EUと日本

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前EU日本政府代表部特命全権大使 小田野 展丈

「嵐去り 後に残るは 優しき心」

絆サミットと名付けられた第20回日・EU定期首脳協議が5月28日にブリュッセルで開催されました。冒頭の句は、その首脳協議後の共同記者会見の際に俳句愛好家のファン=ロンパイ欧州大統領が詠んだと日本の新聞が報じたものです。大統領は東日本大震災の直後に日本政府代表部・大使館へ弔問の記帳に訪れました。

欧州大統領というのは俗称で、正式には欧州理事会常任議長です。欧州連合(EU)の強化と効率化を目指して加盟27カ国がリスボン条約を批准し、2009年末に発効したことで創設された新ポストです。対外的にEUを代表するという意味では大統領の俗称も的外れではないでしょう。儀礼上の順位はブゼク欧州議会議長、ファン=ロンパイ欧州理事会常任議長、バローゾ欧州委員会委員長となっています。

ファン=ロンパイ常任議長とは色々な折にお会いして親しく言葉を交わす機会がありました。「EUトップ3人の肩書きはみんなプレジデントだ」、「ブリュッセルで式典に出席し、プレジデントと声を掛けられると3人が振り向く」、「自分の肩書きには常任と付くが任期は2年半(再選は1回に限り可能)、欧州委員会委員長は単なるプレジデントだが任期は5年、再選されれば10年だ、欧州では表現に微妙なニュアンスが込められている」などと静かな声で笑いながら語っていました。

このEUはギリシャ危機に代表されるように経済・財政危機に直面しています。3,4年前までは安定的に経済が拡大し、強いユーロを誇っていた状況は様変わりしました。リーマン・ショックの後遺症が複雑に増幅し表面化しています。現在は債務不履行に陥らないように国家財政の立て直しをはかるべく緊縮政策を実施し、経済全体が縮小均衡へ向かいつつある諸国(PIIGS,ポルトガル、アイルランド、伊、ギリシャ、スペインの頭文字)もあれば、ユーロ安で恩恵を受ける強い輸出産業を擁するドイツのような例もあります。経済力の格差が拡大し、これが加盟国間の利害を複雑にし、共通の対応策を迅速に構築するのを難しくしている面があります。また、緊縮政策の実施や経済の停滞は社会問題を顕在化させており、国内でも加盟国間でも政治的な軋轢を招来しています。共通通貨ユーロの信認を維持することも大きな課題です。ちなみに、世界の外貨準備に占めるユーロの比率は約26%と推定され、米ドル(約61%)に次ぐ地位を占めています(日本円は4%弱)。

EUは米国を凌駕する経済的存在です。また政治面でも次第に大きな役割を演じつつあります。EUは5億の人口で民主的な市民社会を構築し、豊かな欧州文化と伝統を体現しています。世界経済では約26%を占め(米国は約23%)、世界貿易の33%(米国は11%)を占めます。重要なEU市場に注目して3000社以上の日本企業が活動し、約40万人の雇用機会を提供していると推定されます。その日本は経済の開放度を向上させないと厳しさを増す国際競争に伍してゆくのが難しくなるでしょう。貿易依存度、外国投資の受け入れなどの尺度で国際比較をすると日本は低位に止まっています。日・EU経済連携協定の交渉を開始することは、日本市場を開き日欧の経済交流を更に活性化させる良い契機になります。

日本とEUは、共に少子高齢化社会へ急速に変貌しつつあります。教育に力を入れて科学技術や研究開発を振興し、競争力を保持して繁栄を維持する必要性が高いのです。規模の大きい欧州経済と発展著しいアジア経済を結ぶ通商ルートを脅かすソマリア沖の海賊に対する対応策でも日本とEUは互いに協力しています。このように双方が協力関係を強化することで得られる利益は大きく、お互いに真剣に向き合って交流する時期に至っています。

EUと欧州諸国は東日本大震災に際して多大の緊急援助や復興協力を迅速に展開しました。日本に対する真摯な気持ちを表現したものに他なりません。政治や経済から目を移せば日本人は西洋のクラッシック音楽や文学などに永く親しみ、本場仕込みの料理人が調理するイタリア料理やフランス料理を楽しんでいます。欧州市民は浮世絵や俳句、囲碁、そして漫画やアニメに親しみ、最近では寿司や天婦羅など日本食を身近に堪能しています。相互交流の底流は存在しています。これを奔流にすることが日本の将来の展望を開くものと考えています。

(8月22日寄稿)