北方領土はクリミヤ半島とは別物

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初代駐カザブスタン大使 松井 啓

 2014年2月のロシアによるクリミヤ半島併合に異を唱え米欧は対ロ制裁を科し日本も同調し、ロシアはG8から外された。G7の結束を示すため日本が制裁に加わることは当然としても、ロシアの制裁反攻勢もありEU諸国中でもロシアとはそれぞれ歴史的経済的関係が異なり足並みが乱れ、またアメリカとEUも一枚岩ではなくなってきている。

 日本にとってのウクライナの重要性は地政学的にもNATO等の軍事的観点、また天然ガス等のエネルギー事情、貿易の観点からも欧州諸国とは異なる。クリミヤ半島は1953年にフルシチョフの意向により当時ソ連邦の共和国であったウクライナに譲渡されたが、ロシアの重要な軍事基地があり、住民の80%はロシア人である。他方、日本がポツダム宣言受諾後にソ連により不法に占拠されている北方4島は1956年の日ソ共同宣言第9条で、ソ連(露)は平和条約締結後に歯舞及び色丹の2島を日本に引き渡すと明記されている(国後、択捉の2島については言及なし)。このように北方領土はクリミヤ半島とは歴史的背景が異なるので、この二つを結びつけて同列に論ずることは日本自身の首を絞めロシアの手を縛ることになる。

 戦後70年を経ても両国間に平和条約が締結されていないのは「異常なこと」(プーチン大統領)であり、日本がロシアと平和条約締結交渉を始めることは何ら欧米の結束を乱すことにはならず、表立って異を唱える国はないであろう。国際政治では領土問題は法律論ではなく政治的決断で解決される。国際司法裁判所や国連の場に持ち出して円満に解決された例は少ない。日本の北方領土返還交渉で欧米諸国が日本を積極的に支持することは期待できない。最近でも東西ドイツの統一、ソ連邦の崩壊と15か国への分裂、ユーゴスラビアの崩壊と7カ国へ分裂、東チモールの独立、南オセチア、アブハジア、南スーダンの独立等は各々異なった歴史的背景と国際環境があり同列には論じられない。

 クリミヤ半島のロシア併合により国民のプーチン大統領の支持率は高まり、経済制裁や石油価格の下落による経済低迷にもかかわらず、80~90%を維持している。プーチンは先週ロシア中部のウファでBRICSサミットを主催し新銀行設立を提唱し、ユーラシア経済連合構想を打ち出し、中国の一帯一路(ニューシルクロード)構想、アジアインフラ投資銀行(AIIB)、上海協力機構(SCO)では密接に連携しているやに見えるが、ロシアが中国の「妹」に成り下がることだけは避けたく、ロシア経済の近代化(技術・経営ノウハウ)、資源開発、エネルギー安保(石油ガスの安定的販路確保)、環境対策等で期待できるのは中国ではなく日本であることは認識していよう。

 来年は日ソ共同宣言60周年であり、EUやNATOのメンバーではない日本がG7サミットの議長国である。プーチンにとっては日本への領土返還に応ずることは支持率にマイナスとなり大きなリスクを伴うので、大国化する中国とのバランスを見据えた政治的決断を要する。他方、日本にとっても長期的大局的視野と国益を見すえた政治的決断が必要である。安倍・プーチンの両者が信頼関係を深めて何らかの解決の糸口を見出し、来年のサミットにはロシアも参加して国際的諸問題を討議できるようになることを期待する。