福島原発事故の国際的な影響

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遠藤哲也
元 原子力委員会委員長代理

 どこかで事故が起これば、地球全体の事故になるとのことわざどおり、福島第一原子力発電所の事故は世界中に大きな衝撃を与えた。特に、事故が原子力先進国と自他共に許す日本で起こっただけに、その影響は大きかった。事故への対応については、去る4月17日、収束へのとりあえずの道筋が東京電力から発表されたばかりで、これが今後どのように具体化されてゆくかが問題である。いずれにしても、事故への対応は現在進行中であり、各国の反応などもとりあえずのものであることをことわっておきたい。

(各国の原子力政策への影響)
第一にTMI、チェルノブイリ事故の後遺症からようやく立ち直り、「原子力ルネッサンス」が云々されるようになった昨今だが、今回の事故により原子力発電は再びきびしい逆風にさらされることになった。しかし、だからといって「原子力よさようなら」というわけでは決してない。事故後のギャラップの世論調査をみても(世界47国・地域)原子力発電への賛成は落ち込んではいるが、それでも賛成49%、反対43%となっている。
第二に、ただ、各国に共通して言えることは、安全性への非常に強い要求である。従来、原子力安全はそれぞれの国の主権事項とされていたが、チェルノブイリ事故以降それはそれとしても世界各国の共通関心事項となった。IAEA事務局に独立した原子力安全局が設けられたのもこの頃である。安全条約の締結、ピュア・レビューの実施、WANO(World Association of Nuclear Operators)の発足、セーフティー・カルチャーの重要性の認識など新しい発展がみられるようになった。来る6月下旬にIAEAで閣僚級の安全会議、9月にはIAEA総会、他方G8、G20 においても議長国フランスの音頭によって福島事故にからんで原子力安全問題がとりあげられる予定である。このように、今後安全問題は国際社会の一層の関心を引くようになり、安全についてより具体的な国際的な統一基準ないしガイドラインの形成の方向に進んでゆく可能性がある。
第三に、事故の影響は国によって相当に違うことである。やや大雑把だが、次のようないくつかのカテゴリーにわけられる。
(1) 原子力発電を積極的に推進しており、これからも引続いて積極的に推進
しようとする国
フランス、ロシア、韓国、インド、中国など
(2) チェルノブイリ事故後、脱原子力を指向していたが、近年前向きに方針を変えつつあった国
スウェーデン、ドイツ、イタリア、スイス、英国など主として欧州諸国だが、これらの諸国では市民の間に再び原発不信感が高まり、かつての脱原子力に立ち戻るきざしがみられる。
(3) 新規原子力導入国だが、既に導入を決定している国と導入を検討している国の二つに大別される。
具体的に導入を決定しているUAE、ベトナム、トルコなどについては、若干の遅れはあっても計画は実行されよう。
しかし、未だ検討段階に有るヨルダン、マレーシア等については当分の間慎重な待ちの姿勢をとるのではなかろうか。
(4) 米国については、オバマ政権は発足以来、原子力発電は米国にとって不可欠であるとしていたが、次第に旗色をより鮮明にして来ている。(原子力をクリーンエネルギーの一つとしてはっきりと位置づけている)その一方で、事故による原発に対する不安の高まりをうけ、原子力規制委員会(NRC)に対し、国内原子炉の包括的安全点検の実施を命じている。
しかし、米国で30年間以上途絶えていた原発の新規建設が始まるか否かは、むしろ商業的考慮に大きく左右されよう。

(日本からの情報発信に対する不信など)
 今回のTriple Disasterのうち地震と津波については、秩序正しい日本、思いやりの精神に富みかつ団結力の強い日本、冷静な対応など諸外国からいささか気恥しい位の評価が寄せられた。だが、原発事故への対応については、外国の見方はそれとは違って、必ずしもポジティブなものばかりではなかった。二つだけとりあげてみよう。
 その一つは、情報の発信についてである。今回の事故について、外国の報道振りや在日外国人の行動をみる限り情報の発信が適切に行われていたとは思えない。日本の情報は、自分に不都合なものは隠し、甚だ不透明であり(disturbingly opaque)、影響を意図的に過小評価しているなどとの先入観が抱かれているためか、今回の事故情報についても外国からはそのような色眼鏡を通じて見られていたきらいがある。それには、言葉の問題もあろうし、殊に、原子力は素人が理解しにくい専門分野だという理由もあろう。又、日本の原子力関係者が一種の閉鎖的な「原子力村」を作っており、その中で政・産・官(官については規制と推進の未分離の問題もある)・学がもたれあい、「ムラ」にとって不都合なことは外に出さないといった悪弊が根強く存在しているとの見方もある。いずれにせよ、こういったことには根本的にメスが入れられなければならないし、今回の事故は禍を転じて福となす又とないチャンスでもある。
 今一つは低レベル放射性汚水の海への放出である。これは止むを得ない措置であったと思うし、国際法上も規制されている措置ではない。
 しかしながら特に中国、韓国、ロシアなど近隣諸国に対しては事前に十分に説明しておくのが、外交上望ましくかつ必要であり、前者の適切な情報の迅速な発信とともに今後国際社会に対し十分に配慮すべきである。
                     (2011年5月5日 寄稿)