プーチン新政権の行方

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元在ロシア大使館公使 河東哲夫

プーチン「新」大統領は5月7日、不測の事態を恐れて人払いされ、無人になったモスクワの通りを車列で突っ切ると、中世さながらクレムリンの鐘が鳴り響く中、金で輝くゲオルギー大広間で就任式を行った。そして直ちにメドベジェフ前大統領を首相に指名したのはいいのだが、それから約2週間、鳴かず飛ばずとなってしまった。石油依存のロシア経済を改革し、12月の反政府集会で示された市民の閉塞感を吹っ切るためには、就任早々、政権の新陣容を示し、仕事にとりかからなくてはならなかったのだが。

舞台回しのいない新政権

 20日、やっとのことで明らかにされた内閣の顔ぶれを見ると、約75%は「新顔」である。だが、多くの者は同じ省で次官から繰り上がったか、大統領府から内閣への横滑りであり、まったくの新顔は僅か3名である。21日明らかになった大統領府人事も似たりよったりで、閣僚が横滑りした例が多い。何と言ってもプーチン・メドベジェフ二人三脚政権が続いているのだから、顔ぶれに変化がないのも仕方ないが、問題はキリエンコ原子力公社総裁(元首相で改革派)、大実業家のプロホロフ(3月4日大統領選では3位)を入閣させて新風を演出しようとしたのが、両名に断られ、それが組閣難航の原因になったという報道があることだ。

 これだけではまだ十分の判断材料ではないが、東京から見ていると、KGB出身者が要所を固めて舞台回しを務めたプーチン大統領第1期、第2期と比べて、今回はその舞台回しの役割を担う者がまだ固まっていないのではないかと感じられる。本来ならば、イヴァノフ大統領府長官、ヴォロージン大統領府第一副長官が国内の舞台回しをするところなのだが。そして経済政策においても、強力な核が見当たらない。このままでは、内部の調整者不在のままに、プーチン大統領やメドベジェフ首相が前面に出過ぎ、その一言一句に下僚やマスコミが振り回されることになりかねない。

大統領は裸だ

 モスクワでは、反プーチンの集会(と言っても、正式の集会ではなく、ピクニックを装ったテント村など。そして改革派だけではなく、右翼青年や共産党員まで種々の勢力が参加している)が続いており、警官隊も手を下すでもなく見守っているだけだ。そして問題は、プーチンのカリスマがこの「ピクニック」参加者の間だけではなく、社会全体で次第に剥げ落ちてきたと見られることだろう。中立系世論調査機関レヴァダの調査によると、プーチンに個人的魅力を感ずる者は7%、知的・教育水準が高いと思う者は18%、強くて勇気があると思う者は18%、彼が職権乱用で私腹を肥やしていないと思う者は11%に「上っている」。プーチン大統領はこれまで、筋骨隆々の上半身をテレビ・カメラにさらすことで、女性票を取ろうとしてきたが、今回は多くの者が「大統領は裸だ」ということに気が付き始めたのかもしれない。

 プーチン大統領第2期(2004~08年)の経済急成長を支えた原油価格の高騰も、EU、中国の経済下降、シェール・オイルの急増等で曲がり角を迎えている。原油価格は5月初めからだけでも7%強下がったが、こうした状況が続くとプーチンは、「軍人の給料を2倍にする」等の公約を守れない羽目に陥るだろう。


当面、「ユーラシア」重視の外交路線

 就任早々のプーチン大統領が、組閣での多忙を理由にG8首脳会議への出席をボイコットしたことは、彼の当面の外交路線を示す。大統領選挙運動中の発言からもうかがえるように、彼は別に反米ではない。経済近代化のためには米国の支援も必要とする。アフガニスタンの安定はロシアの南翼の安定にとっても重要なので、レーニンの故地、ヴォルガ川のほとりのウリヤノフスク空港を空輸のためのハブとして提供してでも、米軍、NATO軍のアフガン作戦・撤退作戦を助けようともしている。だがプーチンは、米国がロシアの内政に干渉したり、ロシアを侮ったりすることには断固として抵抗するのだ。それに、11月の大統領選挙までは、米国との関係は進めにくいだろう。そしてユーロ危機の欧州も、当面対ロ外交どころではない。

 こうして欧米方面は当面手詰まりなのだが、さりとて華やかな外交舞台も他に見つかりはしない、というのが今のロシアの状況だろう。今年1月にはロシア・ベラルーシ・カザフスタン三国が、関税同盟を人・資金の移動にも広げた「単一経済空間」を発足させたが、プーチン新大統領はそのベラルーシを最初の外遊先に選んだ。これからウクライナをもこれに加えて、2015年までには「ユーラシア連合」を作り上げたい、エリツィンが葬ったソ連を経済面だけでも復活させたい――これがプーチン新政権の外交重点事項だ。

世界の中で最も経験と能力のある大統領になれるはずだったプーチンは、こうして当面は乱気流の中を飛ぶことになるだろう。失速する恐れもないわけではない。難しい立場にあるし、9月初旬のAPEC首脳会議(ウラジオストックで開催)は成功させたいので(オバマ大統領は大統領選に忙しいので来られない)、日本にも微笑を見せるだろうが、北方領土問題解決を真剣に進めるどころではあるまい。そんなことをすれば、反対勢力から足をすくわれてしまう。 (2012年5月28日寄稿)