富士山が世界遺産になったことで考えたこと

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          前ユネスコ事務局長 松浦晃一郎

「田子の浦ゆ打ち出でてみれば真白にぞ富士の高嶺に雪はふりける」。これは、私の大好きな万葉集にある山部赤人の詩である。本栖湖近辺にある私の山小屋から見る富士山は田子の浦から見る富士山のちょうど反対側になるが、同じような風景を秋に良く見かける。また、この詩は百人一首にも入っており、学生の頃かるたとりが得意であった私は色々な試合に出場したが、この詩に対しては絶対に他人に取らせることはしなかったほど好きである。従って今回富士山がユネスコによって、世界文化遺産に認定されたことは、大変嬉しい。

今回、富士山は信仰の対象および芸術の源泉として世界文化遺産に登録されたが、世界遺産についてかなりの知識を持っている方は、富士山はなぜ文化遺産と自然遺産の双方の要素を持った複合遺産として登録されなかったのか、という疑問を持たれるであろう。現にニュージーランドのトンガリーロ山や中国の泰山は、まさに複合遺産となっている。私がユネスコの事務局長になってから両者とも訪れているが、双方ともまさに複合遺産として「顕著な普遍的価値」を持っていると断言できる。泰山は、1987年に万里の長城等々あわせて中国の最初の世界遺産として登録された。泰山は、長年道教の聖地として信仰の対象となっており、頂上には道教の一連のお寺もあるので、なんらの異論も出ず登録された。他方、トンガリーロ山は、ニュージーランドの先住民であるマオリ族が崇拝する山であるが、山そのものが信仰の対象であり、泰山のように頂上にお寺があるということはない。従って、トンガリーロ山が複合資産の候補として提案された時に自然遺産としては理解できるが、文化遺産としては、認定できないというのが世界遺産委員会での結論であった。

当時は、世界遺産委員会はまだ西欧的な思考が支配的であり、山そのものを信仰の対象にするという慣習が西欧にはなかったのである。従って、トンガリーロ山は1990年に自然遺産としてのみ登録されたが、ニュージーランド、中でもマオリ族は大変不満であり、トンガリーロ山を文化遺産としても認定するよう繰り返し求めた。その結果、世界遺産委員会では専門家会合を繰り返し開き、新たに「文化的景観」という概念を認め(日本が世界遺産条約を批准したのは1992年で、これらの一連の議論には参加していない)、そのもとで信仰・芸術の対象に適用される評価基準(ⅵ)に当てはめることにし、1993年に世界遺産委員会により正式に文化遺産としても認定された。これでトンガリーロ山はようやくマオリ族が望むような複合遺産になった(ちなみに泰山は文化遺産に適用される評価基準(ⅰ)から(ⅵ)までの全ての基準が適用されている)。私がユネスコ事務局長としてニュージーランドを訪れた時、トンガリーロ山の麓でマオリ族の幹部7, 8名と懇談する機会をもった。その際、マオリ族の各幹部はトンガリーロ山がマオリ族にとって信仰の対象としていかに重要であるかを強調していた。

私は1999年11月ユネスコ事務局長に就任しその翌年の2000年に日本に一時帰国する機会が3度ほどあった。その際に、色々な方からぜひ富士山を世界遺産に登録したいので、今後どういう手順で進めるべきかという相談を受けた。中でも中曽根康弘元総理より「富士山をぜひ世界遺産として登録したいので協力してほしい。これからいろいろ専門的に検討していく必要があると思うので電通会長の成田君(先方の発言のまま)にその指揮をとってもらうように頼んである。近いうちに成田君をパリに派遣するので君の考えをよく説明してほしい」旨の依頼があった。私より喜んで協力したい旨を直ちにお答えした。その後、成田会長がわざわざパリのユネスコ本部まで来られたので次の様な趣旨のお話をした。私は、ユネスコの事務局長になる1年前の1998年11月から1年間世界遺産委員会の議長を務めた経験があり、私自身も一日本人として日本の象徴になっている富士山を早く世界遺産に登録すべきと思っている。しかし、富士山をトンガリーロ山、泰山のように複合遺産として登録できるのかどうか専門的に検討する必要がある。富士山は、海岸近くにそびえ立つ非常に美しい活火山であるものの、本当に自然遺産として「顕著な普遍的価値」をもっているのかどうか。もしそうでないということであれば、文化遺産としての登録を目指すことになるが、富士山としての文化遺産としての「顕著な普遍的価値」をどこに求めたらいいのか等々、専門家の間でしっかり検討する必要がある。

2010年1月、ユネスコの事務局長として10年の任期を終えて日本に帰ってきてから、日本の各地において地域活性化の見地から文化を大いに活用したいとの気運が盛り上がっているのを知り、嬉しく思った。そういう動きを側面から支援するために五十嵐敬喜、岩槻邦男、西村幸夫の三氏と一緒に「逞い文化を創る会」を設立した。
富士山については信仰の山、芸術の山として提案する方向で準備が進んでいることを知った(その中核を担っている専門家が西村幸夫氏)。右を踏まえ「逞い文化を創る会」が中心となり、他の専門家の協力も得て「富士山、“世界遺産へ”」という本を出版した(2012年2月 ブックエンド社)。さらに右出版物をふまえて2012年2月23日富士山の日、静岡市で静岡・山梨両県の協力を得て「逞い文化を創る会」が中心となって大々的なシンポジウムを開いた。

その後、更に専門家の間で検討が進み、富士山周辺の浅間神社、霊地・巡礼地である風穴・湖沼、湧き水等、信仰の山として登る時に訪れる場所や葛飾北斎の「富嶽三十六景」等の対象になった場所合わせて25箇所を文化遺産候補富士山の構成資産として選んで、ユネスコ事務局に提案することになった(富士山の山麓は開発が非常に進んでいるので「文化的景観」という概念は適用しないことにした)。これで1993年にトンガリーロ山が信仰の山として世界文化遺産に既に登録されているので富士山が世界文化遺産になることは確実になったと思った。

ユネスコでの審査手続きの第1段階は、文化遺産の世界的な専門家集団であるICOMOSが技術的な審査をすることになっている。そのICOMOSの専門家が2012年秋に日本の専門家達と一緒に現場を訪れた。同行した日本の専門家たちの印象では、同専門家は非常にポジティブな印象を持ったようである。第2段階は現場を訪れた専門家がICOMOSに意見書を提出し、それに基づいて20名以上の国際的な専門家が議論をし、ICOMOSとしての最終的な意見書を纏める事になる。ICOMOSの全体としてポジティブな結論(構成資産の1つであった三保の松原が富士山から物理的に45キロも離れており、富士山と一体として捉えることは無理であるとコメントしている点を除いて)を日本側に対し、2013年5月初めに連絡してきた。

ユネスコの第3段階は、世界遺産委員会の審議である。世界遺産委員会は6月中旬カンボジアの首都プノンペンで開かれ、世界遺産委員の各主要委員は富士山は日本の象徴であり、もっと早く世界遺産に登録すべきであった、また三保の松原も物理的には富士山から離れているものの信仰の上でも芸術の上でも富士山と一体として捉えられているので、富士山の構成資産のひとつとして認めるべきである(日本側より主要委員に対し繰り返し日本側の考えを説明したことを踏まえての発言)と指摘し、全員一致で三保の松原も含めて富士山が世界文化遺産として登録されることになった。信仰の山・芸術の山ということでトンガロリーロ山と同じように評価基準(ⅵ)が適用され(トンガリーロ山は信仰の山であり、芸術の山であるということにはなっていない)、加えて、日本の文化的伝統を示す稀有な物証であるということで評価基準(ⅲ)が適用されることになった。ちなみに、トンガリーロ山については、評価基準(ⅲ)が適用されていないが、私は富士山と同様同基準が適用されてしかるべきであると考える。
私は、カンボジア政府の招待で同委員会の冒頭は出席したが、富士山は後半に取り上げられたので、私は既に日本に帰っていた。富士山の登録が伝えられたときは、大変嬉しく受け止めた。しかし日本の多くの方は、富士山が世界遺産になるのは当然のことと考えていると想像していたが、私の予想に反し日本全体で非常に大きな反響を呼んだ。 他方、富士登山客の数はほぼ例年並みにとどまったようである。

ひるがえってユネスコで世界遺産条約が採択されたのは1972年で、昨年11月には日本が京都でその40周年記念行事を世界各国から大勢の専門家を招いて開催し(私の後任であるイリーナ・ボコバ事務局長も出席)、そして、世界遺産になった資産の「顕著な普遍的な価値」をしっかり保全していく為に、関係地域社会が演ずる役割の重要性を強調した「京都ビジョン」を採択した。候補案件が世界遺産に登録されるとそれで最終目的が達成されたと思われがちであるが、そうではない。世界遺産委員会は、すべての世界遺産についてその「顕著な普遍的な価値」がしっかり保全されているかどうかを定期的にチェックすることになっている。日本には現在世界遺産は、今回の富士山を加えて17あるが(文化遺産13、自然遺産4)、関係地域社会がこれらの遺産の「顕著な普遍的な価値」を保全していく義務を負っていると言えよう。富士山についても同様で、富士山の場合は、富士山の位置する静岡県および山梨県の県という関係地域社会の方々のみならず、大げさに言えば日本国民の全責任と言えよう。とりあえず、3年後に改めて富士山の構成資産25全体の管理保全計画を提出し、それに基づいてユネスコ側が管理保全状況を審査することになっているので、これにしっかり答えることが当面の最大の課題と言えよう。(2013年9月2日 寄稿)

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