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タイ大洪水後の日タイ関係 ―共に目指す自然災害に強い国造り

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駐タイ大使 小島 誠二

南下する巨大な水の塊との戦い

今年、タイ中部を襲った洪水は、約680人の死者と440万人の被災者をもたらし、世銀、国連、JICA等の合同調査によれば、被害はタイ中部を中心に26都県(タイ全土77都県)に及び、被害額と損失額をあわせると1兆4300億バーツ(タイのGDPの約14%に相当)に上る。

タイは、これまでたびたび洪水に見舞われてきた。昨年も南部では洪水が発生している。バンコクに被害をもたらした洪水は、1942年のものがよく知られているが、近年では1978年、1983年及び1995年にも洪水がバンコクを襲っている。

内陸部の奥深くまでほとんど勾配がない平坦な大地が広がるタイの洪水は、よく盆の上の水にたとえられる。今回も、水の進行は、1日数キロ、最終段階では1日、1キロにさえ達しない程度であった。また、一旦水が浸入するとなかなか引かず、被害を大きくする傾向もある。政府の対策は、このようにゆっくりと進行する水の塊を運河、水路、河川等を使って海に流すことであった。特に、今回バンコク都近隣県が浸水した後、洪水との戦いは、さらに南下する水の塊を東西に振り分け、バンコク都に浸入させないことに移った。

今回の洪水がこれだけ規模が大きくなり、大きな被害をもたらした理由としては、今年は例年に比し1.4倍の雨量があったこと、上流ダムからの放水が遅れたこと、遊水地が減少したこと、運河、堤防、水門等の維持管理が不十分であったこと、都市化・工業化が進展したこと、森林被覆率が低下したこと、温暖化の進行により、局地的な豪雨がより頻繁に見られるようになったこと、洪水対策のための体制・調整が十分でなかったこと等が指摘されている。今後の検証が待たれる。

バンコク大学での炊き出し 
バンコク大学での炊き出し 


 ラカバンの洪水避難所訪問
ラカバンの洪水避難所訪問



ゆっくり進行する水は危険か?

今回の洪水がバンコク都及び近隣県を襲う可能性が高くなったことを受け、10月7日、大使館では緊急対策本部を立ち上げ、その後休日を含め、毎日、洪水の現状を分析し、今後の動きを予想し、在留邦人保護のあり方、日系企業支援の方策、さらにはタイのニーズに応じた援助内容を検討した。そのため、公開情報の分析及び洪水の専門家との意見交換に加え、大使館員が毎日バンコク都及び近隣の同一地点に赴き、溢水の有無・状況を確認することにした。結局、緊急対策本部は11月21日まで、38回の会合をもつことになった。

緊急対策本部での検討結果、バンコク都が発出する危険情報等をふまえ、メールによる大使館のお知らせの送付、スポット情報と渡航情報の発出、海外邦人安全対策連絡協議会の開催、邦人の状況確認、避難支援等を行った。また、今回は大使館ツイッターとウェブ・アルバム(地図上に洪水写真を表示)も活用した。

今回緊急対策本部を悩ませた最大の問題は、洪水の危険をどう評価するかであった。今回の洪水は、津波や鉄砲水と異なり、直ちに生命に危険を及ぼすものではなく、冠水した地域で普段とあまり変わらない生活を送っている方もおられる。他方、水道水の汚染、断水、停電、さらには感染症蔓延のおそれも排除できず、在留邦人にとっては、生活に困難を来すおそれがあった。結局、在留邦人の皆様には、バンコク中心部で溢水のおそれが高まった極めて短期間のみ(10月26日から11月16日まで)、国外を含め安全な場所の確保・移動の検討をお願いすることとなった。



タイ政府・国民も日系企業の被災に同情

今回の洪水に対して、日本で急速に関心が高まったのは、10月に入り、アユタヤ県及びパトゥムターニー県にある7か所の工業団地や個別の工場が次々と水没していったことによる。日系自動車メーカーの完成車が水の中に取り残された光景は、その後毎日のようにタイ及び日本の新聞の紙面に掲載されることになる。結局、7か所の工業団地では、約800社が被災し、そのうち450社が日系であった。

工業団地の被災に大きく焦点を当てる日本での報道のあり方に対して、特に日本の報道関係者の中からタイの被災民にもっと目を向けるべきではないかという声が上がった。日本政府としても、迅速な復旧と被災者支援のため、後述の通り、様々な緊急援助を行ってきている。また、地方自治体、タイ在住邦人の間にも、支援の輪が広がっている。ただ、日系企業の被災に対しては、タイ国内に強い同情があり、また、日本企業はタイから投資を引き上げるのではないかという強い懸念が生じたのも事実である。私も、インラック首相や関係副首相等との意見交換を通じて、このことを強く感じている。

日本政府としては、工業団地の被害の最小限化、生産活動の早期再開に向けた支援、特に中小企業に対する救済措置、抜本的な洪水対策等を申し入れてきている。他方、浸水で操業できなくなっている日系企業のタイ人労働者を半年間日本に受け入れることにし、すでに約3000件の査証を発給している。



時間との戦い(救済から復興へ)

緊急援助では、日本の存在は圧倒的であり、タイ政府も受入れに前向きで、インラック首相及びヨンユット副首相兼内相を始め、閣僚の皆様に供与式典等に出席する労をとっていただいた。タイのマスコミも積極的にこれを報道してくれた。日本は、これまで、ポンプ、船外機、仮設トイレ等の緊急援助物資の供与、治水分野を始め各種インフラ分野、遺産修復分野等の専門家を含む様々な調査団の派遣、NGOを通じた緊急支援物資の提供、航空機搭載型レーダーを用いた観測データの提供といった幅広い支援を行ってきた。10億円を上限とする緊急無償資金協力も実施している。ユネスコと共同でアユタヤ遺跡保存のための協力も始める。

インラック首相によるバンケン浄水場視察 
インラック首相によるバンケン浄水場視察 


 国際緊急援助隊専門家チームの排水ポンプ車
国際緊急援助隊専門家チームの排水ポンプ車


特筆されるのは、初めて10台の排水ポンプ車と専門家とからなる国際緊急援助隊が派遣されたことである。11月下旬から約1ヶ月にわたり、工業団地、住宅地、アジア工科大学院(AIT)等で排水活動を行っており、その高い性能と機動性がタイ国民に強い印象を残している。

排水前のアジア工科大学院(AIT)
排水前のアジア工科大学院(AIT)


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タイ政府には、海外の投資家の信頼を取り戻すためにも、短期と長期の水管理計画を作成することが求められている。実際、タイ政府は、インラック首相を委員長とする水資源管理戦略委員会とウィーラポン元副首相を委員長とする洪水復興・未来建設戦略委員会を立ち上げて、早期に結論を得るべく努力している。次の雨期は、来年5月に迫っている。

JICAは1999年にチャオ・プラヤ川流域洪水対策マスタープランを作成しており、JICAに対するタイ政府の信頼は絶大であり、このマスタープランの見直しを含め、日本としては大きな貢献ができる。洪水対策へのJICAの関与は、タイで生産活動を続ける日系企業の信頼を得ることにも繋がる。さらに、長期計画の下、洪水に強いインフラの建設・改修が行われる際、円借款等の財政的な支援も検討できよう。このような支援を通じて、日本の高い防災技術を提供することができる。


共に目指す自然災害に強い国造り

今回の洪水は、日本とタイが投資・貿易を通じて、いかに緊密に結びついているかを改めて示すものであった。タイは、日本、さらには世界の製造業のサプライ・チェーンの中核に組み込まれているし、タイの製造業は日本の存在なしには、発展することができないと言っても過言ではない。

経済面のみならず、日タイ間の精神面の絆も極めて強い。東日本大震災後、当地日本人社会は、タイへの感謝を表し、力強い日本の復興を見てもらうため、「ありがとうタイ・がんばろう日本」キャンペーンを続けてきた。今回の洪水被害を受け、今後は「ありがとう、がんばろう。日本・タイ」キャンペーンとして、継続していくことにしている。

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日本とタイは、不幸なことに今年、歴史的にも例を見ない規模の自然災害に見舞われた。日タイは協力して、自然災害に強い国造りを進めていくことが期待される。そして、この協力の経験をASEAN関連会議、国連等の場で共有していくことができる。タイが洪水問題を克服できれば、国際社会、特にメコン流域諸国にとってモデルになるであろう。

本稿は筆者の個人的な見解です。 (2011年12月15日寄稿)