繁栄する南ドイツ

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柳 秀直
(在ミュンヘン総領事)

 ミュンヘン総領事館が管轄する南ドイツ二州の発展が際立っています。9月以降、シリア等からの難民が三十から四十万人流れ込んでおり、特に、その最前線にあるバイエルン州と、隣のバーデン=ヴュルテンベルク州の自治体にとっては大きな負担となっていますが、今のところ、マクロ経済的には大きなマイナスにはなっていないようです。私がミュンヘンに着任して約一年半になりますが、二つの州の発展ぶり、そして日本との関係について簡単に御紹介したいと思います。南ドイツ二州とは、ミュンヘンを州都とするバイエルン州と、シュトゥットガルトを州都とするバーデン=ヴュルテンベルク州(以下BW州)です。バイエルン州は、面積は、独の16州の中で一番大きく、オランダの1.5倍以上で、GDPはオランダの七~八割くらい、人口は一千二百六十万人です。BWは面積もGDPも、ベルギーと比較すると一~二割大きく、人口は千六十万人で、両州をあわせると世界で十七番目の経済単位になると言われています。

1.繁栄する南ドイツの二州

 今日EUの中でドイツ経済がほぼ一人勝ちと言われますが、そのドイツ経済の発展を支えているのが,この二つの州です。昨年の経済成長率は独全体が1.6%の中で、バイエルン州は1.8%、BW州は2.4%、失業率も、本年6月の統計で独全体で6.2%のところを、バイエルン州では3.4%、BW州では3.7%と、16州の中で上位2位を占めており、バイエルン州に至ってはほぼ完全雇用の状況です。

 もともと、南ドイツ二州では農業が盛んでしたが、1970年代くらいから、バイエルン州のBMW、アウディ、BW州のメルセデス・ベンツ、ポルシェに代表される自動車産業が盛んになりました。それ以外にもバイエルン州にはジーメンス、宇宙・航空産業のエアバス(エアバスはハンブルク等独の各地にあり、BW州にもありますが、独の本社機能はミュンヘンです)、BW州にはボッシュという大企業がある他、バイエルン州ではアディダス、プーマ、BW州ではヒューゴ・ボスやITのSAP等、日本でも有名な企業が多々あります。また、保険の分野でもミュンヘンには、アリアンツ、ミューニック・リー(旧ミュンヘン再保険)といった大企業が本社を構えています。

 ドイツには16の州の間で,豊かな州から貧しい州に財政支援をするという州間財政調整という枠組みがあります。その中で,近年はバイエルン州、BW州、そしてフランクフルトのあるヘッセン州、ハンブルクの四州のみが支援する側になっており、昨年の数字ではそれぞれ48.52億ユーロ、23.56億ユーロ、17.55億ユーロ、0.55億ユーロを移転しており、受け取る側の中で、最も貧しいベルリン州は約35億ユーロを受け取っています。移転額の多い三州は、保育園の待機児童がある中で、受け取り側の旧東独の州で,保育園の待機児童ゼロの州もあるため、現在の制度は不公平だとして、現行の法律の期限となる2019年に向けて制度の再構築を議論しているところですが、まだ合意の見通しは得られていません。

2.繁栄の背景

 独の経済を支えているのは中小企業ですが、その研究開発は多くの場合、研究機関や大学との協力により支えられています。その点で、両州には応用技術に重点を置くフラウンホーファー協会(本部ミュンヘン、両州に多くの傘下研究所あり)と、ミュンヘン、カールスルーエ、シュトゥットガルトをはじめとして工科系の優れた大学が数多くあり、直接の研究委託、もしくは産業クラスターを通じての産官学の協力が盛んです。再生可能エネルギーはフライブルク、eモビリティはカールスルーエ、生産技術はシュトゥットガルトというように、各地に強い分野が存在しています。また、基礎研究に重点を置くマックス・プランク研究所もミュンヘンに本部があります。

 このように多くの研究所があるので研究開発も盛んで、両州で全独特許出願の60%以上(2014年)を占めています。ミュンヘンには、ドイツ特許商標庁の本部があるだけでなく、欧州特許庁の本部があるため、欧州における特許の中心地となっており、日系企業でも特許専門の担当を置いているところもあります。また、多くの特許関係の弁護士事務所でも日本人が働いています。その関係もあって、総領事館には特許庁からの出向者が、既に十代前くらいから経済担当の領事として来ています。

3.経済発展の上でのアキレス腱

 さて、順風満帆の二州ですが、今後の経済発展の上での問題はエネルギーです。というのも、バイエルン州にはなお三基、BW州には二基の原発が稼働しており(ドイツ全体では八基)、それらは2022年までに段階的に閉鎖されていきますが、南ドイツの二つの州ではその代替エネルギーの目処がついていないからです。ドイツでは北ドイツと南ドイツの送電網がつながっておらず、豊富な風力発電で余剰電力が大きい北ドイツの電力を南に持ってくる必要がありますが、住民の反対で計画が進んでいません。それでもBW州は緑の党主導の州政府ということもあり、再生可能エネルギーでの対応等、かなり進んでいますが、バイエルン州では、ようやくこの7月に、従来二本引くはずだった送電線のうち、一本のバイエルン州内敷設部分をかなり短くし、もう一本もやや短くした上で多くの部分を地下に埋める形にすることで連邦政府と合意しました。この案に対してもなお反対している団体はあり、また、2022年までに間に合うのか、まだはっきりとしないところがあるので、今後とも注視していきたいと思います。

4.日系企業の進出

 このような経済状況をも踏まえ、日本企業の進出も増えており、昨年10月の調査の結果、ミュンヘン総管轄二州の邦人数(12,750人)が、デュッセルドルフ総管轄のノルトライン=ヴェストファーレン州の邦人数(11,775人)を初めて超えました。また、日系企業数もミュンヘン総管轄二州では670社となり、デュッセルドルフ総管轄の570社を大きく越えています。
 以前から、南独二州にある4つの自動車メーカーに部品を納入すべく、部品メーカーが多く進出しており、80年代からデンソー、アルプス電気等の大手が出ていましたが、近年は自動車部品関係の中小企業の進出も増えています。加えて、最近では第一三共、アステラスといった製薬会社など、自動車と無関係な業種も増えてきました。

 その背景には、発展著しいミュンヘン空港と東京が、10年ちょっと前からルフトハンザ、そして5年ほど前から全日空の直行便で結ばれるようになったことも大きいようです。ミュンヘン空港は年間約4千万人が利用する欧州第7位の空港に成長し、4位から6位に並ぶ、マドリッド、アムステルダム、イスタンブールにそう遠くないと思われます。フランクフルト(第3位)と異なり、できてまだ20年強で比較的新しく、40分くらいあれば荷物も含めて乗り換えが可能という便利さが売り物です。ルフトハンザも、南東欧向け、旧ソ連CISのウクライナ、モルドバ、ジョージア向けなどは、飽和気味のフランクフルトからミュンヘンに移しており、当地から発着しています。また、昨年3月末からは全日空、ルフトハンザとも羽田発着となり、一層便利になりました。私も平均すると週に一回以上、乗り換え支援か送迎のために空港まで往復しています。

 なお、日系企業の進出と言っても、人件費の高いドイツにおいて、大規模な現地生産を行っているところは殆どなく(アウグスブルク近郊の富士通がパソコンやサーバーを作っているのが例外的存在で、これはかつてジーメンスとの合弁で行われていたものが、現在は富士通の100%となったものです)、多くの日経企業は、独の顧客との関係で、本邦から持ってきた製品の微調整や、先端を行くドイツ市場動向の調査、それに併せた研究開発機能のための投資といったところのようです。

5.在留邦人の増加

 在留邦人数はバイエルン州で約7,600人、BW州で約5,200人となっており、その中でミュンヘンには約4,300人が住んでいて、デュッセルドルフに次いで日本人の多い町となっています。ただ、デュッセルドルフと異なり、日本人が集まっている地域が殆どないのと、ミュンヘン自体の人口が150万人ですので、あまり日本人が多いという印象は受けないかもしれません。一方、シュトゥットガルトは約1,200名、周辺を含めても約2,000人程度です。

 こうした状況を受けて、ミュンヘン日本人国際学校の生徒数は増加の一途をたどっており、今年度は遂に二百人を超え、現在の校舎でいつまで対応できるかという難しい問題も浮上しつつあります。生徒数では、欧州の中でパリを抜いて第五位になりつつあり、今年度も派遣教員数の増加を認めてもらっており、今欧州で、邦人数の増加が一番著しい町と言えそうです。また、ミュンヘン補習校の生徒数も二百人を超え213名となりましたが、こちらの生徒の大半は国際結婚の家庭の子女となっているのが実態です。バイエルン州では、ニュルンベルクにも補習校があり、生徒数は約45名で、ミュンヘンほど急速には増えてはいません。

 また、シュトゥットガルトの方も補習校の生徒数は増加傾向にあり、171名と二百人にせまる勢いですが、ここには日本人学校がないので、2割くらいは駐在員の子女も通っています。BW州では、ハイデルベルクにも補習校があり生徒数は61名で、シュトゥットガルトほどの増加傾向にはありません(生徒数はいずれも本年4月15日現在)。

 なお、バイエルン州にはノイシュヴァンシュタイン城、ミュンヘン市、ロマンチック街道など日本で人気のある観光資源が豊富なので、正確な統計はありませんが、おそらくドイツに来る日本人観光客(2013年で約70万人)の約半分以上はバイエルン州にも来ているものと思われます。

6.結語

 以上の通り、このまま南ドイツ二州が発展を続ければ、邦人数も日系企業数もバイエルン州だけでノルトライン・ヴェストハーフェン州を抜き、ミュンヘン在住日本人の数がデュッセルドルフを抜く日が訪れるかも知れません。当館としてもそれに対応できる体制を整えられるよう、努力していきたいと思っています。

 (なお、本文中の評価・意見に関わる部分は、すべて筆者個人の見解であることをお断りしておきます。)