OECDに試されるGlobal Relevance

OECDシャトー.jpgOECDシャトー

           上武大学ビジネス情報学部講師
           前OECD日本政府代表部専門調査員

                 藤 田  輔 

私は、本年4月より、秩父山地や赤城山に囲まれた埼玉・群馬県境にある大学で教鞭を執っており次世代を担う若き学生相手に、世界経済やアジア経済の理論や現状について講義を行っているが、講義やゼミの中で「OECD」という言葉をしばしば発したり、それはともかく、不覚にも、研究室のすぐ近くを流れる利根川をセーヌ川に、さらに近くにある森をブーローニュの森に準えたりしてしまっている自分に気付く。

そう、私は、ついこの3月まで、パリにある経済協力開発機構(OECD)日本政府代表部(以下、OECD代表部)、要はOECDに対する日本の大使館で約3年半勤務していたのだ。私は、従来,開発経済学・国際経済学を勉強してきた研究者の端くれに過ぎず,外交官でもなければ国家公務員でもなかったが、幸いにも,民間・学術界からの出身者が在外公館で勤務できるという専門調査員制度にて、経済学を研究する者なら誰でも知っているOECDを相手に仕事をさせてもらうことができた。

政府系のシンクタンクでリサーチ・アシスタントをやった経験はあるが、それは所詮調査・研究に過ぎず、在外公館で国際経済政策の「国益」まで担うという仕事は初めてということもあり、赴任当初は戸惑いもあった。 しかし、3年半もの間、国際投資・多国籍企業に関するルール構築や新興国との関係強化など、時代に合ったトピックに携わることができ、自分自身の研究活動にもプラスになったのに加えて、日本の経済・社会政策の最前線に立つ各省アタッシェの方々や、OECD事務局で勤務する優秀なエコノミストとの間で、貴重な人脈を築くことができた。そして、何よりも、グルメ、ワイン、娯楽に恵まれたパリで生活することができ、アルコール&コルステロールの大量摂取という代償はあったが、総じて満足な任務であったと振り返る。また、2008年夏の赴任直後にリーマン・ショックが起こり、その後も、世界的金融危機、欧州債務危機,新興国の台頭とG20の発足、アラブの春、福島原発事故など、国際政治経済を揺るがすショックが私の在任中に次々と発生し、そのたびにOECDが果たすべき役割について考えさせられたりもした。

連々と前置きを長くしてしまったが、3年半に渡るOECD代表部勤務に対する思い出は数数えきれないぐらいある中、紙面と時間の都合上、私が特に印象に残ったトピックとして、OECDが取り組んでいる新興国との関係強化について、気ままに思いを述べるだけに留めることをご容赦願いたい。

 OECDは、①より高い経済成長を続けること、②開発途上国の経済発展に寄与すること、③自由かつ多角的な貿易の拡大を実現すること、の3つを目的としつつ、先進諸国を中心とする、さまざまな経済・社会分野における協力のための、いわば「シンクタンク」的な国際機関である。第2次世界大戦で疲弊した欧州経済の再建を目的としたマーシャル・プランに則り、1948年に欧州経済協力機構(OEEC)が発足し、欧州経済の復興・発展に貢献し、その後、61年に世界的視野に立った国際経済機構として、OECDへ発展的改組を遂げ、その後,米国やカナダも正式に加盟し、日本も64年に加盟するに至った。

この経緯からも分かるとおり、OECDは欧州諸国の色彩がとても強い国際機関であり、2012年6月現在、加盟国は34か国であるが、そのうち、実に23か国が欧州である。経済に関係する国際機関といえば、おおよそ国際通貨基金(IMF)や世界銀行が思い浮かべられるが、その加盟国は,先進国から途上国まで幅広く、150~200か国加盟しているため,これだけ見ても、OECDは、かなり特殊な国際機関だと思われる。

1990年代初頭の東西冷戦崩壊により、世界経済の市場化が進み、いわゆる「西側諸国」のみの組織だったOECDがよりグローバルに拡大することが期待されたが、結局は、チェコ、ポーランド、ハンガリー等の旧東欧諸国の加盟が優先された。

余談だが、私は、上司とともに、「JAPON」(仏語で日本という意味)と書かれたフラッグのあるテーブル付近に座って、国際投資や多国籍企業のトピックを扱う投資委員会や、非加盟国関連のプロジェクトや新興国との関係強化について議論する対外関係委員会に関わるOECD会合に参加していたが、いつも感じるのは、OECD加盟国の中で、東アジア地域であるのは日本と韓国だけであり、そのほかはみな、欧米諸国ばかりで、アジア系の我々からすると、「アウェーな感じ」は拭えなかった。

OECD会合.jpgOECD会合(左から2番目が筆者)

 話を戻そう。ここでは,このようなごく限られた加盟国のOECDが世界に対して持つ意義を考えたい。ご存じのとおり、世界経済の構図は大きく変わりつつあり、今日では、2008年の世界的金融危機により、先進国経済が低迷する一方で、中国、インド、ブラジル等の新興国のプレゼンスが一段と大きくなっている。また、これら新興国の参加なくして、もはや世界経済を議論できないということから、G20サミット(金融・世界経済に関する20か国首脳会合)が「国際経済問題の第一の協議体」として発足し、重要な役割を果たしつつあり、先進諸国のみしか加盟国としていないOECDの意義が問われるようになった。

このような状況を受け、OECDは、2007年以降、ブラジル、中国、インド、インドネシア、南アフリカの5か国を関与強化国(Enhanced Engagement Countries)、東南アジアを戦略的地域と位置付け、これらの国々との関係強化にようやく取り組むことになった。私が担当したOECD対外関係委員会でも、例えば、投資、贈賄防止、環境、租税、コーポレート・ガバナンス、開発援助等の分野で、OECDはハイレベルな基準、知見、ガイドラインを多く有しているので、主要なOECD非加盟国にもこれらに参加させ、責任を持ってグローバルな経済・社会問題に取り組んでもらい、そして,自国の経済・社会政策の改善に役立ててもらうように、各国との関係強化に向けて、年を経るにつれて、より詳細な戦略について議論するようになってきた。

 OECDが真の意味で世界経済に対し「Global Relevance」を持ち,OECDのモットーでもある「Better Policies for Better Lives」を実現するためには、欧州諸国に偏重した体制から脱却しつつ、このような新興国との関係を強化することが急務であると思われる。例えば、投資の分野であれば、内国民待遇や企業の社会的責任(CSR)等を遵守するための「OECD国際投資・多国籍企業宣言」というインストルメントがあり、この宣言(注)にアジアを中心とした新興国により多く参加させることにより、企業が一層円滑にそのような国々に進出を図り、健全に企業活動を行えるような環境が構築されることが期待される。当然、日本としても、このことは国益上きわめて重要である。

一方、新興国側の対応はと言うと、私の経験に鑑みれば、例えば、ブラジル、インドネシア、南アフリカは、相応にOECDに対し理解を示し、部分的に委員会・作業部会にオブザーバー参加したり、OECDのインストルメントへ関心を持ったりするなど,協力的な姿勢が窺えるが、OECDに好意を持っているかと言えば、それは不明だ。中国やインドについては、OECDに対する固定観念や先入観を持ちつつ、「金持ちクラブ(rich men’s club)」もしくは「政策提言を強制してくる機関」として批判し、その影響力を排除しようとするスタンスを持っていると思われるため、アプローチが難しい。

こういう状況なので、OECDとしては、気長にこれらの国々と付き合っていく必要があるが、ここで、私は、OECDが国際金融機関でも国連関連機関でもないということを逆手に取り、OECDなりの良さをアピールしていくべきではないかと考える。そんな中、昨年冬、他用にてOECD事務局環境局を往訪した際、そのスタッフが次のような面白いことを言っていたのを思い出す。

「国際金融機関である世界銀行の場合は、開発途上国のインフラ案件に対する融資を供与するのが基本で、それ故、政策上のアドバイスがその融資実行に見合うことが条件とされることがあり、時として、それがその国の実情に合わない恐れもある。一方、OECDは国際金融機関ではないため、そのようなアドバイスが中立的であると、OECD非加盟国から評価される場合が多く、これはOECDの強みなのではないかと思う。」

これはかなり要領を得ている。OECDは、いわば「上から目線で」カネを貸し付ける機関では決してなく、対等な立場でベスト・プラクティスを追求しつつ、各国間でピア・レビューを行い、「Better Policies for Better Lives」を目指すという独特な手法を用いる「Knowledge Bank」である。したがって、「knowledge」自体も中立的にならざるを得ない。これこそ、OECDが世界経済に対して持ちうる有意義な「Global Relevance」であり、OECDに加盟していない新興国にぜひアピールしてきるべきではないか。そして、その「knowledge」をフルに活用しつつ、新興各国がオーナーシップを持って、主体的に自国の経済・社会改革を実現していくことこそ、OECDの付加価値ではないだろうか。

まだ、それほど事例が多いわけではないが、例えば、昨年、OECD対外関係委員会に出席した際、OECD事務局より、OECDはベトナムに対する行政簡素化レビューを2010年に実施したが、このレビューの中の勧告が自国の法制度構築に直接的に役立ったとの発言が、同国首相より得られたと聞いたことがある。このように、OECDが非加盟国のお役に立てている事例がないことはないのだ。こういう積重ねをぜひ大事にしてほしいと思う。

OECDが欧州中心の「金持ちクラブ」のままなのか、それとも、「Global Relevance」を持ちながら,世界中の国々の経済・社会政策に有益たりうる「Knowledge Bank」に変貌するのか、今、OECDの真価が問われる時期に来ている。

(注)同宣言は、OECD加盟国はもちろん、非加盟国の参加も容認されている。2012年6月現在,エジプト、ラトヴィア、リトアニア、ルーマニア、アルゼンチン、ブラジル、ペルー、モロッコ、コロンビア、ブラジル、アルゼンチン、チュニジアの11の非加盟国が参加している。
(2012年6月26日寄稿)