欧州債務危機と欧州統合の現状

mrsoejima.jpg
元駐スロバキア大使  副島豊次郎

欧州の債務危機・ユーロ危機は3年たっても収まるところを知らず、危機の深刻さを思えば、そもそもの欧州統合というものについても改めて少し考えをめぐらさざるをえない。 長年、欧州情勢を見守ってきた者として、現時点での感想を以下に述べてみたい。

1. 危機の現状
そもそも現在のユーロ/債務危機は3年前の2009年、ギリシャの新政権がユーロ圏加盟に必要な経済収斂条件、特に財政赤字のGDP3%以内という条件を誤魔化していたと暴露してから表面化し、それ以来、何回ものEU・ユーロ圏首脳会議が開かれては救済策が次々と打ち出されてきたものの一向に事態の改善には至らず、その間に同じく債務問題を抱えるに至ったポルトガル、アイルランドにも救済が行われる一方、危機は昨年夏イタリア、スペインにも飛び火した。

それでも危機は今年3月のサミットのあと小康状態を保っていたが、5月のギリシャ総選挙における反緊縮陣営の躍進と、同月のフランス大統領選挙で緊縮財政より成長をと唱えたオランド社会党党首が勝利して以降、再び緊張状態に戻った観がある。6月のギリシャ再選挙では緊縮財政派が僅差で何とか勝利しサマラス連立政権が成立したものの、同政権は選挙で反緊縮派が数パーセントの僅差に迫った事実に鑑み、EU側との以前の金融支援合意を緩和してもらうべく再交渉するとの方針を表明している。さらに、スペインでは国債の利回りが7%前後の危険水準まで上昇して資金調達が事実上困難になる一方、同国の銀行も不動産バブルの崩壊により資金調達が困難な状態に陥っている。このような状況下、6月28日/29日ユーロ圏・EUサミットが開かれ、駐日欧州連合代表部ホームページ掲載のユーロ圏首脳会議声明によれば、ユーロ圏サミットでは、①圏内の各銀行を単一に監督するメカニズムを今年中に設置するよう検討すること、②同メカニズムにはECB(欧州中央銀行)を関与させ、メカニズムが設立されたあと、ESM(欧州安定メカニズム)がユーロ圏内の銀行に対し当該国政府を経由せず直接資本注入できることを可能にすること、③スペインの銀行へ金融支援を行うため早期にMOUが締結されるよう求めること、④ユーロ圏の金融安定を確保するため、EFSF(欧州金融安定ファシリティ)及びESMを柔軟かつ効率的に活用する等が合意された。また、EUサミットでは、1200億ユーロに上る成長・雇用戦略を導入することで合意した。

これら各国への救済策を資金的に最も負担しているのはドイツである。そのドイツでは自分たち納税者の税金が身の丈以上の生活をして借金を重ねてきた(と思われている)ギリシャ等南欧諸国への救済に移転されるのは承服できないと多くの有権者が考えている。かかる国内ムードを背景にしたメルケル首相は累次首脳会議では、南欧諸国の債務を共同で背負うことになる「ユーロ共同債」には一貫して反対し、南欧諸国は先ず緊縮策により財政の無駄を排除し、財政の建直しに尽力すべきとの態度をとった。 

結果として、ユーロ圏はいわば小出しの対応で何とか事態を乗り切ろうと努めてきたことになる。そういうこともあり、事態は一向に改善せず、ユーロの対円、対ドル相場もズルズルと低下し、この状態が続けばギリシャほか南欧諸国の債務不履行及びユーロ圏からの離脱もあり得ると危惧されるに至った。このような状況下で開かれた首脳会議の上記結果について内外各紙は、ESMによるユーロ圏内銀行への直接金融に、ドイツほか欧州北部諸国もついに同意したのであり、これは予想外の成果であると報じ、そのような内外各紙の評価を受けて確かにスペインやイタリアの国債利回りは一旦低下し、ユーロの対円相場やそれを受けて日経平均株価も一時的に持ち直した。

6月30日の日経紙は、成果の背景として、ドイツのメルケル首相が首脳会議においてイタリアのモンティ首相、スペインのラホイ首相、更にはフランスのオランド新大統領らの攻勢を受け、ついに銀行への直接支援との要求に対し、銀行監督体制の構築という見返りと引き換えに妥協に応じるに至ったと報じたが、7月11日FAZ/フランクフルターアルゲマイネ紙によれば、背景はもっと複雑でありむしろ各国関係者の思惑と行き違いにより結果としてメルケルの譲歩と言う形で報道されてしまったようでもあり、真相は不明である。確かに、これまでの政府を通じた支援では政府の債務が拡大してしまうので、これを避けてESMが疲弊銀行へ直接資本注入することになれば、その疲弊銀行の種々の債務をESMを通じてユーロ各国納税者が共同して負担する、すなわち一種の「銀行同盟」という形となり、ひいては「ユーロ共同債」の創設、つまりユーロ各国がすべての債務を共同で負担することにつながり(うる)道であると考えられることから、ESMによる銀行への直接融資は大いに意味があるし、だからこそ反対論があることも頷ける。

(「銀行同盟」の考え方については、6月30日付ロンドン・エコノミスト誌が、ヴァン・ロンプイ 欧州理事会常任議長の提案であるが、大いに問題のある考え方であると論評。)上記首脳会議決定を実施に移すため、7月10日ユーロ圏財務相会議が開かれたが、会議声明文によれば、スペイン銀行に対する金融支援の第一弾支援について政治的了解に達し、支援計画の最終承認は各国の国内承認が7月20日までに終了することを想定すると合意されたものの、ESMによる銀行への直接資本注入については、銀行監督の一元化実現が前提であるとドイツ等欧州北部諸国が主張して具体的な議論は持ち越された由である。

2. ドイツにおける賛否両論
そのドイツにおいては、6月28日/29日の上記首脳会議決定に対し、172人の経済専門家がメルケル政権に対し譲歩し過ぎであるとの批判文を公に発表し、7月5日/6日付けFAZ紙によればヴァイトマン・ドイツ連邦銀行総裁も右批判の一部に間接的に同調している由である。
さらに上記経済学者の批判に加えて、ESM(及び今年3月の首脳会議で署名された財政協定)そのものの合憲性に反対して、連邦憲法裁判所に対し提訴が行われている。提訴を行った人々は、連立与党の一部であるCSU(キリスト教社会同盟)のガウヴァイラー議員ら保守グループとこれを支持する憲法学者連及び中道左派のSPD(社会民主党)から分派した左派党などである。つまり、国内政治勢力の左右両派が与野党の枠を超えて一緒になってメルケル政権の対ユーロ支援政策に反対する構図となっている。このため現地報道によれば、憲法裁判所は極めて難しい判断に迫られており、7月10日、フォスクーレ裁判所長官が会見で、慎重な審議と相応の時間が必要であると述べ、このため従来7月中に判断が示されると思われていたものが数ヵ月後になる可能性もあると見られている由である。

このため、ESM設立条約自体は連邦議会及び連邦参議院で既に6月29日可決承認された(メルケル首相の属するCDU/CSUから16人、連立与党のFDPからも10人が反対)ものの、大統領による批准はまだ行われていない。ユーロ圏としてはESMを元々2013年に設立する(それまで現行の臨時的措置であるEFSFを続ける)との合意であったが、事態の切迫を受け今年7月1日に前倒しして発足させることとなったものであるが、最大の拠出国であるドイツの批准が遅れて7月13日現在いまだ発足していない状態である。

3. ヨーロッパ統合の現段階
このようなユーロ問題、欧州債務問題の現状をみれば、1999年共通通貨ユーロ発足時に政治的考慮から問題点を無視したこと、更には欧州統合そのものについて、やはり考えを致さざるをえない。確かに、戦後の欧州統合は紆余曲折はあったものの、何と言っても今日のレベルにまで進展してきている。2004年には筆者が在勤していたスロバキアなど10ヶ国がまとめてEU加盟を認められ、戦後欧州の東西分断を最終的に克服して25カ国の大所帯に膨らみ、その後2カ国が加盟して27カ国になり、更に数カ国が加盟希望を表明している。

ただ、思うに、2000年台前半の欧州統合推進ユーフォリズムは2005年の欧州憲法条約の否決により、萎んだということではなかったのかという点である。フランス及びオランダでの国民投票により憲法条約が葬られた背景には種々の要因があったが、根本的には両国を含む欧州各国の国民の意識が、統合を進めてきた欧州各国の統合推進派政治家やブリュッセルの共同体官僚達の思うようには付いてこなかったとみるべきではなかろうか。

確かに、憲法条約の主要な部分は、2007年改正条約という形で引き継がれ、2009年にはリスボン条約として発効して現在に至っている。その条約の成立に指導力を発揮したのは、フランスのサルコジ大統領の賛同を得た、ほかでもないドイツのメルケル首相であった。しかし、同首相としては、条約によって欧州統合を更に進めようとしたわけではなく、従前のニース条約(2003年発効)では15カ国から一挙に25カ国に膨れあがったEUを円滑に運営するには困難があるし、何よりもドイツが1990年の再統一によってEU最大の人口を有する加盟国になったにも拘らずEU理事会の持票増加がフランス等の反対によって認められなかったものが改正条約により実現できるようになった点に最大の理由があったのではなかろうか。

そうだとすれば、現在の欧州ユーロ/債務危機において、メルケル政権が一貫して更なる欧州統合の推進を意味する「ユーロ共同債」構想に反対し続けてきた(何とか現状程度の欧州統合の枠内で問題を短期的ではなく中長期的に解決しようと考えた)のも頷けよう。ただし今回の首脳会議において、統合進展の一歩になりうるESMによる各国銀行への直接支援に条件付きとはいえ同意したことをどう解釈すべきか。メルケル政権の重鎮、ショイブレ蔵相は172人の経済専門家に対し、ドイツは決してユーロ圏の債務を共同で担う方向に転換した訳でないと反論した由であるが(7月6日付FAZ紙)、さしものメルケル首相もやはり緊縮重視の対応策では危機の克服が実現し難いと最終的に悟り、ついに方針転換に踏切ったのかどうか。

いずれにせよ、欧州統合の現段階はこのようなものであり、EUは引続き27の主権国家が運営する一種の機構ないし統合体であって、当たり前のことであるがEUという一つの連邦国家になっているわけではなく、従って、「EU大統領」などというものも存在しない。にも拘らずヴァン・ロンプイ「欧州理事会常任議長」のことを本邦の日経ほか各紙、NHKほか全テレビ局が(我が外務省や駐日欧州連合代表部はもちろんのこと、欧米各紙も正確に表記しているにも拘らず)「EU大統領」とあたかもEUが「大統領」を有するひとつの連邦国家であるかのごとく報じているのは、一般の読者に誤解を与えかねず困ったものである。
(2012年7月13日寄稿)