本柔道界、どうあるべきか

柔道着写真(2012年3月).jpg
元駐デンマーク大使 柔道家  小川郷太郎

今般、やや遅まきながらも明るみに出た女子柔道日本代表チームの園田監督による暴力・パワハラ事件はそれ自体が根深い深刻な問題であるが、日本柔道界が抱える様々な問題の一部にすぎないことも忘れてはならない。この事件に間接的に影響を与えている他の問題も含めて全体的に考える必要がある。今回の事件を契機に日本柔道界の積年の状況に変化が生じ、大きな改革の機会となることを切に望みたい。

この問題を考える前に、認識すべき2つの重要な点に触れたい。まず柔道は、本来身体を鍛えると同時に強い精神や倫理感・徳育を身に着ける教育手段であって、危険で荒々しいスポーツとしてみる世間の一部に見られる否定的な姿勢は改められなければならない。柔道が最も盛んなフランスでは、武士道の精神に基づく相手への敬意、礼儀、勇気、謙虚など8つの項目が指導原理として多くの道場に掲げられている。柔道の創始者嘉納治五郎師範の教えにも通じるこうした柔道の価値を知って親たちが子供に柔道を学ばせることがこの国の柔道人口を世界最大級にさせている。第二に、200の国・地域が国際柔道連盟に加盟していることにみられるように、柔道はいまや真に普遍性を持っているが、それは世界中の人々が柔道の持つこの教育的価値を信奉しているからである。そうした柔道について、創始国である日本は率先垂範してその価値を高め、世界の中で柔道をどう経営するかの視点を持つべきである。

日本柔道界にはどんな問題があるのか。暴力事件の直接的な原因は二つあると思う。ひとつは、「金メダル至上主義」という病弊、もうひとつは体罰も含む厳しい指導こそが選手を強くするという指導者自身の体験に基づく古い信念である。園田監督を含め指導陣には選手自身も望んでいる金メダルへの執着が強くあって、悪意はないがそれを目指す熱意のあまり、選手に手を上げたり厳しい言葉を投げつけることになっていたと推測できる。「日本のお家芸」とされる柔道で金メダルをとるのは国民の願いでもあるが、あまりにそれに執着すると他の大事なことを忘れてしまう。多くのスポーツを見ても発祥地の国が常に強いわけではない。日本国民も一生懸命とったら柔道の銅メダルでも大いに感激する。金メダルをとることはあくまでも目指すが、指導陣は肩の力を抜いて「金メダル」の束縛から抜け出てはどうか。暴力はいけないことは普遍の原則だ。今の指導者が体罰も受けながら自ら発奮して強くなったとしても、それは今日の若い人には通じないし、国際社会では全く通用しない。精神主義も1つの要素として大事だが、科学的で合理的な強化方法も取り入れるべきである。日本のスポーツ界全体で体罰などを用いる指導者の認識を改める必要がある。

次に、日本柔道界の閉鎖性や古い体質が今回の事件に影響を与えていると思われる。今日の日本柔道界は柔道が強くて大きな実績を残した人が中心となって運営されていて、指導層は限られた範囲の大学出身者が多数を占めている。指導層における年功序列や男女格差も歴然とあるし、また、優秀な人材が充分に活用されていないようにも見える。こうした状態が柔道界全体の視野を狭くし、今回の事件のように、女子選手や若い選手たちの気持ちを掴めないことにも繋がってしまった可能性もある。

では、日本柔道界は今回の事件を契機にどういう方向に改革を進めていくべきだろうか。まず、嘉納師範が標榜した柔道の原点に返ることが重要だと思う。柔道は自己を磨き社会に貢献することを目指す教育的手段である。指導者自身が柔道の原点を常に念頭に置きながら指導を行うよう、改めて研修を重ねる必要がある。

次に、柔道界を開かれたものに変えていくことが不可欠である。様々の手段が考えられるが、まず柔道の運営体制の中に思い切った形で女性を組み込んでいくべきである。今や柔道は国際的に男子も女子も同等のレベルで実践されている。女子チームの監督に女性の指導者が付くのは自然であるし、上部組織の理事会を含め役員にも複数の女性登用が実現すれば様々な問題解決に女性の立場からの視点が得られ有益であろう。柔道界には今日多くの課題がある。中学での武道必修化が始まったが課題も多く、教育現場との連携も必要だ。公益財団法人としての財務を含めた適切な組織運営なども重要だ。国際柔道連盟(IJF)が主導するルール作りや試合運営の在り方には問題も含まれており、日本が広い視野で柔道の国際的経営にも注力し主導性を発揮することが不可欠である。そのためにも日本柔道界首脳部などによる内外への発信力強化も重要だが、現在英語のホームページすら整備されていない。

今の全柔連の体制や陣容でこれらの課題に対応するのは到底不可能であるように見える。複雑な内外の課題に対処しうる体制や財政基盤を作ることが急務であるが、柔道の強かった者中心の運営では限界がある。柔道界内外の人を幅広く活用することこそ日本柔道界の視野を広げ、複雑な内外の課題に適切に対応するうえで必須でもある。

どの世界にも複雑な要素があり、変革は容易ではない。日本柔道界の課題解決にも相当の年月はかかろうが、大事なことは新しい発想をもって第一歩を踏み出すことだ。そして、新しい発想を持って実践するためには、責任者の一部交代も含め人心を一新してオールジャパンで臨まなければならない。

(2013年2月8日記)