日本柔道界の再生に期待する

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元駐デンマーク大使、柔道家  小川郷太郎

全日本柔道連盟が宗岡正二氏を新しい会長とする新体制を発足させて1か月半が過ぎた。宗岡新体制の明確な方向はまだ見えないが、この時点で、今回の柔道界の変化を分析し、今後のあるべき方向を提示したい。

新体制の「画期的な」開放性は機能を発揮できるか
上村春樹氏を会長とする前体制は、柔道の強かったごく一部の者だけで運営されてきたために閉鎖的で視野狭窄に陥り、一連の不祥事への対応においても世間の常識と乖離し行き詰った。これに比較すると、新しい体制は画期的な開放性を持っている。初めて柔道界外部の人が全柔連会長に就任し、専務理事、事務局長も一新され、理事会のメンバーも刷新されたからである。

柔道が世界中に浸透し、全国各地に多数の柔道修習者や地方組織を抱える全日本柔道連盟の運営には世界的視野と大きな組織の運営能力が不可欠であるが、宗岡氏は、新日鉄住金という世界的企業を導く経営者であり、また、学生時代は東大柔道部の主将を務めた経歴から柔道についての知見も有している。就任の記者会見で宗岡会長は、連盟のガバナンスを改善し、透明性と説明責任のある組織に変えていく強い意欲を表明した。上村氏が率いた前体制では執行部に入っていなかった山下泰裕氏が今回新たに副会長に任命された。柔道界をよく知る山下氏が、外部から来た宗岡会長を支える態勢ができた。理事会には、これまで皆無であった女性理事が4名(橋本聖子、谷亮子、田辺陽子、北田典子各氏)任命され、さらに改革派の山口香氏が監事に就任した。新体制の陣容は、とかく閉鎖的であった組織に合理性を導入し、これまでの全柔連を変えてくれることを大いに期待せしめるものである。筆者は宗岡会長、山下副会長、近石専務理事、宇野事務局長の新執行部幹部に個別に会ったが、改革への意欲が強く感じられる。

しかしながら、前途がこれで一挙に明るくなったわけではない。組織の各部署に知識や経験のある人材が不足する脆弱さ、外部から任命された新執行部首脳と既存の全柔連内部組織との融和・協調の必要性、評議員会を中心とする公益財団法人としてのガバナンス体制の再構成、全国の地方組織との協調、国際柔道連盟との関係やルール造りをはじめとする国際柔道運営への関与強化など重要な課題が山のように積もっているのが現実である。高齢な指導者の多い柔道界の保守的体質も厳然として残っている。現時点では全柔連はこれらの課題に対応する青写真が描けているわけではなく、これから迅速・果敢に取り組んでいけるか懸念も残る。組織として本来の機能を発揮できるだろうか。

柔道界の置かれた現状
全柔連が直面する状況はどのようなものか。
ロンドン五輪における日本柔道は不本意な結果に終わり、その後の国際大会でも日本柔道が復活する兆しはまだ明確ではない。国内では、昨年末から全日本柔道連盟にかかる一連の不祥事が相次いで露見し、柔道関係者のみならず多くの国民が心を痛めている。柔道を学ぶ者の礼節の欠如についても耳にする。柔道を学んでいる青少年の一部に柔道離れの動きもみられ、状況は危機的である。すなわち、選手の強化や一般的な柔道人口の育成の双方で問題を抱えている。

世界の柔道の動きにも目を向ける必要がある。嘉納治五郎師範が創始し普及した柔道は、いまや主要な五輪競技のひとつとなっているだけでなく、約200の世界中の国や地域の草の根レベルでも熱心に学ばれている。その背景には、柔道が持つ体育・知育の手段としての特性、とりわけ忍耐力、自制心、礼節等の精神性の涵養、自他共栄の実現という目的があるからと考えることができる。我が国発祥の武道がこのように世界で普遍性を持つようになった事実は、柔道が世界の無形文化財ともいうべき価値を示すもので、日本人として誇りに思うものである。フランスが世界の中でも最大の柔道人口を有するのは、フランス人が体育・知育の手段として柔道の価値を信奉しているからでもある。しかるに、我が国柔道界指導部はこれまで自国選手の金メダル獲得に力を集中するあまり、世界的視野から柔道の価値を発展させるためにさほど意を用いてこなかった。

日本柔道界がおかれたこのような状況を乗り越えるためには、単に現在問題になっている暴力根絶、財務管理の適正化、指導方法の改善などを超えた、さらに幅広い改革が必要である。

何をなすべきか
日本柔道界が抱える課題はきわめて複雑で多岐にわたる。その主要なものを列挙してみよう。

1.柔道界内外の見識の高い多様な男女の人材を幅広く登用すること:幅広い課題に対応するためには様々な社会的知見を持つ人材が必要であるが、現状は人材不足である。主要な大会などで実績をもつ「強い」柔道経験者以外からも人材を登用する必要がある。女子柔道も男子に劣らぬ重要性がある今日、柔道界の運営には女性の視点は不可欠で、さらに大幅な女性登用を考えるべきである。

2.全柔連のガバナンス改善:最近の一連の不祥事への対応に見られたように、これまでの組織は適切なガバナンス機能を欠いていた。理事会の構成は再編されたが、評議員会の構成や機能の見直しはこれからである。ここで重要なことは、各機関の構成員が年次・性別・出身母体等にとらわれないで自由に発言し、非は非として公正な議論が展開できる組織文化を作ることである。

3.組織の強化:1年を通じて柔道関連の行事や事業の数は極めて多く、全柔連はボランティアを動員しながら「これまでどおり」の事業の実施に懸命に対応してきた。組織全体の運営を視野に入れた企画・財務・国際・広報などの部門の活動は脆弱である。これらの分野で相当な陣容増強が必要で、それを実現するための財政基盤の強化や公益財団法人にふさわしい経理的能力、監査制度の強化も図らなければならない。

4.全柔連と講道館との関係の見直し:これまで同一人物が全柔連会長と講道館長を兼務したきたこともあり、両者の機能区分が不分明であった。今回両組織の長を別々の者が担うことになったのを機に、双方間の機能を明確化するべきである。それに関連して、時間はかかるが、議論の多い段位制度の在り方も併せて見直すべきである。

5.柔道の教育的価値の周知強化:昨年度から中学校での武道必修化が始まったものの、柔道が危険なものと喧伝される傾向があり、指導者不足も指摘されている。この間柔道家による暴力事件や不正が相次ぎ、柔道人口の減少に拍車がかかっている。礼節や忍耐力の涵養など、柔道を学ぶ意義や価値に関する教育・指導・発信の強化・徹底が急務である。

6.世界における柔道の運営への積極的関与:柔道に関しては我が国は宗主国であり知見を有しており他国も日本の考えに強い関心を持っているが、これまで我が国は積極的に発言してこなかった。ルール造りや国際試合のあり方などについて、国際柔道連盟(IJF)及び他国との協議や連携を積極的に推進することにより、主導的役割を果たすことが極めて重要である。

東京オリンピックに向けて
上に掲げた課題はどれも一朝一夕で解決できるものでもない。しっかりした戦略と計画を立てて取り組むべきもので、宗岡会長の指導力を期待したい。この観点から、2020年の東京オリンピック開催決定は好個な時間的枠組みを提供してくれる。今から選手強化も含めた日本柔道の再生を目標に5か年計画を作成し、オリンピック前にその達成を目指すことが強く望まれる。

その過程で考えるべき重要な視点として、柔道をより広い国民ベースに乗せることも必要だ。前述の通り、柔道は体育・知育のための格好な教育手段である。さらに、世界に浸透し普遍性を備えたものになっていることから、柔道は国際交流の重要な手段として日本と世界を繋ぐことができる。オリンピックの観点でも柔道はメダル獲得への貢献度の高い種目である。こうした柔道の持つ積極的側面を国民に周知徹底させていくことが望ましい。それが、柔道の再生に向けた国民の支持基盤の拡大に繋がろう。

先般の柔道界の不祥事もあって国民の柔道に対する問題意識は高まった。筆者は、柔道専門家でない多くの有識者とも意見交換をする機会があったが、これらの方々のご意見を踏まえ、柔道再生への提言を取りまとめた経緯がある(注)。

東京オリンピックを視野に、柔道刷新のための改革を進めるとともに、柔道に対する国民の関心や若者の柔道修習者数を高める努力が必要である。柔道の様々な側面について発信するシンクタンクのようなものがあっても良い。メディアによる論説も期待したい。(2013年10月10日寄稿)

(注)(http://www.judo-voj.com/Japanese/yushikisha.html参照。なお、参加された有識者は、明石 康(国連元事務次長)、有森裕子(NPOハート・オブ・ゴールド代表)
小倉和夫(国際交流基金前理事長)、近藤誠一(文化庁前長官)、杉山芙沙子(パーム・インターナショナル・テニス・アカデミー校長)、中川正輝(パリ日本文化会館前館長)、永瀬義規(ジャパンスポーツコミッション代表取締役)、原田義昭(衆議院議員)、古田英毅(eJudo 編集長)、松浦晃一郎(ユネスコ前事務局長)、三原朝彦(衆議院議員)、吉井 栄(日本国際ローンテニスクラブ事務局長)の各氏である。

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