<帰国大使は語る>自然豊かな地峡の運河の国・パナマ
前駐パナマ大使 大脇 崇
2018年8月から2021年12月まで駐パナマ大使を務めて最近帰国した大脇崇大使は、インタビューに応え、パナマの特徴と魅力、在任中に経験したことや力を入れて取り組んだこと、日本との関係とその展望等について以下の通り語りました。
―パナマはどんな国ですか。その魅力は何ですか。
■運河の国、パナマ
地図を見ると一目瞭然、パナマは太平洋とカリブ海(大西洋)の両洋が最も接近した北アメリカ大陸と南アメリカ大陸を繋ぐ地峡に位置しています。この地峡の幅は約80kmで、ガトゥン湖という人工湖を介してパナマ運河が両大洋を結んでおり、年間約13,000隻の大型船舶が通航する国際海上貿易の要衝となっています。
パナマ運河は、水平な水路で結ばれるスエズ運河とは異なり、運河両側に設けられた各3段の閘門を水位調整しながら開閉し、船舶を上下降しつつ海抜26mに水面のあるガトゥン湖を超えて通過していく仕組みになっています。運河の太平洋側にあるミラ・フローレス閘門と大西洋側のアグア・クララ閘門には、大型貨物船が閘門を通過するダイナミックな風景を見ることができる見学施設が整備され、パナマ随一の観光資源としていつも観光客で賑わっています。
■自然豊かな生物多様性の国
“パナマ”とは「魚、蝶、鳥があふれる場所」という意味だそうです。実際、哺乳類225種、爬虫類214種、両生類143種、鳥990種、植物1万種以上など、とにかく珍しい生き物がたくさん生息しています。北はカリブ海、南は太平洋に面し、標高3,474mのバル火山をはじめ山岳地帯も多く、海から山、さらにはパールアイランドと呼ばれる島々も含めて多種多彩な自然に恵まれ、国土の29%が国立公園、森林、野生生物保護区に指定されており、特に鳥好き、蝶好きの人たちはたまらない魅力の宝庫と言えます。
そんな豊かな自然と大きな船舶が行き交う運河を有するパナマですが、首都のパナマシティは高層ビルが林立する大都会で、かつ歴史的な街並みを散策できますし、地方都市では活気あるお祭りも楽しめます。ちょっと足を伸ばせば豊かな自然と文化・歴史を楽しめる、パナマはそんな魅力に溢れた国だと思います。
―在任中に経験された大きな出来事や特筆すべき事柄はありますか。
■大統領の訪日と茂木外務大臣のパナマ訪問
在任中、大統領の訪日が2度ありました。2019年4月のバレーラ大統領の訪日と、政権交代後の2019年10月のコルティソ大統領の訪日です。また、2021年7月には茂木外務大臣がパナマを訪問されました。
バレーラ大統領の訪日はご本人の以前からの強い要望で実現したものでした。筆者も皇居を除き殆どの行程に同行することができ、大変貴重な経験をしました。
外国の元首が来日されると国会議事堂や霞が関周辺に日の丸とその国の国旗が掲げられることは、霞が関では特に珍しいことではありません。しかし、在パナマ日本大使という立場となった私にとっては、これまでとは違う特別なものでした。きっと来日した大統領一行も大変嬉しく感じたに違いありません。首相官邸では、儀仗、首脳会談、共同記者会見と続き、さらに首相公邸で晩餐会が行われました。翌日以降も、日本企業等との意見交換、円借款プロジェクトで使用するモノレールの車両工場(下松市日立製作所笠戸工場)や豊洲市場の視察などを精力的にこなされ、大統領にとって大変満足な訪日になりました。
また、コルティソ新大統領の訪日は新天皇陛下の即位の礼への参加が目的でした。首脳会談も実現し、新政権発足後、米国に次いで2ヶ国目の訪問先が日本となったことは象徴的でした。日本への同行はできませんでしたが、大統領帰国の際、パナマの空港で出迎えたところ、夫人とともに満足の様子でした。
さらに、2021年7月には茂木外務大臣がパナマを訪問され、大統領表敬、外相会談、パナマ運河視察などをこなされました。パナマ1泊の予定が、次の予定地への訪問が急遽取りやめとなったためパナマ2泊となりましたが、パンデミック禍にも拘わらず実りある成果を残して頂きました。
■チャーター便による邦人退避
新型コロナウイルス感染拡大に伴う2020年3月13日の国家非常事態宣言以降、矢継ぎ早に規制が強化され、同月内には完全外出禁止措置が敷かれましたが、3月22日からはパナマ発着の全ての国際便が停止となり、人道支援便など一部を除きパナマ在住の外国人が国外に脱出する手段がなくなってしまいました。そんな中、パナマ日本人会会長の呼びかけで「今後あり得る退避の方策」について意見交換が行われました。するとその直後、3月30日に日本外務省が各国の感染症危険度をレベル3(渡航中止勧告)に一斉に引き上げるという報道がなされました。これを受けてチャーター便による邦人退避が一気に現実的なものとなり実施準備に取りかかることになりました。日本人会では会員各社に役割が割振られ、当館も日本人会会員以外の搭乗希望者の募集とパナマ政府からのチャーター便運航許可の取得調整に当たりました。
日本人会によるチャーター便は、4月から7月にかけて計3回実施されましたが、いずれも極めてスムースに行われました。チャーター便の成功は、日本人会会員各社の見事なチームワークのお陰でした。また、パナマ外務省、保健省、空港庁などの協力も得られたこと、さらに経由地の在メキシコ日本大使館の全面的な支援が得られたことも成功の大きな要因でした。関係各位に心から感謝する次第です。
―パナマと日本の関係はどのようなものですか。今後の展望はいかがですか。
■海事分野における密接な繫がり
日本とパナマはパナマ運河ならびに便宜置籍船の利用を通じて、特に海事分野で密接な関係を有しています。これらを担当する機関として、パナマ運河庁、パナマ海事庁があります。
パナマ運河は、2000年直前の大晦日に米国から返還された後、パナマ運河庁によって一元的に管理運営されています。パナマ運河庁は憲法の下に設立された特別な組織で各省庁と比べても別格の存在です。通過貨物量に着目すると、現在、日本は米国、中国に次ぐ3番目の利用国であり、日本の海運会社や荷主たる日本企業は重要な顧客でもあります。そのため、パナマ運河庁と日本船主協会は毎年幹部間の交流、意見交換を続けてきています。最近のテーマは運河通航料に関するものが中心で、日本船主協会は利用しやすい料金設定と通航料の変更内容を事前に荷主に説明するための充分な時間の確保を要望しています。利用条件も含め日本側の要望を伝え、国際的なインフラとして、より利用しやすい形態となるよう、常に率直な意思疎通ができる良好な関係を維持する必要があります。
また、パナマには日本の船主が所有する船舶の約6割がパナマで船籍を登録している便宜置籍船です。パナマ政府も便宜置籍船の登録誘致を促進したいという立場であり、その観点からも日本は重要な顧客です。船舶登録を担当するパナマ海事庁と日本船主協会の繫がりも密接です。パナマ籍船である船が世界のどこかで海難事故を起こした場合、その事故に関する調査は、事故の発生地点の国と船籍登録国が担当することになっています。そのため、船舶の所有国である日本も調査に加わるためには、その両者の承認が必要となります。最近の具体例としては、モーリシャスでの座礁・重油流出事故やスエズ運河でのコンテナ船座礁事故などがあります。日本の運輸安全委員会が事故調査を行う場合など、パナマ海事庁との連携が必要となるほか、日本所有のパナマ籍船が関わる諸問題全般についてもパナマ海事庁との連携、情報交換が必要で、平時からパナマ海事庁との良好な関係を構築しておくことが重要です。
■パナマの対日感情
日本からは遠く地球の反対側に位置するパナマですが、我々が想像する以上にパナマの人たちは日本に親近感を持ち、日本のことを良く知っていると痛感しました。
市内を走る自動車の6割は日本車で、生け花、茶道、小説、アニメなど、文化面でも日本への関心が高まりつつありますし、和食も人気で日本食レストランもあります。もちろん日本製の電化製品や自動車などの品質の良さも反映しているのかも知れませんが、日本に対しては単に技術的な面だけではない特別な何かをパナマの人たちも感じているように思います。
ある日、国際交流基金の放送コンテンツ紹介事業でパナマのTV局に鉄腕アトムの番組を供与したことがあります。供与式で「私はこれを見ながら育ちました」と申し上げると、TV局のオーナーから「私たちもこれを見ながら育ちました」と言われて驚きました。
これはごく一例ですが、日本の文化に触れることを通じて日本人の持つ価値観を彼等も共有してくれているように感じました。そしてそれが日本に対する信頼感にも繋がっているのではないかと思います。
―大使として在任中、特に力を入れて取組まれたこと事は何ですか。
■日本企業オフィスへの訪問
パナマにオフィスを構える日本企業の皆さんがどのような環境下で日々の業務を行っているのか、その実態を教えて頂くために企業訪問を行いました。パナマに進出している日本企業は47社でしたが、日本人が駐在する企業となると30社ほどであり、週1社の訪問で1年以内に全社への訪問が可能です。経済担当の書記官から依頼してもらって企業訪問を始めました。多忙にも拘わらず、どの会社でも歓迎して頂きました。会社の概要、パナマの位置づけと役割、活動状況など、大変貴重なお話を聞かせて頂きました。また、併せて駐在員とご家族の生活状況、困りごと、当館への要望事項などもお聞かせいただき、領事業務の改善にも役立つ意見も頂戴しました。訪問を始めて早々、新型コロナによる完全外出禁止令が出たため、結果的に訪問できたのは10数社にとどまりましたが、中南米においてパナマをどのように位置づけ、どのように活用されているのか理解するうえで大変有意義でした。
■パナマ市・今治市の姉妹都市活動の支援
また、パナマ市と姉妹都市の今治市との交流活性化のためのお手伝いをしました。
先に述べたとおり、パナマと日本は海事関係の分野で深い繫がりがあります。そうした背景もあり、造船と高級タオルで有名な愛媛県今治市とパナマ市は姉妹都市の関係にあります。しかも、今治市は2020年東京オリンピック・パラリンピックのパナマ選手団のホストタウンにも決まっていました。
日本へ一時帰国した際、今治市を訪ねて菅市長(当時)にお会いしたところ、翌年には是非ともパナマを訪問したいとのお話を伺いました。政権交代にともないパナマ市長も交代したところで、まだ直接のコンタクトが出来ていないのでよろしくとのことでした。パナマに戻って早速ファブレガ市長にお会いしたところ、パナマ市創立500周年を記念して今治市長を招待したいというレターを頂きました。
その結果、2020年1月末、今治市長、市議会議長らのパナマ訪問が実現しました。ファブレガ・パナマ市長との会談のほか、オリンピック委員会への表敬訪問も行われました。東京オリンピック・パラリンピックには、パナマから13名(O:10名+P:3名)の選手が出場しましたが、残念ながら新型コロナの影響でホストタウンが使われる機会はありませんでした。しかし、2021年12月、両市の友好関係を記念して行われた日本人学校の生徒さんらによるグアヤカン(乾季の終わり、3月から4月にかけて黄色い花を付ける日本のソメイヨシノのような樹木)の植樹会には、ファブレガ市長も参加されるなど、両市の交流は着実に進んでいます。
―在外勤務を通じて強く感じられたことはありますか。
■基本的価値を共有することの大切さ
在任中、いろいろな場面で「民主主義、市場経済、法の支配など基本的価値の共有」というフレイズを使いました。私は国土交通省の出身で初めての在外公館勤務でしたが、この3年余の経験を通じて、これらこそ日本の外交が真に大切にすべき原則だということを改めて強く感じました。共通の価値観を有するパナマとの良好な友好関係が今後益々深まることを期待しています。