強大化する中国との関係を考える。

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                    国広道彦(元駐中国大使)

はじめに
 私か対中外交の第一線を退いてから16年経った。それなのにこれからの日中関係について正面から議論を試みるのはいささかおこがましさを感じる。
 しかし、小泉政権の問靖国問題のために政治関係が不安定に過ぎ、その後は日本側で短期政権が続いて、安倍総理の時代に折角「戦略的互恵関係」に合意しながらその実現に弾みがつかなかった。他方、中国は旺盛な経済発展を続け、軍車力も強化して、世界における存在感を強めてきた。民主党政権は国内問題の処理に追われているうちに、千年に1度といわれる大地震と大津波に襲われ、復興の道筋をつけるのに苦労している。こういう状況の下でわが国の外交は世界の潮流の中を漂流しているように思われる。特に中国との関係では、中国が湧きおこしている大きな渦の中に巻きこまれてしまいそうな気がする。
 勿論、外務省の現役は日夜奮闘しているであろう。しかし、中国が米国に比肩する存在になりつつある今日、日本は対米関係でやっているように、あらゆる分野の人々の力を糾合して、中国との関係を健全に維持していかなければならない。そこで、私のような老兵が蛮勇を奮って大雑把な意見を披露し、それをたたき台にしていただきたいと思う次第である。

これからの中国をどう見るか?
まず、これからの中国についてどう考えるかについて述べたい。
 昨年、中国のGDPは39兆2800億元(1元=12.45円)に達してついに日本を追い越した。かなり前から予想されていたことではあるが、やはり時代の変化を画するものである。日本の世論はこれを冷静に受け止めた。変にナショナリスティックな反応が起きなかったことに安堵したが、もう少し奮起する議論もあってもよいのではないかという気もした。それはともかくとして、日中国交正常化以来、中国の改革開放政策を支援してきたわが国がこのような旺盛な中国の発展に多少なりとも貢献できたのは祝福すべきことである。

 中国では、今年3月に開催された全人代において、「第12次5ヵ年計画」が採択された。これで今後5年間の中国の発展のブルー・プリントが明らかになった。5年間の経済成長を年率7%と想定している(前期の目標は7.5%)。過去30年間、年平均約10%の成長をしてきたのと比べれば低めの目標であるが、中国の労働力の頭打ち、資源環境問題の将来、国際市場の先行きなどを考えて余裕を持たせた想定であろう。それでも2015年のGDPは55兆元を上回る勘定になる。10年くらいの中国経済の先行きも大よそ見通せる気がする。その頃は日本経済との規模の差は画然としてきて、経済力の強化に伴い軍事力も必然的に強化されていくだろう。

 勿論、中国経済はいろいろな困難を抱えている。しかし、中国社会はその時々の困難を乗り切って、10年後には先進国のレベルに達するであろう。(最近のIMFでは購買力平価ペースで中国のGDPは2016年に米国を追い越すと予測している。)それを可能にするのは中国の大きな貯蓄(=投資の資源)であり、国内市場の大きさであり、研究開発投資の増加(毎年20%の伸び)であり、政策決定の早さである。
中国は当面の課題をインフレ抑制であるとしているが、中長期的には経済成長パターンの転換を重要課題としている。量的より質的な発展に転換しようとしているのである。投資依存型の成長から消費拡大による成長への転換である。資源の制約、国際環境の制約のみならず、これまでの発展が富の格差を増幅して大衆の不満が昂じていることを考えても必要な政策転換である。 政治的にいえば「民生」重視、成長より再分配重視と言うことになる。

 去年初めて、中国の農村部の純収入の伸び率が都市部の可処分所得の伸び率を上回った。今年は都市部と農村の所得の増加を経済成長率と同率の8%増にすると言っている。具体的には最低賃金を年平均13%以上引き上げるとも言っている。農産物の価格引き上げ額も提示している。本末、経済成長を投資に依存し、国内消費加対GDP比40%に満たない低さであるのが中国経済の弱点である。労働者、農民の所得を増やすことは望ましいことではあるが、それをインフレを年4%程度に抑えながら実現できるかどうか見ものではある。

 問題は30年間の高度成長が生んだ社会問題をうまく処理できるかどうかである。「和諧社会」を標榜する胡錦涛政権の最後の2年間の正念場である。
 中国の貧富の格差については周知の通りであるが、これに腐敗・汚職が重なることにより、大衆の怒りが増幅されている。鄧小平が 「先富論」を唱えた頃は、金持ちが出現してもチャイニーズードリームを抱かせた。しかし、今の中国は「高幹グループ」とか「紅色一族」といわれるような既得権集団が支配して、一般大衆は住宅の人手も絶望的になり不満を募らせている。それに加えて、幹部の汚職が後を絶たないという状況では社会不安が憂慮される。

 地方政府は経済発展の財源の過半を土地の使用権を開発業者に売ることによってまかなっている。そのため住民は有無を言わせぬ立ち退きを強いられる。土地を失った農民の怒りは大きい。また、地方政府は銀行融資を受けるための特別のプラットフォームを設けており、その債務(2009年末7.38兆元)を返済する目途が立たないでいる。いずれ莫大な公的資金による解決が迫られるであろう。

以上のような社会情勢にかんがみ、この数年来の予算では医療、保険、教育、「三農」対策等の民主関係予算を重点的に増やしている。胡綿涛政権が「和諧社会」に向けて最後の2年間に掉尾を振るっているとも言える。しかし、昨年7.3%の増に抑えられた国防予算の増加が今年再び2桁増(12.6%)に戻っている。これに加えて、今年は公安予算が国防予算を上回っている。 他方、最近胡錦涛政権は政策を「安定第一」に切り替えて、国内の取締りを強化している。北アフリカの「ジャスミン革命」もあり、このところ言論統制が目立って強化され、民主活動家が次々と拘束されている。 内政上の取締りの強化と並行して、昨年秋以降中国の対外姿勢の強硬化が目立った。

昨年末戴秉国・国務委員が「平和発展の道を歩むことを堅持せよ」という論文を発表したのに対して、馬暁天・副総参謀長が「戦略的チャンスの時代的意味を把握し、我々の歴史的使命と責任を明確にせよ」という論文を発表した。後者は鄧小平の「韜光養晦」を乗り越えようする発言ではないかと注目されている。(この前にも、若手将軍の中から勇ましい発言が出る傾向が生じていたが、その源は一昨年7月に開催された在外公館長会議で行なった胡錦涛の重要演説にあると言われている。その中で胡錦涛は「堅持積極韜光養晦、積極有所作為」と述べたと伝えられている。)

 これは中国指導部における、いわゆる国際協調派とナショナリズム派の対立の兆候だと私には見える。中国は経済的にも、政治的にも大国になっているにもかかわらず、歴史的被害者意識を克服できず、偏狭なナショナリズムに走りやすい。これが、世界にとって中国の最大の問題である。中国が世界のステークホールダーとしての責任を果たすよう希望する。 中国は中国共産党の1党独裁の国であるが、その政策決定は党書記の専制で行なわれているのではない。いろいろな国内政治の力学の所産として生み出されているのである。その国内政治と力として昔から強いのが軍である。また最近は国有企業その他の利益集団、さらにはインターネットの圧力なども顕著になっている。中国の動向を把握しようとする場合に一筋縄でいかないゆえんである。

これからの日中関係について
以上のように中国は旺成な経済発展を遂げながら、国内的にはいろいろな不安要因を抱えているが、そのなかで両国経済の相互依存度は年々高まっている。中国の経済が下降すればわが国経済も深刻な打撃を受ける。万一中国に政治的混乱が生じればそれが日本を含め周辺国に大きな影響をこうむる。わが国としては平和的に発展する中国と安定的関係を維持していくのが国益である。

 民主党政権になってからは、靖国神社のようなお互いに敏感な問題を表面化させずに来ていた。それを覆したのが、昨年秋に生じた尖閣諸島沖の中国漁船の衝突事件であった。漁船を拿捕したとき、仙石官房長官は「国内法により粛々と処理する」と当然のことをしているようなことを言ったが、これはそもそも「魚釣島」に主権を主張している中国側が最も聞きたくない言葉だった。しかも船長を2週間の拘留期限を延長したかと思えば、温家総理の強硬発言、レアアースの規制措置、日本人会社員の逮捕などが続くと、突然沖縄の地方検事が船長を処分節留にして釈放してしまった。その間の不明朗な措置に日本国民の多くは日本政府が中国の圧力に屈してしまったという感じを持った。今回の民生党政権の取り扱いが日中関係に好ましからざる悪例を残したことは否定できない。

 これと前後して南シナ海での中国の強硬な姿勢にアセアンの関係国が反発を示した。4月30日、温家宝首相はジャカルタで「領土主権や領海の問題が存在するが、2国間で適切に解決しなければならない」、「中国は領有権問題で騒ぎを広げたり、緊張を高めたりすることには同意しない」と述べた。尖閣問題についてもこの方針が守られることを希望する。 日本が中国の改革開放を支援した基礎には中国の経済が発展して、生活水準が向上すれば、政治面でも民主化につながるであろうと言う期待があったが、それは幻想に終りそうである。私か中国に在勤した頃(1995年初めまで)と比べれば中国の社会は格段と自由になっている。しかし、共産党の1党独裁体制は変わらなかったし、今後もかなりの間変わりそうにない。勿論中国がもっと人権を尊重する国になって欲しいとは思うが、それも中国国内の政治的力学によって決まるものである。日本が中国の民主化を政策と掲げても中国側の反感を招くだけである。また、民主化した中国では当面反日感情が強まることが予想される。 総論はこれくらいにして、以下私の具体的提言を若干述べさせていただく。

 第1に、「戦略的互恵関係」の推進は日中双方にとり利益のある方針である。中国は「戦略的」と「ウィン・ウィンの関係」という言葉を好んで使う。「戦略的」という言葉に軍事、安全保障の要素があることは、ロシア、米国との間に軍の「戦略的協議メカニズム」が構築されていることからも分かるが、多くの場合この言葉を大局的、長期的という意味で使っている。
 ところが日本側では、細川政権以来、靖国問題でもめた小泉政権を除き、毎年のように政権の交代があった。その間、首脳会談や外相会談をするたびに日本側は期待を持たせる言をするが、その当事者が実行に移す前に、時には会談の直後に、政治舞台から姿を消してしまった。これでは長期的、大局的な議論はできないし、戦略的互恵関係は築けない。なによりも日本の内政をしっかりして欲しい。これは対中外交のみならず、日本の民主主義の根幹にかかわる問題でもある。

 第2に、日本は中国にとり大事につきあう価値のある国であらなければならない。その要点は日本の経済力、特に技術力だと思う。中国は自主イノベーションに重大な力点を置いている。新5ヵ年計画中のR&Dを年率2.2%増やすという方針を明らかにしている。単純な比較は難しいようであるが、日本の科学技術予算が3年連続削減されてきたのとは大変な違いである。しかも、中国は莫大な輸入の力を利用して外国技術の導入を積極的に図っている。2006年に日本のMSKを買収したサンテクパワーが太陽光発電の世界的リーダーとして躍進したようなM&Aによる技術力向上の例も多い。中国は日本以外の国々からも広範な技術導入を試みているが、日本の技術に大きな関心かおることは間違いない。

 しかし、新幹線のように日本が売り込もうとしている間に中国の方が日、欧の技術を摂取して国内の新幹線網を急速に拡大し、海外に進出しようと言う勢いを見せる例も生じている。風力発電でもあっという間に世界のトップクラスに躍り出た。もともと、宇宙開発のように以前から中国のほうがリードしている科学技術分野があり、これから日本が技術リードを維持する分野は狭くなって行くだろうが、ナノテクや生物化学など日本が先行しうる分野はまだまだいろいろあるだろう。技術の世界は胡坐をかいているとすぐに追い越されてしまう。資金と人材育成の両面で日本は不断の努力をしなければならない。日本は技術立国以外に生き延びる方法がない。 将来の検討課題としては自由貿易協定かある。しかし、現実には双方共に困難が多いと思う。当面は日中韓の共同研究を続けるのが妥当であろう。

 もう一つ、日本が中国人の関心をひきつけ得るものとして日本社会のモデルが考えられるのではあるまいか。安全、安心で、高齢者も生きがいを感じて生活できるような社会のモデルである。日本は少子高齢化の先進国である。中国も急速に高齢化しつつある。その中国に対して高齢者も生き生きと暮らせていけるような社会造りの見本を示したいものである。この点に関し、近年社会道徳が乱れ、自殺者が年間3万人も続き、親子の殺人事件などが度々発生するような日本社会の劣化傾向は大変懸念される。しかし、国際的な比較では日本社会は安定しているし、自然の美も保たれている。社会保障も最低限のものは与えられている。言論の自由も、法の支配も定着している。このようなコミュニティを守ることが日本の存在意義を高める。

 他方、経済発展の著しい中国では住宅価格が庶民の手の届かないところまで上がってしまい、土地なし農民の数が増える一方で、社会保障が整備できないうちに高齢化社会に入ってしまうのではないかと憂慮されている。また、カネ稼ぎの競争社会に嫌気がさして、カネ儲けよりも安らかな生活のほうを求める傾向が中国にも生じているという声も聞く。東日本大震災における日本社会の秩序を見て日本に対する敬意を抱いたという中国人の話も聞いた。そのような日本に対する再評価が生まれれば大地震の悲劇も少し救われる気がする。大地震の復興の中にも日本社会のモデルを示したい。

 第三に「外交力」の強化である。外交関係者だけでなく、シンクータンクやNGOをふくめ、あらゆる専門家の力を結集した「外交力」の強化である。特に重要なのは政治家の議論する力、交渉する力の養成である。中国共産党は8千万人近くの党員を母体に30年くらいかけて幹部を養成し、その競争に勝ち残ったものが中央委員、政治局委員になっている。百戦錬磨の実力者が鍛え上げられている。日本の政治家にももっと組織的な訓練が必要だと思う。

 歴史的にも中国人は議論を得意とする。戦前の日本人に対しては王道を説き、戦後の日本人には歴史認識などを利用して「戦略的高みに立った」議論をする。中国人は世界の秩序を守ると言いながらも、既存の秩序を自国に有利に変えようとする姿勢を崩さない。日本人は戦後のアメリカを中心とした世界秩序に安住してか日本の国家像をまともに議論してこなかったし、日本がどういう国になりたいと思っているか、どういう世界を望んでいるか世界に示す努力も真剣にはしてこなかった。敗戦の結果「出る釘は打たれる」の戒めが骨にしみたのか、大勢順応、状況対応型の外交姿勢が多かった。これは中国人には誤解を招く。日本が基本戦略について腹を割った議論をすれば、中国と立場に違いはあっても、共通するものがかなりあるはずである。そこで見出す共通の利益を拡大して行くことが日中関係を積極的に拡大することになると思う。

「外交力」は宣伝力でもある。日本は「五・四運動」以来世界世論に対するアピールにおいて常に中国に遅れをとっている。1つにはメディアの利用における立ち遅れがある。新革社の発表は直ちに7~8ヵ国語に翻訳されて世界中に配信されている。日本のメディアはせいぜい英語に翻訳される程度である。また、中国のネット発信は多様であり、日本語でも「新華網」、「人民網」などいくつかの発信が行なわれている。日本の報道機関では大分前から「共同網」が中国語で発信しているが、他のメディアも実行して欲しい。現在中国で最もヒット数が多い日本の中国語ネットは「中国経済新聞」の「日本新聞網」ではなかろうか。発行者は元日本留学生の徐静波氏である。

今やパブリック・ディプロマシーの時代である。4億5千万人を超えた中国のネット人口に日本を直接知らせたい。しかも、相手は「八十年后」、「九十年后」に世代替わりしている。アニメ以外に日本のことを殆ど知らない「新新中国人」に日本が知って欲しいことをふんだんに伝えなければならない。日本からの部品や原材料の輸入は中国経済にとって致命的に重要だということ、日本企業が中国国内でいかに多くの雇用を生み出していることなど、また、環境問題や安全保障などの面での共通の利益がいかに大きいかも知らせなければならない。
 加えて、民間交流による日中関係の下支えを強化することが必要である。日中間には250を超える姉妹都市関係があり、しかもいろいろな活動を続けている。次期党主席に想定されている習近平副主席も福建省時代に姉妹都市関係を通じて長崎県と親しい関係になった。中国人の多くが日本人に会ったことがないというのが現実であり、日本を訪れた中国人の多くが日本に対する認識を改めたとも言われている。今後の日中関係における民間交流の重要性はますます高まる。

 忘れてならないのはいわゆる「過去の問題」である。日本はすでに戦争中の過去についてすでに何度も謝ったし、そのことは温家宝首相も2007年の国会演説で認めている。だから、日本人としては過去の問題はすでに水に流されたと考えたいところだが、中国の国民一般の感情は違う。現在ではアニメで日本大好きと言う若者が増えていることは事実であるが、それでもこと歴史問題になると彼らの思考スイッチが簡単に切り替えられてしまう。幸い、最近はこの問題が下火になっているので、火を掻き起こすようなことはしないように日本側で言動に注意すべきである。日本人の中には、中国が強大化するのを見て何か一言強がりを言いたい衝動に駆られる人もあるだろう。しかし、大局をわきまえて己を処することが肝要である。日中の歴史共同研究の報告書は全文発表されていないが、かなりの成果を挙げたようである。台湾の文書公開から南京事件の実態が相当分かってきたそうだ。日中間でも今後さらに歴史研究を積み重ねれば事実関係が明るみに出てくるであろう。
最後に最も肝心な安全保障問題を取り上げる。先ず、日本が戦後ずっと依存している日米安保体制についてである。これを継続することは日中が国交正常化したときの前提であったし、中ソ対立の中で中国にとっても効用があった。ソ連の崩壊後に中国の日米安保に対する考え方に変化が生じたことも事実であろう。中国の中には、日米安保条約が日本の自主防衛を抑制する効果を認めながらも、中国の軍のなかには中国は米国の世界戦略により包囲されており、その要が日米安保であると言う見方もあるようだ。しかし、中国も一国の防衛に関しては理解するはずであり、米中共に今や戦争と言う選択肢はないというのが基本的考え方であるから、日米安保を現実として受け止めるはずである。 日米安保は地域安全保障の上からも重視されている。日本としては、インドやアセアンの友好国、豪州、ニュージランドなどとの関係を密にしながら、日米安保を堅持して、東アジアの平和と安全のために中国と話し合っていけばよい。

 同時に、密輸、麻薬、テロ、災害援助などの「非伝統的安全保障」分野における国際協力は中国を含めて随分進んでいる。それに比して、日中二国間の防衛交流は度々滞りがちであるが、防衛当局者間の相互理解は進めなければならない。
他方、昨年秋の尖閣列島沖における漁船逮捕のときの中国側の主権の主張は強烈なものであった。この事件の経緯については今なお不明なことが多く、中国側の意図は測りがたいが、その後も中国の漁業監視船は尖閣沖に出没している。中国の尖閣列島に対する中国側の主張はいずれ表面化してくると覚悟しておくべきである。我々は先般のような醜態を繰り返さない準備をしておかなければならない。最近政府は南西諸島に自衛隊を配備し、監視船も増加する計画も発表した。当然のことである。もっと充実すべきではなかろうか。日本は中国と二度と戦争をしてはならない。しかし、国土と海域を守る強固な決意は常に明らかにしておかなければならない。

 私は中国の強力な軍備拡大を大きな関心をもって注視している。それを十分に分析する専門的能力はないが、特に強い関心を持っているのは最近の「接近拒否」、「地域拒否」のミサイル能力の発達である。中国が米第7艦隊の空母が近寄れないような空母攻撃能力を持つようになると西太平洋防衛の構図が変わってくる。もう1つはサイバー戦争能力の向上である。万一宇宙通信に障害が起きたら米国の防衛機能が働かなくなる。世界中の経済活動が損なわれる。宇宙平和利用を保障する国際協力の推進は世界的課題である。
 要するに、米中間ではすでに経済関係がMAD(相互確実破壊)の段階に入っているが、軍事関係でもMADの状態に近づきつつあるのではあるまいか。そういう時代における日本は米国との同盟関係を堅持しつつも、中国との間でもアジアの平和と繁栄のために協力して行かなければならない。将来構想としては東アジアの平和維持機構ができることが望ましいが、当面期待できない。私見としては昨年秋アセアンが試みた拡大アセアン国防相合議が将来上手く成長することを願っている。
2010年度の中国の国防白書を見ると、北朝鮮問題など違和感を感じるところもいろいろあるが、世界と地域の平和、国際協調について立派なことも多く書いてある。わが国にとっても、安全保障についての議論のべースとなりうると思う。

 明年秋には第18回党大会が聞かれ、習近平国家副主席が党総書記長に選出されることが確実視されている。建国以来、初めて法律で決められた手続きに従って指導者が選任される。習氏についてはまだ外部に知らされていないところが多い。父親は党の有力幹部であったが、文華時代に投獄されていた間に、七年間下放生活をしたそうだ。地方の上司の推薦で北京大学に入学、党軍事委員会の秘書室に勤務の後は自分から希望して地方勤務を続けた。太子党の1人ではあるが、大変な苦労人で、党は人民のためにあるという信念の共産党人で現場主義者だと言われている。政権の座に着いた習近平党総書記が民生の向上と睦隣外交を続けることを願う。

(最近の中国関係参考資料)
「日米中トライアングル」 王緝思、ジェラルド・カーティス、国分良成編(岩波書店)
「かくて中国はアメリカを抜く」 胡鞍鋼著(PHP)
「中国は、いま」国分良成編(岩波新書)
「これから、中国とどう付き合うか」 宮本雄二著(日本経済新聞社)
「中国の新しい対外政策」リンダ・ヤコブソン、ディーン・ノックス著(岩波現代文庫)
「ネット大国中国」 遠藤誉著(岩波新書)
「中国動漫新人類――日本のアニメと漫画が中国を動かす」遠藤誉著(日経BP社)
「習近平の正体」 茅沢勤著(小学館)
「中国 巨大国家の底流」 興梠一郎著(文芸春秋)
「国の真実」(中国の技術力) 伊佐進一著(講談社現代新書)
「中国の地下経済」 富坂聡著(文春新書)
「中国 静かなる革命」 呉軍華著(日本経済出版社)
「チャイナ・アズ・ナンバーワン」 関志雄著(東洋経済出版社)
「『中国問題』の核心 清水美和著(ちくま新書)
「中国最大の敵日本を攻撃せよ」 戴旭著(徳間書店)

“Will China Rise to War?” Foreign Affairs March/April 2011
“Military and Security Developments Involving the Peoples Republic of China 2010 (Office of the Secretary of Defense)
“Capitalism with Chinese Characteristics” Yasheng Huang(Cambridge University Press)

                             (2011年5月15日寄稿)