MENU
 

杜の都仙台に遣いして~東日本大震災から丸2年

msmiyoshi.png
仙台入国管理局長 三好 真理

〈最近の出入国管理行政〉
 縁あって2012年(平成24年)春から仙台入国管理局に勤務している。入国管理局への出向は、法務本省登録管理官以来6年振り2度目だが、この間に海空港では外国人から個人識別情報(指紋及び顔写真)の提供を求めるようになり、それもあって不法残留者の数は、約20万人(2006年)から約7万人(2012年)に激減した。また昨年7月には、戦後60年間存続した外国人登録法が廃止されて、『入管法』(出入国管理及び難民認定法)に一本化され、在留資格をもって本邦に3か月以上在留する外国人には、法務大臣が在留カードを発行して直接把握する「新しい在留管理制度」が施行されている。

同時に各自治体では、外国人住民を日本人同様住民基本台帳に登録することで、同じ地域社会の一員として受け入れる基盤が整えられた。市町村長が発行していた外国人登録証、そして指紋押捺をめぐる長い歴史を知る者には感慨深いものがある。特別永住者(いわゆる「在日」の方々)は年々減る一方で2010年には40万人を割り、現在では一般永住者の方が数は多い。在留外国人は、国籍別では、中国人が最も多く(2011年末現在約67.5万人)、次いで韓国・朝鮮人(54.5万人)、ブラジル人(同21万人)、フィリピン人(同20.9万人)、ペルー人(同5.3万人)、米国人(同5万人)の順になっている。入管行政の話はひとまずこれくらいにして、東日本大震災から丸2年を迎える現地の状況についてご報告したい。

〈3.11からまもなく丸2年〉
 2011年3月11日、私は在ドイツ大使館に勤務していた。年初から日独交流150周年の行事を色々と手掛けていたが、当然のことながら大震災後は、日本の実情を訴えると同時に、ドイツの人々からのお見舞いや取材、チャリティー行事への対応等に追われる日々が続いた。150周年のフィナーレには仙台から加茂綱村太鼓のメンバーを招きベルリンフィルでコンサート、震災1周年には、津軽三味線のプロに大使公邸で演奏していただくなど、東北地方と多少のかかわりはあったものの、心のどこかに、当日日本にいなかった負い目のようなものがあって、仙台へ赴任するからには被災した人々に心を寄せていきたいとの思いもあった。

 前任の貝谷俊男局長(現東京入管局長、外務省の2年先輩)によれば、当日、震度6強の地震があった仙台市宮城野区の入管庁舎では、建物の倒壊こそなかったものの窓ガラスが何枚も落ちて粉々になり、壁に亀裂が走って大変だったらしい。2011年春に赴任した人たちは、皆行き先が仙台とわかると引っ越し業者から断られ、マイカーで転勤、電気・水道は比較的早くに復旧したが、ガスが3週間以上も止まって入浴もままならなかったという。2012年春にベルリンから転入した際は、もはやそのようなことはなかったが、それでも職人不足で工事が遅れており、庁舎の洗面所には鏡がなく、壁もボロボロで、建物内が薄暗い状態だった。同年5月には週末、被害の大きかった石巻市を訪問した。日和山から見た景色は、1年前にドイツでテレビを見ていた時と変わらず(それどころかきれいに積み上げられた瓦礫の山が2つ加わって)思わず涙がこぼれた。

 着任直後、初度巡視といって東北6県の各出張所を一巡する機会を与えられた。仙台空港では、津波来襲で当局職員も旅客や近隣住民等1400名と共に3日間にわたり孤立し、通勤用の真新しいマイカーを流されたり、売店にあった笹かまぼこと銘菓「萩の月」で飢えをしのいだ、等の哀しい話を聞いた。東北管内で、定期的に入国審査官を派遣している空港は、現在、3か所ある(韓国便のある青森・秋田空港と中国、韓国、台湾、グアム便のある仙台空港)。このうち壊滅的被害を受けた仙台空港は、ご案内の通り、米軍と自衛隊による「トモダチ作戦」のおかげで2011年8月にはバイデン米国副大統領を迎え再スタートを切り、フライト数も徐々に回復して、2012年夏にはほぼ震災前のレベルに戻った。が、その後尖閣諸島や竹島を巡る日中・日韓関係の緊迫化があり、昨秋以降またフライト数が少し落ち込んでいる。2012年7月からは、外務省が中国人観光客向けに東北三県で1泊以上すれば3年数次の査証を発給する特別措置を導入し、地元で大いに期待されたが、残念ながら活用されていない状況である。

 昨年7月に野田総理(当時)を迎えて外務省主催で開催された「世界防災閣僚会議in東北」や同10月キム世銀グループ総裁やラガルドIMF専務理事も参加しての「防災と開発に関する仙台会合」等でも強調されたが、東日本大震災は、①被害が広域にわたること(復興庁のホームページによれば未だに32万人もの避難者がいる)②地震・津波・原発事故の複合災害であること、で他とは際立っている。自衛隊のヘリに乗せてもらい、上空から被災地を眺めた際には、松島の景観はかろうじて保たれているものの、石巻、気仙沼や陸前高田など沿岸部は一部地盤沈下もあり、水産加工業を中心に大打撃を受けてなかなか立ち直れないでいるのを目の当たりにした。第二管区海上保安本部では、今でも地元関係者からの要請を受けて、行方不明者について潜水捜査を実施している。すっかり海外でも有名になった感のある福島についても、出張所のある郡山市にしかまだ行っていないが、子どもが外で遊べない状況で、復興も除染の問題が大きく立ちはだかっているという話であった。これまであった福島空港への韓国、中国からの定期便は中断されたまま、風評被害はなかなか払拭されない。

〈本格的復興に向けて「今こそ息の長い支援を!」〉
 今年1月4日に、新春恒例の仙台市長と仙台商工会議所共催の新年の集いが市内のホテルで開催され出席した。来賓の村井宮城県知事をはじめ、名誉市民の西澤元東北大学総長や昨年暮れの選挙で選出された地元出身の国会議員等が登壇され、財界を中心に1200名が参加して盛会であったが、皆の願いは、「今年こそ本格的復興を」ということであった。安倍総理の言われるように「復興の槌音を響かせよう」ということだと思う。4・5・6月のデスティネーション・キャンペーン(むすび丸をシンボルマークに『笑顔咲くたび伊達な旅』と銘打って仙台・宮城が一体となって観光振興を行う)、そして外務省の大使方も何人か関与しておられるが、今年は、支倉常長らの慶長遣欧使節団が石巻市月浦を出帆して、メキシコやキューバを経、イスパニアやローマに派遣されて400周年ということが紹介された。  

東北地方の人々は、おとなしく我慢強い。しかし、それに甘えることなく、国としても息の長い支援を続けていかねばならない。大震災の教訓を風化させないことが大事で、「忘れない」「絆」がキーワードである。皆さん、新鮮な魚介類や美味しいお肉(牛タンや笹かまぼこはもちろんのこと松島のカキや気仙沼のフカヒレ料理など名物は多々あり)、そして滋味豊かなコメ(ひとめぼれやササニシキは宮城原産)や野菜、まろやかな日本酒、温泉や祭り(注)のある東北地方へ是非お出かけください!

(注)2013年東北夏祭りの日程
竿燈まつり(秋田県秋田市)   8月3-6日
ねぶた(青森県青森市)     8月2-7日
七夕まつり(宮城県仙台市)   8月6-8日
花笠まつり(山形県山形市)   8月5-7日
さんさ踊り(岩手県盛岡市)   8月1-4日
わらじまつり(福島県福島市)  8月2-3日
そして、6月1、2日には福島市で東北六魂祭が開催される。