「アフリカの角」の大干ばつとケニアのソマリア進攻
駐ケニア大使 高田 稔久
去る10月16日、ケニアは、テロリスト勢力たるアル・シャバーブ(AS)により国の安全、経済が脅かされているため断固たる措置を取らざるを得ないとして、ソマリア領内に進攻した。戦闘のために国外に軍を派遣するのは、ケニアとして独立後初めてのことである。それから一ヶ月余りが経過し、戦況はやや膠着状態にあるが、ケニア政府としては、ASの拠点たるキスマヨ攻略を目的に、そこに至るASの支配地域を徐々に解放しようと作戦を継続している。(ケニアの作戦と直接の関連はないが、現在首都モガディシュは98%が暫定連邦政府(TFG)軍とアフリカ連合平和維持軍(AMISOMA)の支配下にあるとされている。)
今のところケニア国内では政府の行動を支持する声が大勢である。TFGを始め近隣諸国も、ケニアの懸命な外交努力もあり、支持を明確にしている。ソマリアの人々の支持も獲得しているようである。欧米諸国は、人道支援活動への悪影響、報復テロの可能性、出口戦略が明らかでなく泥沼化するのではないか等の懸念を持ちつつも、暗黙の支持が大勢のように思われる。
ケニアは何故この時点でソマリア進攻に踏み切ったのであろうか。相当長い期間の準備があったのか、それとも、最近数ヶ月の事件等に短気を起こして行動したのか、良くは分からないが、答えはやはり前者の方により多くの真実があると考える。
ソマリアが不安定であることによりケニアが受けている不利益、あるいは脅威を長期(20年)、中期(過去3年ほど)、短期(過去数ヶ月)で説明したい。これは、基本的要因、脅威の顕著な増大、そして(軍事行動の)きっかけとほぼ一致すると思われる。
ソマリアと約600キロに及ぶ長い国境線を共有し(AS支配地域との国境線はエチオピアとソマリア間のそれより長いと思われる)、また国内に多数のソマリア系住民を抱えるケニアは、20年にわたりソマリアに安定政府が存在しないという事態により、直接・間接に大きな脅威を受け、また経済的に多大な損失を受けていると感じてきた。小型武器や麻薬の流入が一般治安、ひいてはケニアへの直接投資や最大の外貨収入源の一つたる観光に与える悪影響、難民受け入れの様々な負担、国境地帯での犯罪やテロリストの浸透の可能性という社会不安などである。
近年はこれらに加え更に海賊の脅威が加わった。海賊の根拠地はASの支配する中南部よりはプントランドが多いとされるが、ソマリア全体の不安定が根底にあることは否定できない。さらに、海賊対処活動の影響により、海賊の活動地域は拡散しており、モンバサ港という東アフリカ最大・最良のハブ港を有するケニア、そしてタンザニア、セーシェル等は物理的脅威に加え、運賃、保険料の高騰に苦しんでいる。
そこへ大干ばつである。やはり気候変動の影響か、アフリカの角における干ばつは昔は7、8年から10年に一度程度であったのが、90年代以降5年に一度、そして2,3年に一度と今や常態化しつつある。前の干ばつの傷が癒えぬうちに次の干ばつに襲われるという状況になっている。昨年末から心配されていた今回の大干ばつ(過去60年間で最悪とされる)では、ケニア自身大変な苦境に陥ったが、これに加え、ソマリアから新たに14万人を超える難民が流入した。難民キャンプのあるダダーブは周辺住民10万人に満たない所で、ここに以前からの難民30数万人とあわせ合計46万人を越えるソマリア難民が滞在している。周辺住民とあわせ合計50数万人が住むケニア第4位の規模の人間居住区である。その中にはテロリストも混じっているだろうし、食料は国際人道支援機関等が供給したとしても、では煮炊きの燃料、水はどうするのか、ケニアにとって大変な環境負荷である。(たとえが適当でなく恐縮だが、仮に我が国の周辺で何か異変が起き、我が国に150万人の難民が流入する事態をご想像いただきたい。ケニアの人口は4100万人なので、50万人の難民は人口比にすれば日本にとっての150万人ということになる。)
干ばつの発生を受けて、ケニアのダダーブ難民キャンプにはソマリア難民が 加速的に流入、正式登録を待つ難民がキャンプ周辺で生活を始めている。 干ばつの発生を受けて、ケニアのダダーブ難民キャンプにはソマリア難民が 加速的に流入、正式登録を待つ難民がキャンプ周辺で生活を始めている。
銃弾跡の残る壁の前に座る女性と子どもたち
(モガディシュ)(写真提供:UNICEF/NYHQ2011-1195/Kate Holt )
もちろん干ばつそのものはASの責任ではない。しかし、ソマリア(中南部)に安定政府がないため、国としての干ばつへの備えは全く出来ていない。また更に悪いことに、ASは自己の支配地域での国際人道支援機関の活動を認めようとしなかった。(AS内部で意見が割れていたようであるが、いずれにしてもほとんどのAS支配地域で安全は保証されず、人道機関はアクセスできなかった。)そのため、ソマリア中南部の多くの地域が飢饉(国連の定義によれば、子どもの急性栄養失調が30%を超え、1日1万人あたり2人以上が死亡し、多くの人々が食料等の基本的必需品の不足に陥っている状態)と宣言され、多くのソマリア難民が水と食料、そして安全を求めてケニアに流入したのである。ケニア政府にしてみれば、ソマリア内部の状況を何とかすべく、今こそ断固たる措置を取らなければならないとの思いを強くしたであろうことは想像に難くない。(9月8日、9日にナイロビで開催されたアフリカの角の干ばつに関する地域首脳会議においてもソマリアの治安情勢が一つの焦点であった。)
また、ASが台頭した過去3年ほどASの分子と見られるグループにより国境付近を中心にケニア領内での攻撃事件が跡を絶たず、多くのケニア人が犠牲となっていた。そしてここ数ヶ月そのようなテロ行為や誘拐事件がエスカレートする兆しを見せ、外国人も被害に遭うようになった。(そのような行為のすべてがASによるものなのか単なる犯罪者グループの仕業かはわからないが。)また、折しもAMI SOMの活動もあり、ASがモガディシュから撤退し、干ばつの影響もあってASが住民の支持を失い弱体化しているとされる現在の機会をきっかけとして、ケニアの独立後初めての対外軍事行動に踏み切ったと考えられる。
ケニア リボイ国境付近からソマリアに向かう
ケニア軍(写真提供:Standard)
ケニアの目的は、冒頭でも触れたように、キスマヨを陥落させ、ASを駆逐してソマリア中南部に安定をもたらすことであろう。しかしそれは容易なことではない。ASはテロリスト、ゲリラ組織である。支配地域を失ったとしてもなお様々な形で抵抗を続けるであろう。TFGやAMISOMによる解放地域の維持も容易なことではない。また、ソマリアは過去20年間安定ということを知らない、人によっては、ソマリアにおいては現在の不安定な状況それ自体が強固な利権・ビジネス構造を形成しているとさえ言う(木炭輸出やその徴税、海賊マネーの分配、にわかには信じられないが世界一安いとされる携帯電話料金(1分1セント以下だそう)など)。何よりもソマリア人は「戦士」だとされる。侵略者と見なされれば一致団結した徹底的な抵抗を受ける。だが、ひとたび安定が見え始めると部族同士の勢力争いが復活する。このような中で、私として個人的には、ケニアが泥沼に引きずり込まれずにうまくやってくれることを祈る思いである。
国際社会はどうか。ソマリアの安定化に向けて、これまで国際社会としてもなかなか妙案がなかったというのが実情であろう。過去国連や米国による軍事的な介入(平和創造努力)は失敗し、とても再度それを試みる状況にはない。TFGの体制強化、治安能力強化を通じて何とか安定した政府に育って欲しいとの思いで支援を続けてきたが、将来に向け明確な展望を持つには至っていなかった。そこへケニアが動いた。政治・外交的な支援をどうするかという問題に止まらず、AMISOMに対する増員や費用・機材支援強化の具体的要請にどう答えるのかが今後の大きな課題であろう。 (2011年12月1日寄稿)
※本文に記載している内容は個人的見解に基づくものです。