石油大国アンゴラ

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 駐アンゴラ大使 名井 良三

かつてブラック・アフリカと呼ばれたサブサハラは豊富な資源に恵まれた地域です。近年、リーマン・ショックにより一時苦境に見まわれたものの、地域経済は5%前後という堅実な成長を続けています。
アンゴラはそのサブサハラに位置し、資源大国として海外からの関心が高まっている国です。しかし、日本ではまだまだ知名度は低い国です。日本の人から「アンゴラはウサギが有名ですね。」と言われたことがあります。セーター等に利用される良質の毛を持つアンゴラ・ウサギ(Angora rabbit)は有名ですが、アンゴラ国(Angola)との関係はないのです。

アンゴラのことを少し紹介すれば、先ず、新大陸に多数の奴隷が送り出された国です。そして、近年まで内戦を続けていた国でもあります。更に、OPECにも加盟する石油大国でもあります。
アンゴラは大西洋を挟んだブラジルの隣国です。大航海時代のあとポルトガルの植民地となり、新大陸への奴隷の主要供給源となるという不幸な歴史をもつ国です。アンゴラの奴隷博物館には、奴隷の数、約300万と記されています。音楽「サンバ」は有名ですが、その発祥地はアンゴラで、奴隷となったアンゴラ人が伝統音楽「センバ」をブラジルに根付かせたものです。

アンゴラは長年の内戦により国民同士が戦い合うという悲惨な経験をしました。東西冷戦の中で、旧ソ連、キューバ、米国、南アフリカ等が関わった内戦で、海外からの武器が多数使われ、地雷も国内各地に埋設されるという状況でした。内戦終了から10年経つ今日でも大きな問題として残存するのが地雷です。千万個と言われる数の地雷が埋設され、アフリカ最大の地雷埋設国となってしまい、国内各地に残存する地雷は内戦後の経済発展を妨げる大きな要素となっています。

日本のNGO「JMAS」はその地雷除去に尽力しています。日本政府からの資金提供を受け、アンゴラ政府機関と一体となった活動を行っています。更に、住商、トヨタ、コマツといった日本企業も支援する官民一体の事業であり、単に地雷除去活動に留まらず地域振興にも尽力する活動はアンゴラ社会から高い評価を得るものになっています。

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写真:JMAS


経済面に目を移せば、アンゴラは有力な原油生産国です。リーマン・ショックの時期にはOPEC議長国として采配をふるいました。ナイジェリアと並ぶアフリカの2大産油国であり、大量の原油生産とその価格上昇によりアフリカの新興国として飛躍的な発展を遂げつつあります。

2002年、私は初めてアンゴラを訪れました。当時は、約30年にわたる内戦が終了したばかりであり、訪問したウアンボ市では銃弾の痕が至る所に残っていました。それから10年、現在のアンゴラはその姿を変えています。首都は建設ラッシュでビルが立ち並び、道路は自動車であふれています。物価高も際立っています。単に物価が高いという程度ではありません。世界一なのです。国際調査会社ECAインターナショナルは、2007年及び2008年の世界生計費調査においてアンゴラの首都ルアンダを世界で最も物価の高い都市とのランク付けを行いました。

ビジネスマンが頻繁に往訪する欧州直行便は常に満員の状況で、彼らが利用するホテルは300~400ドルが普通であり、長期滞在する場合には月額1万ドルというアパート家賃を払うことも稀ではありません。建設資材は高騰し、生活物資や食料も他の国に例をみない価格です。高物価国としての地位は経済発展ととともにこの先も当分続いていくことになるでしょう。

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写真:ルアンダ市の様相


目覚ましい経済発展がある中で我が国の進出はまだまだです。在留邦人は僅か50人程度です。中国、インド、ベトナム、韓国というアジア諸国と比べても桁が違うくらい少ない数です。しかし、日本との関係は高っており大きなプロジェクトも始まっています。本年2月には丸紅のプロジェクトの署名式に立ち合いました。総額650万ドルの砂糖きび・エタノール・プロジェクトです。原油依存からの脱却を試みるアンゴラの意向にも合致するものです。その他にも、日本企業による大きなプロジェクトが進められつつあります。双日・住友商事等による肥料工場や丸紅の繊維工場は、上記エタノール・プロジェクトを大きく上回る規模のものになっています。

最後に、アンゴラのコーヒーのことを紹介します。アンゴラは、以前、コーヒー大国だったのです。赴任する前に在京アンゴラ大使館を訪問しましたが、そこで「ジンガ」という名のコーヒーを飲みました。まろやかで飲みやすいコーヒーでした。アンゴラがポルトガルの植民地だった1960年頃には、コーヒー生産は世界第3位を記録する一大産業でした。ポルトガルからの独立、そして内戦を経て国内経済は疲弊し、コーヒー生産も激減することになってしまいました。国内のスーパーに行けば、大量のネスカフェに混じって細々ながら「ジンガ」も売られています。原油依存の経済から脱却を試みるアンゴラにおいて、いずれ有力な産品としてコーヒーが再登場することを期待したいものです。(寄稿21012年4月12日)


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写真:「ジンガ」コーヒー


※本文に記載している内容は個人的見解に基づくものです。

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