『柔道は世界の無形文化財』日本はもっと国際的「経営」意識を

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         元駐デンマーク大使 柔道6段 小川郷太郎

私は、大学でやっていた柔道を外務省入省後も続け、在勤地のフランス、フィリピン、旧ソ連、韓国、ハワイ、カンボジア、デンマークのいずれでも、稽古、試合、デモンストレーションなど様々な形を通じて柔道と関わってきた。退官した今も週1回程度ではあるが稽古を続ける一方で、ホームページを立ち上げてフランス語と英語で柔道に関する日本の考えや取組みを世界に発信するなど、「口技」にも手を出すようになった。それには訳がある。

若い頃は、結構辛い練習をやり遂げることに肉体的快感と精神の爽快感を覚えたりした。本省勤務時代にはまだ真っ暗な真冬の早朝に大学の寒稽古に通い現役の学生と一緒に汗を流したあと外務省に登庁すると、仕事にも「やるぞ」という闘志が漲ってきたものだった。数多くの怪我や体型の変更を伴う柔道を半世紀余り続けてきたことを振り返ると、やはり鍛錬を通じて、忍耐力や冷静さが身に付き、また、あまり外見や格好に拘らない質実を重んずる生活姿勢が養われた気もする。

mrogawa2.gif 若かりし頃の小川郷太郎氏(1969年フランス・ツール市にて)
海外勤務で気が付いたのは、柔道の世界への凄い浸透ぶりであった。世界で柔道が最も盛んな国であるフランスは、私が研修を始めた1969年の時点で全国どこに行ってもどんな小さな町にも道場があり、老若男女が稽古に励んでいた。ポルポト時代に柔道人口も壊滅的に減少したカンボジアでも2000年前ごろから柔道が復活し、青年海外協力隊員が指導に当たっていた。北欧の小さな国デンマークでも、片田舎に行った時でさえ武道を学び練習する多くの人々に出会った。世界の非常に多くの道場で柔道創始者である嘉納治五郎師範の写真や「精力善用」「自他共栄」の文字が正面に掲げられていて、小学生など小さな子供も練習の始めと終わりには正座して「先生に礼」という日本語の号令で礼儀正しく礼をする。
現在、国際柔道連盟(IJF)に加盟する国や地域の連盟数は国連加盟国数より大きい200を数える。アフリカも含め世界中に柔道が浸透しているのはなぜか?様々な国の人々と柔道を通じて交流してきた経験からすると、柔道の持つ、理に適ったダイナミックな技の魅力と礼節を含めた精神性に世界の人々が惹きつけられるからだと考えている。嘉納師範は体育と知育の両面を目的として柔道を創始した。フランスでは、大人たちが柔道を楽しんでいるが、その大人たちが自分の子供に規律や礼節を身につけさせようとして道場に子供たちを連れてくる。それが柔道人口の大きさにも繋がっている。

東北大震災の後、フランス柔道誌の L’Esprit du Judo は第1ページ全面に「我々は皆日本人だ」と題する異例の特別社説を掲げた。その中で、「柔道を通じて我々は日本に親近感を抱いている。(中略)日本は我々の一部であり、我々の日常や夢の一部である。我々は日本人と兄弟であり、彼らの苦しみは我々のものである。我々は皆日本人である。」と述べ、日本に同情と連帯のメッセージを送ってくれた。

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2003年 日・カンボジア外交関係樹立50周年記念式典にて」

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また、かつてプーチン前ロシア大統領(現在首相)を単独インタビューした元NHK解説委員の小林和男氏によると、大統領が自邸にある道場に氏を招き入れ「柔道は日本の伝統と文化に根差す哲学である」旨述べて柔道への傾倒を熱く語ったそうである。世界にスポーツは数多くあるが、肉体と精神の修養を同等に重要視するものは殆どない。単なる格闘技とは違う、柔道の精神修養的側面こそ、世界の多くの人が「柔の道」に進む背景の重要な要素である。この意味で、柔道は「世界の無形文化財」と考えるべきものである。

柔道がこれだけ浸透したのは日本にとって喜ばしいことであるが、国際化に伴って柔道も当然ながら変化し、問題も生じてきた。ルールが変更を重ねて試合の内容も変わってきた。最近まで、足取りやタックルが増え一時は「ジャケットを着たレスリング」とまで揶揄されるに及んで、ルールが改定されてかなりまともな姿に戻ってきたが、まだ課題が残る。オリンピック以外に世界選手権が毎年行われるようになり、「世界ランキング制度」のもとで柔道の競技志向傾向が強まり、また、国際大会の様相にも商業主義的色彩が目につくようになって来た。その副次的結果として、勝った選手が派手なガッツポーズをするなど、選手の礼節が失われてきた。競技柔道志向の強まりに押されメダル獲得に注力するあまり、日本選手の行動にさえ礼節に欠ける面も出てきた。

国際化の過程でルール変更とか競技重視や商業主義の強まりによって柔道の本質的側面が損なわれる場合には、日本が主導的に各国とも協力してこれを本来の姿に戻すことが重要だ。しかしながら、柔道に関しては最も経験や知見を備えているはずの日本は国際的なルール作りや大会の運営方針についてこれまで主導権を発揮してこなかった。2007年のIJF の理事選挙では山下泰裕氏の再選が阻まれ、アジア柔道連盟の会長選挙では日本の候補者で柔道の実績、識見とも立派な佐藤宣践氏がクウェートの候補に完敗するなど、国際柔道界での選挙で日本は敗北が続いた。

日本のスポーツ界はおしなべて国際的発言力に欠けていると言われるが、少なくとも日本発祥の柔道についてはやはり日本が指導力を発揮してもらいたいものだ。本来の理念や特質を維持して柔道を発展させることが重要であり、それには日本の役割が極めて重要である。柔道衣や畳にも事欠きながらも柔道の精神的側面にも惹かれて世界の隅々で一生懸命稽古をしている貧しい国の何百万の柔道家たちの支援にも思いを致す必要がある。日本は、自国で始まり世界に発展している柔道の国際的「経営」に力を入れて関与すべきである。「世界の無形文化財」を適正に管理するのは日本の責任でもある。最後の海外勤務となってデンマークから帰国後、私は日本の柔道界に対し、国際的発信や行動の必要性を唱えてきたが、まだ大きな変化は見られない。

一昨年、Judo International : Voice of Japan というサイト( www.judo-voj.com )を立ち上げたのは、少しでも柔道に関する日本の考えを世界に発信したいとの思いからである。サイトを立ち上げてから徐々に各国から反応も出てきた。フランスの柔道誌はよく読んでくれて、同誌の1ページ大のコラムに毎回日本の立場から書くことを求められもした。今年の8月にパリの世界選手権を見に行ったとき、会場内を歩いていると多くの人から笑顔や声を掛けられた。柔道雑誌への私の寄稿が顔写真入りで行われているからだろう。フランス人の柔道への高い関心や日本の見解に関心がもたれていることを感じた。

本来の理念を生かして柔道を国際的に発展させていくには、同じ志を持つ世界の柔道関係団体とも連携していく必要がある。日本はメダルの数も大事だが、柔道の健全な発展のために柔道の国際的運営にもっと力を入れるべきだ。そのためには、ともすれば実績重視傾向のある柔道界に内外の多くの人材を加えて「オールジャパン」で国際的な発言力や行動力を強化してほしい。

 (2011年10月23日寄稿)

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