伸び盛りの国カタールと日本

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駐カタール大使 門司 健次郎

 日本では、「ドーハの悲劇」や「アルジャジーラ」は知られていても,それがカタールと結び付けられることは滅多にありません。2022年ワールドカップの開催決定と昨年のサッカーアジア杯での日本の優勝により、ドーハがカタールの首都であることを初めて知った方も多かったのではないでしょうか。カタールは日本の主要なエネルギー供給国で、LNG(液化天然ガス)、原油とも日本の輸入の12%を占めています。また、日本はカタールの最大の貿易相手国です。両国のこの密接な関係も日本では余り知られていません。
ところが、カタールには、現在、世界中から熱い視線が注がれているのです。世界で最も輝いている国の一つと言っても過言ではありません。そのようなカタールについてご紹介するとともに、日本との特別の関係についても触れたいと思います。

1 伸び盛りの国
 カタールは、アラビア半島からペルシャ湾に突き出した小さな半島の国です。秋田県ほどの広さに170万人が住んでいますが、カタール人は25万人から30万人程度。埋蔵量世界3位の天然ガス田を有し、LNGの生産、輸出とも世界一。そのおかげで、驚異的な経済成長を続けています。ドーハを訪れた方は,湾沿いに奇抜なデザインの高層ビルが林立する未来都市のような姿に驚かれることでしょう。私が最初にドーハを訪ねた2004年秋にはビルは本当に疎らでした。2010年の1人当たりGDPは世界一で,何と日本の2倍半の9万ドル弱。しかも、これは出稼ぎ労働者を含む全人口についての数字なのです。
 また、カタールは、2022年のワールドカップに向けて、今後10年間で1400億ドルを各種大型インフラ整備に投入する予定です。更に、豊富な資金を国内の開発に充てるだけでなく、海外での事業や外国企業の株式取得(ポルシェの17%、ロンドンのハロッズ他)等にも投資しています。昨年からバルサのユニフォームの胸にはスポンサーの「カタール財団」の名前が記されています。

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2004年10月撮影のドーハ

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2010年12月撮影のドーハ

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高層ビルのハウジングセンター (2010年10月)


世界が注目しているのは,カタールの経済力だけではありません。小国ながら積極的な外交を展開しているのです。海外でも最大級の米軍のプレゼンスを維持しながら、ガス田を共有するイランとも良好な関係を築いています。中東和平、レバノン、イエメン、ジブチ・エリトリア関係、ダルフール(スーダン)等の紛争解決に力を入れ、豊かな資金も用いて一定の成果を挙げてきました。昨年の所謂「アラブの春」の後,カタールは、これまでの中立を維持する方針から一歩踏み出し、自らの立場を明確に示し始めました。リビアについては、アラブ諸国として初めて軍隊を派遣し、あらゆる手段で反体制派を支援しました。また、シリアについても、アラブ内部で解決すべく確固たる対応を取るようアラブ連盟議長国として議論をリードしてきています。大型国際会議も多く主催しており,本年には国連貿易開発会議総会、万国郵便連合大会議、気候変動に関するCOP18と190カ国以上の参加する会議が3件も開催されます。いずれも会場は,磯崎新氏が建物正面を設計した国際コンベンションセンターです。
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ドーハ国際コンベンションセンター (2011年11月)   
(砂漠の木シドラが全体を支えている建物正面の設計は磯崎新氏によるもの)
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正面ロビーにはルイーズ・ブルジョワ作の蜘蛛が。(2011年11月)


経済、外交で目立つカタールには、先進国,開発途上国,地域を問わず、多くの国から首脳・閣僚レベルの訪問が相次ぎ、まさに「カタール詣で」の様相を呈しています。

 しかし,私が着任後に最も印象付けられたのは,カタールが教育、文化,スポーツ、科学技術等に極めて高い優先度を付していることでした。「天然資源はいずれ枯渇するが人材は残る」との考えに立つものです。目黒区ほどの広さの「教育都市」に、ジョージタウン、コーネル、ユニヴァーシティ・カレッジ・オブ・ロンドンといった欧米の錚々たる大学を数多く誘致しています。男女共学で、半分がカタール人、半分が約90か国からの外国人学生です。また、ブルッキングス、ランド等の欧米の主要シンクタンクもオフィスを構え、活発な活動を行っています。

 文化面では、イスラム芸術美術館(2008年)、アラブ現代美術館(2010年)始め13の美術館・博物館を新築・改修する予定です。2月には、過去最大規模、かつ、中東初の村上隆EGO展が開幕しました。村上氏に候補の展示場を見せたら狭すぎる,次に広大な国際展示場を示したら広すぎるとのコメントがあり、それでは新たに建てようということで今の展示館が出来たとの噂が広まっています。恐らく事実なのでしょう。何しろ、全長100mもの五百羅漢図を展示するスペースがあるのですから。6月24日まで開催のこの展覧会のためだけにでもドーハ訪問の価値があるでしょう。
また、東京ドーム28個分の広さの文化芸術コンプレックス「KATARA」(2011年)では、世界中から芸術家を招いてコンサート、展覧会、講演会、祭り等が頻繁に行われています。

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村上隆展EGOの会場 (2012年2月)
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正面の巨大な村上隆像 (2月)
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クワーリ文化相、村上隆氏、マイヤーサ美術館庁総裁と (2月)
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展示場内部 (2月)


スポーツ面も驚異的です。2006年にアジア大会を主催し、一昨年末には2022年ワールドカップ招致を勝ち取りました。また、2020年五輪にも立候補しています。あらゆる種類のスポーツの国際大会が数多く行われており、世界のトップレベルの選手の参加も目立ちます。日本選手の出場したフェンシング、フットサル、射撃、ビリヤード、ハンドボールの試合やオートバイ耐久レースを初めて観戦しました。卓球では日本チャンピオンの愛ちゃんや石川選手、水谷選手、岸川選手も常連です。

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ハンドボール日本代表(1月)
(カタールとの親善試合に勝ちました。)
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卓球日本選手団を招いての意見交換会レセプション(2月)


メディア面では、1996年開設のアルジャジーラ衛星放送が,アラビア語放送と英語放送の他、ライブ、子ども,ドキュメンタリー、スポーツ等25チャンネルで発信しており、アラビア語圏のみならず世界中で視聴されています。その他、世界の一流企業の進出する科学技術パーク等、カタールの発展を示す話は枚挙に暇がありません。

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震災後アルジャジーラ英語放のニュースに出演(2011年3月)


何がカタールをここまで駆り立てるのでしょうか。これらの活動は、ハマド首長、モーザ首長妃、ハマド・ビン・ジャーシム首相兼外相ら,開明的なリーダーの指導力によるものです。世界におけるカタールの存在を高めたいとの思いが感じられます。この国は明確なビジョンとそれを実現するだけの資源を有しています。どちらか一方しか持っていない国又は両方とも持たない国が圧倒的に多い中で、群を抜いて光り輝いています。
 私は、カタールの国のあり方を見て、日本国憲法前文の「われらは…国際社会において名誉ある地位を占めたいと思う。」という文言を思い起こします。  2. 日カタール関係へ