「30年後の日本外交」に関する一考察

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      元外務事務次官 谷内 正太郎

1. はじめに

私が外務省に入ったのは1969年(昭和44年)、今から43年前のことである。
入省直後に、ある事務次官経験者との懇談の席が設けられた。私は、その際、「30年後の日本外交はどのような国際環境の下で展開されることになると予想されますか」と質問してみた。答えはただ一言、「30年後のことなんか判らないよ」であった。大先輩が何を言われたかったのか、私には判らなかった。ただ、当時の日本外交に対する“その都度外交”や“受身の外交”という批判の背景には、「長期的展望の欠如」というようなことがあるのかなあという感慨を覚えた記憶がある。

2. 歴史に学び、未来に備える

30年後の世界を正確に予想することはもとより不可能である。しかし、30年という1つの世代に相当する比較的長い期間をとってみると、その間に相当大きな変動(変化)が起きることは間違いない。特に今日のITを中心とする技術革新の目まぐるしい発展を見れば、思い半ばに過ぐるものがある。現に振り返って見れば、冷戦下の2極構造の1極をなしたソ連は崩壊し、ソ連「帝国」は15の共和国に分散、安価なエネルギー源であった石油は2度の石油危機を経て高騰、世界経済の動向を左右する力を持つに至った。更には、冷戦後は唯一の超大国ともハイパー・パワーとも言われた米国も、アフガン、イラクに足をとられ、リーマン・ショックで経済も大きく、つまずき、「財政の崖」に直面して苦吟しているのが現状だ。BRICsと言われる新興大国は急速に台頭し、特に中国やインドの勢いは、もはや「アジア的停滞」という表現を死語化している。

「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」と言われる。重要なことは、歴史に多くのことを学びながら、これからの国際社会がどのような構造的変化を遂げていくのか、」その主要な骨格が長期的にどのように形成されていくかを推察し、それと同時に日本外交の基本的なあり方を考えていくことが肝要である。

3. 国際社会の地殻変動

今日の国際社会は大きな地殻変動に見舞われており、新しいパワー・バランスが形成されつつあるように見受けられる。
まず第1に、冷戦下の二極構造から冷戦後の一極構造を経て、多様構造ないしは無極と言われる現状が現出しつつあると言われる。1つの大国が「極」と言えるには、グローバル又はリージョナルな一定の支配力や影響力、説得力、求心力を有することが前提となるが、米国以外にそのような国があるかと言えば答えは消極的にならざるを得ない。中国政府は、主として軍事力の視点から、今日の国際政治状況を「一超多強」と表現している。米国の軍事力の水準は突出しており、他国が、いくら頑張っても2-30年は追いつけないという状況を見れば、これはより現実に即した見方と言えよう。ジョセフ・ナイ教授は、軍事的には、一極、経済的には米、中、EU、日、印等が大国として存在すると見ている。

いずれにしても、米国の国力や国際的地位が新興大国との関係で相対的に低下していることは否定しがたいところである。問題はこの傾向がこのまま続くのか、それとも米国は力強く復活するのか、あるいは同盟関係の再構築、強化により、中国との間で一種の勢力均衡を図るのかという点にある。

第2に、世界の経済成長センターは欧米から、アジアに移行しつつあるということである。巨視的にみると、紀元500年から1500年にかけて中国の技術力、経済力は圧倒的に強かった。その後ヨーロッパは大航海時代、産業革命を経て、特に産業革命の成果をフルに活用して世界経済を主導した。「西洋の没落」とともに米国主導の時代が来るが、これが今大きく変わりつつあるように見える。

2010年のIMF報告によれば、EAS16ヵ国の貿易総額は9.3兆ドル、EUは10兆ドルである。近く前者は後者を追い抜くであろう。東アジアの人口は既に世界の約半分。ASEANプラス中国、インドの過去10年の経済成長率は、世界平均の2倍以上になる。英国最大手の銀行HSBCによれば、2050年には、中国のGDPは25兆3,300億ドル25兆3千300億ドル、米国は22兆2千700億ドル、インドは8兆1千600億ドル、日本は6兆4千200億ドルと予測される。2050年になればGDPのトップ・テンは米国を除くとすべてアジア諸国になるともいわれる。

第3に、新興大国の台頭、とりわけ中国の経済発展と海洋進出である。中国は今や世界第2位の経済大国にして軍事大国である。過去30年以上、平均経済成長率が9%台、過去20年以上、国防費は二桁成長。2010年の米国のQDR(4年毎の防衛見直し)は、「中国は米国に対し脅威を与える存在」と断定した。
中国は、南シナ海(恐らく東シナ海も)を核心的利益と位置づけ、第一列島線、第二列島線の西側においてA2/AD(接近阻止、領域拒否)能力を確立しようとしている。これは、これら水域における公海の自由・航行の自由に脅威を与えるものに他ならない。更に進んで中国には、ハワイ以東を米国、以西を中国が管理するという太平洋折半論が冗談ではなく、真剣に検討されているようである。

これに対し、米国は、オバマ政権になって「アジア回帰」を明確にし、2010年7月のハノイでのARF(アセアン地域フォーラム)では、H・クリントン国務長官が「米国は、南シナ海でのアジアの海洋公共財の自由なアクセス、航海の自由、国際法の順守について国益を持っている」と明言し、同じく十月には「尖閣は日米安保条約の適用対象である」ことも明らかにした。オバマ大統領自身も2011年11月には、オーストラリア議会で「アメリカはこれまでもずっと、これからもずっと太平洋国家である」と述べ、更に記者会見では、史上初めてダーウィンに米海兵隊2,500名を駐在させることを明らかにした。中国が南シナ海や東シナ海に「核心的利益」があるとして、これらの海域を「内海化」することは、日本や米国をはじめとする海洋国家は決して容認することはできない。
これ以外に、いわゆるグローバル・イッシューズ(核の拡散、〝新しい脅威〟たる国際テロ、環境、エネルギー、資源、感染症等)の拡大と深化、更には社会的ネットワークをインターネット上で構築するソーシャル・ネットワーキング・サービスの同じく拡大と深化が益々進んでいくと予測される。これらの大きな変動・変化がもたらす国際政治、経済、社会への影響がいかなる形で現れてくるか、まことに予測し難い面がある。紙数の関係でこれ以上は述べないが、これらの大きな動向を踏まえて、次に中国との関係について特に考えてみたい。

4. 中国といかにつき合うべきか
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中国は一説によれば、過去2000年間、世界のGDPの3%近くを占めてきた老超大国である。阿片戦争後の約140年、屈辱の歴史を経験したが、前述の通り、今や力強く復活した。中国人は自信を深めている。このことは対外的には傲慢ともいえる言動をしたり、安易に強硬策をとる姿勢に示されるようになってきている。それと同時に中華人民共和国(1949年成立)という若い国が右肩上がりの急速な成長を遂げる過程で、生硬なナショナリズムは激しく盛り上がっている。これは歴史上、日本も経験したところである。しかし、それにしても昨今の尖閣を巡る中国側の対応は、ほとんど常軌を逸したものに見える。
日本にとって、そして米国にとっても、このような中国といかに付き合うかという問題は、今世紀最大の外交課題である。

中国は、2027年にはGDPで米国を追い抜くという見通しがある(ゴールドマン・サックス)。それよりもっと早いタイミングを予想する者もいる。中国がアジアにおいて覇権を目指していることは明らかであるが、中国はかつてのソ連のように、米国とのグローバルな対立の道を選ぶのであろうか。中華民族は世界の中心に位置して、世界を支配するとの歴史的、地政学的意識を持つ中国が、将来のいつかの時点で米国の世界における覇権的地位を認めないとの姿勢を明確に打ち出してくる可能性はかなり高いように思われる。米国が恐らく望むように、米中関係が経済的には相互依存、政治・軍事的には競争という形で一応の「共存共栄」が維持されるか、甚だ疑問である。

他方で、中国には国内に深まりゆく巨大な格差を有しており、人権の侵害、腐敗、暴動に加え、三農問題や少数民族問題があり、中国という国家からの遠心力の原因となっている。求心力と言えば、もはや社会主義や毛沢東思想のイデオロギーではなく、「明日は今日より良くなる」という希望を抱かせる経済発展である。これが停滞に転じた時、中国共産党による一党独裁体制は深刻な危機に直面することになろう。歴史的に見ても、独裁体制が永遠に続くと想定することは現実的ではなかろう。
言うまでもなく、中国がいかなる道を選択するかは、中国国民が決めるべき問題である。我々としては、中国が自由で民主主義的な国になって欲しいと望むものであるが、いずれにしてもわれわれの対中政策は、基本的には関与(エンゲージメント)とヘッジング(保険をかけること)であるべきである。中国にはどのような関与を求めるべきか。それは「自由で開かれた国際秩序」を追求するということである。その国際秩序とは、自由で開かれた海洋秩序であり、国際貿易・経済体制である。アジアの地域的機構も排他的でないものにすべきである。

中国がそのような関与政策に乗ってこない事態も当然あり得る。そのような事態に備えてわれわれは体制を整えておく必要がある。海洋秩序に関して言えば、航行の自由を確保し、暴力や武力による領土の現状変更を許さないことが重要である。そのためには、海上保安庁や海上自衛隊の能力、体制を強化し、志を同じくする米国を含む海洋国家との協力を緊密にしていくことが肝要である。これがヘッジングである。
国際貿易・経済体制で言えば、TPP(環太平洋経済連携)や日中韓FTA、そしてRCEP(東アジア地域包括的経済連携)を同時並行的に進めるべきである。TPPは、ある意味で中国に他の2つのEPA・FTAに積極的に関与させる刺激になるし、逆に中国が関与してこない場合のヘッジングにもなりうるものである。

6年前に成立した安倍政権は、自由、人権、民主主義、法の支配等の普遍的価値を尊重する外交を展開する姿勢を強く打ち出した。実は2008年5月の「『戦略的互恵関係』の包括的推進に関する日中共同声明」で、日中双方は「国際社会が共に認める基本的かつ普遍的価値の一層の理解と追求のために緊密に協力する」ことを「決定」した。中長期的に見て、日中両国が本当に「緊密に協力」できる状況ができれば、国際社会の地殻変動は画期的な展開を見せることになろう。

5. おわりに
残念ながら日本の国際的地位や国力は相対的に低下し、存在感は薄くなっている。バブル崩壊後の日本は坂道をズルズル落ちて行く感じがする。閉塞感、内向き、縮みの傾向には歯止めが無い。もとより日本国民が危機に臨むと底力を発揮することは歴史が証明している。しかし、尖閣を巡る日中間の緊張した状況、北方領土、竹島に対するロシア、韓国の挑発的行動にもかかわらず、国民の危機意識はまだ決して強いとは言えない。
このような状況を打開するためには何をなすべきか。それは過去の成功物語に安住せず、各分野で思い切って突破口を開いていくことである。外交については、限られた資源と手段を厳しく認識した上で、知恵を絞って戦略的な外交を展開していくことである。
これからの30年を展望して、普遍的価値観を共有し、海洋国家としての地政学的な利害関係が重なり合い、かつ、先の大戦から一転して同盟関係に入った両国民の信頼感と友情は、日米両国の国益の定義づけにおいて、まず間違いなく最重要の位置を占めることになろう。   (2012年12月3日寄稿)