米大統領選挙戦と共和党の過激化

            元在ウィーン代表部大使 池田 右二

民主党の景気・雇用回復策をはばむ共和党

来たる11月の米大統領選挙および上下院議員の選挙については、経済対策、とりわけ景気・雇用回復策が当落を左右するメイン・イシューであり、メイン・イシューほどではないが選挙の帰趨に影響をおよぼしうるサブ・イシューとして、医療保険法、移民対策、同性婚などの社会問題があげられている。サブ・イシューの中では、とくに医療保険法が、6月28日の連邦最高裁による個人加入義務条項合憲判決を受けて、今後どの程度重要性を持つことになるかが注目される。

オバマ大統領は、ブッシュ前政権が進めた二つの戦争による巨大戦費、08年の金融危機による大量失業など負の遺産を引き継いで、09年就任直後の二月、総額約8,000億ドルにのぼる金融救済、自動車産業救済、雇用創出などの景気回復パッケージを実施ししたのち、歴代民主党政権の永年の課題であった国民皆医療保険法の制定に政策優先をあたえて意欲的に取り組み、10年3月に医療保険法を成立させた。他方、失業、景気対策については民主党が上下両院において多数を占める09年、10年秋までの間に追加的刺激策を議会で通す機会を逸した。しかし、そのようにして成立させた医療保険法が多くの国民から評価されず、経済回復も進まないことから、オバマ政権への国民支持率が低下することになった。

このような状況を受け、共和党は、2010年秋の中間選挙において下院で多数党となり、その後オバマ政権の「雇用法」などの景気対策を下院においてことごとくつぶし、オバマ政権の経済対策の手を完全に封じてきた。
本来オバマ政権は、大不況下にあっては、公共事業推進など財政出動による景気刺激策は、たとえ短期的に負債を増やしても、長期的には景気改善による税収増をつうじて負債を減少させるとのいわゆるケインズ政策を目指している。しかし、下院で多数党となった共和党の過激な妨害策によりこの政策を実施できないのみならず、富裕層増税などの租税提案も議会でタナざらしにされ、結果的には共和党の主張する「増税なしの緊縮策」を実施させられている状況にある。オバマ政権としては、なんとか本来の景気・雇用回復策を進めたいと考えるが、共和党にはばまれて打つ手に窮している。

共和党の右傾・過激化

そもそも共和党の保守本流は、中心思想に「小さな政府」を掲げながら、実際の政策としては、福祉国家のアイディアも受け入れ、柔軟に対応してきた。「政府は問題を解決するのではなく、政府が問題である」と言ったレーガン大統領も、法人税の脱税抜け穴の解消、キャピタル・ゲインと一般所得の税率を同じくすべきなどの政策を考えたし、レーガン政権下のいかなる時期をとっても国民の連邦税負担率はオバマ政権下と比べ高かった。また同大統領は二期目選挙前の景気後退に対しては財政出動策を実施し再選を果たした。ニクソン大統領も、医療保険に入れない所得層対策が必要と考え、環境対策、労働者安全対策も必要と考えた。

アイゼンハウアー大統領は軍事費の過度な増大は「飢えて食べ物に困る人々からの窃盗」と言った。G.W.ブッシュ大統領もイラク・アフガニスタン戦争の推進と富裕層減税を含む「ブッシュ減税」により財政事情の悪化と中間層の没落に加担しながらも「思いやりある保守主義(compassionate conservatism)」の持ち主とも言われる側面があった。ところが「小さな政府」を掲げながら、共和党保守本流の柔軟な政策遂行の伝統は、下院で多数党となってから約二年間にすっかり失われ、共和党は今や「歴史的健忘症」にかかっているかのような状況である。

このような共和党の議会における過激ともいえる妨害主義は、オバマ政権による政府の役割の「行き過ぎ(overreach)」に対する共和党本流の危機感を背景とした選挙戦略の一環ではあろうが、より直接的には、2010年秋の中間選挙によるティー・パーティーの議会進出を契機としている。共和党が下院において多数党になれたのは、ティー・パーティーのエネルギーを利用できたことが大きかった。そのため、共和党はその後の議会運営においては、ことあるごとにティー・パーティーの主張に配慮し、一切の増税反対、財政緊縮策至上主義を貫き、前記のとおり、オバマ政権の租税対策、不況時景気刺激策をことごとくつぶしてきたのである。このような共和党の右傾化・過激化は、あたかもティー・パーティーに「乗っ取られ」たかの状況である。

国民の多くが、変革をもたらすと期待したオバマ大統領がワシントンの党派主義に巻き込まれて思ったほど成果をあげえないことに失望したのと同時に、共和党の過激な議会運営にも愛想をつかせている。共和党もこのような状況はこの秋の選挙のため好ましくないとの考え、7月の独立記念日連休前、6月末ぎりぎり29日に「高速道路法」の延長による運輸インフラストラクチャー事業推進と奨学金返済利子率据え置きを合体した法案に賛成し、秋の大統領選挙と上下院選挙における自党候補の選挙区の声に対応した。

「ティー・パーティー」の由来と政治信条

さて、前記のように共和党の過激化をもたらしたティー・パーティーは、evangelicals (キリスト教右派)と同様の政治社会的基盤を持ち、反政府イデオロギーに立って「小さな政府」を推進し、白人中心、反移民・反黒人主義、徹底した緊縮策、オバマ政権の医療保険法撤廃などを目指し、同性結婚反対など社会問題についての保守主義、政教不分離(キリスト教右派を指導者とする政権の実現)を目指す。国際政治についてはアメリカ至上主義(エクセプショナリズム)の推進と軍事力の積極行使を主張する。

ティー・パーティーと成員、政策についてほとんど重なり合うキリスト教右派は、アメリカの福音主義運動に由来するが、アメリカの福音主義は、20世初頭、新約聖書、中でも福音書の教えと説教を重視し、救いはキリストの贖罪を信じることによりもたらされるとのファンダメンタルズに立ち返るべしという立場に立ち、バプティスト、メソディスト、プレスビタリアン、ペンタコスタ派のクリスチャン、あるいは無教会派などの真摯なクリスチャン達の運動であった。1930年代、40年代に、一部の者が世界恐慌を背景に、反政府運動を推進する右派政治グループに発展した。

彼らは、当時のヨーロッパ、アメリカの指導者は強力な中央政府を作り、見かけ上世界平和を唱えつつその実は反キリスト教政策を推進する「反キリストないしは贋キリスト」(The Antichrist )であり、このような「反キリスト」の出現は、終末期のキリスト再来時に起こる「大決戦(ハルマゲドン)」を予告する現象であると考えた。彼らは、ムッソリーニ、ヒットラー、スターリンのいずれもが「反キリスト」であり、F.D.ルーズベルト大統領も3期にわたる政権により強い政府を実現し、国連構想を抱くなど「国際性」(彼らにとってはマイナス概念)を持ち備えており、ヨーロッパ指導者と連携して世界的独裁者に加わろうとしていると警戒した。その結果、これらキリスト教右派は、当時の右派的リバタリアン政治団体と連携してルーズベルト大統領の弱体化をはかった。
現在(2010年代)の状況は、国際的混乱、不況の継続などの点で1930年代と似かよっているが、ティー・パーティー(キリスト教右派)のある者達にとって、オバマ大統領は、違和感のある存在であり、彼らの信じるところによれば、オバマ大統領の出生は疑わしく(オバマ大統領は、ハワイ州によるホノルルでの出生証明書を公表している)、彼の国際社会への傾斜、イスラエルに距離を置く(と彼らが考える)政策、ノーベル賞受賞などの国際性と平和主義、あるいは医療保険法の制定による個人の自由侵害と大きな政府の推進などはまさに「反キリスト」を髣髴させると考える。そして、オバマ大統領再選をはばむことが至上命令と考える。

70年代のキリスト教右派指導者であるビリー・グラハム氏などは、ジョンソン大統領、ニクソン大統領などとも親交があり、今のキリスト教右派には見られない一定の節度があった。共和党予備選挙中大統領候補であったRick Perry(テキサス州知事)、Michele Bachmann(ミネソタ州下院議員)、Rick Santorum(元ペンシルヴァニア州上院議員、ぎりぎりまでロムニー候補と争い、将来の大統領候補への野心を残した形で予備選を撤退した)など、ティー・パーティーに支持された共和党政治家たちは、予備選挙中過激なティー・パーティーの主張をそのままくり返す状況であった。共和党本流においても今のところティー・パーティーへの政治指導力の空白状態が見られ、今後に問題を残した形になっている。

「大分離」(富裕層と中間層以下の経済格差拡大)

ところで、79年から始まり、国民もメディアも気がつかないほど徐々に進行したといわれるアメリカの富裕層と中間層以下の「大分離」(格差拡大)は、最新統計の存在する2007年時点で、人口(約3億人)のトップ1%に当たるグループが国民所得の実に24パーセントを取得している。米国より格差の大きな国は、OECD加盟24ヶ国中でもポルトガル、トルコ、メキシコしかない状況である。

現在、元は中産階級にも属した高卒者の実に4人に1人が定職を得られない状況である。梯子に例えると、所得格差の拡大により梯子全体の高さが急激に高くなった結果、横木の数が不変のため横木間の距離が大きくなり下の横木から上の横木に容易に上がれなくなった。その結果今の米国は、モビリティーのない階級社会化しつつある。こうして富裕層と中間層の二つの異なるカルチャーが形成されお互いに疎外感を強めている。これに反し、50年代、60年代、70年代末までつづいたアメリカ全盛期には、トップ1%の所得シェアがほぼ9%に固定され、かれらの収入はインフレ率すれすれの上昇率にとどまっていたのに対し高卒を含む中間層の所得が大幅に増大しアメリカン・ドリームを可能にする黄金時代を確立した。現在の不公平状況(2008年金融危機の結果おそらく07年よりさらに格差は広がっていると思われる)は、来る選挙でどちらが勝つかにしても、是正されなければならない国家的課題と思われる。

米国の当面する課題と民主・共和両党

昨年8月の連邦債務上限交渉で上積みされた上限枠の期限切れ、同じ交渉の際の暫定合意である歳出一律削減の発効、「ブッシュ時代の減税」(富裕層減税を含む大型減税)の期限切れ、年金拠出金(給与税)減税措置期限切れなどが集中して、いわゆる「財政の崖(大きな山場)」となる来年一月には、国として対応を誤れば米国債の再度の評価きりさげなど市場の手痛い反撃を呼ぶのみならず、実体経済の一層の不況をもたらしかねないと見られている。いずれの党が政権をとっていても、民主、共和両党が国家的見地に立った「大合意(Grand Bargain)」を作り出して、財政再建と経済再建をはかることが国家的課題となる。共和党としては、過激主義を改めて保守本来の伝統に立ち返り、中間層以下の困窮に目を向け、民主党としては、中間層以下の減税などにより中間層の復活を図るとともに、社会保障上の受給権(entitlement)を柔軟に見直し、政府の役割の「行き過ぎ」を修正して、財政削減をどれだけ実現するかがカギとなると思われる。

医療保険法に関しては、個人加入義務条項を合憲とする最高裁判決のフォローアップとして、共和党は、同法成立直後から掲げていた同法撤廃方針をここで再確認し、総選挙の目玉イシューとして戦うことを改めて明らかにし、7月11日には下院において同法撤廃を決定した(上院で数を握る民主党が反対するので議会としての議決はない)。

今後共和党およびロムニー候補が具体的代案を示さず、単に同法の撤廃のみを訴えつづける場合、これまでのティー・パーティーの主張と何ら変わりないとして、中道無党派層(Idependents)(2008年の選挙ではキャスティング・ヴォートを握った)等の票を失い、医療保険法により実際に恩恵を受ける多くの人々の支持も失うことになる。他方、共和党が民間保険中心、国家財政にとり低負担、未加入者の加入促進などを兼ね備えたもう一つの医療保険法を提示し、多くの国民の共感を呼ぶような場合には、オバマ政権は、未加入者の加入を促進し医療費の国家的削減をはかるという同法の基本目的の意義を国民に平易に説明するとともに、同法の実施に当たり手続きの簡素化と可能な財政削減の具体案を示して同法に対する多くの国民の不安感をぬぐうことが必須と思われる。万一、同法の運用振りと今後の経済対策の展開があいまってオバマ大統領の支持率が上がらず、自らの再選と上院における多数与党の地位の確保が危ぶまれるようなことになれば(下院については、現時点では共和党が大幅にリードし、多数を維持する勢いであり、今後の展開により民主党が多数党の地位を奪還できるかが注目される)、同大統領にとって容易ならざる事態になると思われる。六月の非農業民間セクター雇用増が八万人と三か月連続で一桁台にとどまった(通常現職大統領は選挙前の月間雇用増が二五万人を越えていれば再選が安泰と言われている)ことはオバマ大統領にとり有利な材料ではない。(7月12日寄稿)