国家戦略として「国際協力費」の創設を

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元駐デンマーク大使、柔道家  小川郷太郎

「積極的平和主義」の補強を
「失われた20年」は経済が低迷した時代であるが、政治はいつも選挙を念頭に置いた党利党略に堕し、内外の重要な政策課題への取組みをずっと先送りして国力の衰退を放置してきた点で責任が大きい。第2次安倍政権になって状況は変わり、日本にようやく政治のリーダシップが見られるようになったのは喜ばしい。安倍総理が昨年の就任以来打ち出している戦略の方向性や政策推進への強い意志と行動を大いに称賛したい。こうした戦略の中で「積極的平和主義」を唱えていることにも敬意を表するものであるが、これまでに知られたその具体的内容を見ると、途上国援助などにも触れられているものの、全体として(狭義の)安全保障への対応に重点が置かれている印象を拭いきれない。

私はこの関連で、大きな国家戦略の一環として、「積極的平和主義」を補強するための「国際協力費(仮称)」創設を提唱したい。これは、従来の政府開発援助(ODA)の概念を拡大し、世界に誇る日本の「ソフトパワー」を発揮させるとともに、文化的・人的交流を抜本的に拡充することによって、対外依存度の高い我が国が世界との繋がりを一層強めるとともに平和にも貢献するための予算である。

ODA削減でオウンゴール
この提案の背景にある考えを述べてみたい。
まずODAについてであるが、冷戦終了以降、民族紛争に伴う地域的不安定化や地球温暖化、国際テロの拡散など地球的規模の問題が顕在化したことなどから主要国がODA予算を増やし、資源獲得を目指す中国も急速に対外援助を拡大してきた。我が国はこの世界の動きに逆行し、ODA予算は1997年をピークに15年間で半減してしまった。これは国家戦略の大きな誤りであった。援助を通じた日本の対外影響力は相対的に減少し、中国などのそれが高まってきたからである。ODAは対象国の安定と発展に貢献し、それが貿易や投資を通じて日本経済にも資する。我が国は貴重な資源を保有し輸出市場にもなる途上国への援助だけを目指すのではなく、グローバルパワーとして途上国援助を拡充する必要がある。ときどき、「ODAはムダが多いから削減すべき」との声がある。確かに、個別のODA案件でうまくいかない場合もあるが、是正措置をとって改善すべきで、実際にはそのようにしてきた。重要なことは、援助は必要であり国益にも資するということを認識することである。業務に無駄や失敗があるからと言って社会保障を削減することができないのと同様だ。大きな軍事力を持たない我が国として、途上国援助は極めて有効で重要な外交手段であったし、これからもあり続ける。この基本認識をしっかり胸に刻むべきである。

筆者は40年間にわたる外交官としての経験から、世界は無知や誤解や偏見に満ちており、それが国家間の紛争や国民感情の対立を助長していることを感じてきた。メディアの報道は、しばしば事件や問題点に焦点を当てすぎるあまり、結果としてある国の真の状況や国際関係の実態の全体像を歪めてしまう。現地に行って実情を観察し、その国の人々と話してみると、自分の先入観や報道で形成されたそれまでの認識がすごく違っていたことに気付くことが多い。従って、人的交流は真に不可欠で重要であると強く確信するようになった。

同時に、国民一般はあまり認識していないようだが、日本や日本人は世界の殆どの国々から好感と敬意をもたれていることを常に感じ、誇りに思ってきた。尊敬される要素には、戦後世界的に展開されたODAや平和外交、日本独自の文化力と科学技術力、そしてさらには日本人の人間的資質がある。援助については、特別の政治的意図を持たずにグローバルに実施され、また、相手国のニーズを考えながら対話を通じて行う日本的アプローチが感謝され高く評価されている。また、日本が平和憲法のもとで国連を中心に核兵器の廃絶をはじめ軍縮や不拡散などの分野で様々な活動を主導してきたことは世界から広く認知されている。安保理常任理事国がすべて核保有国で占められる中で平和外交を推進する日本がさらに影響力のある立場に立つことが必要である。文化については、能、歌舞伎、茶の湯、生け花、浮世絵などの伝統芸術の優れた独創性、ち密で洗練度の高い工芸品、今日世界中の人気を博している寿司や和食の食文化、さらには世界中にくまなく浸透している我が国発祥の柔道、世界の若者を引き付けるポップ音楽や漫画、コスプレ等々。これだけ多岐にわたるジャンルで世界から注目され愛される文化を有している国は他に類を見ない。因みに、高校生の交換留学推進の仕事に携わっている経験から言うと、日本は世界の高校生の中での人気国である。その背景に彼らが日本の若者文化に強く惹かれていることもある。より能動的に日本文化を通じて交流すれば、世界各国から一層の親近感と信頼感を得ることができる。国民レベルでの親近感は領土問題を含めた政治的な関係改善にも役立つ。中国や韓国との現在の難しい国民感情も、政治家、メディア、有識者、学生・青少年、草の根などの様々なレベルで大規模で継続的に人的交流を積み上げていくことにより改善することが可能である。さらに、我が国の持つハイテクや環境技術、先端医療技術等を通じて世界に貢献することができる。

日本人の資質も世界中の称賛の的だ。2011年の大震災における日本人の冷静で秩序ある行動や忍耐力は世界中から驚きをもって称賛された。他にもまだ例がある。震災よりずっと以前の1980年代に中東で活躍した日本人ビジネスマンの誠実さや責任感などの資質は、今でもアラブ諸国民の語り草となっており、これはイラク等が自国の復興のために是非とも日本の企業と提携したいと強く求めてくる理由である。これらは米国や中国などの大国も真似のできない日本独特のソフトパワーであり、偉大な資産である。こうした日本の力を発揮し様々な貢献をすれば国際社会での日本の役割や立場を高め、今まで以上に諸外国との協力関係を強めることができるであろう。

活かせ、日本のソフトパワーを
新しい「国際協力費」はこれらの諸要素を活用するための予算で、その主な使途は①従来の途上国援助の拡充に加え、②平和のための人的交流(例えば、ジャーナリストや海外有識者の広島招聘を含めた平和・軍縮に関する啓蒙・対話、核廃絶運動支援、中国や韓国を中心にした有識者、メディア、学生、政治家等の人的交流の大幅拡充)③様々な文化交流(草の根文化交流、留学、教員の異文化体験、スポーツ交流、日本文化紹介事業などの支援の抜本的拡充、日本の考えや主張を広める積極的な対外広報活動等)、④科学技術協力(医療や環境分野等)があろう。これらの活動はいずれも国際間の平和に資するもので、積極的平和主義の重要な要素とするにふさわしい。

GDP比で0.5%を目指せ
そして、「国際協力費」の予算規模は当面GDP の0.5%を目標とすべきである。これは、防衛費の約半分であるが、国際社会における我が国の安全と諸外国との政治・経済・文化面での協力関係を増強するうえで高額と考えるべきではない。因みに、ODA の規模に関し国際的に合意された目標は、GDP比0.7%である。膨大な財政赤字があるので到底無理だという発想に陥るのではなく、国際社会における我が国の立場を強化し広義の安全保障を高める一つの有力な手段として、国家戦略全体の予算配分の中で調整すべき重要性を持っている。

日本が持つ貴重な資産であるソフトパワーを活用して世界と交流することは、国際的な文化の発展や平和に必ずや貢献する。現在具体策が練られている積極的平和主義の重要な構成要素として重視すべきである。そして、その予算規模も明確に目標化すべきである。

(2014年9月16日寄稿)

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