ウクライナ情勢と世界のガバナンス

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          元駐ウズベキスタン・タジキスタン大使  河東 哲夫

今回のウクライナ情勢は、白昼夢を見ているように、今ひとつ解せないところがあった。それは、21世紀のこの世の中に、それも文明世界と目される地域で、切った張ったの大騒ぎの末、領土の乗っ取りまでが行われ・・・それを世界はどうしようもなかったからである。戦後世界のガバナンスはもう限界を迎えたのか、それともこれは一時的な現象なのか、その意味を考えてみたい。

「ソ連帝国」の雲散か再結合か――ウクライナは天王山

 1991年ソ連が崩壊して以来、旧ソ連圏は「帝国崩壊後の過程」にあった。かつてオスマン帝国、オーストリア・ハンガリー帝国などが崩壊した時と同様、周縁諸国は力の真空地帯と化していた。その中でバルト三国はNATO、EUに加盟できたのだが、2000年代の原油高で力をつけたロシアは「帝国」の更なる分散に抵抗を始める。ロシアはNATOと国境を接したくないし、また競争力のないロシアの企業は「帝国」の外では市場を持てないからである。抵抗の典型例は2008年のグルジア戦争であるが、ウクライナはその人口(4千5百万。ロシアは1億4千万)、技術・経済力(ソ連軍需産業の中心地。GDPでロシアに次ぐ)から、その去就はロシアの今後の命運を定める、まさに天王山なのである。

この国では2008年の世界金融危機で経済が悪化し、ヤヌコーヴィチ政権はEUと連合協約を結びIMFからの救済融資を実現することで、立て直しをはかろうとした。しかし昨年末にはロシアから猛烈な圧力を受け、EUとの連合協約仮署名を直前に撤回してしまう。西欧の民主主義に共感するリベラル層はこれを許さず、首都キエフで反政府集会を組織した。リベラル層はどの国でも弱体なものだが、キエフの反政府運動も下火になったところで、予想外の事態が起きる。西欧やロシアと同じようにウクライナにも存在しているネオ・ナチの「右翼」にウクライナ西部の反ロシア分子(西部は第2次大戦後、初めてソ連に併合され、その後10年間血なまぐさい反ソ・ゲリラ活動を展開した歴史がある)、ロシア寄りと言われる東部諸都市の青年不満分子が蝟集し、暴力で政府施設を占拠する挙に出たのである。

その結果、ヤヌコーヴィチ政権は反政府側に譲歩する。2月21日には、年末までに大統領選挙を前倒しで実施すること(ヤヌコーヴィチ退陣を意味する)、但し反政府側は政府施設から撤退すること等を合意するに至ったのだ。ところが「右翼」は右合意を認めず、政府施設占拠を拡大し、議会はヤヌコーヴィチ大統領の「解任」と大統領選挙の5月25日挙行を一方的に決めてしまう。身の危険を感じた大統領は2月23日にはキエフを脱出し、ロシアで保護される身となった。そして2月21日の合意が反故にされたのは西側の差し金によると思い込んだプーチンは、同27日にはクリミアで親ロ勢力による政府施設の占拠を始めさせ、3月16日の住民投票、同18日のクリミア編入まで電光石火の早業でもっていく。このあたり、西側が押してきたのを巴投げで破ったような、柔道仕込みのプーチン外交の冴えをまざまざと見せている。

次の焦点となったウクライナ東部・南部は、クリミアに勝るとも劣らない戦略的意味を有する。黒海に突き出てロシア海軍の基地も擁するクリミア半島は、「これを失うと黒海の制海権を失ってしまう」(プーチン)要衝であるのだが、東部、南部をNATOに抑えられると、ロシアは長大な国境線でNATO軍と直接対峙を迫られるばかりでない。クリミア半島、そしてウクライナ南西部に接するモルドヴァ共和国の中でロシア人同胞が作る「沿ドニエストル自治区」へのアクセスを抑えられてしまう。そして東・南ウクライナ(同国GDPの過半を生産)を半分独立させて、ロシア主宰の関税同盟、更に「ユーラシア経済連合」(ロシアを中心に数カ国が5月に発足させる予定)に入れなければ、旧ソ連圏復活というプーチンの野望は画餅に帰するのである。

東・南ウクライナはクリミア半島よりははるかに人口が大きく(2千百万)、ここを丸抱えした場合のロシアの負担は厖大なものとなる。クリミアのように編入してしまうより、ウクライナを「連邦」化(実体的には国家連合)し、西側にも経費を負担させつつ、NATOとの間の緩衝地帯として中立化させることが、ロシアにとっては最も合理的なやり方であろう。

空洞化する世界のガバナンス

 現在の米国は、経済がまだ回復途上にあるばかりでなく、イラク、アフガニスタンからの撤退がようやく終わるところで、基本的に内向きになっている。また米国がそのNGOを筆頭に、途上国の独裁政権を「レジーム・チェンジ」しようとする動きを続けていることへのそれら諸国からの反発も強まっている。米国の指導力は落ちているのである。

そのことが如実に表れたのは、3月27日国連総会でクリミアでの住民投票を無効とする決議の採択が行われた時である。賛成百、反対11で、「西側」の圧勝であったかのように報じられたが、実際には82もの国が棄権するか欠席したのである。棄権した中にはアフガニスタン、ブラジル、エジプト、インド、イラク、ジャマイカ、モンゴル、ミャンマー、パキスタン、南アフリカ、ベトナム、欠席した中にはボスニア・ヘルツェゴビナ、イスラエル、モロッコ、セルビア、ア首連等、米国と少なからぬ縁を持つ国も入っていた。こうした国々が様々な心算から米国の呼びかけに加わらない、そうすると米国の指導力がますます減退する、そうなると米国の呼びかけに応じない国が更に増えていく――世界のガバナンスは、メルト・ダウンの手前にあるのだろうか。

そして先進国の外交にも、メルト・ダウンの兆候が顕著である。ウクライナの場合、米共和党の傘下にあるInternational Republican Instituteや民主党傘下のNational Democratic Instituteが長年にわたって活動し、民主主義・市場経済を標榜する野党勢力を育成してきた。他の諸国でもこれら勢力は選挙における不正等をきっかけに反政府運動を先鋭化させては、「レジーム・チェンジ」を指南する。このような動きは、米国の大統領や国務長官が音頭を取って実現したものではなく、米国政府は起きたことを追認、支援することを余儀なくされているのである。ウクライナの場合は、反政府運動が「右翼」に一時は簒奪され、コントロールの利かないものになった。そしてロシアはこの右翼の暴力を口実にして、クリミア編入の挙に出た。米国政府は自らの外交のコントロールを失って、失点を蒙ったのである。

ロシア側が指摘しているように、この「右翼」に西側の傭兵会社(米国のGreystone社等)が参画しているのが事実なら、事態は更にグロテスクなものとなる。諸団体・個人は、自由や民主主義といった大義より、自身の組織維持、収入源確保といった利己的欲求に動かされているのである。そしてワシントンでも、「オバマは『独裁者プーチン』に対抗できているかどうか」だけが争点になった政治ゲームが繰り広げられ、プーチンが本当に独裁者かどうか、そして肝心のウクライナ国民の生活は二の次になってしまう。ドルが国際通貨として使われているように、今やワシントンでの政治ゲームが世界全体を覆うようになっているのである。

日本は主流をつかまえて

 この中で日本は世界の変化の本質をうまく把握して、歴史の主流についていないといけない。日本はまず、自国を含めたいわゆる先進国の有する経済的地力をよく認識する必要があろう。世上、購買力平価のGDPでは中国が米国を既に上回った等の謬論が喧伝されるが、中国の輸出の50%は外国企業によるもので、しかも輸出はもう頭打ち、現在の経済成長の殆どは土地再開発・インフラの建設によって実現されている現状で、経済の過半を占める国営企業はダイナミックな成長力を欠いている。購買力平価では日本のGDPを抜いたとされるインドに行ってみても、ここでは民主主義と所有権の保護が過剰であることが、規制緩和やインフラ建設を妨げているという皮肉な現象に遭遇する。ロシアは政府歳入の60%近くを原油等資源関連に依存するばかりでなく、労働力の3分の1は公務員、経済の50%は国営・公営企業という体質で、成長率は既にゼロの領域に近づいている。

先進国がこれまで蓄積してきた資本の力は大きい。UNCTADによれば、2007年世界で行われた対外直接投資合計約2・1兆ドルのうち、実に約75%は先進諸国によって行われている。そして先進国は互いに投資し合うことが最も多いのである。また米国は製造業の生産額では戦後一貫して世界一の座を維持していて、日本にも中国にもこの座を譲ったことがない。

世上一部で言われているように「資本主義は終焉」を迎えているのではない。それは資本主義の一面だけを見て言っているのであり、社会主義計画経済の流れを汲むロシア、中国の国家資本主義こそその限界を露呈しつつある。資本主義は利潤と資本の増殖を自己目的とするが、そのことが生産面では常に新しい技術、新しいビジネス・モデルを生んでいく。その果実を公平に分配し、金融の過度の膨張を抑制できれば、資本主義・市場経済は最も効率的、かつ自由な経済モデルであり続けよう。
現在の世界の課題は、イラク戦争と金融危機を乗り切った米国がまだ回復途上にあり、対外介入を避けている時期に、世界の安定をどのように確保していくかにある。米国はこれまでそのNGOを先頭に、旧ソ連・中東諸国等の「民主化」運動を支援することで勢力の維持を図ってきたが、それは混乱を生むだけでなく、米国に対する失望感と警戒感も生んでいる。やはり産業振興による中産階級の創出と、それを基盤とした民主主義の醸成をはかることが王道なのである。

米国は頼りになるのか

 それでもウクライナの現実を見ていて、その無法ぶりに違和感、得体のしれない不安感を拭うことができない。それは尖閣・南西諸島がクリミアのように外国に「編入」されても、米国は助けてくれないのではないか、日本は米国の目からはアジアで二義的なものに落とされてしまっているのではないかという惧れに根差すものだろう。しかしよく考えてみれば、それは米国への依存心が高いからこそ感ずる不安なのではないか。日本の自衛隊の戦力は大きく、さらに拡充されている。TPPのような大きな枠を描く話しも、日本が参加することなしには成立しない。日本という同盟国を失えば、東アジア、東南アジアにおける米国の地歩は大きく低下する。米国にとっての日本の価値は大きく、また日本にとっても米国との同盟関係は外交、安全保障、経済、価値観の諸面でかけがえのない力となっている。

 来年は、終戦70周年である。日米中韓関係の現状に鑑みて、これは決定的に重要な年である。過去の恨みを思い出すより、これからの世界を前向きに構築していくために、知恵を出し合い、実行していくべき時である。米国が軍事介入に及び腰であるだけに、世界の安定と繁栄実現のため日本が提言・実行できることは多いだろう。ウクライナ情勢で怯んでいるより、この機会をむしろ活用して日本の立場を向上させていきたい。 (2014年5月9日寄稿)

「近著『米中ロシア―大国に怯えるな』」

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