沸騰都市シンガポールの悩み

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駐シンガポール大使  鈴木 庸一

つい最近まで、沸騰するアジアの象徴のような存在に今、変化が起きようとしている。開放と成長の路線をひたすら突き進んできたシンガポールが悩んでいる。しかし、シンガポールらしいのは、その悩みにすぐ答えを出そうと動き始めているところだろうか。

第一の変化は成長から分配への変化である。
経済成長率は2010年14.8%、2011年4.9%。急減速をしている。
これまでなら、政府が何とかして、成長目標に掲げている5%を維持しようとした。ところが、今年は政府は成長見通しを1~3%に設定し、目立った景気浮揚策を取らないといっている。

経済界には不満が見られるが、政府は成長より分配を重視するので、低い成長率を受け入れるよう、国民を説得している。代わって、今年度の予算の特徴は、低所得者対策、高齢者対策といった分配である。

もうひとつの変化は外国人労働力の流入規制である。
興味深いのは、失業者が増えて、外国人に職を奪われているというのではないことである。失業率は2%であり、完全雇用状態で、求人をしても労働力を確保できない状態にありながら、外国人労働者の流入を規制する措置を去年の秋から段階的に導入していることである。結果として、労働コストが上がり、生産レベルも押えられるため、成長率はこの面でも低下している。また進出している日系企業も影響を受け始めている。

理由は昨年5月の総選挙の結果にある。与党人民行動党は87議席のうち、81議席を確保したのであるから、圧勝と普通は受け止められる結果であるが、実は建国以来の後退である。しかも外務大臣をはじめ、現職の閣僚が二名落選するなど、厳しい結果であった。

政府は、この原因を、一つには、中低所得者がシンガポールの経済発展から取り残され、社会的格差が拡大したことに対する不満、もうひとつが外国人労働者の急速な流入で社会に一体感がなくなったことと、賃金が低めに押えられ、シンガポールのかなりの人たちが豊かさを実感できなかったことに対する不満の表明であると分析をした。その分析に従って、さっそく政策を転換してきた。

経済効率優先、高度成長、能力主義から、生活の質重視、一体性を強化する包含的社会の実現、量ではなく一人ひとりの生産性をあげて外国人労働者に過度に依存せずシンガポール人の能力で成長を維持する経済運営に転換し、来るべく少子高齢化に備える、シンガポールは昨年の総選挙を受けて、方向転換への社会的実験に着手した。(寄稿2012年4月19日)

※本寄稿は著者の個人的見解を表明したものです。