たかが世界遺産、されど世界遺産

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文化庁長官 近藤誠一

来年40周年を迎える世界遺産条約が、いま正念場を迎えている。
2011年6月25日午後5時50分(日本時間26日0時50分)、平泉の世界遺産への登録が決まった。これが震災からの復興に取り組む東北の方々にとって大きな励みとなったことは間違いない。しかし同時に最近の世界遺産の登録をめぐる議論には、大きな国際関係のうねりが見て取れる。それは戦後の国際関係を支配してきた欧米先進国が唱える「普遍的」理念に対する後発組の反抗である。

 世界遺産は、世界遺産条約(1972年)の加盟国が推薦する案件を、ICOMOS(国際記念物遺跡会議)という専門家集団が審査して勧告を出し、それを参考にして21の加盟国から成る世界遺産委員会が登録の是非を決める。登録の基準は、候補資産が「顕著で普遍的な価値」(Outstanding Universal Value、以下OUV)を有するか否かである。しかし世界遺産リストに途上国の遺産が少ないことを理由に、次第に途上国から批判が高まってきた。

 その第一は、OUVという基準が欧米の価値観に基づくものであり、途上国の多様な価値観を反映していないという批判である。第二は勧告をするICOMOSの専門家の多くが欧米の専門家であるので、途上国の資産の価値が十分理解できないとの批判である。さらに第三には最終的に登録の是非を判断する世界遺産委員会の構成が先進国中心であるという批判である。ユネスコの他の委員会と異なって、この委員会だけは地域代表制をとらず、自由な選挙を行うため、結果として専門家が多く、知見の蓄積のある先進国が多数を占めている。

 こうした批判に対し、欧米先進国は、OUVの概念自体は条約上規定されているもので、各国ともそれを承知で批准したものだから変更すべきではないこと、ICOMOSはあくまで世界の最先端の専門家集団であって、その判断は尊重すべきこと、そして委員会のメンバーは高度な専門知識をもった人材がいるか否かという科学的観点から選ぶべきであって、政治的な地域別割り当ては適当ではないことなどを主張し、抜本的な改革に反対し、途上国による登録を奨励するための人材育成などで問題をかわしてきた。OUVそのものや、その審査プロセスの専門性の維持は絶対に確保するとの姿勢を守り続けてきたのである。

  しかし先進国のこうした戦略が最近になってほころび始めた。これまでの「改善策」に効果がみられないことに業を煮やした途上国が、選挙で連帯して委員会により多くの途上国を送り込み、かつ委員国に選ばれた国の代表が途上国からの推薦案件をまともな議論なしにどんどん登録するという戦術に出たのである。専門家が長い検討の末価値はないとの判断を下した候補資産を、いともたやすく覆して登録したことに、ICOMOSの専門家はもちろん、ユネスコの事務局員や先進国は怒りを隠さなかった。しかし途上国はそれに臆することなく、本年も同様の行動をとり、当初のICOMOS勧告では12件しかなかった登録件数を一挙に25件にまで増やした。

  ここまで極端な委員会の政治化に眉をひそめる国は少なくない。しかし一旦ある国が議題にのっている候補案件を、勧告を覆して登録することを提案すると、それに反対し難いのも事実である。被審査国との関係を悪くしたくないという心理が働く。また自国が推薦案件を抱えている場合は、下手に反対して自分の案件の審査のときに不利にならないようにしようと考える。こうして登録のインフレが起こり始めた。

  この事態をどう収束するかは容易な問題ではない。勢いを増しつつある新興国の一部が、先進国主導の現状の変革の旗手として喝采を浴びている以上、そしてそれが合法的な手段で行われている以上、止めることはできない。結果としてさほど価値のない案件が次々と世界遺産に登録されることで、世界遺産全体の価値が下がり、条約の信頼性が低下していくという正論は、それ自体先進国の論理であるとして途上国はとり合わない。条約を改正して、先進国も途上国も満足する新たな価値基準を設けることは、政治的にも、手続き的にも現実的ではない。

  こうした事態に対して日本はどう対応すべきか?先進国として、条約の精神を守るべく委員会の政治化に抵抗すべきか?それとも、4年前の石見銀山や3年前の平泉の推薦に対するICOMOSの評価が、欧米中心のものであったがゆえにいずれも価値不十分と勧告されたことから、途上国の側に立って「欧州中心主義の是正」に加わるべきか?これは世界遺産条約という小さな世界の問題ではあっても、今後の変わりゆく国際政治での日本のスタンスという大きな問題に結びつく重大な側面をもっている。今後の日本からの新規案件の推薦の戦略にも拘わる。各国の「良心」が次第に頭をもたげ、誰ものメンツを保ちながら、健全な審査を復活し、条約の信頼性を維持していく方法を真剣に考えねばならない。折しも来年の40周年記念行事をホストするのは我が日本である。これは、単なるお祭りに終えることなく、この根本的議論に一石を投じる機会にしたい。

(寄稿日 2011年7月21日)

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