これから、中国とどう付き合うか」宮本雄二著

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元駐チェコ共和国大使 髙橋 恒一

1. 本年1月に出版された宮本雄二著 「これから、中国とどう付き合うか」は、2006年から4年間、駐中国大使を務めた著者が、長いあいだ中国を観察し、日中関係を考えてきた者として、自らが到達した考えや認識を初めて世に問うた対中国外交論である。これまで意識的に中国関係の対外発言を控えてきたという著者が、満を持して専門家としての薀蓄を傾け、自説を書き下ろしたものだけに口調は熱く、読んでいると著者の肉声が聞こえてくるようにすら感じられる。

2. 本書の最大の特長は、駐中国大使として2008年の日中共同声明で正式に定められた「戦略的互恵関係」の策定に自ら関わった著者が、マスコミで余り報じられない日中外交の現場でのやり取りや水面下の動きを臨場感たっぷりに紹介しつつ、この日中関係の新しい枠組み誕生の背景とその歴史的な意義を解明している点にあると思う。勿論それだけではなく本書の随所に見られる著者の長年の現場感覚に裏打ちされた等身大の中国像の描写も、情報のほとんどをマスコミに依存している我々の対中国理解をより冷静でバランスのとれたものにする上で参考となる。例えば以下のような箇所だ。

・ 中国あるいは中国共産党の内部でも実に多様な意見がある。最終決定がなされるまでのいちいちの意見あるいは中国の一部の状況が、中国や中国共産党全体の意見あるいは状況を代表できない可能性は常にある。さらに中国自身がわかっていなかったり、決めかねていたりすることもある。こうした状況を、外部から無理に整理してひとつの結論を出そうとすると、間違った答えを導きかねない。相手が混沌としているのであれば、正しい答えも混沌としているものだ。
・ 中国共産党は、他国の多くの政党と比べても、かなり高度に組織化されており、組織内の規律も厳格である。とりわけ人材養成と抜擢の仕組みは急速に進歩している。中国政治を伝える際、派閥についての報道が多いが、そのことだけで見ようとすると間違えてしまう。

また、巻末資料、参考文献及び日中関係年表も本書を読む上で必要と考えられる情報が過不足なく選ばれており、使い易く有益である。


3. 「戦略的互恵関係」という概念に関し著者は、「物事を長期的な観点から、より広い視野に立って眺めることで(戦略的)、そこから導き出される共通の利益を基礎にした関係(互恵関係)をつくりあげていこう、というものである。要は、経済のグローバル化と地球的な相互依存関係の深まりを背景にして、世界的な視野から日本と中国の国家利益を考えていくこと、世界の平和と繁栄に貢献する日中関係を作っていくことである」と説明している。「戦略的互恵関係」は、21世紀にふさわしい良く考えられたキーワードだと思われるが、当初日本側が提案した「戦略的共通利益に基づく互恵関係」よりは大分短くなったものの依然として説明的でパンチ力に乏しいこともあり一般的な知名度が上がらないのは残念である。

著者は、1990年代からの日中関係を振り返り、戦略的互恵関係誕生までの経緯を詳細に紹介しているが、そこで特に注目すべきは、戦略的互恵関係の策定は、中国側において対日歴史認識の整理がなされたことで可能となったものであることを強調していることである。著者は、2005年の上海デモを契機に中国指導部の「日本問題」に関する政策は大きく変化したとして、同年の胡錦涛主席の抗日戦争勝利60周年記念大会での演説と2007年の温家宝総理の日本の国会での演説を分析すれば、中国側は、日本で問題が起きないかぎり、中国側から歴史問題を提起することはないという方針を決めたと判断して間違いないであろうと指摘する。そしてその結果、さまざまなしがらみにがんじがらめにされた日中関係を、世界という広い舞台に移すことが可能となったのだと言う。

4. 著者は、大きな背景のなかで理性的に考えれば日中関係において日本が追求すべき国益は、自ずと明らかであるとして、以下の5点を挙げる。

・ 中国と安定した予測可能な協力関係を構築すること
・ そのために、必要な国民レベルでの関係改善をはかること
・ 中国という経済空間を最大限に活用して日本企業を発展させ、産業を強化し、日本経済の成長戦略を描くこと
・ 中国と重厚な対話を積み重ね、関係諸国と連携をはかりながら、アジア、ひいては世界の平和と繁栄の協力の構図をつくりあげること
・ 中国の外への膨張の動きと中国軍の動向を冷静に見極め、必要な備えをすること
その上で著者は、これほど明確な国益があるにもかかわらず、これまで日中関係が揺れ動いてきたのは、個々の困難な問題とその背景にある国民感情の問題に加え相互の位置づけの困難性があったからだと分析する。そして日中関係をより長期の、広い視野の中において、何が自国の利益であるかを考える戦略的互恵関係は、これらを克服する唯一といってもいい方法であり、この日中関係の新たな枠組みを維持し、発展させることで、中国との間で安定した予測可能な協力関係を築くことは可能であると主張する。

5. 他方、著者は、日本やアジア諸国の懸念材料となっている中国の軍事力、なかんずく海軍力の増強に関しては、日本としては、「最悪のシナリオ」を想定する軍事安全保障の論理に従い、中国軍の動向を冷静に観察して、国家の安全に必要な措置を粛々ととっていくべきであると主張し、経済と安全保障の二重アプローチを提唱する。そして中国と積極的に対話し、軍事の透明性を高め、中国がこれからどのような世界をつくり、そのためにどのような役割を果たそうとしているのかを、世界に説明するよう要求していくべきであるとしている。

6. 本書は、日本の「啓発された国益」の見地から中国との付き合い方を真正面から考察した問題提起の書であり、日本国民がそれぞれの立場から、中国との立ち位置や付き合い方を考えていく際の材料として大変参考になる書であると思う。特に政治家の皆さんには、本書をタタキ台として国内的な党利・党略を越えて日本の「啓発された国益」を踏まえた今後の対中国外交のあり方を真剣に議論していただきたい。また、マスコミの皆さんには、著者の指摘に応え、画一的なステレオタイプの中国像ではなく、多様で複雑な「等身大」の中国像の報道に努めていただきたい。意を決して本書を出版した著者の勇気と責任感に心よりエールを送り敬意を表するとともに、著者には今後とも日本国内での活発な啓蒙活動と中国各方面への働きかけを続けて欲しいと強く希望する次第である。 (2011年5月6日寄稿)