太平洋同盟:中南米とアジアの出会い

『中南米の親日国・FTA先進国による未来指向型経済共同体の創設』
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                駐コスタリカ大使 並木芳治

日本では昨年来より環太平洋パートナーシップ(TPP:環太平洋経済連携協定)への交渉参加を巡って国論を二分するかのように侃侃諤諤の賛否両論が湧きあがっている。他方、米国は昨年11月、ハワイで開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)サミットでオバマ大統領が「米国は太平洋国家」と宣言し、TPPの拡大を目指したい意向を鮮明にした。オバマ大統領のこうした野心的なアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)構想に呼応するかのように中南米においても既存の自由貿易圏の統合深化に向けた動きが活発化し、新たに「太平洋同盟」が誕生した。

メキシコ、コロンビア、ペルーおよびチリという中南米の自由貿易協定(FTA)・経済連携協定(EPA)の先進4カ国からなるこの経済ブロックは、米州統合の流れを大きく変化させる潜在性を秘めている。同時に日本との関係でも太平洋両岸を結ぶ経済連携の動きの中で重要な役割を果たす可能性がある。

◆太平洋同盟は対アジア通商戦略ブロック
 6月6日、南米チリの北部アントファガスタ州にあるパラナル天文台にFTA先進4カ国の大統領が一堂に会して第4回太平洋同盟サミットを開き、「太平洋同盟」設立を祝った。      
ラテンアメリカと太平洋の弧(アーク)を包括的に結び付ける「太平洋同盟」は、メキシコのカルデロン大統領の発想によるもので、これに2度目の政権担当でペルーの存在感を一躍高めたガルシア大統領(当時)が太平洋の米大陸側に「深化した統合地域」を創設したいとの構想を打ち出して具体化した。言うなればメキシコとペルーの協働合作による対アジア包括的戦略である。 2006年に当時の麻生太郎外相が提唱した北東アジアからバルト諸国を包含する「自由と繁栄の弧」なる発想に似たラ米・太平洋版と言ってもよい。また先般、日本政府が取りまとめた「高いレベルの経済連携」の概念と共有する政策理念でもあり、中南米と日本の21世紀の新たな創造的関係を確立する原動力として潜在性を秘めた興味深い構想である。

 「太平洋同盟」の創設文書をなす「パラナル宣言」と「枠組合意」に署名した4カ国は、既に各々二国間相互で締結しているFTAを統合し、更に、人・サービス・資本の移動を促進することにより、経済共同体を形成することを目指している。(注:コロンビアとペルーはアンデス共同体の枠組によるFTA)。

6月6日の署名式には原加盟国の各大統領のほかに、オブザーバー国を構成する中米のコスタリカとパナマ、更に特別招待により日本、カナダ、豪州の各代表が参列した。
「パラナル宣言」では、太平洋同盟設立の動機として、4カ国間の域内貿易促進による関係の緊密化とともに、同盟と第三の市場、特にアジア太平洋地域との連携を推進する目的で貿易・協力の深化と投資の流れを強化したいと謳っている。即ち、太平洋同盟は環太平洋の地政学的利点を活用した対アジア通商戦略に主眼を置き、世界経済の牽引力として持続的成長が最も堅実で将来性に富むアジア太平洋地域に絞って関係の強化を狙ったラ米太平洋諸国側の積極的なアプローチであり、包括的な統合戦略と要約できよう。4カ国は民主主義、自由貿易、開発構想などで共通の価値観を持ち、中南米の中でも将来大きく経済成長を遂げることが期待される諸国である。

 太平洋同盟に加盟するためには、原加盟4カ国とFTAを締結し、かつ同4カ国のコンセンサスを得ることが条件となる。オブザーバー資格で参加が認められたコスタリカとパナマは、原加盟国すべてとFTAが完結すれば、正式な加盟を実現することになる。

◆同盟域内の貿易総額は中南米全体の55%
IMFのデータ(2011年の指標)によれば、オブザーバーを含めた太平洋同盟6カ国の総人口は、2億1500万人、国内総生産(GDP)の総和は1兆9800億ドルに達し、これは中南米全体の35%に相当する。このGDP総和は国別ランクに当てはめると世界第9位の経済規模となり、アフリカ全体、ロシア、カナダ、インドよりも大きい。貿易総額(2010年の指標)も1兆ドルを超えて中南米全体の約55%を占め、メルコスール(南米南部関税同盟)の約1,5倍である。変則的な比較になるが、この総額はメルコスール、アンデス共同体、中米統合機構の計16カ国の貿易総額に匹敵する規模である。

◆未来志向型の経済統合体
太平洋同盟は、従来型のFTA/EPAを更に深化させ、より包括的かつ刷新的な要素を盛り込んだところに特徴があり、未来指向型で野心的な目標への移行を定めている。メキシコのカルデロン大統領は、「2010-20年はラ米の10年」と豪語し、太平洋同盟は参加国間の既存の貿易協定の総和以上に大胆にして革新的なイニシアティブと自画自賛してやまない。

4カ国は、原加盟国間の財・物品、サービス、資本およびヒトの自由な移動往来を効率化すべく既に発効済みのFTAをグレードアップし、域内の輸入関税の撤廃を目指し、デジタル原産地証明制度を導入するほか、ラ米初となる株式証券取引所を統合して「ラ米株式統合市場」(MILA)の創設や、加盟各国が有する貿易投資振興機構を統合してアジア等の主要国に共通の通商事務所を開設し、将来は東南アジア諸国連合(ASEAN)との多国間FTA締結も視野に入れていると言われている。また、4カ国間で入国に必要な査証を廃止して各国民の自由な往来を可能にする。通商面に限らず文化や学術交流でも新たな計画が規定され実にユニークで幅広い。例えば、アジア太平洋地域でのプレゼンスを高めるために4カ国が所蔵するマヤやインカ文明の文化財や世界遺産を用いた移動展覧会を開き、双方の文化交流を深めたいとしている。加盟国の研究者や学生の指定大学間での学位相互取得を可能にする交換留学や奨学金の制度も採り入れ、知識・文化統合の一面もある。ほかに太平洋協力プラットフォームと称し、気候変動問題に関する科学技術ネットワークの構築に着手する。通商分野での関係深化を第一義としつつも、地域を超えてここまで進歩した合意は中南米に前例がなく、今後の履行実践が期待されるところである。

◆太平洋同盟の予期される効果・真の狙い
太平洋同盟の結成は、近年の中南米地域における最も大きな動向の一つであり、それ故に同盟内部のみならず対外的なインパクトについても論じる必要があろう。
 同盟の存在は、新たなブロックとしての経済力や競争力のシナジー効果にとどまらず政治的な紐帯強化に資する意義があろう。同盟諸国に共通する戦略構想は、アジアの有力国との連携強化であり、この目標を達成するためには、APECやTPP等、アジアとの間における主要な枠組への加盟も重要な要素となる。また、「先進国クラブ」と別称される「経済協力開発機構」(OECD:本部はパリ)への加盟協力もアジェンダにある。メキシコとチリは、既にAPECとOECDのメンバー、ペルーはAPECのメンバーであるが、近年、著しい経済成長とともに国際場裏での発言力を高めているコロンビアは、APECとOECD加盟を目標に掲げており、他の同盟国から既にコミットメントを取り付けている。同盟オブザーバーのコスタリカとパナマも同様に太平洋同盟に加盟することで、APECやOECD加盟につき、原加盟国の支持を確保できるメリットがある。

 筆者が勤務するコスタリカは、既にメキシコ、チリ及びペルーとFTAを締結し、コロンビアとの正式交渉を8月に開始した。コスタリカが強く希望するAPEC参加とOECD加盟について、同盟当該国は既に支持をコミットしている模様であり、これらは太平洋同盟の存在を梃子にしたコスタリカの外交戦略の一環と位置付けられる。コスタリカと太平洋同盟との貿易総額が全体の僅か7%に過ぎないことは、実態経済よりも同盟諸国との政治外交関係を優先したいコスタリカの立場をよく示している。いずれコスタリカとパナマが同盟に加わって6カ国になれば同盟相互間の連携協力効果が一層高まることは疑いを入れない。

◆中南米の二極構造が鮮明化
 太平洋同盟の結成をして中南米の太平洋圏と大西洋圏の二分化ないしは差別化が浮き彫りになった。前者は、経済自由化政策の推進を金科玉条にAPEC、TPP、そして今般の太平洋同盟によりアジア太平洋市場への積極的参入に関心を強める国家群であり、後者は、各種資源の国際価格高騰の恩恵に浴して、より魅力的な貿易圏へのアプローチを強く意識しないグループである。
 同盟4カ国が中南米域内に留まらず「外向き志向」で積極的に動き出した背景には、米国と反米諸国の長期にわたる対峙した関係やメルコスールの停滞と閉塞性に加え、最近アルゼンチンやブラジルで見られ始めた経済の保護主義的な傾向、「内向き志向」に対する憂慮も考えられよう。

また、別の視点から見れば、メキシコが外交指導力を発揮して太平洋同盟創設の立役者となり、中南米における劣勢挽回の足掛かりを築いたことであろう。もとよりメキシコはG8アウトリーチ国、G20構成国として応分のステータスを維持するが、過去15年余り、北米自由貿易協定(NAFTA)に象徴されるように米国にシンクロナイズされて中南米における政治影響力が相対的に低下したことは否めず、代わってグローバル・プレーヤーとして急成長したブラジルの後塵を拝してきた背景もあろう。メキシコが今回の同盟結成でラ米の主要な経済国を陣営に取り込んだ意義は大きく、したたかさが売り物の伝統的なメキシコ外交の真髄を再び見る思いがする。中南米でいち早くAPEC参加とOECD加盟を果たし、経済自由化路線を一貫して踏襲してきたメキシコの外交資産が今回生かされたわけで、今後はこの太平洋同盟をいかに有効に活用しながら外交の舵取りを進めていくか注視する必要があろう。

◆ブラジルの今後の対応に注目
 メキシコが実質的に牽引する太平洋同盟の発足でブラジルの今後の出方が注目される。太平洋同盟とアジア太平洋諸国との経済交流が将来さらに深化し、同盟国の競争力が高まる中でメルコスールの盟主ブラジルが構造改革に積極的に着手せず、保護貿易主義に走り、内向き志向の政策に傾倒すれば、地盤沈下は避けられまい。太平洋同盟の成立は、百年に一度と言われる一次産品ブームを謳歌してきたブラジルやメルコスールに経済統合戦略を見直す機会を与え、これに呼応するかのようにメルコスールの今後のあり方を巡って、最近注目すべき幾つかの動きが看取された。メルコスールの対外通商戦略は、2000年の内部決定である「メルコスール4カ国は、“共同で”域外諸国及び経済ブロックと最恵的通商協定を締結しなければならない」というブロック重視の対応に基礎を置くが、パラグアイにおける大統領の弾劾問題に端を発した同国のメルコスール加盟資格停止(6月)やベネズエラのメルコスール正式加盟決定(7月)とともに流動化に拍車がかかり、結束力に微妙な亀裂が生じ始めた。従前より独自路線を行く小国ウルグアイが、メルコスール加盟国は今後域外国との二国間FTA締結に道を開くべしとし、

また、同国は太平洋同盟へのオブザーバー参加に関心がある表明(注:ウルグアイは8月に入り太平洋同盟に対しオブザーバー参加の正式な申請手続きをとった)、果てはメルコスールがアンデス共同体を吸収した合体論まで飛び交い始めた。ウルグアイのこうした動きに対してブラジルとアルゼンチンがいかなる対応をもって臨むか大いに注目されるところである。他方、ベネズエラのメルコスール加盟に刺激されたエクアドルも同枠組に希望を表明し、これにボリビアが加わり仮に3カ国がアンデス共同体を脱退してメルコスールに乗り換えるような事態に発展すれば、96年の創設以来存続してきたアンデス共同体は体をなさなくなる可能性もある。「パンドラの箱」が一度開けられ、メルコスールが柔軟な政策路線へと転換を図る場合には、日本の経済界が強く要望してきたブラジルとのEPA締結が近づく可能性も否定できないであろう。

 (注:ベネズエラの加盟により、メルコスール5カ国の総人口は、2億7500万人、GDPの総和は3兆3250億ドルになり、米国、中国、日本、ドイツに次ぐ世界第5位、EUも対象にすれば同第6位の規模を有する経済圏となった)。

◆米国は「米州繁栄の道」政策を継続
 米国との文脈から見れば、1994年の第1回米州首脳会議(マイアミ開催)で当時のクリントン大統領が提唱した「米州自由貿易圏」(FTAA)構想が、その後の南米左派反米政権の相次ぐ成立や米国とブラジル間の農業補助金を巡る対立などで頓挫したのを受け、米国は次善の策としてラ米諸国と結ぶFTAグループを統合した「米州繁栄の道」(アラスカからパタゴニアまでの米州太平洋岸南北自由貿易圏。15カ国が参加。ブラジルはオブザーバー)というプラグマティックな政策重視の対応に転換した。米国は太平洋同盟への関心を表明しているが、既に全加盟国との間でFTAを締結しており、太平洋同盟との間で新たな枠組を模索するというよりは、今後もTPP交渉を最優先する姿勢に変わりはないであろう。米国は、メキシコと長年にわたり移民問題という大きな政治課題を抱えているため太平洋同盟への正式加盟はハードルが高いと見られるが、他方で環太平洋地域における重層的な連携強化の観点から同盟にオブザーバー資格で参加する可能性は十分ある。なお、この脈絡で言えば、開放的な移民受入れ政策をとるカナダや豪州の同盟への接近はあり得よう。

◆国際政治場裡における連帯強化
太平洋同盟諸国間の連帯は、中南米域内での強力な連携関係の構築に留まらず、広く国際社会における諸活動、特に各種選挙や決議採択時に発揮されることになる。この点、国連など多くの国際機関のポストを求めて候補を立てる日本との関係においても油断は禁物で苦戦を強いられる状況が増すことに留意すべきである。特にメキシコが立候補して日本の候補と競合する場合には、日本は他の太平洋同盟国からの得票は必ずしも当てにできず、困難な状況にならざるを得ない点を覚悟しておくべきであろう。同盟4カ国、将来的には6カ国が国際場裡において共同戦線を張り、一枚岩で固まった時には手強い政治ブロックになることは自明である。

◆日本と太平洋同盟の連携強化に向けて
 太平洋の弧を形成するすべての国々に門戸を開放している太平洋同盟と日本は今後ともいかなる関係を構築していくべきか、筆者の個人的な卑見は次の通りである。
 第一に、中南米の主要国主導による太平洋同盟は、1世紀を超える日本と中南米の長い友好協力関係の歴史の中で前例のない環太平洋自由貿易経済圏の創設を目指すものであり、今後の発展いかんではFTAAPと複合重層的な関係に発展し得るであろう。しかも同盟4カ国は、いずれも開放経済政策以外にも日本と価値観を共有する伝統的な親日国かつ中南米で大きな潜在力を秘める国々であり、共通の経済的利益が多いことから対話を積極的に促進しながら一層の関係強化を図るべきことは当然であろう。

 第二に、こうした関係を立証するように日本は既にメキシコ、チリおよびペルーの3カ国と各々二国間EPAを締結し、その経済効果には著しいものがある。コロンビアとは投資協定に次ぐ段階としてEPAが視野にあろうが、ここは太平洋同盟との関係いかんにかかわらず、先ずは早期に同国とEPA交渉を開始すべきであろう。近年、政治的安定度を増し経済成長が顕著なコロンビアは、早晩、アルゼンチンを凌駕してブラジル、メキシコに次ぐ中南米第三の経済大国にまで躍進するポテンシャルがある。市場規模ひとつを取って見てもコロンビア一国だけで中米統合機構(SICA)に匹敵し、同様に経済規模では2倍の大きさである。将来、コロンビアとのEPAが実現すれば、日本は太平洋同盟への正式加盟条件を満たすことになるが、これは未だ当分先の話であろうから、日本は「オブザーバー」として同盟に関与することを検討すべきではなかろうか。日本は今日、中南米の数ある地域機構の中で中米統合機構とラ米統合連合(ALADI)の2つにオブザーバー参加するが、実態面を考えれば太平洋同盟が持つ重要性はこれらの比ではない。国連各機関の活動把握を例示するまでもなく、必要かつ迅速な情報収集には内部に座席を確保することが重要で、同盟との連携を図る上でも政治的効果も高い。オブザーバーのメリットは、内部にあって柔軟な対応を可能にし、「適度な快適さ」を享受しながら日本の関心の高さを維持する場を提供し、ステータス・シンボルにも繋がるものである。

今回の太平洋同盟設立に際して日本とともに招待されたカナダと豪州、「米州繁栄の道」を主導する米国、アジア勢では中国と韓国など域外各国が同盟の動きを注視しだした。これら太平洋の有力国は、各々の思惑からいずれはオブザーバーとして参加を求める可能性が高いと見られる。日本はパラナル首脳会議にアジアで唯一特別に招待された意味をよく考慮し、同盟側の期待を込めたこうした政治的シグナルをポジティブに受け止めるべきであろう。日本が仮に同盟へのオブザーバー参加を申請すれば、全会一致で快く歓迎されることは間違いない。

 第三に、「枠組合意」は、太平洋同盟で有効の二国間、地域間及び多国間の経済、通商、統合に関する各協定に影響するものではないと規定していることから、既存のEPA/FTAの取極めが優先されると解釈される。太平洋同盟では原加盟国と新規加盟国間の条項の「平準化」は検討の対象にならない見通しから再交渉の余地がないことも大きなメリットであろう。同様に既存のEPA/FTAを基礎に置くため今日のTPPのような難しい議論に発展することも日本国内において想定されない。

 最後に、今後は太平洋同盟、そしてGDPで英国を抜いて世界第6位まで躍進してきたブラジルとの関係増進に一層の優先度を置くべきであろう。日本の対中南米貿易において太平洋同盟とブラジルを合わせた貿易額は、全体の約85%に達することからも明白である。この対太平洋同盟との関係と対ブラジルとの関係を密接に関連付けて取り組むことが今後の対中南米外交の大きな課題であろうし、中長期的観点に立てば日本の国益に資する外交の姿ではないかと考える。

 日本には他のアジア諸国にはない中南米との伝統的な友好関係、特に太平洋同盟諸国やブラジルとは長年にわたって蓄積されてきた大きな外交資産があることを改めて想起したい。こうした財産をいつでも有効に活用できる政策環境を整備しておくことが、対中南米外交を積極的に推進する上で重要であろう。

※本文に記載している内容は、筆者の個人的見解に基づくものです。