「イスラム国」の攻勢

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          元駐シリア大使・中東調査会副理事長  鏡 武

中東で急速に拡大しつつあるイスラム過激派の組織「イスラム国」は、最近は中東だけでなく、アジアのイスラム圏など、世界の他地域にも直接、間接の影響を及ぼしつつある。この組織は、一五年ほど前に中東で結成されたが、この一,二年の間に、またたく間に勢力を拡大してきた。メディアでも伝えられるように、斬首など非人道的で過激な言動もあって、今や国際社会の強い注目を引く存在となっている。そうした活動を通じて、この組織が最終的に何を狙っているのか、またその急速な拡大の背景は何か。ここではこういった諸点を中心に述べてみたい。

イラクからシリアへ
二〇〇〇年前後に、アフガニスタン帰りのヨルダン人でイスラム原理主義思想を持った人物、アブ・ムスアブ・ザルカーウィが、一つのイスラム過激集団を結成した。「タウヒードとジハード団」と称するこの組織が、現在の「イスラム国」のそのそもの前身とされている。この組織は、二〇〇三年の米英によるイラク侵攻の後、混乱したイラク国内で活発なテロ活動をくり返していた。
ザルカーウィは、その後二〇〇六年に米国によるイラク空爆によって命を落とし、この世から姿を消したとされている。その後二〇一〇年からこのジハード団の指導者となって、現在までグループを率いているのがアブー・バクル・バグダディである。
このグループは、二〇〇六年にはその組織名を「イラクにおけるイスラム国」と改名し、引き続きイラクを中心に活動を行っていた。だが、この集団の活動振りは、イラクで戦闘していたイスラム過激派の中でも、一段と好戦的で残虐性を見せていたため、多くの支持者を集めることもできなかった。しかし二〇一一年三月から始まったシリア紛争が、イラクで低迷していたこの集団の活路を大きく開くこととなった。

シリアで「IS国」を育てた国々
シリア紛争は周知のように、「アラブの春」を契機として、二〇一一年に国内の反体制派グループによる政権打倒運動として始まった。だが「アラブの春」の影響を受けた他のアラブ諸国と異なり、シリアについては、時が経つにつれてその戦闘の基本的性格が大きく変わっていった。紛争は、一方でロシアやイランなどアサド政権を支援する側と、他方で欧米諸国やアラビア湾岸産油国などによる反体制派を支援する側に分かれ、双方が武器や資金を積極的に援助し介入してきた。これによってシリアの内戦は、同国を舞台にした外国勢力の代理戦争とも言うべき姿に大きく変化した。
こうしたシリア情勢の質的転換がますます鮮明になるにつれて、その変化を巧みに利用し力を伸ばしていったのが、イラクで低迷していた前述のバクダディの組織だった。彼の組織は、シリアに前線組織を置いて、自らを反体制派の一員と位置づけ、欧米などから供与される寛大かつ豊富な武器や資金の受け皿となった。これによって、この集団の戦闘力は、短期間のうちにみるみる増強していったが、このときのバクダディ・グループの目的は、必ずしもアサド政権の打倒ではなく、むしろ反体制派の中の他の集団との戦闘を通じて、自分たちの支配地域を拡大していくことであった。
バクダディは、組織名を「イラクとシリアのイスラム国(ISIS)」などと変えたり、それまで関係を維持してきたアルカーイダとも、二〇一四年二月に袂を分かったりしながら、支配地域を広げて行った。彼はその後、イラク国内における活動を強化していって、モスル市などイラク北部の諸都市を支配下に入れて、首都バグダードにも迫る勢いを見せた。こうして二〇一四年六月には、名称を「イスラム国」(以後、「IS国」と略)と変えた。その上で、バグダディはイスラム教世界において、イスラム共同体の指導者であるカリフとして頂点に立つ「カリフ国」の創設を宣言した。

「IS国」の狙いと特徴
「IS国」の基本的な狙いとして、まず手始めは欧州諸国が第一次大戦中に合意したサイクス・ピコ協定による国境を無視ないし消し去ることである。英仏によるこの協定は、それまでオスマン帝国が支配してきた領土を分割し、イラク、シリア、トルコなどの一帯に英仏の思惑によって国境を画定したものである。「IS国」は欧州諸国が「恣意的に」策定し現在まで続いているこの国境を抹消し、そのあとにそれと無関係で、既存の国家も否定したイスラム共同体を設立しようとしている。バグダディは、そうして創設されたイスラム共同体を世界のイスラム世界にまで拡大するという遠大な目標を掲げている。
「IS国」は、いまやシリア、イラクに広大な支配地域を有し、その面積は英国に匹敵するまでになっているとも言われており、その地域に住む六百万人の住民に影響力を与えている。

急速な発展の背景
「IS国」にこの急速な成長を可能にさせた背景には、この集団が持つ次のようないくつかの独特の性格があると見られている。
急成長を可能にした第一の特徴は、「IS国」が持つ資金及び武器の豊富さである。前述のように、彼らはまず、シリアの反体制の一部として欧米など海外諸国から潤沢な支援を獲得している。それに加えて、増強されたその戦闘能力を用いて、イラクにおいて石油施設の占拠や都市部への攻撃および徴税活動も展開して行った。特に石油収入では、密売によって一日当たり一億円相当の収入があるとも言われた。また武器は、イラクにおける戦闘で敗走したイラク軍が残していった米軍等の武器、弾薬をかなり手に入れていると言われる。こうして「IS国」は世界で最も資金力のある過激派と言われるまでになった。
急成長したこの過激集団は、かつてシリアで援助を受けた欧米やアラブ諸国に対し、今や敵対姿勢を向けている。アフガニスタンの対ソ連戦闘の際にも、米国はムジャヒディーン援助の一環としてゲリラ組織を育成した。そこにはアラブ諸国から参集した多くの志願兵が含まれており、彼らの一部が後にアルカーイダとして反欧米グループとなったが、「IS国」の成長経緯もそれに酷似している。
「IS国」の第二の特徴は戦闘員の獲得が巧みであるということだ。現在 「IS国」の戦闘員は約三万人に膨れ上っていると言われ、しかもその数は日々増加していると伝えられる。参集している若者の約半数がイラク及びシリア以外の国から参入している多国籍集団と言われ、その戦闘員の国籍は八〇ヶ国に上っていると見られている。欧米からの人間も多数含まれているが、中心は、周辺アラブ諸国からの若者であり、彼らが全体の約八割を占めると言われる。
参入者は母国における経済的な格差、差別、貧困などにより、自国の将来に希望を失って移って来るものも多い。また欧米など先進国組の場合、自国において期待できない自己実現といった人生目標を中東の戦闘地域でつかみたいといった考えで渡航してくる者も多いとされる。そこには先進国特有の社会的病理が反映されている面もある。
「IS国」はその言動に示されるように、宗教的にも急進的で行動も過激であるが、そうであればあるほど、むしろそれが現世に希望を失った人間の心を惹きつける要因になっているとも見られる。
このような過激さは、イスラム教に本来内在していないとは必ずしも言えないが、IS国がインターネット上で流した人質の斬首などの衝撃的な行為は、宗教的な信条に由来すると言うより、むしろ対外的な脅迫手段としての行動であって、宗教との結びつきは希薄と見られている。
さらに構成員の確保の手段として、ISはインターネットという極めて近代的手法を駆使し、世界の広範な地域から戦闘予備軍を集めている。彼らは、こうした戦闘員の確保だけではなく、自分たちの信条や活動の広報などでも積極的にインターネットを活用し、自己宣伝を進めており、極めて新時代的な宗教集団とも言えよう。
第三の急成長の要員としては、彼らがその支配地域を拡大するため地域の政治的土壌を効果的に利用していることがある。特にシリア紛争で現出した国内の無法地帯は、自分たちの勢力拡大に極めて有益である。またイラクにおける政治体制から生じたスンニ、シーア両宗派間の対立も、「IS国」には有利に働いており、その拡大の裏でスンニ派住民の反政権感情を広く利用してきた。

有志連合とその戦略的むずかしさ
問題はこうした「IS国」の台頭に対し、米国主導により組織された有志連合および国際社会がどの程度効果的に対抗できるかであろう。米国は、本年八月八日にイラクにおける空爆を開始し、さらにサウジアラビア、ア首連、ヨルダン、バハレーン、カタルといったアラブ諸国も参加した有志連合によって、九月二二日には、シリアへの空爆も始めた。「IS国」への武器や戦闘員の供給源となっている拠点を叩くためである。
この作戦遂行に制約を加えている第一の問題は、「IS国」 がイラク及びシリアにおいて確立している支配地域には、一般住民が居住する都市部も含まれており、その中に戦闘員も紛れ込んでいる点である。また逆に、彼らの支配地域には、国境も不鮮明な砂漠地帯も広く含まれ、そこを彼らは自由に移動して拠点を移している。こうしたことから、空爆作戦のみでは彼らの組織を壊滅させることは極めて困難であり、いずれかの時点での地上軍の投入が不可避の要件である。
だが、二〇一一年末にイラクから撤退し、二〇一六年末までにアフガンから完全撤退を予定している米政府としては、この段階で再度イラクやシリアに地上軍を派遣することは、軍事的ニーズはともあれ、政治的リスクが極めて大である。従って、地上軍については地域対応を基礎とすることとし、イラクやシリアにおけるクルド族の治安軍ペシャメルガなどの活用や、自由シリア軍などシリアの反体制派グループを急遽訓練する案が進められている。しかし、前者のクルド族の軍事力強化はトルコ政府との関係で微妙な問題を有しており、また後者のシリア反体制グループについては、種々の点でその信頼性に疑問が投げられている。地上軍の投入については、このような諸困難を克服しつつ行わざるを得ないが、「IS国」壊滅のためにはその困難に背を向けることは出来ない。
第二に、基本的に「IS国」を弱体化するためには、こうした軍事的手段によるだけでは十分でない。石油の密売や武器売買の阻止、その他広範な非軍事的手段による対応が要求されている。九月二五日、国連安保理でも、「IS国」に参画しようとする人員の移動を阻止する国内法を制定するよう加盟国に義務づける決議が採択された(決議2178号)。また「IS国」がメンバーのリクルートのために利用しているインターネット上でも、対抗措置を講ずる必要があり、そうしたことは既に欧米諸国が検討しているとされる。
こうした国際的な協調行動は今後も拡充していく必要があるが、それにはオバマ大統領も指摘するとおり、数年単位の時間がかかるであろう。
その間、「IS国」としては当面の目標である中東域内での支配の拡大を推し進めようとするだろうが、いずれは、その攻撃対象を欧米先進諸国にも拡大していく可能性も排除されない。そうなる前に、国際社会がどこまで体制を整えて、効果的な「IS国」との戦いに対処できるようになるか。その点が今後の鍵となろう。