五輪東京招致と日本外交

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                  オリンピック・パラリンピック
                  招致委員会評議会事務総長
                  元駐フランス大使  小倉和夫
 2020年のオリンピック・パラリンピック(五輪)大会を東京に、という招致活動は、今やゴール直前というか、8合目にさしかかった。9月7日、ブエノスアイレスで開催される国際オリンピック委員会(IOC)の総会での決定まで100日を切った。 対抗馬のマドリード、イスタンブールと比べて東京の強みと弱みは何かが改めて問われ、また最終局面での工作、働きかけが強化されつつある。

 100人前後のIOC委員の賛同を得るためには、個別の工作も必要であるし、また、国によっては、政府への働きかけも有効だろう。さらには、各種の競技団体、スポーツ関連団体との連携も重要だ。 しかし、あらゆる選挙が、「作戦」だけでは勝てないように、五輪東京招致も、理念と大義名分がしっかりしてこそ成功へ導くことができる。そうした大義名分や理念とは何なのだろうか。 それを説明するには、まずそもそも五輪精神とは何かが問われねばならず、その上で、そうした五輪精神をどのようなかたちで、東京は実現してゆくのか、そのビジョンが問われねばなるまい。

五輪精神とは

 オリンピック・パラリンピックというと、多くの人は、4年毎の五輪「大会」をもってオリンピックと見なしがちである。しかし、4年毎(あるいは冬季五輪をいれれば2年毎)の「大会」は、世界に五輪の各種競技が観戦される、大きな機会あるいはイヴェントではあるが、五輪精神からいえば、「大会」は、ハイライトではあっても、全部ではない。五輪の本質は、五輪運動であり、それは、準備段階、あるいは、聖火リレー、あるいは青少年のユースオリンピック(次回は2018年)など、オリンピック精神を普及、強化する全ての活動という意味での五輪運動にある。いってみれば、五輪招致活動もすでに五輪運動の一環である。それだからこそ、通常の選挙とは違って、対抗馬に対するネガティヴ・キャンペーンは許されない。ここにも、スポーツ特有のフェアープレイ精神がながれているとも言えるが、同時に招致活動そのものも一つの五輪運動であるとの考え方が秘められている。
 そこであらためて、五輪精神(オリンピズム)とは何かということになると、それは、かならずしも明確ではない。オリンピック憲章は、身体の調和ある発展や、スポーツと教育や文化の融合を五輪精神としてあげているが、これらは、むしろ究極的な、いわば理念的目標であって、五輪が実現すべき、具体的目標とは言い難い。
 では具体的な目的としての五輪精神とは何かといえば(とりわけ国際社会での意義を考慮すると)、やはりスポーツを通じての国際平和の実現、そして、スポーツ活動への「参加」の拡大ではなかろうか。

五輪と平和

 五輪と平和、というと、とかく人々は、ギリシャ時代のいわゆるオリンピック休戦を思い出すかもしれないが、現代の国際政治の次元で考えると、五輪と平和の関係は、すくなくとも、三つの異なる次元で考えることができる。
 一つは、国際あるいはそれに近い紛争と五輪との関係である。第二次大戦後の五輪の歴史をたどってみると、五輪大会は、国際紛争への抗議の機会として利用されてきたことがわかる。スエズ紛争時のエジプトの動き、ハンガリー事件の際のスイスやオランダの不参加、さらには、アフガン紛争とからんだ61ヶ国のモスクワ五輪不参加などがあげられよう。 したがって、外交的観点からみれば、東京招致にあたっては、五輪が、国際紛争の抗議の場に利用されないよう配慮する事がまず一番大切なことといえよう。

 第二の次元の「平和」は、五輪が、分裂国家間の緊張を緩和する触媒となったり、内戦からようやく立ち上がったばかりで国家形成が十分でない「国家」の選手が何らかのかたちで国際的に活躍する場をあたえる機会となることであろう。たとえば、かつて、東西ドイツが、統一に先がけて、合同チームで五輪に参加したり、リビヤの選手が、オリンピック旗のもとで参加を許されたりしたことが想起されよう。
 日本としては、東京大会開催への過程において、たとえば、南北朝鮮の和解を促進することに五輪を活用できないか、検討できるのではあるまいか。

 第三の次元の「平和」は、いわゆる平和構築と五輪との関係である。IOCと国連との協力のもとに、アフリカで、青年スポーツセンターが、紛争地域の平和定着と開発促進への触媒として開設されている。日本は、こうした試みに一層積極的に協力すべきであろう。また、イスラエルとパレスチナの少年が、日本の山下コーチの下で、初めて柔道の共同練習を行ったことに見られるように、五輪運動の一環として、スポーツを紛争地帯での和解の触媒に活用することも、日本外交の一つの要素であってしかるべきだろう。 

「参加」の精神

 五輪は参加することに意義があるとは、あまりにも有名な言葉だが、現代においては、この「参加」は、単に、競技者のみならず、観客をふくめた、広い意味での「参加」と解すべきである。 五輪大会は、老若男女、障害者も健常者も共に「参加」し、楽しめる大会たることが、五輪の精神に他ならない。近年、女性の参加が特に重視され、また、身体障害者の大会、パラリンピックにも大きな注意が払われるようになったのは、まさに、五輪における「参加」精神の重要性がますます認識されてきたからにほかならない。 そうとすれば、高齢化社会に突入しつつある日本として、高齢者、身障者、女性をふくめ、できるだけ多くの人々が、五輪大会に「参加」できるようとりはかるべきである。東京のバリアーフリー化をさらにすすめることや、青少年のみならず高齢者のスポーツ振興に五輪を活用することも考えねばなるまい。
 また、被災地の子供たちの招待や、青少年のための特別割り引きなど、いろいろな工夫がこらされねばなるまい。

五輪の課題と東京招致

 五輪は、その高い理念にもかかわらず、近年、いくつかの重要な問題、あるいは課題を抱えている。 その一つは、肥大化である。五輪参加者の数は年を追って増大し、それにともなって運営のコストも増加している。もはや、メガ都市しか五輪を開催できないという声も聞く。そこから、近年、簡素化の流れが生じて来た。
 東京の場合、選手村から8キロ以内に多くの競技場を集中し、選手、観客の便宜をはかることが計画されているが、これも、いわば簡素化の流れにそったものといえよう。 肥大化とも関連して、近年、いわゆる安全確保のためのコストが急増していることが問題となっている。東京招致に当たっては、世界の大都市のなかで安全安心の面では、最高水準をほこる東京の強みを生かした、効率的な安全対策を実施できるであろう。

 第二の問題は、メダル至上主義やナショナリズムの過度の高揚といった問題である。 五輪東京招致は、それによって日本だけのスポーツの振興をはかり、メダルを多く獲得するという考え方ではなく、広くアジア・アフリカ、中東地域などのスポーツ振興に役立たせる姿勢か必要である。 たとえば、新しく、世界の選手が訓練、練習できる高度の訓練センターを開設することも考えてしかるべきだろう。 また、先年の東北大震災からの復興の過程でスポーツが果たした貴重な役割など、日本の体験を世界と共有し、そういう形で国際的に貢献したいという態度を日本は強く打ち出すべきである。

 第三に、薬物使用や賭けの横行の問題がある。こうした問題は、五輪にかぎらす、スポーツ界全体の問題であり、いわゆる体罰問題もふくめ、現代スポーツの歪みを直してゆく触媒として五輪とそのための活動を活用してゆくとの態度が大切だろう。とりわけ、グローバリゼーションの結果、競技が国際的となり、選手の国際的移動が激しくなった結果、薬物検査の実施には、緊密な国際協力が必要となっていることを忘れてはなるまい。

五輪のための五輪?

 以上を総合すると、五輪の理念を十分体現しつつ、東京大会を実現すべく招致活動を行うのであれば、東京、そして日本全体は五輪精神ないし理念を十分理解し、それに忠実な大会を実現したいという、意欲と決意をもっていることを世界に訴えることこそが、(一見当たり前のように響くが)実は、真のアピールであり、キャンペーンなのではあるまいか。オリンピックをなぜ開催するのか、それはオリンピックが素晴らしいからだ。それこそが、真の五輪精神ではあるまいか。 もとより、現実には、裏舞台でのかけひきや虚々実々のやりとりも必要である。選挙キャンペーンである以上、票をとるための努力は、理念や理屈だけでは到底済まされない。
しかし、いつの世でも、国際世論を最期に動かすのは、理念と情熱であることもまた心しておかなければなるまい。このように、国際世論を動かす上で、各国の要人や世論指導者に働きかけることは(個々のIOC委員への工作を有効なものとするためという次元をこえて)とりわけ重要である。

 そこまで考えると、五輪東京招致活動はIOC委員票の獲得と招致成功のためのものであるのみならず、日本の国際的イメージの改善や、東京への観光客誘致、日本経済の再生といった、「間接的」目的もふくまれたものであり、オリンピック・パラリンピックは、実は、スポーツの祭典を越えた別の次元の目的を達成するための手段であることが一層明かになる。

  五輪招致活動は、したがって五輪招致の実現をこえた目的をもち、招致のための外交活動も、実は、招致の成功をこえた次元の目標をもつものと言って過言ではなかろう。  (2013年6月11日寄稿)

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