業を対象に、企業体なり事業所や工場ごとに、如何にすればエネルギー効率が図られ、エネルギー節約を実現することが出来るかを助言する制度であり、大いにその実績も積み上がってきており、途上国でもその導入を整備したいと希望する国が増えてきている。

 

3. 再生可能エネルギーのシェア倍化

 ユニバーサル・アクセス実現のためには、気候変動との関係で地球温暖化ガスの排出を最低限に抑える必要があるため、万人のためのエネルギーは出来るだけ再生可能エネルギーによってカバーすることが望まれる。そのために、現在15%でしかない再生可能エネルギーのシェアを2030年までに30%まで引き上げることが、三つ目の目標である。

 開発を促進するために、万人のためのエネルギー確保が重要であるとしても、仮に11億人ないし29億人の貧しい人たちのために化石燃料が確保されるとしたならば、地球温暖化を抑制するために各国が地球温暖化ガスの排出を抑制しようと努力していることと矛盾してしまう。

 したがって、可能な限り、万人のためのエネルギー確保は再生可能エネルギーでカバーされなければならない。またこのことが、SE4Allが「ポスト2015開発アジェンダ」と「気候変動問題のための新しい枠組み」を繋ぐ役割を担うことの所以でもある。

 再生可能エネルギーの中でも太陽光発電、風力発電は、他のエネルギーに比べて競争力が低いと言われてきたが、世界的な普及に伴いコストも下がり、競争力が高まっている。このような状況下、再生可能エネルギーのシェアを倍増し、世界的なエネルギー使用量の増大比率以上に普及させていく必要がある。

 

エネルギーは『金の糸』

 バン・キムン事務総長が、よく使う表現が「金の糸」である。つまり、エネルギーは、貧困を軽減し、経済成長と社会的公正を高め、世界の繁栄を結びつける「金の糸」である、という言い回しであるが、これは的を射ている。

 エネルギーに対するアクセスがあって初めて経済成長が可能となり、貧困削減も可能となるのであり、エネルギーの確保なくして人間社会の公正な進歩は見込めない。まさにエネルギーは持続可能な開発の鍵となるものであり、それゆえに、上述の通り「持続可能な開発目標(SDGs」」において7番目の目標として掲げられることになった。

 諮問理事会のメンバーとなって、累次の会合に出席してきたが、回を経るにしたがって、SE4Allの目的とする3本の目標が大きなうねりとなり、先進国ドナー、特に欧米諸国とマルチの援助機関の重要な援助目標となっていく感を強くするようになった。

 それは、米国やデンマーク、ノルウェーをはじめとする北欧諸国がSE4Allの目標とするところを後押ししているだけでなく、バン・キムン国連事務総長とジム・ヨンキム世銀総裁がリーダーシップを発揮しており、これを地域開発銀行や国際機関がサポートしようとしているからに他ならない。国連事務総長と世銀総裁の二人が、「韓国系コネクション」として国連関係者を羨ましがらせる程に緊密な関係にあり、これほどの蜜月関係は歴代なかった、というのが国連での専らの噂である。

 また、忘れてはならないのが、実際に最前線でSE4Allを率いてきた国連事務総長代表カンデ・ユムケラーの類まれなる情熱とエネルギーであろう。ユムケラー代表は、シエラレオーネ出身の農業経済学者であるが、母国の通商産業大臣を務め、国連工業開発機構(UNIDO)事務局長を歴任し、SE4All担当CEOに就任した人物である。これまでのSE4Allの成果は彼のリーダーシップによると言っても過言ではない。

 本年5月の諮問理事会において、筆者は、エネルギーは貧困撲滅と経済開発を同時達成するための「金の糸」であるが、SE4Allそのものが「持続的開発」と「気候変動抑制」の同時達成のための「金の糸」にならなければならないと発言した。

 この発言を受け、UNIDOのリー・ヨン事務局長は、SE4AllとUNIDOとが共催で6月に開催した「ウイーン・エネルギー・フォーラム」でのキーワードを「金の糸」とすることにした経緯がある。その文脈の中、ウィーンでのフォーラムでは、エネルギーと水、エネルギーと食料、エネルギーと健康といったテーマで様々な課題について議論された。まさに、先進国をも巻き込んだ、持続可能な開発である。

 

わが国の貢献

 そもそもわが国は、世界に冠たるエネルギー関連技術を有していること、気候変動に対処するため緩和と適応の両分野でエネルギー関連の途上国支援を重点的に行っていることから、エネルギー分野の途上国支援においてトップ・ドナーである。また、SE4Allのそれぞれの分野において、多くのサクセス・ストーリーとも言うべきプロジェクトを実施してきている。

 主な例を挙げると、次のとおりである。

 (1)ユニバーサル・エネルギー・アクセス

 ブータンの地方電化事業において、JICAがブータン政府やADBと協力して2008年に54%でしかなかった家庭電化率を2013年には95%までに引き上げた。

 (2)エネルギー効率改善率の倍化

 経産省と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、環境省と国立環境研究所(NIES)、外務省と国際協力機構(JICA)などが、開発途上国におけるスマート・コミュニティや低炭素都市の構築を支援し、JCM(二国間クレジット制度)の導入によりエネルギー効率改善に寄与している。

 (3)再生可能エネルギーのシェア倍化

 地球温暖化に対処するための途上国支援の一環として、アフリカ大陸などにおいて、地熱発電、太陽光発電、風力発電などの再生可能エネルギー・プロジェクト支援を行っている。

 

SE4Allのエネルギー効率改善分野での貢献

 (1)「エネルギー効率促進ハブ」の東京設置提案

 特に、アジア諸国のエネルギー効率改善に寄与してきている「一般財団法人・省エネルギー・センター」のノウハウや技術を途上国に提供することにより、同センターがSE4Allの「エネルギー効率促進ハブ」となり、SE4Allの目標達成のため協力することを提案し、昨年9月の国連総会と平行して開催されたSE4Allの会合において、省エネセンターの祖川常務理事より、ユムケラー代表に対して、「エネルギー効率改善促進ハブ」となる旨の意図表明文書が手交された。

 本年10月には、この「エネルギー効率促進ハブ」の主催で、東京に世界各国のエネルギー効率改善に努力する都市の専門家を招いた「第1回エネルギー効率改善フォーラム」が開催される予定である。

 (2)富山市を「エネルギー効率改善都市」に推薦

 SE4Allでは、エネルギー効率改善率の倍加にコミットする都市を選定し、これらの都市のエネルギー効率改善を支援していく戦略を推進しているが、これまでLRTの導入などによるエネルギー効率改善に努力してきている富山市などは、これに参画するに値する都市である。かくして、昨年9月の国連総会と平行して開催されたSE4Allの会合において、森雅志市長より「エネルギー効率改善都市」として参加することを宣言して頂いた。

 (3)「SE4Allフォーラム」の開催

 わが国におけるSE4Allの知名度はまだまだである。その観点から、本年10月に、東京でのフォーラムに先立ち、富山市が「SE4Allフォーラム」を開催する。わが国としてSE4Allをサポートしていく姿勢を、富山市が率先して体現して下さることは大変喜ばしいことである。

 

SE4Allの新しい体制

 SE4Allは、政府、民間企業、NGO、国連機関などからの代表メンバーから構成されている。これは、SE4Allの3つの大きな目標に向けて、政府のみならず、民間企業、NGO、国際機関などの多くの関係者の知見、技術、資金を動員する必要があるとの考えに基づくものである。

 筆者が属する諮問理事会には、政府関係では、米国のケリー国務長官、アイスランドのグリムソン大統領、民間企業では、シェルのパウエル副社長、アクセンチャーのオラニエ社長、NGOでは、IUCNのアンダーソン事務局長、世界経済フォーラムのシュワブ会長、国際機関では、UNDPのクラーク長官、OPECファンドのスレイマン事務局長など、錚々たるメンバーが名前を連ねている。

 さて、そのSE4Allを率いるユムケラー代表は、母国シエラレオーネの大統領選挙に立候補し、最貧国たる自国の発展のために尽力することを決心したため、7月末で国連を離任することになった。現在、SE4Allの後任が就任するまでの間、コンサルタントとしての立場で、引き続き臨時にその役目を果たしている。

 後任としては、世界銀行の副総裁であるレイチェル・カイト女史が、100名を超す候補者の中から選考された。カイト女史は、現在の世銀の気候変動担当大使としての職務をパリCOP21まで勤めあげた上で、国連事務総長よりSE4All担当の特別代表に任命されるとともに、平行して立ち上げられるSE4Allの新しい体制であるSE4All Support Partnership(SSP)と称するINPO(国際的非営利法人)のCEOに来年1月1日に就任することになる。このINPOは、オーストリア政府の招請を受け、ウィーンを本拠地に定め、国連と連携協定を結び、国連本部内のSE4Allのチームと組んだ形で、2030年に向けた努力が展開されることになる。

 まさに、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択されるのと時を一にして、今後のカイト新代表のリーダーシップが注目されるところである。

 

最後に

 本年12月にパリで開催される気候変動条約の締約国会議COP21では、気候変動に対処するため、京都議定書に代わる新しい枠組みについて合意しなければならない。

 SE4Allは、フランス政府と協力しつつ、COP21の機会に「エネルギーの日」を設け、世界より100の都市と100の金融機関と100の民間企業の代表を招き、エネルギー効率を改善する運動を世界的なものとするキャンペーンを展開することを企画している。

 いかなる方法であれ、地球温暖化の進行を抑制し、持続可能な開発を実現しなければ、我々人類の未来はないことを認識しなければならない。

 まさに今、地球存亡の危機にあると言って過言ではない。

(2015.9.6記)