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カブール訪問記

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(社)日本アフガニスタン協会理事長
 日本体育大学理事長
 元外務大臣政務官  松浪 健四郎

久しぶりに第二の母国と決めつけているアフガニスタンを訪問した。外務省を通じて、カルザイ大統領から招待を受けての訪問。 ニューデリー経由でカブールに着く。上空からのカブールは、想像できぬくらい大きく広がり、人口増加に納得する。
一木一草も生やさなかった二つのテペにまで階段上の住宅が列を作していた。眼下のカブールは、もはや私たちの識る都市から大きく変貌を遂げていて、地方からの人口流入が容易に想起できた。

 日本政府の援助した空港ターミナルビルが立派に完成し、空港前には太陽光を利用するパネルが並んで、近代的設備に驚く。 日本大使館の出迎えではなく、アフガニスタン政府の儀典次長が迎えてくれる。防弾車のベンツに乗り込むが、前方と後方に警備の車がつく。それだけで、治安の恐さが襲ってくる。警備の車には、カラシニコフを手にした大統領府の兵が身構える。まるで映画を観ている感じ、ロケ現場にいる錯覚を起こす。
 直行したのは在カブール日本大使館。 高橋博史大使、前田公使等の出迎えを受ける。が、大使館に辿り着くまでに、幾つもの検問所を通過せねばならないのだ。文字どおり厳密であった。テロ攻撃の凄まじさが伝わってくる。と同時にタリバン勢力のパワーが増大している様子を頭に叩き込まれた感じがした。

 大使館の警備担当者から諸注意事項についてレクチャーを受ける。外国人の誘拐事件が多発しているために、自由に街を散策することなどできないと教えられた。非常用の電話を受け取り、大使公邸の客室に案内される。 アフガニスタン政府は、私どものためにセリナホテルを準備してくれていたのだが、高橋大使はノルウェー外相が襲撃された件もあり、大使公邸に宿泊されるのが安全だとして、大使公邸でお世話になることとなった。

 客室には、防弾チョッキ、非常用無線電話、それに十分な飲料水があり、戦時下にある日常を私どもの脳裏に焼きつかせる。平和な日本から、非常事態中の国にやってきたのだと意識せねばならなかった。 到着の夜、大使は大統領府の幹部を公邸に招いて夕食会を開いてくれた。官房長をはじめ大統領の側近たちばかり、意見交換を楽しんで昔話に話がはずむ。参加者の多くは私の旧知の人たちで、懐かしさがこみあげてくる。 とくに、かつてのオリンピック委員会の委員長であられたエテマディ夫人との偶然の出会いと会話は小説的ですらあった。私がカブール滞在中、委員長には眼をかけていただき、レスリング指導を円滑に行うことができた。がエテマディ氏は鬼籍に入られ、夫人が大統領府にいるという。元王族の一員としての待遇なのだろう。

 翌日の昼、私ども夫婦と大使、公使、そして通訳一行は大統領府(かっての王宮殿)へ向かう。眼前に王宮殿があるのに、検問は5個所、容易に辿り着かない。しかし、数ヶ月前、テロ集団は1トンの爆弾を積んで二つ目の検問所まで達し、銃殺されたという。ニセの軍服に身を包んでいたという。 王宮殿に幾度も入った経験のある私は、警戒の厳格さにアフガニスタン政府の現在の置かれている立場を理解するしかなかった。カルザイ氏が大統領でなく議長であった頃、私は単身でアポイントなしで王宮殿でカルザイ氏と面会したことがある。私とザヒルシャー国王とのツーショットの写真がパスポートとなり、すべての検問を突破できたのである。以来、日本政府要人と共に、五回も六回も訪れた王宮殿、その様相は、まったく異なっていた。

 米軍やNATO軍のISAFという軍隊が駐留しているというのに、タリバンたちテロ集団が簡単に首都に入り込む現実、いかにこの国の治安を護るのが困難であるかを物語る。大使から諸々の話を伺うにつけ、かなりの弾薬を積んだ車がカブールに入っているらしい。そんな検挙例を耳にしながら王宮殿に着く。カメラやハンドバッグ、すべてを入口で差し出し、何も持たずに宮殿に入る。この変化も驚嘆にあたいする。取材のためにカブールまでやってきた毎日新聞記者は、前日まで取材許可を手中にしていたのに、当日になって拒否されたという。取材は記者団の代表のみ、現地新聞社1名だけであった。
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 カルザイ大統領が大きな喜びの両手を広げてハグのポーズで私どもを歓迎して下さった。昨年夏、日本体育大学で名誉博士号を授与させていただき、それ以来の再会。その記念の立派な写真を額に入れ、同席された4名の閣僚の分まで持参した(前日大統領府に届ける)。
 おそらく、民間人では私がカルザイ大統領と一番多く逢っているにとどまらず、私の家族までも知って下さっている間柄、本当に嬉しかった。直接、いろんな提言を私は大統領に行ってきた。もちろん、かつての私は国会議員であり、その間、アフガニスタン支援のために誰よりも尽力してきたという自負がある。また、その事実を大統領はじめ、政府幹部がよく理解されていた。

 宮殿の一階の大テーブルを囲み昼食会となった。純粋のアフガン料理である。これが高級のアフガン料理なのかと感心する。大統領自身が私の皿に沢山の料理を入れてくれた。この国のことをよく知る私にとって、宮殿の料理は格別であり、妻も眼を輝かせて舌鼓を打つ。
 数年前、私と家内は、パキスタンのムシャラフ大統領(当時)がアフガニスタンを訪問された際の大統領招待の歓迎晩餐会に宮殿に招かれた唯一の日本人であった。その時も立派な金縁の皿で凄いアフガン料理をいただいたけれど、今回の昼食も美味で誇るべき料理で文化を感じた。

 デザートを食べながら大統領との会話がはずむ。私は質問しずらいテーマを直球を投げるかのごとく連発した。通訳氏が、あまりにもドギツイ質問であったからか、通訳をためらう場面があった。だが、高橋大使は堂々と私の質問を訳された。
第一に、大統領は来年4月、本当に職を辞すのか、憲法を改めて再出馬するのか質問した。
 大統領は憲法に従うといい、新しい人が大統領に就くと明言される。次に米軍が来年になれば撤退することになっているが、どれだけの米兵を残して、何ヶ所の基地を与えるのか聞いた。大統領は、まず米側との信頼関係を良好にしなければならないと前置きして、地位協定をきちんと詰める必要があると述べられ、外務省と在米大使館が折衝中だと補遺された。翌日、外務副大臣と外務省で会談し、その様子を耳にしたが割愛する。
三番目の質問は、アフガニスタン政府内の賄賂問題である。この質問に対し、カルザイ大統領は眉間にシワを寄せた。失礼な質問であったのかも知れないが、大統領がどのように感じ、考えているのか私は知りたかった。「確かに政府内に賄賂問題は存在する。しかし、西洋のごとく大きなものではなく、小さなものだと捕えている」と答弁されたのである。それ以上、私は突っ込まずに話題を変えた。

以前から私は、現在アフガニスタンの秘宝展が欧米各地で開催されているが、それを日本でも開催できるように大統領に直接お願いしてきた経緯があるが、今回もその念押しをさせていただいた。後日、ラヒーム文化情報大臣と昼食をいただきながら、その件についてお願いをし快諾を得た。問題は、日本側の受け入れ体制の組織づくり、スポンサー等の処理であろう。
私どもは、社団法人・日本アフガニスタン協会が数年前から実施している「アフガニスタンに美術図書を贈ろう」運動の一環として、今回も高価な図書を国立カブール博物館に東京・九段ライオンズクラブの支援を得て贈呈させていただいた。文化情報大臣出席のもと、博物館長に贈ったのだが、現地のTVニュースに流れるほどの反響があった。日本の新聞にも報じられ、重い本を持参したかいがあった。贈呈式にあたり、在カブール日本大使館が絶大な協力をして下さった。

 結核の研究所や建設中の感染症病院を視察させていただき、日本政府の援助が戦況下にありながらも日本人の手によって遂行中であるのには頭が下がった。日本がアフガン国民になぜ信頼されているのか、これらの現場を視察すれば一目瞭然であろう。
 高橋大使は、私の訪問を盛り上げてくださるために、日本への留学経験者を集めてパーティーを催してくれたり、数人の実力大臣や旧王族の方々を招いて夕食会を開いて下さった。旧知のたくさんの人びとと久しく逢って、いろんなことを回顧させられた。私には、アフガニスタンに関する想い出が山ほどあるにくわえ、家族が生活した国でもあるのだ。
 大統領と会談したおり、高橋大使は、大統領にパキスタンを訪問してシャリフ大統領とタリバン問題について相談し、協力を要請すべきだと発言された。そして数日後にその会談は実現したが、和平の糸口がないだけに日本の発言力は強い状況下にある。あらゆる支援を続けてきた日本政府が信頼され、現在も支援のために国際社会に呼びかける姿勢は、感謝されていると実感させられるものだった。

 カブール大学を訪問させていただき、私は日本政府からのバス寄贈式典で祝辞を述べたにとどまらず、学長や高等教育大臣等との会談は有意義であった。くわえて、視察した名門中・高のザルゴナ女学校では、私どもの高校への留学生受け入れの仮覚書を交わした。また、サッカー協会長にも留学生受け入れを表明させていただいた。これからは人材育成に少しでも協力したいと考えている。高橋大使が段取りよくスケジュールを作成して下さったので、無駄のない有意義な滞在となった。 それにしても、公的建造物や外国公館はおしなべて要塞化する異常な都市カブールを直視すれば、私でなくとも日本人なら心身ともに窒息する雰囲気、その生活環境は最悪といわねばならない。しかし、平和を希求し、アフガニスタン国民の幸福を願って、あらゆる応援をせねばならないとつくづく痛感した。

 最後に、今回の訪問に際し、目本の外務省と在東京アフガニスタン大使館にお世話になった。心から御礼申し上げる。

2013年8月吉日