危機における対外コミュニケーションの教訓

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元カナダ大使  沼田 貞昭

東日本大震災は、危機状況における日本の対外コミュニケーションについて3つの教訓を残した。

1.危機管理の当事者は、おびただしい噂とか憶測が飛び交う情報空間に果敢に飛び込んで、能動的にメッセージを発出していくべし。

筆者も何度かインタビューされたことのあるBBC テレビの百戦錬磨のキャスターNik Gowingは、今日、危機発生後メディア対応までの時間は精々30分程度しか無く、そこで必要なのは、三つのF(3 Fs: First, Fast, but Flawed)、即ち、第一に、情報空間に最初に乗り込むこと(First)、第二に、とにかく速く対応すること(Fast)、第三に、不完全な情報であっても(but Flawed)とにかく出し、後から必要に応じ訂正していくことであるとしている。(“Skyful of Lies” and Black Swans, RISJ, July 2009)

今回の原発事故について、国際原子力事故評価尺度のレベル5かレベル7か、1,2,3号機のメルトダウン(炉心溶融)は有ったのか、放射能影響予測ネット「SPEEDI」の予測値公表は何故遅れたのかと言った問題に関して、東電および政府当局は不都合なものを隠していたのではないかとの疑念を呼んだ。時が経つにつれて事態の深刻さが次々と露呈されたような印象を与えたことは否めない。不確かなものを出すとパニックを招きかねないとの考慮はあろうが、むしろ、前述の3 Fsに従って、考えられる悪いシナリオも早い段階から明らかにしておくべきだったと思う。

2.的確な状況認識に基づいて、骨太かつ明確なメッセージを発出するべし。

5月10日付ジャパンタイムズ紙は、「東電はデータの津波でメディアを溺れさせている」(TEPCO drowns media in data tsunami.)との記事を掲載した。
極めて専門的で分かりにくい原子力の問題について、コンテクストを明らかにしないまま技術的用語と数字が羅列されると、聞く方は消化不良を起こしてしまう。聞き手の主要関心事が「安全」と「安心」にあるとすれば、膨大な事実関係の中からこれに答えるエッセンスを抽出して、分かりやすいメッセージを伝える工夫が必要である。外国メディアに対しては、国際共通語たる英語で説明することも必要であり、この負担が内閣国際広報室の少数のスタッフに一手に振りかかっていたように思われるが、多言語で効果的に発信できる科学者や民間の専門家の活用も考える必要がある。

今回、炉心溶融、海水注入等をめぐる東電、政府当局の説明が二転三転した背景には、関係者間の連絡不足があったと指摘されている。危機発生直後から事態の全貌を把握する中央の司令塔が存在し、情報を整理して優先順位を付けた上で、責任ある立場にあるリーダーが発出すべきメッセージを考えて行くことが必要である。

3.日本のイメージを回復するために、政府のみならず、民間、市民団体の活動についてのポジティヴな話題を積極的に広めていくべし。

当初、震災と津波の被災者たちが示した落ち着き、秩序正しさ、忍耐と言った底力は、積極的なイメージとして海外に伝わったが、その後原発事故をめぐる安全神話の崩壊および風評被害は、「クールジャパン」、「日本の食」と言ったブランドにネガティヴな影響を与えてきた。

日本のイメージの回復のためには、まず、日本がその活力を結集して復興に取り組み、世界におけるその地位を回復して行く決意を政府指導者が示すことが必要である。これに加えて、自動車生産とか半導体等部品のサプライチェーンの復旧が着々と進んでいる状況、タイム誌の「世界の100人」に取り上げられた南三陸町の菅野武医師および桜井勝延南相馬市市長と言ったローカル・ヒーロー、被災地にボランティアとして馳せ参じた若者達の姿等を積極的に紹介していくことも重要である。
                     (2011年6月2日寄稿)