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映画『リンカーン』と米国「1965投票権法」4条に対する違憲判決

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元駐韓国大使 霞関会理事長 大島 正太郎

しばらく前のこと、1863年1月のリンカーン大統領による「奴隷解放宣言」150周年を念頭に置いて作製されたハリウッド映画『リンカーン』が日本でも封切られたので見に行った。米国では今年のアカデミー賞最有力とすら言われていたが、蓋を開けたら、イラン人質事件を扱った『アルゴ』が最優秀作品賞を受賞し、『リンカーン』は逃してしまった。確かに、映画としては『アルゴ』の方が面白かった。『リンカーン』は、米国史上最も評価の高い大統領を描くに当たり、彼が暗殺される少し前の数か月の間の、憲法修正第13条(案)の採択を求めて議会に働きかけた際のドラマに限定してしまったのでアメリカ人一般大衆の受けも今一つだったのかもしれない(同案が上院に続き下院で三分の二の多数を辛うじて確保し可決したのが、1865年2月1日、南軍の総帥であったリー将軍が降伏したのが4月9日、リンカーン大統領が暗殺されたのが4月14日、この憲法修正案が各州議会の採択を経て発効したのが12月18日)。

米国史の中でも南北戦争の時代ほど面白い時代は無い。その中でも極く限られた側面だけに焦点を絞った映画だったので、リンカーン大統領の偉大さが描ききれなかったのかもしれない。この激動の時代は、もし米国にNHK大河ドラマみたいなものがあれば、ちょうど日本の幕末明治の激動期同様に、多くのドラマがあるから題材には困らない(考えてみれば、戊辰戦争も南北戦争もいずれも内戦だ)。実際に南北戦争を時代背景とした映画は多い。アカデミー賞で言えば1939年の最優秀作品賞を得た『風と共に去りぬ』は映画としては出色だ。

そのレベルには程遠いが、ニコール・キッドマン、ジュード・ローの『コールド・マウンテン』、リチャード・ギア、ジョディ・フォスターの『ジャック・サマースビー』も南北戦争を背景としている。ちなみに前者では共演したルネイ・ゼルウィガーが2003年度アカデミー賞助演女優賞を得ている。また、後者は、中世のフランスで実際に起こった他人に成りすます男の話(アイデンティティー詐称)を扱った『マルタン・ゲールの帰郷』と言うデパルデュー主演の大変面白い映画を、ハリウッドが再映画化したものだ。アメリカには中世が無いから、背景の戦争を南北戦争に換えていたわけだ。仏・米のどちらかの映画を見るならフランス映画の方が圧倒的に面白い。南北戦争を巡る歴史(戦争そのものの歴史ではない)は、米純文学上の最高峰の一人フォークナーを生み出す背景でもあり、映画ドラマ以上のものがあるのみならず、まさに今日の米国の政治社会の骨格を作った時代である。

南北戦争の一度の戦闘で最も多数の戦死者を出したのが1863年7月1日から3日間にわたり、米国ペンシルバニア州ゲティスバーグで繰り広げられたいわゆる「ゲティスバーグの戦い」である。その150周年を機に、この7月4日付インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙はロバート・ヒックス氏による、「米国の内戦(南北戦争)が今でも意味を持つ理由」と言う論評を掲げている。そこでは、今日のアメリカの在り方「全て」が「(南北戦争と言う)血なまぐさい事態の帰結とその後の展開」に結びついていると言う趣旨を述べられている。

南北戦争後の米国の歴史の中でも憲政史の分野では、映画『リンカーン』が描いた修正13条を巡る大統領の獅子奮迅の活躍はドラマとしては面白いものがあるのかもしれないが、むしろリンカーン大統領暗殺後に各州の「批准」により成立した修正14条(1868年発効)、修正15条(人種等の理由で選挙権を制限することを禁止、1870年発効)の方が数奇な運命をたどるので、はるかに重要である。確かに、奴隷解放を憲法で法的に確定した修正13条は、戦後に南部諸州が大統領宣言による解放は違憲だと訴えた場合(保守的な)最高裁がそれを認めることが無いようにする、つまり揺り戻しを防ぐために、憲法改正で法的安定を与えることが重要であった。しかし、実際の南部諸州の社会では、奴隷制度の復活こそ無かったが、南北戦争後約百年間は黒人差別が公然と行われていた。これは、「法の下の平等」を定めた修正十四条が、南部では骨ぬきになってしまったからである(特に、1896年の最高裁判決(「プレッシー対ファーガソン」)で「分離すれど平等」原則が憲法解釈として確立していた)。

それが本来あるべき姿に戻るのは、第二次大戦後に高まった人種差別撤廃に向けての動き、特に公民権運動、の高まりによる政治社会に起こった変化の結果である。その中でも1956年の「ブラウン対教育委員会」裁判で最高裁が、1896年の判決を覆し、公共施設での人種差別措置は修正14条違反という違憲判決を出したことは大きな転換点であった。その後、公民権運動はさらに高まり、1964年の『公民権法』、1965年の『投票権法』の成立に至った。

つまり、修正13条により奴隷解放は法的には実現したが、社会的差別は、「分離すれど平等」(“Separate-but-equal doctrine”)と言う理屈で、憲法的にも容認された時代が長く続いていた。この状態に大きな転換期が来る為には、リンカーン暗殺百年後に連邦議会が立法した前掲の二つの法律を待つ必要があったと言うことである。(再びアカデミー賞に戻れば、1967年度最優秀作品賞を受賞した『夜の大捜査線(In the Heat of the Night)』(シドニー・ポアティエ、ロッド・スタイガー主演)は1960年代半ばの社会風景を反映しており、ドラマとしても面白く、必見と言える。)

ところがつい先日、6月末にだされた米最高裁判決で、その1965年『投票権法』の4条が違憲とされた。5対4の僅差であり、オバマ大統領も判決に批判なコメントを出したという報道にも示されている様に微妙な判決であったようである。一見、人種差別撤廃に効果のあったとされている法律の核心的な条文が違憲とされたので、保守派の巻き返しのような印象を与えるのであろう。真相は判決を読み込み、理解するしかないが、人種差別を法的な手続き面の平等にとどめず、実態面での制度的担保が必要と言う観点から規定された条項が、1960年代には正当化され得たとしても、その後50年たった今日の政治社会の実態からは違憲であると言う、興味深い判断であるようだ(専門家の間で同法律の5条は違憲とされず、その五条が適用される判断基準を定めた4条のみ違憲とされたところが注目されているようである)。今日の米国内部の進歩派と保守派の対立による政治的分裂状態を反映した五対四であると言えようが、この判決だけを見れば保守派に軍配が上がったようにも見える。「法の下の平等」原則について、これが手続き面にとどまるべきか、実態面で確保されてこそ本当に実効的と言えるかの神学論争はこれからもしばらく続くであろう。(ちなみに、同時に公表された一連の最高裁判決には、同性婚がらみの連邦法(「Defense of Marriage Act」)についても違憲判決(これも5対4)があり、米国でもこちらの方が大きく取り上げられたが、今日の米国の世相を表していると言える。)

映画『リンカーン』の一場面で失笑(?)を誘う場面があったが、その笑いの「取り方」が如何にも今日の米国の社会風土を反映していて苦笑(?)させられた。それは、奴隷解放が、黒人への選挙権を与えることになることを危惧した反対派(保守派)のごりごりの議員が、仲間内で(ちょっと表現ぶりを意図的に厳しく意訳するのでお許しいただきたいが)『黒んぼどもに選挙権(投票権)を与えるようなことになったら、その次は女どもが選挙権を持つことになるじゃないか!』と暴言(?)を吐く場面があった。当時の男性にとって、女性は「法の下の平等」の対象外であったと言うことだろうか。そう言えば、1964年の「公民権法」の「タイトルVII」(第7章)」は職場における女性差別を禁止した画期的な条項である。黒人差別撤廃と女性差別撤廃が同じ法律に規定されたことは、米国社会が少数者差別撤廃を進める中で、黒人と女性の差別撤廃運動が相互補完的に作用し、より広範な少数者差別撤廃をすすめ、多民族国家・多文化主義をすすめているとすら言えるであろう。(ちなみに、多民族国家・多文化国家を形作る上で大きな役割を果たしたのが、前掲の二つの法律と同時期に成立した1965年の『移民法』であることもよく知られている。)

実は、米国犯罪史上女性として最初に死刑(絞首刑)になったのが、リンカーン暗殺の犯人の一人であったメアリー・スラットであった。映画『リンカーン』を見た翌日、大統領暗殺を共謀した罪で起訴され、最終的には処刑された、彼女の裁判に関するロバート・レッドフォード製作の映画『声をかくす人(The Conspirator)』を近くの名画座で見た。基本は法廷ドラマであったが、むしろ、南北戦争・リンカーン大統領関連映画として、また、さらに米国における「法の支配」の意義を理解する上でも、こちらの方が面白かった。  
(2013年8月1日寄稿)