AIIB設立協定を読む―ADB法務部における経験を踏まえて―

小 島 誠 二

(元ADB法務部上級法律専門家)

(元駐タイ大使)

はじめに

 

 2015年6月29日、北京においてアジア・インフラ投資銀行設立協定(Articles of Agreement of Asian Infrastructure Investment Bank)の署名式がとり行われ、中国を含む50か国が本協定に署名した。AIIBについては、日本政府は不透明な組織運営や融資審査基準などを理由に参加を見送ったとされているが、日本は参加した上で、AIIBの内側から改革を行っていくべきであるという意見も根強い。ただ、AIIBに関する公開情報が限られているため、新聞などでなされている議論は、AIIBがどのような銀行になるのかを十分踏まえてなされていないような印象を受ける。署名式の挙行に伴い、設立協定の内容が明らかとなったので、筆者のADB法務部における経験を踏まえ、ADB設立協定と比較しながら、AIIB設立協定の内容を検討してみたい。

 

ADB法務部での経験

 

 (法務部への出向)筆者は1986年3月からマニラに本部を置くアジア開発銀行(ADB)法務部(OGC)に3年間勤務した。外務省からの初めての出向者であり、赴任当初は苦労の連続であったが、多国間開発銀行(MDBs)の機能と政策、開発金融政策、プロジェクトの形成と実施などについて深く勉強することができた。この経験は、その後経済協力局やJICAにおける仕事、特に開発途上国政府との政策協議、DACでの議論などで大いに役立ったと考えている。

 

 (ADB法務部)ADBの法務部は、世銀の制度を導入したもので、当時は米、豪、NZ、仏、印、韓国、日本、比などから弁護士資格を有する約20人のローヤーが様々な法律問題に取り組んでいた。なお、ADB全体では約60人の日本人を含む約600人の専門職員と約1000人の補助職員が働いていた(現在の職員数は2,990人、うち専門職員は151人の日本人職員を含む1,074人)。ローヤーの主たる職務は、設立協定解釈・適用(新規加盟、特権免除など)、貸付政策などの立案・見直しについての助言、ADBによる借入れに係る契約などの作成についての助言、貸付け・技術援助プロジェクトの形成・実施に伴う助言、貸付契約、技術援助契約などの作成、個別の調達手続きに係る法的助言、民間業者との契約の法的検討など多岐に亘るものであった。

 

AIIBについて抱いた疑問

 

 (IBRD型の銀行か、IDAとIFCの機能も付加されるか?)AIIBは世銀グループの国際復興開発銀行(IBRD)あるいはADBの通常資本財源(ODR)のような役割を果たすものと予想されたが、同時に国際開発協会(IDA)あるいはADBのアジア開発基金(ADF)のように緩和された条件での貸付けなどを行うか、さらには国際金融公社(IFC)のように民間セクターに対する投資支援を行うかが明確ではなかった。

 

 (資本規模)早い段階から1,000億ドルという資本金の額が独り歩きし、このうち払込資本金と請求払資本金の比率がどうなるかが明らかでなかった。その比率によって、加盟国の実際の財政負担の大きさが決まってくる。ただし、ADBの設立時においては授権資本の半分が払込株式であったので、AIIBの場合も払込株式の割合がある程度高くなることが予想された。なお、2014年末のADBの資本金は、約1,531億ドル(払込資本金77億ドル(払込み予定を含む。)、請求払資本金1,454億ドル)となっており、主要株主は日本(15.7%)、米国(15.6%)、中国(6.5%)、インド(6.4%)などである。

 

 (低所得国への対策)AIIBの主たる業務は、基本的には国際資本市場から借り入れた資金を準市場金利で開発途上加盟国などに貸し付けることであると想像された。しかしながら、AIIBに関心を示す開発途上国の中には、カンボジア、ラオス、ネパールなどのいわゆる低所得国も含まれており、これらの加盟国が準市場金利で行われる借入れに関心を持つとは考え難い。したがって、超長期・超低利の融資とグラントの供与を行うADFのような特別基金が設立されることが予想された。

 

 (調達適格企業)ADBでは、ADBからの貸付けなどの資金は、原則として、加盟国の物品・役務調達のためにのみ使用されることになっている。これに対し、早い段階からAIIBではそのような制限が設けられないという報道が見られ、日本の経済界からも、当初は別としてその後は、AIIB関連の調達から日本企業が排除されるおそれがあるという懸念があまり示されなくなった。もし、調達先に制限が設けられないとしたら、先進国にとってAIIBに参加する一つのインセンティヴがなくなるわけであり、このような政策がなぜ採用されようとしているのか疑問に思った。

 

 (欧米諸国がAIIBを支持する理由)現状を承知しないが、筆者がADBに在勤していた時代ADBのマネッジメントを批判する先鋒は、一般的には米国、豪州、カナダ、欧州などからの理事であったように思う。事務局職員は彼らを「ギャング・オブ・フォー」と称して恐れていた。批判の内容は、おおむね、ADBが融資する意味(民間から資金調達はできないのか)、プロジェクト自体の実行可能性(viability)、借り入れ国の経済・財政政策の健全性、プロジェクト実施主体の財務内容、補助金削減、民営化の努力、料金回収などに関するものであったように記憶している。このような経験を有する筆者には、英国などがいち早くAIIB参加の意向を表明したことは、意外であった。

 

 (毎年繰り返すバンチング・シーズン)ADBの職員にとって、会計年度末は最も忙しい時期であった。年度末までに新規プロジェクトに対する理事会の承認を得るためである。プロジェクトの質を高めるため、バンチング・シーズンをなくそうという掛け声が繰り返されていた。当時のADB職員の間では、新しいプロジェクトを数多く手がけることの方が地道に既存のプロジェクトの運営に携わる仕事よりも高い評価を得ることができると信じられていた。筆者は、新規プロジェクトの審査(アプレイザル)ミッションのチーフではなく、調達の実施、既存プロジェクトの手直しなどに地道に取り組む多くの日本人職員に出会い、ローヤーとして彼らの仕事を助けたいと常に考えていた。ADBでは、手続きに時間がかかるという批判を受けて、その迅速化が検討されている由であるが、プロジェクトの質との両立を求めていってほしいと思う。

 

AIIB設立協定を読んでみる

 

 (全般的な印象)二つの設立協定を比較して読むとその類似点の多さに驚かされる。全体の構成はほぼ同じであり、個別事項(目的、任務、資本、業務、借入権限、組織・運営、その他の事項)についても二つの協定の間にそれほどの違いはない。AIIB協定には、ADB協定を丸写しにしたような箇所さえ数多く見られる。このことは、銀行の健全性という観点からは歓迎されるべきことであろう。もちろん、設立協定は両銀行の大きな枠組みを提供するにすぎず、今後作成されるバイ・ロー、貸付規則(ローン・レギュレーションズ)、調達ガイドライン、借入規則、環境社会配慮に関する政策・ガイドラインなどを見ないと実際の姿が分からないということは言える。二つの協定に違いも見られる。ADB協定には、国連及びその諸機関への言及が数多く見られるのに対して、AIIBはむしろ国際金融機関への言及が多く、国連及びその諸機関にほとんど触れていないことに驚かされる。ADBはもともとアジア極東経済委員会(ECAFE、現在のアジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)の前身)と国連事務総長が主導的役割をはたして設立されたものであり、国連などへの言及が多いのは当然かもしれない。もう一点気が付いた点は、「アジア的性格」が一層強められているということであろう。また、当初言われていたほどではないが、「中国の主導性」が色々なところに現れている。ADBにおいて、日米が果たしてきた役割を、AIIBでは中国が一国で担おうとしているようにさえ思われる。この関連で、気になることは、ADBの場合と異なり、中国が一国で特定人物の総裁選出を阻止できることであり、理事が本部に常駐せず、また、全投票権数の4分の3の多数決で理事会の権限を総裁に移譲することができるとされていることである。

 

 (目的)ADB協定では、アジア極東地域の経済成長と経済協力及び域内開発途上国の経済発展とされていたのに対し、AIIB協定では、域内のインフラ及び他の生産部門への投資による持続可能な開発、富の生産及びインフラ接続性の改善とされている。また、AIIB協定では、もう一つの目的として多国間・二国間開発機関との協力によって地域協力・パートナーシップを促進すること掲げれれている。

 

 (地域の定義)AIIB協定では、地域は国連のアジア及びオセアニアとされているのに対して、ADB協定では、ECAFEの付託条項に規定するアジア及び極東の地域を指すとされている。

 

 (任務)二つの協定の任務に関する規定に大きな差異はないが、AIIB協定では、特に民間投資を奨励し、これを補完するとされていること(第2条(iii))が特徴的である。ADB協定では、任務に関する条項において国連及びその諸機関との協力に言及がなされているのに対して、前述のとおり、AIIB協定では、多国間・二国間開発機関との協力に言及がなされている。これは、AIIB構想が中国財務省の主導によって進められてきたことと関係があるのかもしれない。

 

 (加盟国の地位)ADBがECAFE加盟国・準加盟国及び専門機関加盟国に開放されているのに対して、AIIBはIBRD及びADBの加盟国に開放されるとしている。実際上の大きな違いは、AIIBではロシアが域内署名国であるのに対し、ADBではそもそも加盟国となっていないことである。また、ADBでは中国の加盟に伴い、「中華民国」が「台北、中国」としてADBに残ったのに対して、AIIBでは中国のみが協定に署名した。

 

 (資本)資本の構成、払込通貨等については、二つの協定にそれほど差異はない。大きな違いは、ADB設立時の授権資本への応募は、払込株式と請求払株式の割合が50:50であったのに対して、AIIBでは20:80とされていることである。また、ADBの場合は域内加盟国の保有する資本の割合を応募済資本の総額の60%以上に維持することとしていたのに対して、AIIBでは75%以上としている点である。細かな点になるが、増資について、ADBでは5年以上の間隔で検討することになっているが、AIIBでは5年以内に検討するとされている。応募額の払込みが原則として5回の分割払いとなっている点は同じであるが、ADBの場合には50%を金又は交換可能通貨で、残りを当該国の通貨で払い込むとされているのに対して、AIIBの場合には原則としてドル又は交換可能通貨とし、開発途上加盟国(less developed country、注)には5回払い(50%まで自国通貨での払い込みが認められる。)と10回払い(全額をドル又は交換可能通貨で払い込む。)から選択できるとされている。

 (注)後発開発途上加盟国を意味しているのかもしれない。ADB協定では、developing countryとless developed countryが使い分けられていた。

 

 (通常業務と特別業務)両銀行では、授権資本、借入金、貸付けなどからの回収金、収益などから構成される財源(ADBではOCR、AIIBでは通常財源)と特別基金財源を設け、それぞれの財源を使用して、通常業務と特別業務を行うこととし、二つの業務は分離して行われることになっている。

 

 (通常業務に対する制限)ADB及びAIIBによる貸付けなどの現在高の総額は、毀損されていない応募済資本、準備金及び剰余金の合計額(ADBの場合にはここから特別準備金などを差し引いたもの)を超えてはならないとされている。ただし、AIIBの場合には、総務会のスーパー・マジョリティ(後述)で現在高の総額を応募済資本などの合計額の250%まで引き上げることができることになっている。もう一つの違いは、株式・持分投資(equity investment)関するもので、ADB協定が毀損されていない払込資本並びにOCRに含まれる準備金及び剰余金の合計額(特別準備金を除く。)の10%を超えてはならないとしているのに対して、AIIB協定は単に毀損されていない払込資本及び一般剰余金の額を超えてはならないとしている。これらの制限の差異が有する意味については、筆者は財務の専門家ではないので、よく分からない。また、株式・持分投資については、世銀グループではIFCという別組織が担っているが、ADB及びAIIBの場合には、それぞれOCR及び通常財源を使用して行われるとされており、投資・持分投資の運用が両機関全体の信用格付けに影響を与える可能性があることに注意する必要がある。

 

 (業務の原則)基本的には、同様の内容となっている。AIIB協定では、主として特定のプロジェクト、特定投資プログラム、株式・持分投資及び技術支援に融資するとされている。ここからは、いわゆるプログラム貸付けが排除されているようにも見られる。ADBの場合には、同行からの貸付けなどの資金は、原則として加盟国の物品及び役務の調達のためにのみ使用するとされているが、AIIB協定の場合には調達にいかなる制限も設けないとしている。

 

 (政府保証の要否)両協定とも、借入人などが加盟国ではない場合、加盟国、その公的機関などに対して、保証を求めることができると規定している。逆に言えば、両銀行とも、政府などからの保証を得ないで貸付けなどを行うことが可能である。

 

 (技術援助)AIIB協定では、技術援助の代金の払い戻しが不可能な場合には、AIIBの収益から支出するとされている。ADBが技術協力特別基金(TASF)を使って技術援助を行う場合には、それがプロジェクト準備型、プロジェクト実施型、助言供与型又は地域協力型(セミナーの開催など)のいずれであるかによって、全額贈与であったり、全部又は一部の料金を貸し付けに含めたりすることになっていた。なお、日本特別基金を使って行われる技術援助は全額贈与であった。

 

 (特別基金)ADB協定においては、毀損されていない払込済資本の10%を超えない額を保留して特別基金を設立することができ、特別基金を使って行われる貸付けなどは、OCRからの貸付けなどより、緩やかな条件で実施するとされている。また、ADBは特別基金の管理を受託することもできるとされている。現在ADBの特別基金には、ADF、TASF、日本特別基金、アジア開発銀行研究所、気候変動基金などがある。他方、AIIB協定では、その財源として特別基金を受け入れることができるとされているのみで、具体的な財源には言及されていない。この意味では、ADB協定より弱い規定ぶりとなっている。なお、AIIB協定でも、他の当事者のために信託基金を設立し、管理できるとされている。

 

 (保有通貨価値の維持)ADBの場合には、銀行の保有するドル以外の通貨(銀行が借入れにより入手したものなどを除く。)についてドル換算価格の維持のための一般的な条項があるが、AIIBの場合には、当然のことながら、例外的に交換可能通貨以外の自国通貨で払い込んだ場合にのみこのような条項が適用される。

 

 (組織及び運営)総務会、理事会、総裁、副総裁及びその他の職員から構成される銀行の組織は、両銀行とも基本的に同じ構造となっている。総務会及び理事会の権限、手続きなども似たものとなっている。理事会については、AIIBが域内加盟国から9人、域外加盟国から3人としているのに対して、ADBではそれぞれ7人、3人とされており、ここでもAIIBにおける域内加盟国重視の政策が見られる。理事会に関する重要な違いは、AIIB協定が理事会は定期的に開催されるが、総務会のスーパー・マジョリティによる決定がない限り、理事は本部に駐在しないとし、会議への出席に要する費用を除き、理事及び理事代理には給与は支払われないとしている点である(ADB協定では、総務及び代理は報酬を受けないとのみ書かれている。)。筆者の経験では、理事会とADBのマネッジメントの間には、良い意味での緊張関係があり、このことがADBの業績に貢献していたと考える。仮に、理事が北京に常駐しないとするとこのような関係が生まれないことになる。また、理事会の権限のうちADBにおいて認められていないが、AIIBで認められているものとして、4分の3の投票権数を有する過半数の理事が業務に関する権限(第11条2項)を総裁に移譲することができるという条項(第26条)が挙げられる。総裁は、ADB協定が総務の過半数であって加盟国の総投票権数の過半数で選出されるとしているのに対して、AIIB協定ではスーパー・マジョリティによるとされており、中国の同意が得られない限り、総裁は選出されないことになる。

 

 (表決)ADBでは、各加盟国の投票権数は基本票数と比例票数とから成り、基本票数は、すべての加盟国の基本票数と比例票数との合計票数の20%をすべての加盟国に均等に分配して算出され、比例票数は、その加盟国の持ち株数に等しい数の票数とされている。AIIBの場合には、基本票数と比例票数に加え、各設立加盟国の有する600票の設立加盟国票数が追加され、各加盟国の投票権数は、この3つの合計票数の12%を均等に分配して算出される基本票、比例票数及び設立加盟国票数の合計となる。その結果、29.78%の比例票を有する中国の投票権数は26.06%となる。両銀行とも、重要事項に関する総務会の決定は、総投票権数の4分の3を有し、全総務の3分の2の多数(AIIBではスーパー・マジョリティと称する。)によって行われる。したがって、中国は単独で重要事項の改正を阻止することができることになる。

 

 (その他)①加盟国の脱退及び資格停止、②業務の一時的停止及び終了、③地位、免除、課税免除及び特権、④改正、解釈及び仲裁などに関するAIIB協定の規定は、ADBの規定をほぼなぞったものとなっている。異なる点は、ADBでは協定の寄託者が国連事務総長であったのに対して、AIIBでは中国政府となっていること、発効要件がADB協定では、当初の応募額の総計が授権資本の65%以上に達する15署名国(域内国10か国を含む。)が批准書などを寄託したときとされているのに対し、AIIBでは、当初の応募額の総計が応募額全体の50%以上に達する10署名国による批准書などが寄託されたときとされていることである。ADB協定の正文が英語テキストのみであったのに対して、AIIBでは中国語テキスト及び仏文テキストも正文とされている点にも、「中国主導性」が現れている。

 

ADB側の動き

 

 (2014年の業績)中尾総裁は、2015年5月の第48回ADB年次会合の開会演説おいて、「ADBは、2014年総額140億ドルの貸付け、贈与及び出資を行った。90億ドルの協調融資を含めれば、我々の金融支援はこれまでの記録となる230億ドルに達したことになる」と述べた。

 

 (AIIB署名式の際の中尾総裁の発言)AIIB署名式に当たり、中尾総裁は「ADBは、AIIBの創設加盟国及びその準備事務局に対し、同行の創設に向けた重要な節目の日を迎えられたことに祝意を表します。ADBはアジアにおける長い経験と専門性を活用し、同地域が直面する膨大なインフラ需要に応えるべく、AIIBと緊密に連携し、協調融資を行っていくことにコミットしています。ADBは、今後も必要な情報を共有し、協調融資によってメリットが見込まれる個別プロジェクトを探求していきます」と述べた。

 

 (ADFとOCRの統合)2015年5月ADB総務会は、ADF業務とOCRのバランス・シートの統合を承認した。これに関連して、ADBは次のように発表している。

 

 ・2017年1月以降ADFとOCRのバランス・シートを統合する。

 ・ADFは、現在のADF対象国に対するグラントに特化した形で継続する。

 ・現在ADFの融資を受けている貧困国に対する譲許的融資は、現在と同じ形で継続する。

 ・この統合により、ADBの年間の貸付け及び贈与の総額は最大200億ドル(現在のレヴェルの50%増)にまで拡大し、貧困国への支援は最大70%増大する。協調融資を含めると、ADBの貸付額は2014年の230億ドルから近い将来400億ドルに達するであろう。

 ・今回の統合により、ADBの自国資本・拠出金は、自己資本(現在約183億ドル)に拠出金(現在346億ドル)を加えることにより、現在の3倍に当たる約530億ドルとなる。

 ・統合後継続するADFグラントに必要なADFドナーの拠出は、統合なしの場合に比べ約50%程度減らせることができる。

 

 中尾総裁によれば、この動きは2013年夏から始められており、そうであるとすれば中国のAIIB構想発表(2013年10月)に先立つものである。なお、ADBでは、この統合が業務の分離を定めたADB協定第10条に反しないと解されているように思われる。また、ADBの信用格付けに大きな影響を及ぼすものではないとの判断の下に決定が行われたと推測され(実際、中尾総裁のプレゼンテーション資料によれば、2017年1月の融資資本比率は、OCRのみでは26.9%であるが、統合後は53.6%となる。)、このような動きは、AIIBにとって参考とすべき事例になるかもしれない。

 

結論

 

 (銀行としての健全性とガヴァナスの問題)設立協定を見る限り、AIIBは、IBRD、ADBなどの国際開発銀行と同じような開発銀行を目指しているように思われる。AIIBの通常業務とADBのOCRとの間にそれほど違いはないと予想される。また、通常業務が国際資本市場からの借入れによって資金を確保する以上、返済に問題のあるようなプロジェクトに貸し付けることは避けざるを得ないことになると考えられる。むしろ、注目すべき点は、AIIBの理事会運営のあり方、理事会と総裁との関係、総裁の選出方法などのガヴァナンスの問題であり、AIIBがこの問題にどう取り組んでいくかが注目される。

 

 (下部規則と実際の運用を見る必要性)具体的な運用がどのようになされるかは、バイ・ロー以下の諸規則がどのようなものとなるかを見守っていく必要がある。したがって、このようなバイ・ローなどの作成に当たり、ADBなどの助言が期待される。もう一つ重要な点は、どのような特別基金が設立されるかということであろう。おそらく中国が中心となって様々な特別基金が設立されると予想されるが、いかに魅力のある特別基金を設立するかが低所得国などの支持を得るための鍵となると考えられる。また、AIIBが人員面でどの程度の規模の組織となり、高い能力を有する職員を確保することができるかにも注目していく必要がある。

 

 (ADBとAIIBとJICAの協力)ADBは、AIIBと協調融資を進めていくとしている。協調融資については、単なるパラレル・ファイナンシングにとどまらず、ジョイント・ファイナンシング、さらには政策面での調和も期待したい。従来、日本のODAはインフラ分野に対する割合が大きく、AIIBとは関心分野を同じくしている。JICAとAIIBとは競争関係に立つことが予想されるが、関心分野を共有するということは、協力の可能性も存在するということになる。JICAがADBと築いてきたような協力関係をAIIBとも築いていくことは可能であろう。

 

 (JICAの競争力強化)筆者は、タイ駐在大使の頃、インラック政権の初代財務大臣から、国内において資金の手当ては可能であるとしてタイにとって円借款の必要性は乏しいと言われたことがある。ただし、同大臣も円借款のメリットとして調達手続きにディシプリンが持ち込まれることを挙げていた。円借款については、従来手続きに時間を要するとの批判が寄せられてきた。今後、このような批判に応えていくことがますます必要になる。円借款がJICAに移管されたことに伴うプラスの効果も出てきていると想像されるが、円借款を「つけてあげる」という姿勢ではなく、円借款を「活用してもらう」という姿勢で受入国にとって使いやすいものにしていく努力が引き続き必要である。

 

 (日本企業の支援)以前「論壇」において、大島賢三大使が「マルチ受注競争で日本企業が勝てない主な理由は、価格競争に勝てないためだと言われる」と書いておられた。世銀、ADBなどの案件は、現地調達部分が大きかったり、高い技術を要しない案件が多かったりして、日本企業にとって魅力が乏しいせいかもしれない。日本としては、相手国の真のニーズに合致したものであることを前提とした上で、日本企業がその強みを発揮できる案件を発掘・形成することが求められる。