大震災のあとは外交も新たに

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元駐デンマーク大使 小川郷太郎

大震災で見えたこと
国難ともいえる今度の大震災で、三つのことが国民の目にも明らかになったように思う。
ひとつは、日本人の持つ素晴らしい資質である。未曽有の大災害にあって冷静沈着に行動し、秩序や礼節を守る日本人を世界中が驚き称賛した。さらに、日本は先端技術や製造技術、多様なジャンルの文化などで世界中の評価を受け、また核廃絶などの平和外交や世界中の途上国への援助(ODA)でもよく知られ、徳性のある国家だとも思われている。
もうひとつは、多岐にわたる世界の深い相互依存関係の現実である。工場の被災で世界中の生産現場に影響がでたが、逆に見ると、食料も含め資源の乏しい日本の対外依存度は極めて高いことだ。
最後に指摘したいのは、日本は一人ではないということである。震災直後からの日本人同士の助け合いも心温まるが、貧しい途上国やときに緊張が生じる近隣国を含め、全世界が日本に温かい応援の言葉を送り支援の手を差し伸べてくれている。上述した日本の資質への評価が世界中からの日本支援の背景にあることも、私はあえて強調したい。

日本再生の機会:全く新しい考えと行動を
今般の震災は、不幸にして衰退期が始まりつつあった日本を襲った。グローバリゼーションがますます進み、世界の相互依存関係が否応なく強まってきた最近の20年余り、日本は経済の低迷もあり内向き傾向を強め、少子化が急速に進む中で必要な改革も怠ったまま、政府開発援助(ODA)を大幅に削減するなど時には世界の流れに逆行するような行動もとってきた。その結果、日本は国際社会の中で少しずつ影響力を失いつつあった。
 私は4月半ばに震災地を訪ねた。街全体が灰燼に帰したような凄まじい現場に立つと、かつて見たことのある終戦直後の東京の焼野原の写真を思い出した。大震災を、明治維新や第二次大戦後のような国の方向の転換を図る機会と考えてもよい、そのためには全く新しい考えと行動が必要だと感じた。
発想の転換という見地からは、例えば「生き方」についても考え直し、物質的便利さ追求から心の幸せ重視の方向に少しでも舵を切るチャンスでもある。破壊された地域の再興には、これまでの土地所有制度を変更した高台への集合住宅化、教育・医療・介護を一体化した新コミュニティの創造、製造業・農業・漁業の産業基盤の集積、最先端の技術を駆使した電力・上下水道・交通システム配備などの新しい発想も必要であろう。エネルギー政策の転換や社会保障と税制改革などでも大胆な発想で早急な取り組みが求められる。

「世界の中の日本」の視点を
内政上の改革をここで論じる余裕はないので、外交に焦点を当てて提言を試みたい。日本が世界の相互依存関係の網の目に深く組みこまれている事実を踏まえ、今後の復興と発展のためには「世界の中の日本」という視点が不可欠だ。
第一に、政府開発援助(ODA)の概念を発展的に解消し新たに「国際協力費(仮称)」という予算項目を創り、この費目のもとで、単に途上国への開発援助だけでなく、日本が得意な技術や文化の分野で各国と協力・交流し、世界に貢献する活動を強化する。予算規模は、膨大な財政赤字のもとで困難ではあるが、当面GDP の0.5%を目標にし、将来財政赤字解消に目途がついた段階で1%を目指す。0.5%という数字は防衛費の半分であるが、対外依存度の高い日本の再興を図る国策上の重要経費と認識すれば高いと考えるべきではない。
第二に、唯一の被爆国である我が国が国連の安保理常任理事国に入ることである。現在核保有国で独占されている常任理事国グループに戦後徹底して平和外交推進に努力してきた日本が加わることによって、平和に向けた影響力を強化することが出来る。安保理入りに向けた努力をあらためて強力に推進すべきである。
次に必要な方向は、長期的な日本の国益を考え、国をさらに開く政策だ。具体的には、当面の政策として環太平洋連携協定(TPP)への参加がある。そのために農業を企業化するなどの改革を進める必要がある。また、少子化に伴う労働力需給バランスも考慮して外国人労働者を含めた人的資源について一層の開放策をとることも重要である。
最後に、目指すべきもう一つの方向は、アジア太平洋地域で日本が敬意を受けながら指導性を発揮することである。言うまでもなく、中国やインドなどの新興大国を抱えるアジア太平洋は世界の中で最もダイナミックな地域である。中国はますます存在感を高め、安定勢力であるアセアンは2015年の経済共同体実現に向かっている。日本はこれまでアジア諸国の発展を支援し地域諸国の信頼を勝ち得てきたが、時として「歴史問題」で中国や韓国等の近隣国から批判を浴びたりもした。中国が台頭し、東アジアが共同体を目指す動きの中で日本が重要な役割を果たすには、経済の活力を高めることと歴史問題を克服して域内諸国の信頼を回復すことが不可欠である。歴史問題の克服のための数少ない現実的な方法は、1995年の終戦50周年を機会に発表された村山首相(当時)の談話の趣旨を日本国の最高首脳と国民のレベルで再確認して、誠実な域内協力関係をリードすることである。今後の日本にとって、日米関係とともに良好な日中関係が最大の課題である。

何よりも政治主導が必要
このような日本を築くためには、何よりも政治主導が必要になる。福島第一原発事故を見たドイツのメルケル首相は、いち早く脱原発政策を明確にした。原発に限らず社会保障、税制、地方分権、少子化対策など国の大きな制度に関し、日本の変革は嘆かわしいほど遅い。一刻も早く政治の閉塞状況から抜け出すため、なるべく早い時点で総選挙を実施し、政界再編成を通じて信頼される政権を作ることがどうしても必要になる。

(2011年5月16日 寄稿)