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第11弾 マレーシアという国について

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 堀江正彦  明治大学特任教授
外務省参与(地球環境問題担当大使)
マレーシア工科大学MJIIT担当大使
 前駐マレーシア特命全権大使

1.はじめに
マレーシアという言う国が最近注目を集めている。その理由は何か、説明してみたい。
まずは、ASEANにあって、政治的に極めて安定していることであろう。マレーシアが独立して今年で56年になるが、その間にマレーシアの首相が交代したのはわずか5回、僅か6名首相のみである。日本では、最近5年間で何と6名もの総理がめまぐるしく交代したが、これに比べると、マレーシアでは圧倒的な長期安定政権が続いてきたと言える。
経済的に見ても、2020年までに先進国入りするという「VISION2020」が実現する見込みは現実味を増してきている。その中にあって、マレーシアにおける我が国からの直接投資はストックで見てもフローで見てもNO.1である。現在約1,400社の日系企業が進出しているが、更に増加傾向にある。

また我が国の年金生活者の間で行われている、第二の人生を世界のどこで送りたいかという人気投票では、過去6年間連続してマレーシアが第一位である。物価が安く、ゴルフがしやすいだけでなく、インフラが整備された暮らしやすい国であり、また多人種・多宗教・多文化国家としてのマレーシアの人々が、日本人を温かく迎えてくれるからである。
本稿では、そのマレーシアの首相であるナジブ首相を紹介すると共に、首相に就任して以来、どのような政策を発表し、自国経済をどのように知識集約型産業に浮揚させ、先進国入りを目指しているかをご紹介したい。

2.ナジブ首相
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ナジブ首相は、アブドゥラ前首相・UMNO総裁の後を承け、2009年3月に与党UMNO総裁に、4月初めに第6代マレーシア首相に就任した。ナジブ首相は1953年にラザク第2代首相の長男としてパハン州で生まれ、1974年に英国ノッティンガム大学(産業経済学)を卒業後、マレーシアの石油公社ペトロナスに入社した。1976年に父親のラザク首相(当時)が急死したため、ナジブは23歳にして父親の地盤を引き継ぎ、下院補選に出馬し当選した。また1982年の総選挙ではパハン州議会議員に当選し、パハン州首席大臣に任命される。その後、1986年の総選挙で下院議員に当選し、文化・青年・スポーツ相に就任した。20代で副大臣を務めて以来政務・党務の経験も豊富、1990年以降は国防相、教育相、蔵相の主要閣僚ポストや副首相を歴任したナジブ首相については、問題把握能力と実務的処理能力に優れ、若く活力に溢れた指導者であるとの見方が定着している。

リーマン・ショック後の世界不況の厳しい環境の中で発足したナジブ政権は、政策面で、短期的には国内景気の早期回復、中期的には中所得国の罠からの脱却と高付加価値経済への脱皮が求められ、また政治的には、2008年3月の総選挙で失われた地歩、殊にマレー有権者のみならず非マレー有権者の支持の回復と民族間融和という容易ならざる課題を背負っての登板となった。ナジブ政権発足当初の厳しい状況について、さる与党関係者が「岩壁を直登するに等しく、一挙手一投足の過ちも許されない。」と評するのをきいたことがある。しかしながら、そうした状況のなかであっても、これまでナジブ首相が余裕のない態度を見せたことはなく、常に冷静かつ落ち着いていて、しなやか且つ柔軟なリーダーシップを発揮しつつ政権運営に臨んでいる姿がみられる。

3.ナジブ首相による新政策の導入
ナジブ首相は、首相就任直後に「1 Malaysia, People First, Performance Now」のスローガンを掲げ、「民族融和、国民第一、成果主義」の政治を打ち出すと共に、就任後1ヶ月内にサービス27分野の自由化を発表し、首相の自由主義的経済運営志向と実行力を印象づけた。

政権発足1年目は、政策手法の面で、今後の行政における目標分野(Key Result Areas, KRAs)とその達成度を国民に示すための業績指標(Key Performance Indicators, KPIs)を定め、各閣僚・政府機関の成果を数値目標化して管理・評価する考え方を導入した。この連邦政府のKRAs、KPIs(Nationalの「N」を付してNKRAs、NKPIsと称される)では、①治安改善、②腐敗防止、③良質・適正価格の教育、④低所得家庭の生活向上、⑤地方基礎インフラ改善、⑥都市部公共交通の向上という、人々の暮らしに密着した6つの民政分野で具体的な数値目標が掲げられている。

さらに各分野のKPIsを実現するための向こう3年間のロードマップである政府変革プログラム(Government Transformation Program, GTP)を作成して、具体的成果を追求する姿勢を首相として明確にした。NKRAs・NKPIsは今日まで継続的に評価され、当地主要紙でも頻繁にその取り組みが報告されて、政府の着実な取り組みを国民に印象づけている。またKRAs・KPIsによる成果管理手法は、NKRAs・NKPIsに止まらず、連邦政府各省、また与党議員や支部長の活動についても導入されている趣であり、政府機関・党機構のチャネルを通じた成果主義運動として浸透しつつある観がある。
こうした取り組みは、また、アブドゥラ前政権が比較的短期の任期内に政策の成果が必ずしも目に見える形で発現するに到らず、国民に物足りなさが残ったと言われることとの対比で、ナジブ政権の有言実行姿勢を端的に表すものとも言える。これはナジブ首相自身の実務主義的志向を反映すると共に、発足後、総選挙によるマンデート更新を経ずに国政を担当するナジブ首相として政権の実行力を印象づけることにもなっていると考える。

 就任2年目の2010年は、マハティール首相の掲げた「2020年ビジョン」の実現に向けた最後の10年間(2011-2020)の指針を示す節目の年であり、ナジブ首相は第10次マレーシア計画(2011-2015の経済運営の指針となる五カ年計画)を策定し、ナジブ政権としての中期的ビジョンの予算的裏付けを示した。
折しも2010年は、キリスト教徒コミュニティーの出版物の中で「主」を表すマレー語に「Allah」の語を宛てることを認めた司法(一審)判断を巡り、キリスト教会に対する放火・破壊行為が起きるなど、年明け早々から騒然とした雰囲気となった。宗教問題や民族問題を巡る国内の意識が高ぶり、各政党や社会団体もそれぞれの立ち位置を探る状況の中で、一連の中期的ビジョンの嚆矢として2010年3月末に、首相の経済諮問委員会の起案による「新経済モデル」(NEM)の第一部が報告された。

10th malaysian plan.pngこうしたNEMを含むナジブ政権の諸政策の全体像について、ナジブ首相が2010年4月に我が国を公賓として公式訪問した際、夕食会のテーブルにおいてナジブ首相が小生に対して一片の紙に描いてくれた図は左記の如きものであった。
すなわち、この絵で示そうとしていることは、これらの政策を着実に実現することにより、マレーシアという国家を民族融和の下、強固なものとして築いていく戦略に他ならない。

4.新政策に対する反響
NEM第一部の発表後、民族別の是正政策からニーズ・ベースの是正政策への転換を掲げた同報告についてマレー系の保守団体や中小企業者が不安・懸念を表明し、これをきっかけとしてその後、非マレーの政党・団体からも意見表出があり、民族間格差是正政策の調整における所謂「マレーの権利」問題の取り扱いが、2010年のマレーシアの政策・政治シーンの大きなテーマの一つとなった。ナジブ首相は、2020年までの一人当たり国内総生産の倍増・経済の高付加価値化という中期政策課題に応える道筋を示すことと併せ、民族間バランスの舵取りと民族融和のための処方を求められたといえる。これはマレーシアの歴代首相が時代毎に悩み、解を導こうとしてきた問題でもある。

ナジブ首相は、8月末の独立記念日やラマダン明けのイスラム新年に併せて、国民に対して、過激・極端な言説を控え、多民族が協力・相和してマレーシアの多民族社会の強みを発揮するよう呼びかけを強めていった。同首相が9月末の国連総会の演説で国際社会に対して過激主義を排し「穏健派のためのグローバル運動」を呼びかけたことは首相の国内におけるメッセージと機を一にしており、国連演説は10月下旬の与党UMNOの党大会の冒頭でも紹介された。そのUMNO党大会等で首相は、マレーシアの市民権は国の現実を踏まえて「調整された市民権」であり、「マレー人の特別の地位」(憲法第153条)については議論の余地がない旨述べて党員・支持者の心情に手当てしつつ、それに相応しい指導的存在であれるようマレー人は奮励努力すべきことを求めた。

それと共に、12月に発表された「新経済モデル(NEM)」最終版では、貧困対策を民族ベースからニーズ・ベースに転換すると共に、資本保有に関する「マレーの割当枠」の考え方自体は残しつつも、その運用については、6月に発表された第10次マレーシア計画にも述べられているように、政府が定めるマレーの資本所有率目標(30%以上)を企業各社が個々に達成する必要はなく、マレーシアの民間部門全体としてマクロレベルで達成できればよいとするなど、事実上ブミプトラ優遇政策を緩和する案配を行った。

10月、UMNO党大会の翌週にはナジブ首相は2020年の先進国入りに向けたロードマップとも言うべき経済変革プログラム(ETP: Economic Transformation Program)を発表し、総プロジェクト経費の8%にあたる政府資金呼び水として、政府関連企業や民間企業の投資を促し国内総生産を引き上げる計画をスタートさせた。これは、総額1.4兆リンギに上る総投資額の92%を民間投資で賄う壮大な経済浮場策であるが、まさに2020年までに先進国入りするための大いなるビジョンを国民に力強く示し、成果を挙げようとする姿勢を印象づけている。従って現在では、ナジブ首相が描いた前頁の図の右柱(NEM)はETPによって力強く補強されるに至っている。ナジブ首相は、国内の政治的現実の中でマレー・非マレーの双方に配慮して微妙なバランスをとりつつ、経済高付加価値化・国内総生産倍増に向けた一大計画を示すことで、国民の力が民族間の配分ではなく、国家建設に向かうよう導こうとしたものと考える。

5.「民族融和の父』ナジブ首相
政治面では、 ナジブ首相は「1 Malaysia」スローガンの下に民族融和を呼びかけ、華人、印人など非マレーのコミュニティーにも積極的に直接のアウトリーチを行ってきた。非マレー・コミュニティーに対しても、マレーに対するのと同様に、或いは街々で直接、或いはソ-シャル・メディアを通じて率直に対話する姿勢は民族を越えて好感されている。マレーシアの現状に問題意識を懐く有権者も、首相は懸命に是正努力を行っていると好意的に見ており、首相の個人的人気は極めて高い水準で推移している(2010年末時点の世論調査において約70%)。与党連合「国民戦線(BN)」内の非マレー政党の党勢回復にしばし時間を要すると見られる中で、首相の個人人気と「1マレーシア」スローガンの人気が牽引する形となっている。ナジブ首相の民族融和に向けた努力からすれば、ナジブ首相は将来『民族融和の父』と称されることになると考える。

 外政面では、近隣のASEAN諸国との実務的関係の進展を重視していることが伺われる。隣国であるシンガポールとは、従来、水の供給や、マレー鉄道保有地の処理問題、架橋問題等の難問が長年両国の愛憎関係を彩ってきた。ナジブ首相はリー・シェンロン首相とのリトリートと呼ばれる会合プロセスを通じて実務重視の関係を構築しており、2010年5月にはマレーシア鉄道会社のシンガポール域内の保有地の交換処理に合意したことをはじめ、その手腕は際立っている。

ASEAN域外では、父君である故ラザク第二代首相がASEAN諸国に先駆けて国交を開いた中国と政治・経済両面で良好な関係を築く一方、米国、インド、豪州、韓国、中東・欧州諸国等との関係の充実も見られ、バランスの良い外交を行っていると見られる。ことに米国との関係の深化は顕著であり、2010年4月の首脳会談の成功に続き、同年11月の国務・国防両長官のマレーシア訪問などハイレベルの往来が活性化している他、包括的輸出管理法の制定、アフガン復興支援要員の派遣、TPP交渉参加などアジェンダも進展している。インドとは「戦略的パートナーシップ」を謳っている。

6.我が国との関係
我が国についても、2010年4月の訪日の折に「新たなフロンティアに向けて強化されたパートナーシップ」が発表された。ナジブ首相個人は「生活の中で様々な修練を経て規律を身につけている日本人」を高く評価しており、日本が東アジア地域で建設的な独自の存在感を発揮することへの期待は高いものがあると考える。折しも、マハティール首相時代から長年の懸案となっていたマレーシア日本国際工科大学構想(MJIUT)も、ナジブ首相の下で、マレーシア工科大学(UTM)の下にマレーシア日本国際工科院(MJIIT)を設立する構想として遂に実現の運びとなった。我が国としても、長期的な視点からMJIITを通じて、二国間の教育面での協力関係を更に拡大し、地域における協力を深化させていくべきと考える。MJIITは、まさに「東方政策」に新たなる地平線を拓くものである。

7.結び
ナジブ首相は2009年4月の発足から4年近くが経過したところであるが、以上説明したとおり、その成果は徐々に見えはじめている。行政の変革を目指して成果目標を数値化したNKRAs・NKPIsをはじめ、そのためのロードマップとしてのGTP、マハティール政権時代に発表された2020年先進国入りに向けたロードマップとしてのETP等からは、ナジブ首相の実務的で成果重視主義の面が窺える。民族融和を謳う「1マレーシア」を旗印として掲げ、NEMやETPにより民族にとらわれることなく高付加価値経済を志向する姿勢には、マレーシア社会の特徴である多文化・多民族性を前向きの力に転化していこうとする努力がみられる。また外政面においては、ASEAN諸国の他、米国との関係深化や経済成長著しい中国やインドとの関係充実も見られ、その他諸外国ともバランスのよい外交を行っていると感じる。

ナジブ首相は、前任のアブドゥラ首相より政権を引き継いだが、選挙を経て首相に選ばれたわけではない。これまで、今か今か、まだかまだか、と巷で言われてきた総選挙も、これまで大いに引き延ばしてきた背景には、与党の政治家による選挙民に対する努力を最大限引き出し、新しく打ち出した一連の政策が実施され国民にその成果を実感して貰うことが目的であったと推測される。いずれにしても、引き延ばし作戦もそろそろ限界であり、満を持して、今春には総選挙を行う必要がある。
独立以来56年間にわたって保守政権が続いてきたことから、政権交代を望む選挙民が増加していることも確かである。それ故に、前回の総選挙では「政治的津波」が押し寄せたのであり、マレー系を優遇するブミプトラ政策も挑戦を受けている。まさに、今春に予想される総選挙において、政治・経済の変革を目指した様々な諸政策を発表し、精力的にそれらを実施に移してきたナジブ首相の政策実行力が評価されることになるであろう。
(2013年2月4日寄稿)