中国動漫新人類」を読んで

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元駐中国大使 国広 道彦

政大学の王敏先生が「ほんとうは日本に憧れる中国人」という本を出版したとき
(2005年1月PHP新書)、私は彼女に「そのように『日本に憧れる』中国の若者達も心の奥のどこかに反日のマグマが潜んでいて、何かのときにそれが表に噴出してくるのですよね」と話したことがある。その年の春、いわゆる反日暴動が起きて、「やはりマグマ」がと思った。

 遠藤誉先生が最近出版した「中国動漫新人類」(日経BHP出版)を読んで、「日本のアニメ(動漫)大好き!」と言う中国の若者に「日本許すまじ!」と言う感情が同居していることを再び確認した。中国で生まれ、国共内戦の中を生死をくぐって帰国し、その後40年近く日中の留学生の世話をして中国と関係してきた彼女がそういうのだから我々はその現実に立って考えるしかない。

 その現実を彼女はこの本で実に詳しく検証している。
中国では1980年以降に生まれた若者を「八十后」と呼ぶ。「鉄腕アトム」が中国で放映され始めたのが1981年で、彼らは生まれ落ちたときから日本動漫を見ながら育った世代である。彼らは動漫の美しさと自由な発想と行動にひきつけられ、自分もその人物になりきって楽しむ。そして、考え方も変わってしまっている。(著者は彼らを「中国動漫新人類」と定義する。)

 日本の動漫が中国に急激に広まったのは海賊版のおかげである。正規の価格で輸出したらこれほど簡単に広まらなかったであろう。動漫は今やサブカルチャーとなっているが、それは上から下に向かう「主文化」と逆に下から上に向かう文化である。中国政府は天安門事件のとき、民主化を叫んだ若者達にアメリカ文化の影響を察知して取締りを強化したが、動漫には政治的警戒心を抱かなかった。しかし、「気がつけば若者達はみな、画一的なベクトルで選択させられていた『国家的道徳規範と価値観』から解き放たれて、『自己の道徳規範と自己の価値観』に基づいて行動する観念を持つに至っていた」。「日本動漫は中国の若者たちの『民主化志向』を醸成したことになる。声もない、デモもない、旗もない、流血もない民主化。静かなる精神文化の 『革命』だと著者は言う。

しかし、最近になって動漫か中国の若者に与えている精神的影響に気がついて、国産動漫の振興策をとるとともに、午後5時から8時までのテレビのプライムタイムに外国の動漫を放映することを禁止した。また、WTO加入に伴って海賊版の取り締まり強化もしている。(しかし、DVDにコピーしたりして日本の動漫の人気は一向に衰えていない。)

 他方その上うな若者の心に長年刷り込まれてきた反日感情が同居していて、靖国神社問題などを聞くとスイッチが切り替わる。05年の反日暴動も政府がウラで動かしたものではない。その最初のきっかけをつくったのはサンフランシスコの「世界抗日戦争史実維持連合会」という台湾系の組織であった。著者はその副会長丁元に直接会っていきさつを聴取している(因みに彼は慰安婦問題で米下院の非難決議を通させた影の実力者。)要するに彼らはアナン国連事務総長が日本の安保理常任理事国入りに同情的な発言をしたのに反対するインターネットによる署名運動を起こしたのに、中国の若者がネット上の自由を街頭でも示すに至ったのだと言う。

 ここで著者は「大地のトローマ」という著者自身が体験した中華人民共和国に特有の心理現象を説明する。「政府から要求される思想統一的主文化の方向に沿った行動(愛国、反日など)で誰かが動き出すと自分も動かないとまずいと言う心理が働く。しかもより激しく行動したほうが、より安全だと言う保身で動くものも出てくる」と言う。だから平素日本動漫大好きでも、誰かが反日に動き出すと「大地のトローマ」が生じると言う。

 最後に著者が動漫の将来について語っているところも興味深い。中華民族はもともと芝居が特技で、非言語的コンテンツを作る才能を持っている。それが表われ始めたのが携帯電話の動漫「手机動漫」である。中国の携帯電話契約者数は5億人に達しており、携帯動漫に有利な3G携帯もその25%に達しようとしているから巨大なマーケットだ。政府も 「オリジナル携帯動漫コンテスト大会」を開催して賞金を出しているし、携帯動漫養成塾が聞かれてもいる。

 著者は長年留学生の世話をしていて、日本に留学した若者は大抵「大地のトローマ」から解放されることを指摘し、多くの留学生を受け入れるべきなのに、日本の人管は留学生受け入れに極めて消極的だと批判する。