戦後70年:国連安保理改革の行く手

-ビジネスクラスに乗りますか-

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大島賢三  
(元国連大使) 

 本年は国際連合とブレトン・ウッズ体制の誕生から70年になる。この機会に、

 前稿ではブレトン・ウッズ体制の変革をめぐる動きと、中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)の問題を取り上げた。今回は国連について、特に安保理保理改革の問題を見てみたい。

 どんな組織であっても長年続くと制度的な疲労がたまってくるものだが、国連組織も例外たり得ない。久しく国連改革の必要が言われ、様々な努力が続けられて一部には成果も上がっているが、重要な改革はなかなか進まない。

 例えば、重要な一分野である平和維持活動(PKO)。今般、国連創設70年にあたり、PKO改革について提言する「独立検討パネル」が、東チモールの大統領を務めたラモス・ホルタ氏を委員長に新たに設立され、本年秋の報告に向けて作業が始まっている。15年前にラクダー・ブラヒミ氏が率いた検討パネルによる「ブラヒミ報告」に続くものだ。ここも課題は山積しているが、まだ実務的に改善を見込めることが多い。

 

安保理改革への動き

 

 だが何といっても国連改革のコアは安全保障理事会である。この“奥の院”が代表性に欠け時代遅れだ、常任理事国の拒否権の存在が機能不全の元凶でなくすべきだ-といった批判は根強い。10年にわたり事務総長を務めたコフィ・アナン氏は、「安保理改革なくして国連改革なし」と常々口にしていた。しかし安保理の改革は、議論は多々あっても遅々として進まないのが現状だ。

 東西冷戦の時代には米ソ両大国による拒否権発動の応酬が続き、機能不全に陥ったのは周知の通り。冷戦後になりこの状況は変わる。嚆矢となったのがブッシュ父・大統領の下での湾岸戦争(1990-91年)、ブッシュ子・大統領の下でのアフガン戦争(2001年)であった。安保理決議が何本も採択され、武力行使に対する正当性の“お墨付き”になった。

 これに対し、イラクの核兵器疑惑に端を発するもう一つの“ブッシュ戦争”(2003年)の場合は、当初、安保理の“お墨付き”を得んと審議に持ち込んだ米国ではあったが、仏が拒否権行使を匂わせるなど十分な国際支持の見通しが立たず、決議を断念して武力行使に踏み切らざるを得なかった。(後になり、核兵器疑惑の事実はなかったことが国連調査団により判明)。

 この当時、筆者は国連事務局の人道調整オフィス(OCHA)に出向中であり、事の成り行きを至近から見守る立場にあったが、ブッシュ政権の安保理での“挫折”は、米国の政府・議会などに常々くすぶっている国連批判に火をつけることになった。「一極支配」のアメリカが、安保理が思い通りに動かなかったからと、機能不全を言い募るのは超大国の身勝手、傲慢ではないかという面も確かにあるが、それは兎も角、当時のアナン事務総長にとっては、膝元のアメリカをはじめ少なからぬ加盟国からの国連批判の高まりは、冷戦後の新たな脅威の高まりと相まって、国連改革への大きな圧力となって重くのしかかったであろうことは想像に難くない。

 

ハイレベル委員会のA、Bモデル

 

 こうした状況の下で、事務総長の諮問機関として「ハイレベル委員会」が立ち上げられ(元タイ首相を議長、有識者16名のメンバー、日本からは緒方貞子前JICA理事長)、国際社会が直面する「新たな脅威」とは何か、脅威への対処のための集団行動、そのための国連の機能と組織の改革について勧告をまとめる役割を与えられた。

 この「ハイレベル委員会」では安保理改革も議論になり、具体案として「常任・非常任理事国双方の拡大」(モデルA)と「長期任期の新理事国の創設」(モデルB)を併記した報告が出された(2004年12月)。この委員会では「モデルB」説が有力であったようだが、アナン事務総長はA、B両案併記を踏襲して自らの報告書を出し、総会での審議に付された(2005年3月)。

 

G4決議案のキャンペーン

 

 こうした流れの中で始まったのが、2004年の秋頃から本格化した日、独、印、伯の4カ国(G4)による常任理事国入りを目ざしたキャンペーンである。この時期に国連代表部に着任した筆者は、早々に代表部の同僚とともに現場でキャンペーンに没入することとなる。それから夏までの数カ月の間、G4決議案の調整、各グループ対策、多数派工作は熱を帯び、各国首都も巻き込んで、また小泉総理、町村外務大臣も時に参加されて、外務省・政府を挙げての近年では稀と言ってよい大々的な外交努力が展開された。残念ながら、G4が用意した決議案は投票まで至らず廃案に終わらざるを得なかったが、この一抹も周知のとおりである。

 このG4決議案の骨子は、次のような内容であった。

  • 議席数は25まで拡大(10の増員)
  • 増員の内訳は常任6議席(アフリカとアジアが各2、ラ米・カリブと西欧その他が各1)、非常任4議席(アフリカ、アジア、ラ米・カリブ、東欧が各1)
  • 新常任6議席についての拒否権なし(ただし、レビューの枠組みの中で見直しの決定があるまでの間)

 不発に終わったとはいえ、この時のG4による強力な働きかけで安保理改革の機運がひときわ盛り上がり、相当数の理解と支持がこの決議案に寄せられたのは事実である。またこの過程で、新しい常任理事国を選ぶとなった場合、「第一に推すのは日本である」という温かい支持表明が、途上国はじめ多くの国から内々にあるいは公に示されたことにも心強いものがあった。

 

行く手の壁-G4の天敵

 

 G4決議案の挫折の理由は幾つかある。一つは「新常任議席には断固反対する」ことを軸に集まったグループである。国連内では“コーヒークラブ”とか“コンセンサスグループ”と呼ばれるこの集団は、数は精々20カ国程度と多くはないが、うるさ型の有力なミドルパワー国が含まれている(韓国、パキスタン、伊、加、メキシコ、アルゼンチン、アルジェリア等)。それぞれの思惑や自負からか、G4が常任議席を得て自分たちのチャンスが将来封じられるのを面白く思わない。常任を狙う限り、G4各国のスポイラーであり、“天敵”のようなものだ。

 安保理改革については1990年代の後半に大きなうねりが到来したことがある。当時、マレーシアのラザリ総会議長が新常任理国の創設を含む具体的な改革案を提案し機運が高まったが、この反対グループが働き掛けを強め、ラザリ案は頓挫した(1997年)。その執拗な反対活動が今回も再現した。

 

アフリカグループの蹉跌

 

 いま一つ、決議案に多数の支持を得る上で鍵となるのは国数の多いアフリカグループ(54カ国)を取りこむことである。この働きかけ作戦もいいところまで漕ぎ着けたものの、最終段階で同グループ内の結束維持が妨害に遭い、空中分解してしまった。

 

常任理事国の消極姿勢

 

 さらに難題は、5常任理事国(Permanent Five、P5)の態度である。いずれも本音は、その既得権が薄められることを(その意味で改革そのものを)望んでいない。だが英、仏はG4への支持を表明した。米国は同盟国日本への支持を明確にしたものの、G4がプッシュするキャンペーンには消極姿勢であった。“毀れていないものを直そうとするな”Don’t try to fix it when it ain’t broken!―は当時のボルトン米国連大使が好んだ表現である。また、中国は日本をターゲットに裏で盛んに反対工作を展開した。

 

憲章改正手続きの壁

 

 言うまでもなく、安保理改革の実現には手続き面で厚い壁がある。日本国憲法の改正手続きもかなり厳しいが(衆参各議院の2/3以上の賛成で発議、国民投票に付され過半数の賛成票で採択)、国連憲章の改正手続きは“悪名高い”厳しさである。すなわち、安保理改革の決議案は、まず総会に諮られ2/3の多数支持により採択された上で、各国の批准手続きに付されることになるが、ここで「常任理事国全ての賛成を含む構成国の2/3多数の批准」を得て初めて成立する(第108条)。現在では128カ国になるこの絶対多数の支持獲得も難題だが、それ以上に、P5の1国にでも拒否権を行使されてしまえば万事休すだ。

 この21世紀の時代に、このような反民主的な、そこいらの独裁者も赤面しかねないほどの赤裸々なパワーが依然まかり通るのは時代錯誤も甚だしい-の一語に尽きるが、これが戦勝国の組織としてスタートした国際連合の今なお変わらない実体である。1945年のサンフランシスコ会議では、この拒否権制度に反対はあったが、国連創設の主役のアメリカ等が押し切った。皆が苦々しく思いながらも手がつけられない、一種の「必要悪」といえようか。

 

Eldersの提案

 

 さて、あの大キャンペーンから10年が経った。あの時の挫折の経験を総括し、これから先に向けて教訓を汲み取るものがあるすれば何であろうか。当時の“政治天気図”に、その後少しでも変化が見られるのであろうか。

 現場を離れた身にはその辺のことは分からない。識者や担当者の意見もいろいろであろう。そこで、ここでは去る2月のミュンヘン安全保障会議の場で発表された安保理改革をめぐるある提言に注目し、ヒントを探ってみたい。

 この提案者は自らを“The Elders”(長老者)と呼ぶ世界の著名人グループである。これは南アのアパルトヘイト廃止に貢献し、その後大統領を務めた故ネルソン・マンデラ氏が2007年に創始し、現在ではコフィ・アナン氏を委員長に、ノーベル平和賞の受賞者を含む10人少々の国際的著名人がメンバーに名を連ねている(元フィンランド大統領アーティサリ氏、元ノールウェー首相ブルントラント女史、カ―タ―元大統領、ブラヒミ氏など)。
“The Elders”は、21世紀の世界が直面する平和、安全、紛争、暴力などの諸問題への対処において国連安保理がより強力に、円滑に役割を果たすべきこと、国際連盟が無力化(irrelevance)に陥り第二次大戦を防げなかった1930年代の経験を繰り返してはならないこと等に留意し、安保理の構成と作業方法を改め、より民主的で今日の世界をよりよく代表する組織へと脱皮する必要があると強調して、次の4提案を発表した。

(イ)新カテゴリーの理事国
安保理に「長期任期、再選可能」の議席を導入する
(ロ)常任理事国(P5)の説明責任、誓約
特に、ジェノサイドや戦争犯罪などで多数の人命が脅威にさらされる事態において、P5は拒否権行使(または行使の脅し)を控える。もし行使する場合には、その行使が自国の国益に基づくものではなく国際の平和と安全に関わるものであることを、公開の場で明確に説明することを誓約する
(ハ)市民社会の声をもっと聞く
(ニ)国連事務総長の任期、選出手続きの改善
事務総長は安保理の勧告に基づき「総会が任命」するが、従来の慣行では、安保理は総会に対し「一人の候補者」に絞って推薦することになっているところ、これを「複数の候補者」を推薦するに改める

 事務総長の任期は「7年、1期のみで再選なし」に改める

 “Elders”のメンバーは、委員長のアナン氏をはじめ、長くかつ深く国連に関与し、あるいは国際的経験・知見が豊富な一級の国際人であり、問題の所在と国連内の現実を熟知した上で、内容の重要性、実現可能性、バランスに目配せを効かせ、4ポイント提案を世に問うたものと思われる。(www.theElders.org/un-fit-purpose)

 

準常任理事国の考え方

 

 ここでは最大関心事である理事国数の拡大に触れた「新カテゴリーの理事国」の問題にフォーカスしてみたい。「長期任期、改選可能」という新しい枠の理事国を設ける考え方は、上記の「ハイレベル委員会」による「モデルB」案として原型がすでにフロートされていた。また、G4決議案の大キャンペーンの過程においても、一部の関心国から「G4の要求の実現は困難ではないか」と冷静に情勢分析した上で、「合意に達するには、準常任の線で妥協を模索してはどうか」とフレンドリ-アドバイスがあったのも事実だ。「中間案」とか「暫定的解決案」などと呼ばれていた。実は、アナン事務総長も当時からその見方に傾いていたようで、退任時の記者会見ではっきり自身の考えを述べた。

 「メンバー国にとっての選択は、10年、20年かかっても完璧な解決を追求するか、準常任理事国の線でいま妥協の道を探求するかである。後者であれば合意形成は可能であろうと確信する」

 しかし、モデルAに沿ったラインで突っ走るG4にはその用意はなかった。

 

ビジネスクラスを受け入れ得るか

 

 拒否権の扱いについては、G4案では“少なくとも当面は”諦めたのも同然なので、出直し上の大きな課題は、モデルBの「準常任理事国」「事実上の常任性」に踏み込むかどうか、出来そうな所から現実的、段階的に取り組むアプローチへの転換を考えるかどうかである。

 航空機の座席にたとえて言えば、安保理の現状は「ファーストクラス」が5席、「エコノミークラス」が10席あるわけだが、ここに新しく「ビジネスクラス」の枠を設けようというのがこの考えである。ビジネスクラスが数席できれば、貢献能力の高い国で多数の国の再選支持を確保できる実力国には、100パーセントの確証はないとしても、“事実上の常任性”への道が大きく開かれることになる。

 この10年間に、G4の「願望」を「現実」に転化する上で国連内の“政治天気図”に好ましい情勢変化が見られるのであれば別だが、そうだろうか。また、我が国の願望を支える切り札である国連分担金をふくむ財政的貢献も、分担金についてはこの10年間に約20%から10%台に半減している有様である。残念ながらこれから先も、「時は我々に味方している」とは言えないであろう。

 そういう客観情勢を考えるとElders提案のように視野を広げ、加盟国多数の現実的関心に応えられるようなパッケージで、柔軟戦略で改革を迫ることとすれば、既述のいろいろな障害はかなりの程度取り払われ、広範な支持につながるチャンスが高まるのではなかろうかと愚考する。必ず成功する保証はないが、トライしてみる価値は十分にありそうである。

 戦後70年、国連組織のアンチテーゼ-旧敵国―ながら、加盟後は“優等生”に生まれ変わった日本。この辺のオチでよしとするか、あくまで当初の常任性にこだわるか-そろそろ判断のしどころではなかろうか。

 最後に、国連憲章の旧敵国条項との関連についてひとこと。これはすでに事実上“死文化”しており(1995年総会決議)、また、この条項の削除を“決意する”との了解が確認されている(国連60周年の2005年サミット文書)。幅広い合意にもとづく安保理改革案を、G4共同の出直しで、あるいはそれが難しいのであれば日本の新しいアプローチで実現できれば、その機会に併せて旧敵国条項の削除についても実現への道が見えてくる。これも視野に置いて行く手を探るのが、少なくとも日本(とドイツ)の長期利益に沿うのではないかと考えるが、いかがであろうか。

 

(了)

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