国際宇宙ステーションと日本外交

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     宇宙航空研究開発機構 調査国際部参事
     前在イタリア大使館公使      星山 隆

 若田光一宇宙飛行士を乗せたロシアのソユーズ宇宙船が11月7日国際宇宙ステーション
(International Space Station、以下「ISS」という。)へ向けて飛び立ち、6時間後にドッキングに成功した。これまで2日間かかっていたのが2013年からはかくも短時間で到着できるようになり、宇宙がますます近い時代になった。若田氏は約6か月間宇宙に滞在し、来年
3月から2か月間アジアで初のISS船長(コマンダー)を務めるという快挙も決まっている。

 本稿では、この機をとらえてISSという人類にとって初めてとなる「国境のない場所」での国際協力プロジェクト※(1) が日本外交にとって如何なる意味合いをもつかにつき紹介したい。結論を先に述べると、ISSは①日米関係の強化に役立っている、②価値を共有する国々と共に好ましい安全保障環境を醸成する一翼を担う、③日本の防衛力向上にも資する基幹技術を涵養している、④国際平和や宇宙探査といった国際公益に貢献することで日本のソフトパワーを高めている、といった多様な外交・安保上の意義をもっている。

 一言で宇宙研究開発といっても、宇宙の広大さ、深遠さに比例するように多様な意義、目的を包含していることから見る視点により評価が異なりやすく、そのため各プロジェクトの全体評価を行うのが大変むずかしいという特徴をもっている。とりわけISSプロジェクトは多面的である。主なものを挙げれば、(ⅰ)医療や素材産業に役立つビジネスの視点からの研究成果、(ⅱ)人類の起源、宇宙の神秘を解明する宇宙科学分野での成果、(ⅲ)人類による火星探検への一里塚としての技術成果、(ⅳ)宇宙の神秘に夢を抱き未来の科学技術を担う日本の若者への教育効果といった顔である。これ以外にも外交・安保の顔があり、本稿ではここをフォーカスする。現在の数ある宇宙活動の中でも、国際平和に貢献している最たるものがISSであるというのが筆者の見方である。

1. 日米関係の強化
 よく知られるように宇宙開発は戦後すぐ米ソの軍事競争として始まったが、この国際宇宙ステーション構想も同じ東西対立の脈絡のなかで、冷戦も終盤の1984年1月レーガン大統領によって打ち上げられた。欧州、カナダと時を同じくして、日本では中曽根総理が参加を表明した。そこには、ロン・ヤス関係のみならず、西側の結束誇示の必要、日米経済摩擦の緩衝材としての期待、宇宙先進国に名を連ねることへの矜持があった。宇宙開発は巨大な予算を伴うものであるが、ISS計画は特に巨額で、予算不足を主たる理由として進捗は大幅に遅れた。1998年にようやく建設が緒に就き2011年に完成したが(宇宙飛行士の滞在は2000年から開始)、その間に冷戦が終結したことにより、ロシアの参加を得てその経験・技術を取り込むという大きな方向転換があった。東西対立から生まれたはずのISSが今や宇宙先進国による国際協力活動の場として国際平和を体現する象徴となったのである。構想立上げから完成、そして現在の活動に到るまで、このプロジェクトのキャプテンは米国である。あまり知られていないが、日本は年間約400億円の予算を使って、EUやカナダ以上にこの米国主導のプロジェクトを支えてきた。

 1990年の湾岸戦争で宇宙の衛星群とIT技術の飛躍的発展が相伴って軍事技術革命が起きたことはよく知られているが、その後も宇宙の軍事利用は進展し続けている。日本でも北朝鮮による1998年のミサイル発射実験がきっかけでその年中に情報収集衛星の保有が決定され2003年には2機が打ち上げられた(現在4機体制)。そして2008年には防衛目的の宇宙利用が解禁されるに至り、米国との共同で研究・開発が進む弾道ミサイル防衛システムも今や我が国防衛にとって欠かせない。去る9月には日米外務・防衛閣僚による安全保障協議委員会(2+2)の場では日米が宇宙状況監視や宇宙からの海洋監視の分野において協力を行っていくことを確認した。宇宙状況監視というのは、稼働中の人工衛星などが宇宙ゴミ(debris)と衝突し損傷することがないよう日米が情報共有により宇宙空間を共同監視しようという試みであり、秩序ある宇宙空間の形成につながる。海洋監視は文字通り、海洋上の船舶の動きを日米が宇宙技術を利用して共同してトラッキングすることをめざす。

 実は宇宙技術というのは軍民両用技術であるというところに最大の特徴があり、軍事面での協力に未だ制約が多い日本にとって、宇宙分野は貴重な日米協力強化の場となっており今後の協力潜在性が高い。もとよりISSにおける協力は軍事目的でないが、技術を基盤とする協力の場として日米関係強化の重要な一翼を担っている。こうした国家の基盤技術の開発と運用にあたり中核的役割を果たしているのが文科省の独立行政法人であるJAXA(宇宙航空研究開発機構)であり、関係の製造企業である。

※(1) 米国、日本、カナダ、欧州各国(イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、スイス、スペイン、オランダ、ベルギー、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン)、ロシアの計15ヶ国。

2.望ましい安全保障環境の構築
 日米間の宇宙協力が進む中、日本がISSプロジェクトに創設メンバーとして参加している事実は、宇宙という重要な安全保障環境における国際ルール作りに我が国が参画していく上で貴重な足掛かりを与える。というのは、宇宙は陸、海、空に次ぐ第4の戦場であると言われ軍事上重要な空間になるに至っているからである。因みに第5の戦場はサイバースペースで、現在は直近の懸案としてサイバー対策の必要性がクローズアップされている。宇宙とサイバーの違いは「戦死者が出る戦場かどうか」と言われるが、どちらも国民生活に深刻な影響を与える点では同じである。2007年に中国が自国の気象衛星を破壊する実験を行い人工衛星の破片などからなる宇宙ゴミ(debris)を急増させたが、宇宙活動の危険を高めたとして国際的非難を浴びた。同時に、有事に際して敵国の衛星を破壊すれば、軍事的にも、民生上も大きなダメージを相手方に及ぼし得るという現実を世界に改めて知らしめ、「宇宙活動に関する国際行動規範」と呼ばれる国際ルールの制定を急がせる一契機ともなった。宇宙空間を平和的に利用するためのルール作りは、多聞にもれず軍事的考慮や南北対立の様相を含んで難航してきた。他方、宇宙空間の利用が急速に進む中、迫りくる危険を回避するため関係国の妥協を探る動きが強まっている。EUのイニシアティブの下、日本、米国というISSメンバーが協調し、国連の枠外における協議が進んでいる(本年5月にはウクライナのキエフで、11月にはタイのバンコクで会議が行われた)。

 安倍総理が3月にTPP交渉参加決定を発表するに当たり、「TPPの意義は、我が国への経済効果だけにとどまりません。日本が同盟国である米国とともに、新しい経済圏をつくります。そして、自由、民主主義、基本的人権、法の支配といった普遍的価値を共有する国々が加わります。こうした国々と共に、アジア太平洋地域における新たなルールをつくり上げていくことは、日本の国益となるだけではなくて、必ずや世界に繁栄をもたらすものと確信をしております。さらに、共通の経済秩序の下に、こうした国々と経済的な相互依存関係を深めていくことは、我が国の安全保障にとっても、また、アジア・太平洋地域の安定にも大きく寄与することは間違いありません。」と述べた。冷戦終了に伴い散乱の度合いを強める国際秩序を新たに形成しなおすこと、そしてそのためのルール作りは21世紀に入った国際社会にとって最重要の課題になっているが、安全保障に直結する宇宙秩序もその重要な一部分をなすことは間違いない。

 ISSの主目的は、宇宙先進国が共に英知を絞り宇宙空間に宇宙開発の前進基地を作って活動するというものであるが、そのメンバーは宇宙の安全保障環境を形作る上で大きな影響力をもつ。しっかりした宇宙の行動ルールができなければ、自らの生命が宇宙デブリとの衝突の脅威に晒されるという意味で宇宙飛行士は最前線のステークホルダーであるし、有人宇宙開発を先導する米国、ロシア、EU、カナダ、そして日本にとり人命と宇宙資産双方の維持は大きな関心事である。宇宙開発分野において世界第4位の座を日本と争っている中国も、ISSとは独自の有人宇宙活動を行っており、いずれはポストISSの国際プロジェクトに参加する可能性もあることから平和な宇宙環境を形作ることに共通の利害を有していることは間違いない。日本はISSの創設メンバーとして、宇宙のルール作りの一翼を担う義務があり、また応分の発言権をもっているという意味で宇宙空間の秩序形成に参画し、国際平和に貢献している。冷戦時代は敵対国の軍事衛星を破壊する行為はしないという暗黙のルールが米ソ間にできていた。※(2) このようなタブーを作っていくための象徴的存在がISSにおける有人宇宙活動なのである。

※(2)「Space Policy Primer」(Lieutenant Colonel Michael O.Gleason,Ph.D. ;Eisenhower Center)

3.日本の防衛力向上にも資する先進技術を涵養する場
 宇宙における国際協力は原則ギブ・アンド・テイクである。給付(貢献)した分だけ、見返りがあるということだが、日本のISS年間予算の400億円のうち、半分以上がISSに必要物資を運ぶ輸送船である通称「こうのとり」(HTV)の製作とその打上げのためのロケット(HⅡ-B)経費に使われている。ISSには常時6人の宇宙飛行士が滞在しており、「こうのとり」が、ESAの欧州輸送機「ATV」、ロシアの「プログレス」、米国の「ドラゴン」等とともに彼らの食料や実験機材を運ぶ役割を担っている。日本の宇宙飛行士はこれまで11人誕生しており(宇宙滞在経験のない若手宇宙飛行士も含む)、若田宇宙飛行士は今回4回目の宇宙滞在である。日本人の搭乗権利も日本の貢献度に比例している。国際プロジェクトである以上約束した責務を果たすことはもとより、今後400億円に見合った便益が得られるのかという視点がより重要になってこよう。6トンに及ぶ物資を運べる「こうのとり」を打ち上げ、それを地球から400キロ離れたISSまで運ぶロケットを開発・実行する過程で日本は様々な技術を習得してきたが、これもISS参加によって得られた特筆すべき成果の一つである。今後さらに何を期待できるのかを熟慮しなくてはならないだろう。

 ロケット技術はミサイル技術と同じであるとされ、それをもつのは世界で10カ国に過ぎない。日本は国際協力という機会を利用して、さらにロケット技術を向上させてきた。「こうのとり」をISS本体にドッキングさせるには高度な誘導制御技術が必要であり、その正確・安全な技術は米国からも称賛を浴びている。「こうのとり」本体は物資輸送というミッションを終え大気圏に戻る際にほぼ燃え尽きるが、空力加熱に耐える素材を開発したり、定められた地上に帰着することを目指す実験試みられてきている。また、日本による有人飛行に向けた将来準備という側面もあり、日本が未だ成功していない少なからぬ基幹技術を開発・実証する場になる。この6月中国が有人宇宙飛行船の地球帰還を成功させたニュースが繰り返し世界で報じられ、中国の宇宙技術の進捗を印象付けた。日本では人命安全を最優先する文化から独自の有人飛行を追及することは現状なかなか難しいようであるが、それでも国家の基幹技術を世界最先端レベルに保つプロジェクトの実施機会は大切にしたい。ISSで生まれる技術は民生技術として開発されているが、宇宙技術が本質的に軍民両用技術であることから、コインの両面として間接的ながら我が国の防衛力及び関係企業の技術力を涵養していることになる。安保にも資する技術的成果はISS参加の副次的成果ではあるが、一種の抑止力としての効果を持ちうる。

 日本政府も宇宙技術の重要性を認識し、安全保障・防災、産業振興、宇宙科学等のフロンティアという3つの課題に重点を定めたが、いずれも発展が強く期待される分野であり数あるプロジェクトのプライオリティ付けは容易ではない。※(3) 北朝鮮のミサイル実験以来日本でも宇宙の安全保障利用が事実上始まり2008年には防衛目的での利用が解禁されたことは既に述べたが、本来その分宇宙開発予算が増加して然るべきところが厳しい財政状況の下予算増が進んでいないからである。防災・減災面でも宇宙技術がなせることは多い。そうした中、以上に述べたISSがもつ安保・外交面での特性をどう評価するのかが日本の宇宙活動の方向性を見定めていくうえで一つの注目点となる。その際、日本のISS予算は現状米国、ロシアよりははるかに低いものの欧州を上回っていることとの関連で、冷戦後に欧州をめぐる安保環境が著しく改善し、逆に日本のそれが悪化している点はISS発足時と異なる事情として留意していいだろう。

※(3)日本の宇宙政策の現状については、拙稿「宇宙基本計画における安保インプリケーション」に
 詳しい(世界平和研究所ホームページ)。

4.国際公益への貢献を通じた日本のソフトパワー向上
 冒頭で述べたように、東西対立から生まれたはずのISSは今や宇宙先進国による国際協力活動の場として国際平和を体現している。ISSの存在とそこでの国際協力の実態が宇宙空間の平和利用につき一定のよき相場観を与えてきた。その相場観に反するような軍事的利用は慎まれるべきとの規範化が進むことが今後期待されるところでありその意味でISSは国際平和に貢献してきた。日本もその意味で国際公益の一翼を担っている。

 また、日本がISSへの参加を通じて得ている成果は、有人宇宙探査、天文・地球観測における知見の獲得、無重力環境を利用した成果の医療への応用、新規素材の創製など多様であり本来こうした有為な宇宙利用にこそISSの真骨頂がある。他方、こうした革新的な成果は科学技術という顔としてのみならず、同時に外交・安保の顔としてみると人類のフロンティアを広げることで国際社会全体に貢献している事実がある。日本の各種観測衛星が、気象メカニズムの解明や温暖化ガスの測定に成果を出すことで国際公益に役立っている点はわかりやすいが、ISSが生み出す価値は宇宙先進国のみに実行可能な人類への貢献なのである。宇宙探査でいえば、ISSでの活動は人類の次なる有人宇宙活動へのステップであり、人類が直接宇宙に赴き活動する限界を拡げる場ともなっている。次世代の国際協力プロジェクトが火星の有人探査なのか、小惑星の探査・捕獲になるのか国際的議論は始まったばかりであるが、後者になれば、先般ロシアに落ちた隕石による甚大な人的被害といった事態を防止する足掛かりになるかもしれない。そのための閣僚級会議(国際宇宙探査フォーラム)が翌2014年1月にワシントンで開かれることとなっており、その2年後には日本で第二回開催が決まっている。人類が壮大な宇宙に共同で挑戦していくための会議開催は、まさに日本が主要プレーヤーとして国際公益の一翼を担っていることの証左である。こうしてISSという宇宙の舞台における諸活動を通じ、我が国は科学技術立国、平和国家としてのイメージを高めてきた。宇宙先進国間の宇宙コミュニティで積み上げられてきた信頼関係も一つの財産である。相対的国力が落ちてきている日本にとって宇宙活動で培われたソフトパワーの意味は、外交上も、経済上も看過できないものといえよう。アジア諸国をはじめ世界の多くの国が宇宙分野における日本との協力を望んでいるとの事実もそれを裏書きしている。

 外務省による世論調査によれば※(4) 、一般のアメリカ人の84%が日本を「信頼できる友邦である」、64%が日本のイメージを「民主主義、自由主義など米国と価値観を共有する国」、また97%は日本が国際社会で重要な役割を果たしているのは「科学分野」、とみている。このように日本は米国内で貴重なソフトパワーを有している。ロケット打上げや宇宙飛行士の活躍は日本国内でも大きな話題になるが、アメリカ人の宇宙熱ははるかに高く日常的なものであり、例えば、アメリカ人のNASA(米航空宇宙局)への好感度は73%の高さである(5) 。これらの数字をみると米国において享受している日本のソフトパワーの高さは日米宇宙協力が寄与していると考えてもいいだろう。こうした望ましきイメージは米国に限らず、アジアを始め他の地域にも広がりうる。日本のソフトパワーを宇宙からアピールする視点につき今一度考えてみてもいいのかもしれない。

※(4)米国における対日世論調査(外務省による委託調査、2012年2,3月実施。
 外務省ホームページ)

※(5) 2013年10月21日付Pew Research Center “IRS viewed least favorably among federal agencies”

なお、本稿記述は個人の見解であり、現在所属する宇宙航空研究開発機構(JAXA)や前職である外務省の見解ではない点をお断りしたい。 (了)  (2013年12月3日寄稿)