アジアとの新しい文化交流事業「文化のWAプロジェクト」

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国際交流基金理事長  安藤裕康

国際交流基金の新しい対アジア文化交流事業「文化のWAプロジェクト」の発足式が、4月15日、高円宮妃殿下と安倍総理ご夫妻のご臨席を得て国際文化会館で開催された。この新事業は、国際交流基金の中に「アジアセンター」を設置し、東京オリンピック・パラリンピックまでの7年間に300億円という大規模事業を実施するものである。そのうちの230億円はいわゆる真水の新規予算であり、この結果国際交流基金の年間予算は約3割増加する。ここにいう「アジア」の対象地域としては、当面、東南アジアが念頭に置かれている。

 そもそも東南アジアとの関係では、1977年の有名な福田ドクトリンがある。そこでは経済協力と並んで心と心の関係、即ち文化を通じる相互理解の重要性が強調されていたが、ODAが順調に伸びる一方で、文化交流が遅れをとってきた感は否めない。近年は中国、韓国が言語やコンテンツ産業の分野で非常に積極的な活動を続けているため、日本の存在感が相対的に低下しており問題視されてきた。このような状況を打破しようという認識が背景にあったのである。


昨年の経緯
 安倍総理は昨年のアセアン10カ国歴訪の過程で、1月インドネシアにおいて対アジア外交5原則を発表され、その第4原則には文化交流の強化がうたわれた。この政策を具体化するため総理の下に有識者懇談会が設置され、何回かの会合と現地視察を通じて9月に提言が総理に提出された。また10月には東南アジアの文化人を招いてシンポジウムが開催され、現地側からも意見が開陳された。その後、外務・財務両省による厳しい予算折衝を経て、12月の日・アセアン特別首脳会議の場で、総理より新政策「文化のWAプロジェクト」が発表されたのである。アセアン首脳もこれに全面的賛意と支持を表明した。この新政策の実現に当たって、総理は終始強いリーダーシップを発揮された。

 この「WAプロジェクト」の根底にある考え方は、単に日本の文化を一方的に発信する従来型の政策だけではなく、アジアの国々と対等の立場に立って、相手国のアイデンテイテイーを尊重しつつ、真に双方向の交流を行っていこうというものである。アジア文明の多様性を前提として、その調和と融合を目指している。「WA」とは、平和、調和の和であり、またネットワークの輪、環でもある。


日本語教育の強化
 本事業は2本の柱から成る。1つは文化の根幹ともいうべき言語である。近年、東南アジアにおける日本語学習者の増加は著しい。過去10年余りで10倍近くに増えている。とりわけ中等教育レベルの伸びが顕著であり、全体学習者の9割近くを占める。これは、日本のアニメ・漫画などへの関心と、邦人企業への就職願望に加えて、現地政府による日本語学習奨励政策が大きく影響している。問題は教師、特に日本人の教師が大幅に不足していることだ。113万人の学習者に対し、国際交流基金が日本から派遣する教師数は53名にすぎず、JICAの協力隊員を含めても百名に満たない。かたや中国人の中国語教師はタイだけで約2千名、アセアン全体では数千名に上ると推定される。現地政府や日本大使館からも日本人教師の増強を求める声が強かった。

 この状況を改善するため、我々は今後7年間で3千人(年間約5百人弱)の日本人を送り込む計画だ。特に、学習人口が多いにも拘らず教師が質量ともに不足している高校レベルを主な対象とする。これだけの数となると専門の語学教師だけでは対応できないので、シニア層や学生などのボランテイア人材を活用し、現地人日本語教師のアシスタントとして活躍してもらうこととした。日本では、企業を定年退職後も公的な活動に従事したいと希望する方々、また、休学して海外での経験を積んで視野を広めたいという学生が増えているからだ。彼らが言語教育だけではなく日本の文化や社会の紹介にも意を用い、合わせて現地の言語や文化も学んで頂ければ、ここでも双方向の交流が成り立つ。いわば一種の逆JETである。去る3月よりこの「日本語パートナーズ」派遣事業第一陣の公募を開始したところ、まだ知名度が低いにも拘わらず、60名の採用予定に対し3百名以上の応募があり、関心の高さが伺えた。

 このほかにも、日本語教育てこ入れ策として、現地人教師の教授能力向上のための訪日研修や、相手国教育行政関係者のオリエンテーション目的の訪日も実施する。東南アジアではスマートフォンやSNSが大幅に普及しつつある現状に鑑み、IT技術を活用したインターネット上の日本語学習にも力を入れる。

芸術文化交流 
 「WAプロジェクト」の第2の柱は、芸術・文化の交流強化である。この分野でも、日本からアセアンへの流れだけではなく、双方向の交流を目指す。即ち、わが国が中心となってアーテイスト同士のネットワークを強化し、芸術作品の共同制作を奨励する。或いは芸術分野の人材を育成し、有形・無形の文化遺産の保存・継承のために協力する。また学術・知的交流の領域でも、高齢化社会、地球温暖化、防災などの共通課題に関する対話のニーズが増大しているので、その機会を増やしていきたい。
 具体的な事業例としては、東京国際映画祭の枠内でのアセアンとの映画人・作品の交流、日・東南アジア美術展の開催、映画や演劇の共同制作、日・アセアン・ジャーナリスト会議、サッカーを初めとするスポーツ人材の育成など様々なアイデイアが寄せられ、実現に向けた検討が既に始められている。

アジア以外も重要
 以上がアジア向けの新事業の説明であるが、世界の他地域との文化交流も一層強化すべきことは言うまでもない。近年日本の経済力の低下に伴い、日本への関心が減少していると言われてきた。しかし、こと日本の文化に関する限り、関心は逆に高まっている。日本の文化、広い意味での生きざまや価値観への評価と尊敬は、衰えるどころかむしろ高まりつつあると言っていい。わが国としては、国際社会に対し文化国家日本を前面に押し出し、その認知度を高め、諸外国との交流を深めていくことが国益に合致すると考える。
 ここ1-2年、クールジャパンという言葉が盛んに喧伝される。クールジャパンの厳密な定義は定まっていないと思うが、それが単に文化ビジネスの輸出振興という面に限られるのであれば、それだけでは十分と言えない。文化ビジネスの振興それ自体が重要であることは論を待たない。しかし、ビジネスが成立しない地域との交流、或いはビジネスを超えた相互の信頼醸成のための交流にも大いに力を入れて行きたい。

(2014年5月12日 寄稿)