太平洋同盟とチリ・バチェレ外交


前駐チリ大使 村上秀德

 2014年11月24日月曜日、チリ・サンチャゴのガブリエル・ミストラル・センターで「地域統合に関する対話;太平洋同盟とメルコスール」(Dialogo sobre Integracion Regional: Alianza del Pacifico y Mercosur)と題するセミナーが開催されました。これは、チリ政府が主催したもので、太平洋同盟、メルコスール双方の外務大臣、貿易担当大臣等が出席し、中南米における地域統合の2つのイニシアティヴの間の融合、協力の在り方について議論されました。
 主催国であるチリのバチェレ大統領が冒頭あいさつし、「この地域全体の関心事項について双方の地域統合のプロセスが融合を開始する歴史的な日である」とこのセミナーの意義を強調しています。

 このセミナーはバチェレ政権がその当初から太平洋同盟の中で主張してきた太平洋同盟と他の地域統合との対話、特にメルコスールとの対話の一環であり、6月20日のメキシコにおける首脳会議で他の首脳の合意を取り付けた具体的行動プログラムの一つでした。

 チリのバチェレ政権はどうして太平洋同盟とメルコスールの対話を推進しようとしているのでしょうか。
 太平洋同盟は前向きで自由主義的な取り組みとして世界の注目を集める一方、メルコスールは保護主義的で後ろ向きな関税同盟とみられ、2つは南米における対照的な地域統合であるというのが一般的なとらえ方です。その2つが対話をし融合の試みをしようというのは一見、困難なことを主張しているかに見えます。このバチェレ政権の狙いはどういうところにあるのでしょうか。

 太平洋同盟は、ペルーのガルシア大統領の提案からスタートし、2012年6月のチリ・パラナルにおける首脳会議での基本条約採択で事実上発足しました。その首脳会議には、当時日本大使をしていた私も招待され出席しました。(その意味で、私には太平洋同盟に対して個人的な特別の思い入れがあります。)その首脳会議に招待されたのは日本のほかにカナダとオーストラリアのみでした。その招待国の顔ぶれからも、当初から太平洋同盟がアジア太平洋との関係強化を目指した取り組みであるということがうかがえます。

 その当時のチリのピニェラ政権は、太平洋同盟の立ち上げ、その基本的な枠組み作りの過程で非常に強いリーダーシップを発揮したと思います。採択された時はコロンビアが議長国でしたが、太平洋同盟の補足議定書の作成の交渉をチリ政府は2012年の議長国のときから引っ張ってきたという印象を持っています。太平洋同盟のホームページを覗かれると300頁近くに及ぶ補足議定書を見ることができますが、砂糖等のごく一部の品目を除き最終的に関税撤廃を目指すマーケットアクセスのみでなく、投資、競争、金融、人の移動等多くの分野がカバーされ、私の印象では、太平洋同盟の基本的枠組み作業はこの補足議定書の採択でほぼ終了し、後はこれにどれだけ中身を積み上げていくかではないかと思われます。
 中南米にはいくつも地域統合の動きがありますが、ご案内のとおり、実質を伴い、早いスピードで実績をあげているのは太平洋同盟のみです。パラナルの首脳会議に出席して目の当たりにしたのですが、作業の各分野を加盟国の外務大臣ないし貿易大臣が取りまとめ責任者になり、首脳の前でその担当分野の進捗状況を発表させられておりました。首脳のメンツもありますし、各大臣に恥をかかせられないという力学が働き、競争して成果をあげているという印象でした。
 この太平洋同盟は、ご存じのとおり、世界各国の注目を集め、現在約30の国がオブザーバーとなっています。コスタ・リカとパナマが加盟の予定です。
 2013年1月にチリで開催されたCELAC(ラテンアメリカ・カリブ諸国共同体)の首脳会議の際、メルコスールは太平洋同盟へのオブザーバー参加を打診したが、当時の議長国チリのピニェラ大統領はオブザーバーは個々の国のみに参加資格があり、関税同盟としては参加できないと、その申し出を断ったといわれています。ちなみに、日本はこのCELAC首脳会議の際併せて開催された太平洋同盟の首脳会議でアジアの中で最初にオブザーバーとして認められました。

 メルコスールでは、ウルグアイとパラグアイがオブザーバーとなっています。これは、身動きがとれなくなっているメルコスールのなかで、各国政府が太平洋同盟との関係に期待を示す動きとして注目されます。
 そのころから、ブラジルのルセフ大統領などは太平洋同盟に対しあまり快く思っていなかったふしがあります。太平洋同盟側としては、その統合の取り組みはメルコスールに対抗するものではなく他国に開かれたものであり、政治的意図はないと再三言っているにもかかわらず、世の中では、西側(太平洋同盟)と東側(メルコスール)を対立的にとらえる論調が増えました。

 ピニェラ大統領は、この太平洋同盟のほかにもTPPやタイ、インドネシア、インドなどとの自由貿易協定を推進しました。その一方で、ブラジルやアルゼンチンといったら米の東側の国の首脳とは、どうもそりが合わない感じもありました。昨年、ペルーとブラジルの首脳会談が開催された際、チリの有力な新聞エル・メルクリオの論説で、チリとブルジルの関係がとりあげられ、ペルーのウマラ大統領とブラジルのルセフ大統領との間では4回の首脳会談が開かれたが、チリとは1度しかなかった、しかし、両国は双方に多額の投資をするなど経済関係は順調で、両首脳が会わなくても特段問題は生じていない、と論じていました。

 そのようなピニェラ政権の次に登場したバチェレ政権は、近隣諸国、特にブラジルやアルゼンチンとの関係再構築をその外交政策の大きな柱にしています。前政権に対するアンチテーゼということもあるでしょうが、ピニェラ政権が、経済外交に偏していて、近隣諸国との関係が必ずしもうまくいっていなかったとみなしたためです。(これについては、ピニェラ大統領の責任ではなく相手が悪いんだという意見も当然あります。)ムニョス・チリ外相は、事あるごとにチリ外交の南米への回帰と言っています。バチェレ大統領は、就任後最初にアルゼンチンを訪問しました。引き続き、ワールドカップの開催式の際にブラジルを訪問し、ルセフ大統領と会談しました。ブラジルやアルゼンチンという大国を隣に抱えるチリとしては、これらの諸国との関係を良好に維持する必要があるのは当然で、東アジアで日本が近隣諸国との関係改善に努力していることと重なって見えます。
 しかし、このバチェレ政権の外交方針は、単に近隣諸国との関係改善ということだけではないという感じがします。政権の政治的イデオロギーというと言い過ぎかもしれませんが、政権同士の、特に首脳間のイデオロギー的親和性というのが少なからず影響していると思います。中南米の外交関係を観察していると、素人の私でも、イデオロギーの影響というものを感ぜざるをえません。バチェレ政権もその発足後最初に首脳会談をしたのが、エクアドルのコレア大統領でした。ベネズエラの国内の混乱に対しUNASURでベネズエラ政権と反対派の対話メカニズム構築を主導したのもバチェレ政権でした。前大統領のピニェラがベネズエラ・Maduro政権の人権侵害を激しく非難したのとは対照的でした。 
 このようなパチェレ政権の外交姿勢が、太平洋同盟とメルコスールの対話促進、融合の取り組みというチリ現政権の主張の背景にあると思います。

 冒頭触れたセミナーだけでなく、太平洋同盟とメルコスールの間では、外相会合等いろいろな取り組みがなされると思います。バチェレ大統領は、今回のセミナー冒頭のあいさつの中で、2つの地域統合の双方で協力可能な分野として、人の移動、貿易円滑化、両岸をつなぐインフラ整備などをあげています。
 これから、この試みがどのように実を結んでいくか見守る必要があります。
 保護主義的な傾向を見せてきたメルコスールが再選されたルセフブラジル大統領のもとで開放的な政策に舵を切れるのか、注目されます。メルコスールの政策にではなく太平洋同盟の政策にハーモナイズしていく必要があるからです。


2012年6月、チリ・パラナルでの第4回太平洋同盟首脳会合記念写真

 そして、単なる対話の域を脱し、交渉というステージに入れるのか、が重要なポイントでしょう。

 さらに、チリは太平洋同盟とメルコスールの融合を推進する中で、ラ米の東と西の架け橋になる、ラ米のアジア太平洋に対する玄関口になると言っています。この目標が、アンデス山脈を越える東と西をつなぐ大動脈が整備されることと相まって、本当に達成されてくる日を楽しみにしています。そうなるとチリという国は日本にとってますます重要になってくると思います。

 太平洋同盟とメルコスールの融合という壮大な構想の実現には、チリ政府のみならず、太平洋同盟とメルコスール各国の継続的な努力が求められます。そして、そのためには、関係国の政治的安定という難しい要件が満たされる必要があります。 仮に融合という段階に至らなくても、両地域統合の相互作用が好ましいシナジーをもたらすことを期待します。 UNASURの先の首脳会合で人の移動等の統合の作業を再開すると決定しましたが、これは多分に太平洋同盟の動きのスピン・オフ効果ではないかとみています。

(この原稿を事務局に送付したのち、中南米で2つの注目すべき動きがありました。ひとつは、昨年の12月17日に米国のオバマ大統領とキューバのカストロ国家評議会議長が両国の国交正常化に向けた交渉を開始するとの発表を行ったことであり、もうひとつは同じく昨年暮れの12月23日にチリ、アルゼンチンの両国間でマイプ条約の付属議定書が署名され、その中でチリのコキンボとアルゼンチンのサンフアンをつなぐアグア・ネグラトンネルの事業実施が合意されたことである。前者は、言うまでもなく、今後の中南米における政治外交地図を大きく変えることが予想され、地域統合の動きに少なからざるポジティブな影響を与えると思われ、また、後者は南米東西の連結性を強化する具体的動きとして注目される。)