「日本・ブラジル外交関係樹立120周年」を迎えて

1002.jpg
梅田 邦夫 駐ブラジル連邦共和国大使

 1895年11月5日、パリにおいて「日伯修好通商航海条約」が署名され、外交関係が樹立されてから今年で120周年を迎えます。この機会に、①伯の現状、②日伯二国間関係、③外交関係樹立120周年行事についてご紹介します。

1.伯の現状

(1)厳しさを増す政治・経済情勢

(イ)2015年元旦、ルセーフ大統領の第二期政権が発足しました。それから6か月が経過し、伯は「厳しい試練の時」を迎えています。

(ロ)ルセーフ大統領は、僅差(決選投票時の対立候補との差は3%)で再選されましたが、昨年12月に42%あった支持率は10%(6月)に低下しています。その要因は、選挙公約と現実に行っている政策の乖離(嘘つきとの批判)、経済低迷と政治の混迷、最大国有企業であるペトロブラス社汚職事件(幹部が受注企業から賄賂を得て政界に配布)に対する「国民の強い怒り」があります。

(ハ)経済分野では、昨年の成長率は0.1%、今年はマイナス1.1%と予測されています。その背景には、一次産品(鉄鉱石、大豆等)価格の低迷、バラマキ政策による財政赤字悪化と市場の信頼低下、複雑な税制や過剰な労働者保護など所謂「ブラジル・コスト」に起因する工業製品の競争力低下、インフラ不足等があります。

(ニ)このような状況下、ルセーフ大統領は、選挙運動時には一切触れなかった財政健全化策(補助金カット、優遇税の廃止等)を最優先課題に掲げ、年初から強力に推進しています。失業保険等の受給要件の厳格化など過去に例のない構造改革にも取り組んでいます。これらの政策に関し、市場関係者や有識者は、経済を持続的な成長軌道に復帰させるために不可欠なものとして評価しています。その一方で、これらの政策は、更なる成長率の低下、電気料金やガソリン価格等の公共料金の値上がり、失業率の悪化をもたらしており、これまでルセーフ大統領を応援してきた貧しい層の支持を失うだけでなく、与党内からの批判も生んでいます。ルセーフ大統領自身は、ブラジルの将来のために、批判を甘受するとの強い覚悟をもって臨んでいると考えられますが、公の場でスピーチすらできない厳しい状況が続いています(ブーイングの嵐となる)。

(ホ)ペトロブラス汚職事件は、状況を一層複雑化させています。政財界を巻き込んだ捜査が昨年3月から継続していますが、未だに全容は不明です。既に経済人・元議員など延べ70名以上が逮捕されており、両院議長を含む現職議員40名以上の捜査が進行中です。この事件は、国民の間に強い政治不信を生んでいるだけでなく、関連企業の倒産や投資減など実体経済に深刻な悪影響をもたらしています。造船分野に投資している日本企業3社も昨年11月以降、発注企業からの代金未払いが続いており、大使館は国土交通省および3社と緊密に連携して、伯側への働きかけをおこなっています。

(へ)対外関係では、近年、特にBRICS(特に中露)との関係が緊密化しています。一昨年までの中国の高成長と一次産品価格の高騰は、伯経済に大きな恩恵をもたらしました。鉄鉱石や大豆などの対中輸出が急増し、2009年以降、中国はブラジルにとって最大の貿易相手国になっています。伯経済の中国経済への依存度は非常に高く、世銀の試算では、中国の成長率1%(年率)の低下は、伯の成長率を2年間で0.8%押し下げるといわれています。

 昨年以降、中国の対伯アプローチは一段と強化されています。習近平国家主席の来伯(昨年7月)、李源朝国家副主席の大統領就任式出席(元旦)、李克強総理の来伯(5月)と一年間足らずの間に中国のナンバー1からナンバー3が伯を訪問しました。そして、BRICS開発銀行の創設、大陸横断鉄道フィージビリテイ・スタデイ実施、伯のアジア・インフラ開発銀行(AIIB)への参加、ペトロブラスへの百億ドル強の融資等を合意し、伯における存在感を急激に増しています。伯国内には、一部に根強い対中警戒感は存在しているものの、厳しい経済状況下、中国からの投資や融資は「救世主」のように受け入れられています。

 対照的に、米との関係は、NSAによるルセーフ大統領の携帯電話盗聴が発覚後(2013年9月)、冷却化していました。しかしながら、昨年6月のワールドカップ以降米側からの度重なる働きかけを受け、6月末から4日間、ルセーフ大統領は10名の閣僚を同行して、ニューヨーク、ワシントン、サンフランシスコを訪問し、伯米関係は正常化されました。伯側には、米との経済関係を強化する必要性(特に米企業の投資)に加え、中露との関係緊密化とのバランスをとるためにも伯米関係の正常化は必要でした。なお、政治レベルのギクシャクとは異なり、伯一般国民の対米感情は良好です。

(ト)伯の国際社会での立ち位置は非常に曖昧です。一方に新興国の一員として中露との関係を強化し、既存の国際秩序を変革しようとする伯がいます。その一方で、伯国内には自由、民主主義、法の支配等の基本的価値観を共有する米、EU,日本との関係強化を重視すべきとの意見を有する人も沢山います。

(2)伯の恵まれた自然環境と強固な政治基盤等

 伯は上記(1)のように試練の時を迎えているものの、非常に恵まれた自然を有し、強固な政治基盤と世界第7位の経済力があります。

(イ)伯は人口・国土が世界5位、鉄鉱石、石油等の多様な天然資源に恵まれていることに加え、地球上の利用可能な水資源の5分の1、世界の熱帯雨林の3分の1を有しています。気候変動の影響と思われる干ばつや集中豪雨は発生していますが、地震、台風、火山噴火は殆どなく、自然災害の非常に少ない国です。

(ロ)政治面では、1985年に民主化されて以降、30年の間に民主主義は定着・成熟しつつあり、報道・表現の自由、「法の支配」は確立されています。10か国と国境を接していますが、国境紛争はなく、安全保障上の脅威はありません。また、60の民族が存在するといわれていますが、各民族がそれぞれの特徴を活かしつつ、国造りに貢献しています。多様性を尊重する社会であり、民族や宗教を理由とした差別や排外主義は、世界で一番少ない国といえます。

(ハ)経済面では、伯のGDPは世界第7位でアセアン10か国の合計に匹敵する規模です。自動車の販売台数は世界4位、化粧品は世界3位の市場です。国内市場規模が大きいことから、輸入障壁に守られた経済もこれまではそれなりに成り立ってきました。航空機製造、海底油田開発、熱帯農業などは世界有数の技術力を有しています。

(ニ)伯が更に飛躍し、先進国入りするためには、財政健全化のみならず、インフラ整備、産業競争力の強化、労働生産性の向上が不可欠であり、そのために、教育、税制、労働者優遇政策等の改革が必要です。また、治安の改善、汚職根絶、格差是正も大きな課題です。

2.二国間関係の現状と課題

(1)世界でも有数の親日国。

 伯に勤務する日本人が例外なく感じることですが、伯は「世界有数の親日国」です。また、日本文化の一部が伯文化になっています。

(イ)親日の要因は二つあります。

 第一の要因は、約190万人の日系社会の存在です。日系社会は、日本と伯をつなぐ「大切な外交資産」です。日本人のブラジル移住は、1908年に始まりました。一世は、主に農業でブラジルの発展に貢献されました。二世以降の日系人は、農業のみならず、政治、行政、医学、ビジネス、法曹、芸術、スポーツ等あらゆる分野で活躍されており、日系人・日本人に対し「勤勉、誠実、信頼に値する」といった高い評価が確立されています。

 第二の要因は、これまで日本と伯が共同で幾つかの大型プロジェクトを実現してきたことです。鉄鋼のウジミナス、造船のイシブラス、アルミのアルブラス、パルプのセニブラ、農業のプロデセール等です。特に、日伯の農業技術者と日系人農業従事者の協力で、不毛の地「セハード」と呼ばれる広大な内陸地域を大豆やトウモロコシの一大生産地に転換できたことを、多くのブラジル人が今も感謝しています。80年代初めにこのプロジェクトに心血を注ぎ、任期半ばで他界された小林正人氏を偲んで、首都ブラジリア郊外の「セハード研究所内」にお墓と公園が設けられており、現在も大切に維持・管理されています。

(ロ)日本文化の一部が伯文化になっている要因は、日本文化の継承・普及のために日系社会が長年にわたり行ってきた努力の賜物。

 伯には5百以上の「日系文化体育協会」が存在し、百年前の入植当初から日本語や柔道、野球などが教えられてきました。また、盆踊りや日本祭り等が伯各地で地域社会を巻き込んで開催されてきており、そこで販売される焼きそば、巻きずし等は、太鼓とともに伯文化の一部になっています。非日系ブラジル人と話をしていると、幼い頃から友人に日系人がいること、日本食が彼らの身近にあったことが度々話題になります。百年にわたる伯各地の日系社会の地道な努力が、多くのブラジル人にとって日本を身近なものにしています。

(ハ)6月18日(日本移民の日)、日伯外交関係樹立120周年を記念して、日伯関係強化のための公聴会が連邦議会の下院議場で3時間近く開催されました。23名の下院議員から発言がありました。日系人による伯発展への貢献やこれまでの日伯協力に対する感謝が述べられ、伯の親日感を改めて認識する場となりました。

 なお、今年は終戦70年を迎え、世界中で中国、韓国による反日キャンペーンが懸念されますが、これまでのところ、伯に於ける中国の存在感増大にかかわらず、伯では公に反日キャンペーンが行われたことはありません。

(2)昨年の安倍総理夫妻の訪伯とフォローアップ。

 昨年8月、安倍総理ご夫妻が、現役総理としては10年ぶりに訪伯されました。成果は大きく分けて二つありました。第一に「日伯関係の強化」、第二に「日系社会との連携強化」です。

(イ) 日伯関係の強化

 外相の定期協議に加え、防衛当局間の戦略対話・人的交流が初めて合意されました。経済分野では、人材育成(3年間7分野で9百名の研修生受け入れ)、農業インフラ、医療・保険分野での新たな協力、交番制度の全国展開、一般旅券の数次ビザ化、リオ及び東京オリンピック・パラリンピック成功に向けての協力強化などが合意されました。ジャパン・ハウスが、ロンドン、ロスとともに、サンパウロに設置されることも総理訪伯の大きな成果です。

 今年の日伯間の最重要行事は、ルセーフ大統領の訪日と皇族の訪伯です。双方の訪問を充実したものにできるよう準備を開始しています。

(ロ) 日系社会との連携強化

 安倍総理がブラジル訪問時に強調された日系社会との連携強化については、今年度予算で、日本祭り・日本語教育・日系病院に対する支援強化、日系ボランティア倍増(50名を百名)など様々な措置が強化されました。

 特に、これまで日系社会の活動は、日本へのコミットメントの強い1世、2世が中心になって行われてきましたが、世代交代が進む中、日系社会の日本への協力を当然視できない時代になりつつあります。出来るだけ多くの若い日系人に直接日本を見てもらい、日本の血が流れていることに誇りを感じてもらえるよう働きかけることが重要です。その観点から、若い日系人の招聘者数倍増(50名を百名)、日系指導者候補の招聘者数大幅増(8名を28名)、JICA日系人研修(約190名)を維持できたことは、10年後、20年後の日系社会と日本との関係にとり、非常に重要と考えます。なお、日系人との連携強化について、官邸(世耕官房副長官)主導で関係省庁局長レベルが参加するフォローアップ会議が何度か開催されたことも画期的でした。

3.外交関係樹立120周年記念事業の概要。

(1)実施体制

 昨年、120周年事業を企画するにあたり、第一に考える必要のあったことは実施体制でした。2008年の移住百周年、1995年の日伯外交関係樹立百周年では、東京に大々的な「記念事業組織委員会」が設立され、東京主導で行事が企画・実施されました。今回は、東京の協力は得つつも、ほぼすべて現地主導で行っています。昨年のワールドカップでは、日本代表チームの試合が行われた各地で日系社会の全面的協力を得ることが鍵でした。今年も伯各地の日系社会との連携・協力が不可欠です。

 伯には26州と一連邦区があります。また、日本のプレゼンスは、大使館、4総領事館、3領事事務所、JICA、国際交流基金、JBIC、JETROに加え、主要都市に商工会、日系団体が存在します。120周年を伯全体で盛り上げるためには、「オール・ジャパン・イン・ブラジルの体制」を作ることが必要と考え、これらすべてを包含する「全国レベルの実行委員会」を昨年8月に立ち上げました。そして、同実行委員会を通じて寄付金を集め、特別事業を企画・実施するために、これまでサンパウロで7回会合を開いています。また、クリチバ、ポルトアレグレ、ベレン、ブラジリア、リオデジャネイロ、マナウスの6都市では、「地域の実行委員会」が設立されています。

(2)特別事業・親善大使

(イ)寄付を集めて実施する特別事業は、①花火祭り(9月、サンパウロ)、②日伯共同プロジェクト展示会(ブラジル国内7-8か所)、③日本館の改修(11月、イブラプエラ公園)の3事業とし、必要経費約200万レアル(約8千万円)の寄付を募っています。120周年関連文化事業数は伯全土で5百を超えています。なお、NHKは120周年記念番組を日・ポルトガル語で作成し、日伯両国で11月頃放映予定です。

(ロ)親善大使としてジーコ氏(元日本代表チーム監督)とマルシア女史(日系2世、歌手)が、外務大臣から任命されています。

(3)日系企業との協力

 各地で120周年記念式典が開催される際、私自身、出来るだけ各州を公式訪問し、式典への出席、知事との会談に加え、各地の日系人入植地をできるだけ訪問するようにしています。

 また、北京勤務時代に宮本大使(当時)から学んだことですが、各州訪問の機会を活用し、日本企業関係者と州幹部との懇談機会を設けるようにしています。これまでパラナ州(3月)、リオ・グランデ・スル州(4月)、パラ州(5月)、バイヤ州(6月)、サンタ・カタリーナ州(7月)を訪問し、今後トカンチンス州(8月)等を訪問予定です。(了)