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第13弾 「新興国」バングラデシュについて

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元駐バングラデシュ大使 堀口松城

1.バングラデシュとバングラデシュ人について
バングラデシュ人はその9割弱がモスレムであり、人種的にはモンゴロイド、性格は人懐っこく謙虚で、日本人には大変親しみやすい人々である。インド人やパキスタン人とは異なる謙虚な国民性の理由の一つは、ベンガルが紀元前4世紀から12世紀まで仏教を信じていた王朝の支配下にあり、仏教の影響が今でも一部残っているためと思われる。

 バングラデシュは大変親日的な国である。それはバングラデシュが1971年パキスタンからの独立戦争の時から今日に至るまで、日本の政府と民間がともに親身の援助を続けてきたからであり、また、長い間、日本がアジアで唯一、欧米に伍す国であったことが同じアジア人として大きな誇りになっていたためであるという。この親日性は、バングラデシュのどこへ行っても誰と会っても見ることができる。
 バングラデシュの国民は、日本人同様のモンスーン型農業の下で培われた勤勉性をもち、ビジネスマンは国際性と企業家精神を持ち、エリート層は本来優秀な資質を持っている。ノーベル賞受賞者のラビンドラナト・タゴールも、アマルティア・センもムハマッド・ユヌスもみなベンガル人である。民族として優秀であるだけでなく、人種、宗教が同質で言語も一つのこの国は、韓国やベトナムのように、民族国家として急速に発展しうる十分の条件を備えている。

しかるに独立以来この国は、日本を含む国際社会から優先的な援助を受けてきたにもかかわらず、40年たっても依然最貧国(LLDC)にとどまったままである。この発展を阻んでいるのは第一に、歴代政府のガバナンスの問題、すなわち、政治家・政府関係者の汚職、不安定な法と秩序などの問題であり、さらに同問題の根底にある二大政党による不毛な対立的な政治のためである。第二に、政府や国民の間に、国全体ないし国民全体の発展を実現しようとの強い決意ないしコミットメントが十分でないためであり、さらにその理由として、国家ないし国民としてのアイデンティティが確立していないことが挙げられる(注)。

2.脚光を浴びるバングラデシュ
(1)「ネクスト・イレブン」に挙げられたバングラデシュ
2007年、米大手投資銀行ゴールドマン・サックスが経済予測レポートの中で、BRICsに次ぎ急成長が期待されるとして11の国を挙げ、韓国、ベトナムなどとともにバングラデシュを挙げたことから、にわかに世界の注目を浴びることとなった。現にここ数年の実質GDP成長率を見ると、2008年5.7%、09年6.1%、10年6.7%と目覚ましいものがあり、11年度についても世銀、アジア開発銀行(ADB)は6.4%から7.4%と予測し、堅調な成長が予測されている。

 多くの日本人にとってこれまでのバングラデシュは「自然災害の多い貧しい国」とのイメージしかなかったが、2006年に前述のように、ムハマッド・ユヌスがマイクロ・クレジットの業績でノーベル平和賞を受賞し、さらに、2008年に「ユニクロ」がバングラデシュで委託事業を始めたことをきっかけに、にわかに注目されることとなった。「ユニクロ」は「チャイナ・プラス・ワン」戦略により、中国の生産を減らして徐々にバングラデシュに移管したが、他の日系アパレルメーカーもそれに続くことになった。
その結果、2012年末時点でバングラデシュにおける日系企業進出数は130社余に急増し、日本企業による投資額は、2007/08年度は24.8百万ドル、2008/09年度は5.8百万ドル、2009/10年度は22.1百万ドルに達した。日系企業の投資先はアパレルの生産基地としての投資が多いが、その他にはソフトウェアー開発事業、ネット接続サービスへの投資などが見られる。

(2)投資先としてのバングラデシュの魅力
バングラデシュの投資先のメリットの第1は、安価で豊富な人材にある。最新の統計でみると、人口は1億6千万人、一人当たりGDPでは、この国とよく比較されるベトナムは1374米ドル、カンボジアは912米ドル、ミャンマーは702米ドルに対してバングラデシュは755米ドルであり、ミャンマーを除けば賃金の安さでみた優位は明らかである。

IT産業について、携帯電話の普及は8000万台と人口の半数を超えており、今後予想されるインターネットの普及もあいまちIT市場の今後の発展が期待される。現に、民間レベルではインドから帰った留学生など数十人のIT技術者を集めて、日本の病院の運営、患者情報に係るデータベース化のための事業などを進めている企業もあり、IT能力に秀でたベンガル人との協力は積極的に探求される余地がある。
なお、中国と並んで新興国の代表とされるインドに隣接するバングラデシュの地理的近接性に着目し、インド市場におけるインフラ未整備、繁文縟礼、理屈好きな国民性などのやりにくさから、むしろ隣のバングラデシュに輸出基地的な生産拠点を作って巨大なインド市場に輸出するといったモデルが考えられる。今後、南アジア地域協力連合(SAARC)の「SAARC自由貿易協定」が軌道に乗れば、バングラデシュからインドのみならずパキスタン、スリランカ、ネパール、ブータン、アフガニスタンへの輸出も可能となる。さらに情勢が落ち着けばアフガニスタンから中央アジアへの進出の可能性も考えられる。

3.バングラデシュの投資を阻むもの
(1)工業用地の不足とインフラの未整備
 ガンジス、ブラフマプトラ、メグナの3つの大河が運んだ堆積物で形成されたバングラデシュは国土全体が低く、雨期になって大雨になり、また上流からも大量の水が流れてくると国土は広範囲にわたって冠水する。このような国に工場を建てようと思えば、大きな洪水があっても工場施設が冠水しないで済み、外部とつながる道路も使える用地を確保する必要があるが、この確保が必ずしも容易ではないという問題がある。 
バングラデシュのインフラ整備はなかなか進まないが、その理由にはいくつかある。1つは地理的特徴にあり、先に述べたような大河の水勢は、乾季の比較的水量が少ない時でも近くで見ると滔々と流れており治水工事は大変な仕事である。また、せっかく作った道路も、雨期のたびに道路の表面が削られ雨期が終わると舗装しなければならず、既存道路の維持だけでも相当のコストを要し、新たな道路網の建設は容易ではない。

護岸のためコンクリートブロックを作ろうにも、そもそもバングラデシュには石は地質的に全くなく、全量インドから輸入せねばならず、また、砂も北のシレットから運ばなければならないので、インフラ整備はいくら資金があっても追いつかない大きな問題である。
さらに、産業活動を支える電力の供給も円滑ではない。バングラデシュのほとんど唯一のエネルギー資源である天然ガスは、現在、日産約13億立方フィートで、その約50%が発電、約40%が肥料原料に、残り約10%が個人用、商業用に消費されている。このうち個人消費はこのところ年率10%で上昇しているが、肥料工場への供給同様、必要量が確保されていない。これは歴代政府が生産拡大の投資を行なってこなかったためであるが、この国の天然ガス埋蔵量が多くはないとの見通しと合わせ、今後の供給に不安を投げかけている。

(2)インフラ整備の遅れの理由である財政難の背景には経常収支の赤字がある。バングラデシュの経常収支は、貿易収支の赤字を出稼ぎ労働者送金と海外からの援助で充当しているが、輸出の約8割を占める縫製品、ニット製品の多くが「委託加工」であり、原料、中間財、加工機械、デザインなどを輸入に依存し、その結果、「純利益」は見かけほど大きくない。輸出拡大のためには産業構造の多角化が求められるが、一方、税収は国家収入の10%強にすぎず、税制も徴税制度も自助努力に立ったさらなる改善努力が求められている。

(3)川の国バングラデシュにとって、水は多すぎても少なすぎても困る大きな問題である。雨期は洪水対策が問題になり、乾季になると飲料水、生活用水とともに農業用水、工業用水の確保が問題になる。とくに人口が集中する都市では水不足が顕著となり、進出する企業にとって水の確保は大きな問題となっている。
とくにガンジス川の水配分問題をめぐって、東パキスタン時代から歴代のインド政府と大きな問題となっているが、インド自身、水不足が国の大きな問題となっているだけに解決は容易でない。インドはガンジス川のバングラデシュとの国境に近いファラッカにダムを作って水を取り込んでいる結果、乾季になるとバングラデシュ側の河川の水位が下がり、水路交通が支障を受けるだけでなく、ベンガル湾から海水が逆流して農業が塩害の被害を受け、また、工業用水としての利用が困難となる。さらに灌漑用水および飲料水として地下水を大量に汲み上げたことから、飲料水としての地下水のくみ上げとともに、地下に眠っていたヒ素を汲み上げる結果となり、皮膚ガンなどの問題が国内各地に発生し大きな問題となっている。最近は日本の援助プロジェクトとしても水処理施設が取り上げられているが、需要の増大に対応できていない。

(4)バングラデシュ固有のリスクとして、二大政党による長い対立的な政治から、政権が代わると、前政権が外国企業と取り決めた契約をキャンセルすることがある。大使館が介入し、長い折衝の末、最終的に契約を元に戻しえた場合でも、その間の膨大な付随経費を外国企業側が負担を余儀なくされるなど影響は少なくない。その被害を避けるためには、同一政権の任期5年の間に終了するような規模のプロジェクトを作成し、同期間内に終了しうるタイミングで実施するなどの配慮が必要となってくる。

もう一つのバングラデシュ固有の大きな投資リスクとして「ハルタル」の問題がある。ハルタルの起源は、インド独立戦争においてガンジーが始めた非協力運動にあり、1971年の独立戦争や1990年のエルシャド政権を倒した際はそのゼネスト的効果によって大きな役割を果たしたが、1991年選挙による民主主義政治が始まったあとも、野党が与党の政策等に反対する手段として頻繁に用いられている。ハルタルは政策目的を達成するには非効率的であるが、企業や個人の経済活動や人々の日常生活に大きな影響を与えている。また、将来のバングラデシュを支えるべき若者の教育への影響も深刻なものがある。ハルタルのたびに公立学校は休校となり、多くの若者が十分な教育が受けられないだけでなく、必要な単位を4年間でとれずに卒業時期が遅れ人生設計を狂わされている。ハルタルは2011年だけで計10回発生し、国民の経済社会活動に年間GDPの3~4%といわれる甚大な損害を与えている。このような状況に対し、ハルタルにおける言論、集会の自由は無制限の権利ではなく、他人の財産権、行動権、労働権、教育を受ける権利が尊重さるべきであり、法律による規制を設けるべきであるとの点は、国民のみならず援助国や国際機関の間でもかねてより指摘されているが、改善のきざしはあまりない。

4.バングラデシュの可能性
以上にみたように投資先としてのバングラデシュには解決さるべき多くの問題がある。しかし注目すべきは、これらの多くの問題にもかかわらず、バングラデシュ経済は近年、年率6%前後の成長を続けるなど目覚ましい発展を遂げてきた事実である。

その主な担い手である縫製産業について、2004年末に多角的繊維協定(MFA)が失効し、これまでMFAによって一定枠の輸出が保護されていたバングラデシュの縫製品、ニット製品が、国際競争力のある中国などの製品とハンディなしの競争にさらされ、大幅な輸出減となることが危惧された。ところが2005年に入って縫製品輸出は減少したもののニット製品が健闘し、繊維品全体としては12.9%も増加したことがあった。これは危機意識を持った繊維業界の経営者、労働者による懸命の努力の結果であった。また、出稼ぎ労働者の海外送金も、2005年の42億ドルから、2008年のリーマン・ショックによって大幅な減額が危惧されたものの引き続き増加を続け、2010年は116.5億ドルに増加したが、これも海外で働く労働者一人一人の必死の努力の結果であった。

これらの実績は、政府のガバナンスが少し改善すればバングラデシュが最貧国から中進国入りするのは時間の問題であることを確信させるものであり、投資候補地としてのバングラデシュのもつポテンシャルの高さを雄弁に物語るものといえよう。
日本など国際社会は、バングラデシュの政府と国民が公共利益を追求する国民合意の形成、規制や制度における恣意性の排除、健全な市民社会の育成などを実現できるよう、政府及び民間の協力をつうじて協力することが期待されている。

(注:バングラデシュ人がベンガル人とモスレムとしてのアイデンティティに葛藤している状況とその背景については、拙著『バングラデシュの歴史』の中で詳しく述べたので、関心のある方は参照願いたい。) 2013年3月3日寄稿