インドネシアの勤務を終えて (第2回)

鹿取克章
前駐インドネシア大使 鹿取 克章

1.ダイナミックな日インドネシア関係

 私は、2011年4月末から2014年9月末までの3年5カ月、インドネシアに在勤した。幸運だったのは、在勤が日インドネシア関係の新たな躍動期と重なったことである。日本の対インドネシア直接投資は、2010年の7億米ドルから2013年には47.1億ドルとほぼ7倍に拡大し、同年、日本はインドネシアにとって最大の投資国となった。2014年には多少減速したが、インドネシアにおける日本の存在感は再度高まった。投資の中心は依然として自動車関連であるが、中間層の拡大と共に、銀行、保険、医療、住宅、食品・飲料、コンビニ、大型店舗等投資の分野は広がっている。ユニクロは既にジャカルタに進出し、イオンは2015年に店舗を出す予定である。日系企業数も大幅に伸びており、2010年の約1,000社から2014年には1,763社に増加した。在留邦人も2010年の11,701人から2013年には16,296人と増加している。
 人の交流も増えている。2013年にインドネシアを訪問した日本人の数は479,305人であった。ピークの706,942人(1997年)には依然及ばないものの、近年着実に増加している。注目されるのは、インドネシアからの日本訪問者数の増加である。2011年には61,911人であったのが、2013年には136,800人に増加した。インドネシアのポテンシャルを考えるとまだ少ないが、日本に対する関心は特に富裕層を中心に明らかに高まっている。東京、京都、大阪のような定番の訪問地だけではなく、北海道から沖縄まで新たな観光地が探求されている。ゴルフ、スキー、温泉、料理、買い物等々様々な形で日本を楽しんでいる。最近ではインドネシア人の方がはるかに日本の高級料理店を知っていることに驚かされる。
 学術・教育分野でも交流は伸びてはいるが、インドネシア人留学生の数は依然として2,410名に過ぎない(2013年、うち国費生は630名)。留学生は、将来にわたり両国関係を支える重要な架け橋である。日本の各大学も努力を強化しているので、留学生が今後さらに増えることが期待される。他方、高校生を中心に日本語学習者の数は約87万人と大きく増えている。これは、中国に次ぎ世界第二位の数である。若い人たちの日本に対する関心を将来に繋いでいくことが重要である。
 山梨県、愛媛県、岐阜県、岡山県など地方自治体もインドネシアとの交流を強化しており、両国関係のすそ野が広がっている。
 日本とインドネシア間の旅客便も増加しており、現在、ジャカルタと東京を結ぶ便は1日6便ある。インドネシアと日本を結ぶ便は、週67便(日本航空は成田-ジャカルタが週14便、全日空はジャカルタ羽田を含め週14便、ガル―ダ・インドネシアは週39便)あるが、2015年にはガルーダ航空が名古屋便を就航させる予定である。

 

2. インドネシアの印象

(1)親日的国民
 着任後、多くの新鮮な印象を得た。第一は、日本に対する暖かい感情である。1958年に外交関係を樹立後、日本は一貫してインドネシアの安定を重視し、インドネシアは長年にわたり最大のODA供与国であった。また1967年の外資導入法成立後は、多くの日本企業が進出した。1974年1月の田中総理訪問に際しての反日デモも乗り越え、両国の経済関係は深化し、1990年から2013年までの累計では日本はシンガポールに次ぎ第二の投資国であった(1990年から2009年までの累計では、第一位)。緊密なビジネス関係は、両国の友好に大きく貢献した。日本車の割合は約95%、二輪は約99%である。近年では、ラーメン、カレーなどカジュアルな日本食店も増加しており、衣食住様々な分野で、日本の姿を見ることができる。
両国間の人間関係も緊密である。戦後の人的交流は、戦後賠償による留学生、研修生の受け入れで開始され、ギナンジャール氏のように今でも長老格として両国関係のために尽力している人がいる。その他にも、留学、JICA等の各種研修プログラム、企業の活動やプログラムを通じて日本滞在を経験した多くのインドネシア人が各界で活躍している。プルサダと呼ばれる元日本留学生の組織も、インドネシア各地で両国の架け橋となっている。
 日本人とインドネシア人は、感情面でも似ているところがある。インドネシアは多民族の国家であり、性格もそれぞれ異なるが、国民の4割以上を占めるジャワ人は、人前で怒りや感情を見せないことを徳とし、「Yes」、「No」を明確に言わない。誇りが高く、面子を重視する。また、横柄な姿勢(会談に際し足を組むなど)を嫌う。欧米人は、インドネシア人との接触に困難を感じているようであったが、「阿吽の呼吸」を理解する日本人は、インドネシア人との付き合いにおいて優位性を持っているのではないかと感じた。インドネシア人の日本に対する評価は高い。2013年のBBCの国際世論調査では、インドネシアは、調査対象25か国の中で日本を最も高く評価(82%が日本は世界に良い影響を与えていると評価)した。2014年調査でも概ね類似の結果が得られている。

(2)社会の多様性
 インドネシアは、非常に複雑で奥が深い。1万3千以上の島々からなり、300以上の民族、2億4000万人の人口を抱えている。ムスリムが約9割を占めるが、イスラムは国教ではなく、キリスト教、仏教など他の宗教も認められている。この多様性故に、インドネシアにおいては国家の一体性を守るために様々な努力が払われている。1928年に、最も多くの人が話していたジャワ語ではなく、比較的覚えやすいインドネシア語(Bahasa Indonesia)を国語として選んだのも、インドネシアの一体性を維持するためであった。インドネシアの国家原則であるパンチャシラ{建国5原則。「唯一神への信仰」(㊟イスラムに限定されない)、「人道主義」、「インドネシアの統一」、「民主主義」、「社会的公正」)及び国の標語である「多様性の中の統一」(bhinneka tunggal ika)は様々な機会に言及される。
 インドネシア人は、国家の一体性にかかわる問題に敏感である。また、社会における融和を常日頃から重視している。ジャカルタでは常にパーティや集まりがある。ブカプアサ(断食期間中の日没後の夕食会)、レバラン(断食月明け大祭)、中国正月等におけるオープンハウス、結婚式、結婚記念日、誕生日、出版記念パーティ等々である。社交は、お互いの気配り、目配りを反映しており、人々はできるだけ顔を出すよう努力する。ゴルフも盛んであり、ゴルフ場は極めて重要なネット・ワーキングの場である。この活発な社交が、奥の深いインドネシアの様々な仕組みを機能させる潤滑油になっている。女性も重要な役割を果たしている。主婦も家事に縛られることなく、サークルやチャリティグループなどで活動している他、社交にも活発に参加している。お互い常にフェイスブック、SMSで連絡を取りあっている。

 

3. インドネシア情勢

(1)ハビビ、ワヒド、メガワティ大統領の時代(1998年~2004年)
簡単にこれまでの動向を概観したい。1998年5月21日、スハルトが退陣した。その後の約6年にわたるハビビ、ワヒド、メガワティ大統領の時代は、民主化の始動期ともいえ、4次にわたる憲法改正を通じ、大統領の直接選挙、地方自治の強化(州知事等の直接選挙導入)等民主体制強化のための多くの進展が見られた。また、テロ対策の強化が図られたほか、東チモール問題の解決、汚職撲滅委員会の設置、中華系住民の権利の回復等様々な重要な取り組みが行われた。

(2)ユドヨノ大統領の時代(2004年―2014年)
 2004年、ユドヨノ大統領が初めて直接選挙で選出された。10年間にわたるユドヨノ政権は様々な重要な成果を上げた。第一は、治安の回復である。2002年10月にバリにおいて爆弾テロが発生し202名の犠牲者が出たが、その後の努力により、2009年7月(ジャカルタのマリオット及びリッツ・カールトンにおける爆弾テロ)を最後に、一般市民を巻き込むような大きなテロは発生していない。30年以上続いたアチェ問題も解決(2005年8月15日、ヘルシンキ合意)された。
 積極的な外交努力によりインドネシアの国際的地位は強化された。インドネシアは、ASEANにおいて主導的役割を果たしており、東南アジア唯一のG-20の一員である。また、インドネシアは、「百万の友、敵はゼロ」との外交方針の下、各国と良好な関係を維持しており、非同盟運動にも参加している。国民の90パーセントがムスリムであり、穏健なイスラムを代表する国家として国際社会で重要かつ独自の役割を果たせる立場にある。
 経済も順調に成長した。2013年には若干低下(5.8%)したが、2007年から経済成長は6%を超えている(但し、2009年は4.6%)。また、2009年に続いて2014年の議会及び大統領選挙が平穏に実施される等、民主主義も一層定着した。

(3)残された課題
 他方、課題も多く残されている。第一に格差の問題である。ジャカルタ州の一人当たりGDPは12,000ドルを超えているが(全国では3,500ドル)、ジャワ島中部、東部は発展が遅れており、また、インドネシア東部の開発が重要な課題となっている。パプア州において燻っている分離運動の背景は、主として開発の遅れである。インドネシア政府基準の貧困率は年々低下しているが、世銀基準(1日2ドル以下)の貧困率は43.3%と依然高い水準にあり、ジニ係数も上がっている(2012年0.41、2004年は0.32)。
 経済成長を今後とも維持していくことも重要な課題である。2013年には6%を割り、5.8%と減速した。2014年については、インドネシア政府は5.5パーセント成長を予算編成(2014年補正予算)の前提としているが、多くの機関はより低い成長率を予想している。経常収支は、2011年第4四半期より、また、貿易収支も2012年より赤字となっている。
 経済成長を支えていく上で投資環境の整備が不可欠である。特に、インフラ整備は喫緊の課題である。日本はインドネシア政府と共に特にジャカルタ地域で協力を進めている(MPA-Metropolitan Priority Area)。このMPAを新政権の下でも円滑に推進していくことが重要である。特に、現在工事が進められているMRT(地下及び高架鉄道)は、毎日ジャカルタ市民の目に触れる象徴的案件であり、ジョコ新大統領及びバスキ新ジャカルタ知事もその早期の完成及び拡張に大きな期待を有している。現在進められている南北第一期工事(15.7キロ)の速やかな推進と共に、できるだけ早く南北第二期及び東西線についても整備を進める必要がある。
汚 職問題は、ユドヨノ大統領も重視したと考えられるが、ユドヨノ政権においては現職閣僚が3名容疑者として認定され、多くの民主党(ユドヨノ大統領が党首)関係者も汚職疑惑の対象となり、政権及び民主党の信用は大きく失墜した。また、ユドヨノ大統領の次男エディ・バスコロの現金受領疑惑も報道されている。汚職問題に厳正に対処してくことは、益々重要となっている。
 平均年齢28歳、人口ボーナスが2030年代後半まで続くと予想されるインドネシアでは、高度技術や知識を持った人材の育成は、若い人口を経済のために有効に活用する上で極めて重要な課題である。ジョコ新政権は、人材育成を特に重視していく旨明らかにしている。

 

4. ジョコ・ウィドド政権の発足

(1)庶民派大統領の誕生
 2014年10月20日、ジョコ・ウィドド政権が発足した。軍人やエリート層出身ではなく、初めての「庶民派」大統領の誕生である。ジョコ・ウィドド大統領に対する国民の期待は大きいが、チャレンジも大きい。先述のとおり、2013年以降、経済成長には陰りが見えている。新政権は、できるだけ早期に7%台の成長路線に乗せたいとしているが、状況は容易ではない。汚職の問題も深刻である。インフラ整備は喫緊の課題であり、地域間、国民間の格差の問題にも対応しなければならない。ジョコ新政権は、国民から強く支持されているが、どの程度速やかに目に見える実績を示すことができるかが、円滑な政権運営のカギとなる。
 注目されていた新閣僚は10月27日に発表された。「クリーン」な人物を選ぶべく組閣は慎重に進められたが、起業家を含む新鮮な顔ぶれとなった。商業相に任命されたラハマット・ゴーベル氏は現地パナソニック社の会長であり、中央大学の卒業生で日本語も堪能である。親日家で日本にとっては心強い人選である。
新政権は11月17日、石油燃料価格の引き上げを発表した。インドネシアにおいては燃料等に対する補助金が財政の2割前後を占めており、財政の硬直化を招いている。インフラ整備や社会保障に一層の予算を配分するためにも、石油燃料価格の引き上げ及び補助金の削減は従前から重要な課題であった。同時に極めて不人気な政策でもある。ジョコ大統領は公約通り、政権発足後1カ月も経たないうちに決断した。その結果、ジョコ大統領の支持率は低下したが、国益のためには「火中の栗」をも積極的に拾う姿勢に対し、評価する声も聞かれる。
 外交面では、北京におけるAPEC首脳会議、ミャンマーにおけるASEAN関連会議、豪州におけるG20会議等に相次いで出席し、多忙な滑り出しを見せている。
 ジョコ大統領は、自らの内閣を「働く内閣」と銘打っており、今後とも迅速に具体的成果を挙げていくことを重視していくこととなろう。
(2)継続する厳しい政治闘争
しかしながら、ジョコ大統領の前途は多難である。7月9日の大統領選挙に敗れたプラボウォは、これからも政治闘争を継続することになろう。プラボウォ派は、議会における多数を背景に、自らにとって都合のよい法律を通し、議会の議長及び委員長ポストを手中に収めた。加えて、州知事、県知事の選出手続きを変え(住民の選挙により選出されていたのを、州議会議員による選出に変更)、地方も自らの勢力下に置こうとしている。ジョコ新大統領にとって重要なのは、議会の多数を確保することである。4月9日の総選挙を経て、新議会は10月1日に発足したが、与党勢力は当初4党(闘争民主党、民族覚醒党、ナスデム党、ハヌラ党)207議席に過ぎなかった。その後、開発連合党(PPP)が政権側に移行する姿勢を示し、政権側議席数は246となったが、依然として全560議席の半数に達していない。
 当面、最も注目されるのは、91議席を有するゴルカル党の動向である。党首はプラボウォを支援してきたアブリザル・バクリであるが、党内にはバクリ派と反バクリ派の熾烈な抗争が進行中である。バクリは、大統領選挙前にジョコ陣営に協力を申し入れたが拒否され、直ちにプラボウォ陣営に鞍替えした経緯があり、今後とも反大統領勢力としての立場を維持することとなろう。自らの政治的影響力保持のため、党首の座を死守すべく財力にまかせあらゆる努力を傾注していくことが予想される。他方、反バクリ派は、新たな党首を選出し、ゴルカル党として与党連立政権に参加することを視野に入れている。抗争が継続している中、ゴルカル党大会が急遽11月30日より12月3日に前倒し開催された。本来は、2015年1月の定期党大会において党首選が行われることとなっていたが、状況は不利と判断したバクリは、地方への根回しと共に他の候補が出にくいようにルールを変更し、党大会のタイミングを早めた。その結果、党首候補はバクリ以外には擁立され得ず、バクリは12月3日に無投票で党首として信任された。報道によれば、党大会参加者の大多数は、党籍はく奪等の報復を恐れてバクリへの信任を表明した趣であるが、ゴルカル党内の亀裂は一層深まった。反バクリ派は、この党大会決定の違法性を主張すると共に、12月7日及び8日に別途党大会を開き、アグン・ラクソノ前社会福祉調整大臣を党首に選出した。ゴルカル党は分裂の様相を呈しつつあり、同党の政治闘争を今後とも注視していく必要がある。またゴルカル党の動向と共に、民主党等他の政党の動き、新大統領に対して好意的な世論の今後の動向も見守っていく必要がある。

 

5. 日本とジョコ新政権

 (1)日本とインドネシアの友好協力関係を一層強化
日本は、ジョコ新政権と緊密な関係を築いていかなくてはならない。インドネシアの安定は、日本及び地域全体にとって重要である。ジョコ新大統領及び政権関係者の多くは、メガワティ元大統領やカッラ副大統領を含め、日本に親近感と関心を持っていることが感じられる。新政権関係者の中には日本と関係の深い多くの友人がいる。彼らとの関係を更に強化しつつ、新たな友人との関係を構築していくことが重要である。インフラ整備、工業化・物造り、環境・エネルギー、防災、農業・水産、人材育成等の分野をはじめ、新政権の重視している「海洋インフラの整備・発展」についても、日本はインドネシアとのwin-win関係を強化していくことができる。
(2) 留意点
今後とも対等のパートナーとしての視点を維持(すなわち「上から目線」の排除)すると共に、相手の立場を十分に理解して対応することが重要である。これは当然のことではあるが、感情・認識のギャップは常に発生する危険があるので、今後とも十分留意していくことが肝要である。
 時折、「インドネシアは、経済的には発展しているが、行動は良く理解できない」、「インドネシアは、急に輸入制限的措置をとるなど、民族主義的傾向を強めている」等の声を聞くことがある。インドネシアは近年経済的に大きく躍進しているが、インドネシアから見れば先進国に比べ課題は依然大きく、そのために一層の発展を図り、できるだけ早く追いつきたいという気持ちは当然存在する。そのようなインドネシアの気持ちは、ナショナリズムと呼ぶか否かは別として、極めて自然なものである。未加工鉱物資源の輸出を原則禁止する新鉱業法の背景にも、このような感情がある。
 更に、インドネシアではメディアや議会を含め、「自分たちの方が損をしているのではないか」という感情がある。パプア州で金などを採鉱している米国フリーポート社は、毎年相当額の税金をインドネシア政府に支払い、CSR活動も行っているが、インドネシアおいては、利益をインドネシアにより還元すべきであるとの論調が見られる。中国へのLNG輸出の長期契約に関しては当初合意された価格は低すぎるとの問題が提起され、両国の懸案となった。マレーシアやシンガポールの銀行はインドネシアで自由に活動できるのに対し、インドネシアの銀行は制約を受けている等の問題提起も行われている。日本とのEPAに関しても、この5年間を見ると日本の方がインドネシアより恩恵を受けている等の指摘が聞かれる。インドネシアの人は、相手を慮ることを重視し、誇りも高い。したがって今後とも、インドネシアの人の心情や背景にある事情をよく考えながら行動する必要がある。
以上を踏まえ、日本のブランド(「誠実」、「信用」及び「謙虚さ」)を生かしつつ、「一層のスピード感」にも配慮することができれば、日インドネシア関係は今後とも一層発展するであろう。

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