MENU
 

第9弾 アフリカの模範生、ボツワナの魅力

松山良一.jpg
前駐ボツワナ大使 兼南部アフリカ開発共同体(SADC)日本政府代表 松山良一

日本から見るとアフリカは遠く、紛争、難民、貧困、飢餓、感染症の蔓延といった、「可哀想なアフリカ」のイメージが強い。アフリカのニュースの多くが暗い話題であることが一因ではあるが、未だアフリカは幾多の問題を抱え、援助を求めているのも厳然たる事実であり、人間の尊厳を守るため、貧困対策等の援助をしっかりやる地域ではある。
一方、90年代以降、東西冷戦が終焉し、国連による平和維持活動も奏功し、内戦が収まり各地に平和が訪れている。最近彼らにも自立心が芽生え、「援助は要らない、我々も自助努力で自立するので、民間の投資と貿易を促進して欲しい」と訴える国々も増えている。
南アフリカの北側に位置するボツワナもそうした国の一つである。ボツワナは日本では無名の国だが、英米では、ダイヤモンドと高級なサファリロッジで名声を博しており、一度は観光に訪れてみたい憧れの国の一つである。

(ボツワナの歴史)
ボツワナは、英国より1966年に独立したが、独立当初は舗装道路が全土で6キロ、産業は牛肉の輸出のみという、世界最貧国の一つだった。
独立の翌年、ダイヤモンドが発見された。鉱物資源の収益を為政者、あるいは部族が独り占めし、貧富の差が生れ内紛となった例が多い中で、ボツワナは幸運にも立派な歴代大統領に恵まれ、ダイヤモンドの収益を教育、医療、社会インフラの整備に投資し、国の発展に寄与して来た。
その結果、独立以来内乱は一度もなく、政治は安定し、治安も保たれ、汚職も少なくアフリカでのグッドガバナンスの模範生となっている。
今では、舗装道路は1万1千キロを超え、一人当たりGNIも7000ドルを超え、堂々たる中進国の仲間入りを果たした。

(建国の父、三長老)
ボツワナは、19世紀初頭からボーア人(オランダ系移民)の侵略に悩まされ、英国に保護を求めたが、カラハリ砂漠に覆われた不毛の地であり、英国は協力しなかった。1884年に、ドイツが西岸のナミビアを植民地とした事により、地政学的に状況が一変した。仮にドイツがボツワナを支配した場合、英国にとり肥沃な植民地であるローデシア(現ザンビアとジンバブエ)が、東岸のタンガニーカ(現在のタンザニアの一部)と西岸のナミビアを既に傘下に収めたドイツに直接取り囲まれることになり、漸く英国も重い腰を上げ、1885年ボツワナを保護領とした。このときに活躍したのが、代表的部族の長であった、バトエン、セベレ、カーマ三世(カーマ現大統領の曾祖父)の三長老だった。
英国の保護領となった後も、セシル・ローズ率いるローデシア、あるいは南アフリカとの併合問題が持ち上がった。その都度、三長老は知恵を絞り巧みな外交術で併合を免れ、1966年、英国からの独立を勝ち得えた。
この三長老の働きがあったからこそ、独立国家としてのボツワナが存在している訳で、今でも三長老は、ボツワナ国民から感謝と尊敬を集めている。

(ボツワナの国民性)
ボツワナは国土が58万平方キロと日本の約1.5倍だが、人口は202万と小さな国である。アフリカには54ヵ国あるが、部族の数は6000を越し、未だに部族の力が強い。ボツワナも20の部族から成り立っているが、大半は温厚なツワナ族である。国土の75%をカラハリ砂漠に覆われている厳しい自然環境で育ったお陰で、国民は我慢強い。恭順な態度を保ち、父兄長老を敬うという美徳もあり、彼らの拠り所は家族であり、部族である。伝統的文化にも恵まれ、兎に角陽気で元気だ。困った事があれば一人で悩むことなく仲間に相談し、軽やかに人生を楽しんでいる。
部族の長をコシと言うが、コシが各村落を治めている。コトラーという村の集会所で物事を議論の末、コシが裁決し、それに皆が従うという民主的な手続きを取っている。これがボツワナの民主主義の原点だと思う。
歴史的に英国の保護領であったが植民地ではなく、征服され搾取されたことはない為、国民は高いプライドを保持している。もっとも最近豊かになり生活に余裕が出てきたせいか、多少怠慢になっている面もある。

(ボツワナの魅力)
ボツワナの魅力は民主主義、人権尊重、法の支配を徹底させグッドガバナンスを享受していることである。国際機関が出している、投資環境ランキング、汚職度指数等々で、いずれもアフリカでトップクラスに位置しており、外国資本が安心して投資できる環境が整っている。日常生活で身の危険を感じることはまずない。
二番目の魅力は、太古の昔から自然のままで手付かずの鉱物資源と、観光資源である。
鉱物資源ではダイヤモンドの他にも石炭、銅、ニッケル、ウラン、白金、メタンガス、レアメタルが豊富に眠っている。ダイヤモンドは、金額ベースで世界最大の生産国であるが、ボツワナで研磨、加工も行い、原石だけでなく宝飾品も取扱うダイヤモンドの一大産業集積地を目指している。
観光資源は雄大な自然そのものである。国土の五分の一を動物保護区に指定し、環境保全にも熱心に取り組んでおり、まさに動植物、鳥類の楽園だ。世界最大規模の内陸湿原デルタのオカバンゴ(四国と同じ面積)、12万頭の野生ゾウが生息するチョベ国立公園、見渡す限り何もないマカディカディ塩湖等々ここでは、動物の自然のままの生態が身近で観察でき、俗世間を忘れ無我の境地になれる。
三番目の魅力は、首都ハボロネに南部アフリカ開発共同体(SADC)の本部がある事である。人口2億6千万人を有するSADCは地域統合の動きを強めており、ブラッセルのように、ハボロネに人と金が集まる仕組み作りに成功すれば、ボツワナは南部アフリカの中核として大きく飛躍する可能性を秘めている。ボツワナ政府は交通、教育、医療、新技術、農業分野での南部アフリカに於ける産業集積地を目指している

(ボツワナの課題)
ダイヤモンドのお陰で豊かになったが、カーマ大統領がいま最も力を入れている課題は、ダイヤモンド依存経済から脱却し、産業の多角化と民間部門の育成を如何に図るかである。
内陸国であり人口も少ないため、輸送コストが嵩み大きな阻害要因となっている。
電力、鉄道、橋梁等の社会インフラの整備も必要だ。
HIVの感染率も23%と高く、貧困削減と共に問題となっている。ボツワナ政府はHIVに感染しても発病を抑える薬ARVを無料で配布し、懸命に感染抑制に取り組んでいる。

(アフリカでの中国の動き)
中国は13億人の民を養うために資源確保と消費市場確保を狙い、積極的にアフリカへ進出している。資源の狙いは、原油、銅、ニッケルが中心であったが、最近はウラン、石炭、鉄鉱石まで関心を広めている。
中国の強みはトップ外交と社会インフラ整備だ。トップ外交では、日本の首相は戦後アフリカの6ヵ国のみを訪問したのに対し、台湾を承認している4ヵ国を除く殆どのアフリカ諸国を中国の国家主席、首相は訪れている。習近平も2011年に、副主席就任後最初の外遊でアンゴラ、南アフリカ、ボツワナを訪問した。
アフリカは道路、鉄道、病院、学校等の多くの社会インフラ整備を必要としている。これに対し中国は、インフラの見合い資金を融資し、資金を鉱物資源で回収している。この結果、中国人も多く進出しアフリカ全土で85万人が滞在している。(日本人は8000人)ボツワナにも12の建設会社が進出し、2万人の中国人が滞在している。
中国のアフリカ進出に伴い、国際社会の耳目をアフリカに集めたとか、道路等の社会インフラ整備が進んだ反面、コンプライアンス上の問題も散見されている。今後はOECDなどの国際ルールに沿った経済協力支援をどのような形で実施するかが課題ではなかろうか。この面での根気強い日本の貢献が期待されている。

(日本の貢献)
中国のアフリカでのすさまじい展開力に対する、日本の強みは人材育成、技術移転、産業振興である。共に汗をかき地道に相手国の経済発展に貢献することである。
こうした強みを生かし、アフリカ開発援助として、1993年から5年毎に開催しているアフリカ開発会議(TICAD)は、アフリカ諸国の好評を得ている。
但し最近中国、韓国、インドが同じ様な援助スキームを打ち出しており、TICADも新たな展開を求められている。鍵となるのは、官民が如何に効率良く連携するかである。即ち、社会インフラの整備を公的なODA資金で賄い、具体的な事業を本邦の民間企業が執行しうる仕組み作りである。これを実現する為には、多くの克服すべき課題がある。一例をあげれば通常7年要するODA案件形成の時間短縮、円借款案件の本邦企業のタイド化の工夫、アフリカの市場ニーズに見合った製品開発(高価格・高機能製品から低価格・低機能・高耐久性製品への転換)等々である。ボツワナとザンビアの国境を流れるザンベジ川を跨ぐカズングラ橋への円借款供与が決まったが、官民連携のモデルケースとなることを願っている。

また、鉱物資源は、資源を確保するだけでなく、アフリカにも何らかの付加価値をもたらす、Win-Winの発想が大切だ。
人材育成や技術移転は、日本が大いに貢献すべき分野である。ボツワナでも人材育成の観点で、関係各位の協力を得てNHKによるボツワナ教育テレビの立ち上げ、秋田大学による鉱山学部の立ち上げ、JOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)による宇宙衛星を使った資源探索技術の移転等々を手掛けた。
アフリカは10億の民を養い、今後人口が最も増える地域であり、人類最後のフロンティアとして、大きな可能性を秘めている。内向き志向をマインドセットして、多くの日本人がアフリカに挑戦してもらいたいと願っている。 (2012年11月12日寄稿)